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    行方不明

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    行方不明

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    千景さんへの気持ちを消すために寮を出た至さんの話 ㊥「あー……今日はちょっと待ちすぎたか」
     ゲームに勤しんでいた手を一旦止め、用意していたカップラーメンをひと口食べた至は思わず独りごちた。一人暮らしを初めてから、すっかり独り言を零すのが癖になっている。
     適当な食事をしていたら千景にバレてしまうことを恐れ、ネットでカップ麺の大量購入をしてから早ひと月。さすがに毎日夜に食べていると飽きてくるし、時間を測るのがめんどくさいと適当に時間を潰してから食べているせいで、麺が硬い時もあればドロドロに柔らかくなってしまった日もある。それでも自炊なんて面倒だし惣菜を買うのは高い。
    「パックご飯と冷凍食品ならワンチャン……いや、値段知らないけど。って、電子レンジないから無理じゃん、クソ」
     しばらくはカップ麺生活が続きそうだなと辟易しながら残りを食べ進めた。そろそろ寮で食べていた料理たちが恋しくて堪らなくなってきた。至が寮を出てから、まだ向こうで食事をしたことはなかった。

    「至くん、明日は仕事休みでしょ? よかったら飲まない?」
     稽古終わりの金曜日。いつも通り、まるで至を待っているかのように千景の隣だけが空いてしまっている状況から逃げ出したくて晩御飯を断って帰ろうとしていた至の元に紬と密がやってきた。入団当初からの成人組ということもあり何度も一緒に飲んだことはあるし、好きだった。けれど、と振り向かずに背後に意識を集中する。もしかしたら千景も参加するのだろうか、という心配が脳を過ぎる。まだもう少し、距離は置いておきたいのだが。
    「至、帰っちゃう? たまには一緒に飲みたいのに、寂しい……」
     下から伺うように至を見上げ、少しだけ眉を下げている密のあざとさが演技なのか本気なのかがわからなかったが、そんな顔をされて断れるわけがなかった。しかし、もし千景も参加するのなら何としても避けたいと内心焦っていたとき。
    「千景さん、ちょっと宿題聞いてもいいか」
     至の背後から、そんな声が聞こえてきた。ああ、もちろん。そんな優しい声が続いて聞こえた。結構あるんだけど。いいよ、暇だから。悪い、助かる。まずはどこから? どうやら話は即決したようで、千景は家庭教師として勤しむようであった。それなら、少しくらいの時間は大丈夫だろうか、と至はホッとした。今も目の前で至に希望の眼差しを向ける二人に、じゃあちょっとだけね、と返事をした至は自分が車でここに来たことはすっかり忘れていた。


     頭が痛い。ゆっくりと浮上した意識の中で、一番先に感じたのは頭痛だった。寝起きなのになんで、とまだ覚醒しきっていない頭で理由を考えれば、すぐに昨晩の飲み会であると答えが出た。誰かがどこかで見つけてきた何やら珍しい酒があるとか何とか言われて隣からなみなみと注がれたのだった。そうだ、確実にあれが原因だ。そのまま寝落ちた気がする。じゃあここはまだ寮なのか、さっさと帰ろうと重い体をゆっくり起こした至は目の前の光景に驚いてもう一度布団の中に戻るところであった。
     最近見慣れた間取りに新しいベッド。しかし、視界にいる全ての場所が綺麗に片付いている。こんなのを見たのは引越し初日以来で。どうしてここに。なぜ、こんなにも片付いている。至が最後に見た景色は、目も当てられないほどに散らかり放題になった部屋だった。そろそろ片付けなければいけないかもしれない。けれどめんどくさい。そんなことは考えていた気がする。しかし実行した記憶はない。まだ夢を見ているのだろうか、痛む頭をフル回転させながら状況把握に努めていた時、玄関に繋がる廊下を遮る扉が開いた。
    「ああ、起きたのか」
    「…………は?」
     至以外の人間がいるはずもないのに、そこには袖を肘ほどまで捲った千景がいた。そんな格好珍しい、じゃなくて、なんでここにいるんだろう。そんなことを聞きたいのに上手く口が回らなくて意味のある言葉が紡げない。
    「よくもあそこまで部屋を散らかせたな。食べたごみくらいはすぐに片付けろ、汚い。……ああそうだ、今日が可燃ごみの日だったみたいだから勝手に捨てたから」
    「え、あ? ありがとうございます?」
    「うん。ちょうど今風呂の準備も終わったから入ってくれば? 酒臭いよ、お前」
    「えっ、マジですか」
    「どうせ昨日浴びるように飲んだんだろ、べろべろだったもんな」
    「うっ、あーもう風呂ってきます……」
    「行ってらっしゃい。着替えは洗面所に置いておいたから」
    「うわ……なんか、すみません。色々やってもらって」
    「いやいいよ、俺が勝手にやっただけだから」
     早く行け、とリビングから千景に追い出され風呂に向かった。そこまで汚していた記憶もないが、心做しか風呂場も全体的にピカピカしているように見える。もしかして千景はここの掃除までしてくれたのだろうかと考えて、再び頭が痛んだ。
     何故ここに千景がいて、なぜ部屋の片付けをしてくれたのか。皆目見当がつかない。そもそも昨日の飲み会に千景は参加していなかった。至が途中で潰れてしまったようなので、そのあとで合流したのだろうか。だとしても何故至を送ってきたのだろう。寮のどこかに転がしておけばいいのに。どうせ今日は土曜日で会社は休みなのだから。酔った至が家に帰りたいとでも駄々を捏ねたのだろうか。その可能性は無きにしも非ず。どうして何も覚えていないのかと至はシャンプーを泡立てながらため息を吐いた。
     湯は張られていなかったので、シャワーだけを済ませて至が風呂を出ると扉が閉まっているにも関わらずリビングの方から空腹を刺激するような香りがする。これは間違いなく、カレーの匂いだ。
    「もしかして、先輩作ってる……?」
     カレーを作る材料どころかレトルトすら用意はなかったはずだが。いつの間に調達していたのだろうか。料理をする時間を潰すために風呂に入れと言ったのだろうか。どうしてそこまで世話を焼いてくるのだろうか。千景の意図が、全く分からない。
    「まじなんなんだよ……」
     これ以上好きになってしまうから、もうやめてほしい。そんな呟きは音にすらならなかった。
     至の予想通り、リビングに戻るとすっかり食事の用意が出来ていた。香りに違わずカレーライスが鎮座している光景は、この部屋には酷く不釣り合いに見えた。
    「さあ、どうぞ」
    「…………先輩の舌に合わせた味付けじゃないですよね、もちろん」
    「ああ、ちゃんと物足りない出来にしておいたから大丈夫だよ」
    「だったらまあ……」
     人を殺せそうな辛さのカレーを好む千景が作ったものなんて恐ろしすぎて堪らないのだが、昨日から何も食べてないが故に空腹なのも事実だった。目の前で湯気を立てるそれが美味しそうで仕方がない。一見普通のカレーライスと同じ見た目をしているのに、やはり空腹は最大のスパイスということなのだろうかと至はゴクリと喉を鳴らした。
    「……いただきます」
     千景に凝視されながら食べるのはとても居心地が悪かったのだが、せっかく作ってもらったのに食べないわけにもいかず、どこから用意されたのかもわからないスプーンを手に取り、一口分を掬い、口に入れた。
    「あぁ……あ〜〜、いや、あの、辛いですね、普通に」
    「本当? ……じゃあ、やめておく?」
    「あ、別に食べれないほどじゃないです、ぎりぎり」
     辛いものが特別苦手でもないが普段から好んでいるわけでもない至にとって、この後を引く辛さはすこしきつい。ひと口だけならマシなのだが、それを皿一杯となると不安だった。
     けれど、少しだけ申し訳なさそうな顔をした千景の前で代わりに食べてくださいなんて言えるはずもなく。せっかく作ってくれたのに残すのか、この人の好意を無駄にするのかと自分で自分を責めてしまう。
     もう一口、千景に見守られながら口に含む。うん、さっきと同じくらい辛い。当たり前だけど。辛さに集中しないようになんとか別のことを考えようと努める。
     こんな優しくされて勘違いしそうだからやめてとは思えなかった。千景の手料理を食べれるのはこれが最後になるかもしれないから、しっかりと味わって食べたいと、至は最後の一口まで手を止めることなく食べ進めた。
    「ごちそうさまでした……水、くれませんか」
    「ああ、持ってくるよ」
     皿をシンクに下げる千景についでに頼めば、快く了承してくれた。やはり今日の千景はどこか優しすぎる気がする。それくらい自分でやれと言われてもおかしくないと思っていたのに、と至は千景の背中を見つめる。
     寮の部屋ではないこの部屋で、千景がキッチンに立っている。何だかそれって、と都合よく妄想しそうになって慌てて首を横に振って思考をかき消した。
    「……なにしてるの? 辛さで頭がおかしくなった?」
    「何言ってるんですか、食後の運動ですよ」
    「いやそれの方が意味がわからないんだけど」
    「あ、水ありがとうございます」
     千景の手から水を受け取り、それを一気に飲み干した。辛さの残る舌の上を冷たい水が通り過ぎる感覚がどこか気持ちよかった。
     再び至の前に座り直した千景は急に真面目な顔をして至を見つめる。
    「それで、茅ヶ崎」
    「……はい?」
    「その部屋中にあった8個のゼリー飲料と39個のカップ麺の残骸は、どう説明してくれるのかな」
    「えっ」
    「コンビニやスーパーの弁当のゴミなんかも出てくると思ったのにそういうのは一切無し。カップ麺のゴミを捨てないお前が弁当のゴミだけ捨てたとも思えない。冷蔵庫の中は大量のコーラのペットボトルとゼリー飲料、それに粉チーズだけ。一体どういう生活をしてるのか、聞いてもいいよな」
     どうやら、至のとんでもない不摂生がバレてしまったらしい。冷や汗が背中を伝うのを感じながら、なんて言い訳したものかと至は頭をフル回転させた。

    「……はぁ、お前なぁ……一体なんのために寮を出たんだ」
    「え、っと……ゲームのため?」
    「そんな生活して体調崩して病院送りになってもしらないぞ」
    「うっ、」
    「お前が金欠なのはよくわかったよ……せめて、月曜からは昼は一緒に食べに行こう」
    「えっ、なんで、」
    「奢ってやるって言ってるんだ。しっかり栄養の取れそうな店もリサーチしておかないとな……」
    「待っ、て!」
     勝手に話が進んでいた。毎日昼を千景と一緒に過ごす、それでは困るのだ。何のために寮を出たのか、むしろ至が問いたいくらいであった。千景と距離を置く、そして彼に向けていたこの余計な気持ちを捨て去る。千景のために、家族ために、自分のために。それなのにどうして。
    「なに」
    「そんなに、先輩に迷惑かけられないです! 大丈夫ですから、俺、ちゃんと自分で出来ますからそんなに心配しなくても……」
     これ以上優しくしないでほしい。構わないでほしい。放っておいてほしい。これ以上好きになりたくない、もう引き返せなくなってしまう。我慢が、出来なくなってしまう。この気持ちは、千景自身には伝えてはいけないのに──────
    「っ、馬鹿言うのもいい加減にしろッ!」
    「なっ……」
    「お前が一人で出来てないから言ってるんだろ! いつまでも子供みたいに我儘を言うんじゃない!!」
     大きな音を立てて机を殴りながら怒鳴る千景の威勢に押されそうだった。
     千景が、怒っている。不摂生をしている至のことを。聞き分けのない至のことを。千景の優しさを無碍にする至のことを。──────至のことを、心配して。
    「……ああ、もう………………」
     限界だった、これ以上は。
    「先輩にっ、俺の何がわかるって言うんですかっ!!! もうやめてくださいよ!!」
    「っ、ちがさ……」
    「出て行ってください……出てってくださいっ!!!」
     ──ここは俺の城だ。俺だけの城。他人の侵入は許した覚えがない。たとえ仲間でも、家族でも、愛した人間でも、ここに足を踏み入れることは許さない。だってここは、
    「…………ごめん、茅ヶ崎……ごめん」
     ──千景さんの幸せを脅かそうとする俺を、閉じ込めておく牢獄なのだから。
     バタンと音を立ててしまった玄関の音を聞いて、至は一人静かに涙を流した。

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