千景さんへの気持ちを消すために寮を出た至さんの話 エピローグ「…………で、なんで先輩と一緒に布団に入ってるんでしょうか」
「恋人同士だから、じゃだめかな」
「だめかな……じゃないんですよ…………」
至の借りているマンションの寝室で、千景と至は同じ布団にくるまっていた。至を抱きしめるように回された千景の手に、ぎゅっと力が入った。
「せっかく恋人になれたんだし、いいだろ? ……俺も少し、浮かれてるってことで」
「…………は!?」
「はは」
なんて恥ずかしいことを簡単に言ってしまうのだろうかと至の方が羞恥を感じていたが、楽しそうに笑う千景の顔を見ていたら、なんだかそんなことはどうでもよくなってきてしまった。
そっと至も手を伸ばし、千景の背中に回した。布団に温められたせいかもしれないが、あたたかい。そのままそっと千景の胸に擦り寄った。
「茅ヶ崎? 眠い?」
「ん〜……明日も、千景さんのカレーが食べたいなぁ……」
「………………あした、だけでいいの? 茅ヶ崎が食べたいなら、毎日でも作るよ」
「はは、俺はカレー星人ではないのでさすがに遠慮します」
千景のカレーが好きだ。カレーが好きというよりも、千景が至のために自分の好物を振舞ってくれる、その行為が好きだ。至のために温めてくれた料理も、至の舌に合わせた味付けも、全部、千景の愛情だから。
「ああでも……」
「ん?」
「カレーはたまにでいいですけど、千景さんは毎日俺の傍にいてください。……寂しいので」
「…………」
先に離れたのはどっちだよ、と心の中で自嘲した。千景の平穏を壊すことがこわかった。千景のためだなんて言って、本当は罪悪感に押しつぶされそうになるのがこわくて、逃げて。けれどそんな至の手を、千景は離さないでくれた。
「じゃあ……茅ヶ崎も、ずっと俺の隣にいてくれる? お前に拒絶されるのは、苦しかった」
「……ごめんなさい。でも、俺はもう逃げません。俺がそばで、千景さんを幸せにしてあげます」
「……っ、あり……がとう…………」
「あは、ここで泣く? もう……」
じんわりと千景の瞳に滲んでいく涙を、優しく人差し指で掬った。まさか、こんなことで千景が泣いてしまうなんて。そんなにも、嬉しかったのだろうか。至の言葉が、千景を喜ばせたのだろうか。そう考えるだけで、嬉しくてたまらなかった。
「こんなことで泣いてたら、この先持ちませんよ。俺が本気出したら、千景さんなんて幸せで溺れさせてやりますからね」
「…………うん、楽しみにしてる」
拭われてもまだ潤んだ瞳をそっと閉じて、至の額にそっとキスをした。
「好きだよ、茅ヶ崎」
「俺も。大好きですよ、千景さん」