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    いはら

    @hi_liters

    妄想の断片のメモ書きがほとんどです。

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    いはら

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    途中まで。なんてことはない柏と真の会話

    ##柏と真

    Les Barricades Mysterious柏木宅のダブルベットの上で真島は目を覚ました。ベッドボードに手を伸ばし、ぱしぱしと机上を叩いてスマートフォンを探る。やけに明るい画面に目を顰めながら時計を見ると、深夜2時を少し過ぎた頃であった。そういえば、眠りについた時は柏木が隣にいたはずだが、寝床は空になっている。シーツが寄った箇所に触れるとほんのり彼の体温が残っていた。

    このまますぐ眠れそうにもない。水でも飲もうか。真島はしばつく右目を擦りながらふらふらとキッチンへ向かった。

    寝室を出ると暗い廊下の先、リビングに近い方の扉の隙間から明かりが漏れているのが見える。光に吸い寄せられるようにそちらへ進むと、かすかにピアノの音色が聞こえてきた。珍しくクラシックを流しているようだ。

    真島がゆっくり扉を開けると、蛍光灯は付いておらず、フロアライトとコンボの液晶のライトの明かりだけが点った薄暗い部屋で柏木がフローリングに座り込んでいる。柏木は少し驚いた顔でこちらを振り向いた。

    「すまねぇ、うるさかったか?」
    「いや、たまたま起きてしもただけや。柏木さんは何しとるん?」
    「靴磨いてんだ。俺もさっき起きちまってな」
    柏木の肩越しに手元を覗くと普段柏木が履いている革靴と自分の靴が並んでいる。今磨かれている靴は大きさ的に柏木のものだろうが、真島にとって見た覚えがない靴だった。

    「お前、またスーツ用の靴で喧嘩しただろ。良い靴なんだから大事にしろ」
    「良いやつやから磨けばすぐ綺麗になるで」
    「そもそも靴磨きくらい他にやらせるっちゅうねん。わざわざ柏木さんがやる必要ないわ」
    「こんな状態でほっとく方が悪い。余計な仕事増やすんじゃねぇ」
    あんたが勝手にやっとんのやろが…と喉を通ろうとした悪態を飲み込んだ。明日の会議にはここから直接向かうつもりだったため、助かったというのが正直なところであった。

    そうしている間にも柏木は手際良く靴のブラシで埃を履き、革の表面の汚れを落としていく。革を磨くシュッという音がリズムを刻み、耳に心地良い。
    真島はクッションを枕にソファーに寝転がり暫く柏木の様子を眺めていた。

    年季の入った靴磨き用の革マットの上には毛色違いのブラシと布きれ、何用かもわからない小瓶たちが順番に拾い上げられていく。
    「柏木さんがそこまで靴磨くの好きとは知らんかったわ」
    「ああ、親父のをよくやってたのが高じてな。組に入ってからずっとだったな」
    「ずっとって…下のやつにはやらせなかったんか?」
    「ん、ああ、そうだな」
    さぞ当たり前と言った様子で柏木は返した。

    真島は風間に柏木の関係を見せつけられたようで、心の奥にふつと黒いものが湧くのを感じた。

    「組が直系に上がった頃だったか…親父から銀座に呼び出されてな。直系の若頭になるんだからってスーツと靴を見繕ってもらったんだ。こいつはそん時のだよ」

    柏木は靴の磨き具合を確かめるよう高く上げて眺めた。

    見覚えのない靴の正体は風間から贈られた…柏木にとって何物にも変えられない特別な一足であったのだ。

    「それ履いとるんか?あまり見かけない気ぃするわ」
    「ここぞって時にしか履かないな。確か最後に履いたのは東城会若頭就任の時だったか。あれも1年前になるな」

    今更になって真島はこの部屋に入ってしまったことを後悔した。部屋に入る前にクラシックがかかっている時点で気づくべきだった。恐らく風間がよく聴いていたものだったのだろう。

    過去に想いを馳せる……大袈裟にいえばこれは柏木にとって儀式のようなものなのかもしれない。真島は居た堪れなくなり、これ以上柏木の時間の邪魔はしまいと腰を上げた。もうすっかり冷えてしまったであろう寝床に戻るのは気が進まないが仕方ない。

    そう思った瞬間「もう戻るのか」と柏木が声をかけた。真島はどうしてこの男は残酷な言葉を言うのか腹を立てたが、彼があまりにも素で話すのに怒りを出す気も起きなかった。

    「……もうちょいここにおる」
    「そうか」
    真島はクッションを前に抱えてソファー前にちょこんと座った。革とオイルの匂いの中に柏木の香りがした。

    柏木は自分の普段履きの靴を磨き終えて、真島の靴に取り掛かった。
    全体の埃を豚毛のブラシで払った頃、それまで流れていたピアノが止まったのを合図にガチャンとコンポのオートチェンジャーが作動する。数秒間の読み込み音の後、いつものモダンジャズが流れ始める。

    「ほら、出来たぞ」

    「おおきに!おお、めっちゃ綺麗やな!流石柏木さんや」

    恐らくイタリア製だったと思われる靴は磨き挙げられ、新品同様の艶を取り戻していた。真島は少し反応がオーバーだったかと顔を上げると、柏木は満更でもないのか得意げな表情を浮かべていた。はしゃぐこちらの様子を見られていたのかと思うと少し恥ずかしい。

    「これからは丁寧に履いてやれよ」

    「ヒヒッ、汚してもまた柏木さんが磨いてくれるんやろ」
    「調子乗るなよ。まったく」

    きっかけは何であれ、大好きな人が自分の為に磨いてくれた靴だ。喧嘩用に普段の靴を西田に持たせておこうかと考える真島であった。
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