だれのもの酔っ払った大倶利伽羅に肩を貸して大広間を抜け出す。体格差はほとんどないとはいえ、半分意識のない引き締まった肉体は重い。
「ほら、部屋帰るぞ」
鶴丸に知らない振りをしてくれと言ったが酔っ払い相手をどうこうするつもりはなかった。だから自室とは逆方向にある大倶利伽羅の部屋へと方向転換しようとしたのだが身体が動かない。ぐでんと力なくうなだれていると思った大倶利伽羅が足を踏ん張ったのだ。
「おーい、起きてるなら自分で歩けー」
「……やだ」
「やだって……」
「あんたのへやにいく」
子どもみたいにぐずり始めたが力は大倶利伽羅の方が強いし体幹が良すぎて引きずっていくこともできない。
口調はふにゃふにゃとしているのにぐいぐいとこちらを引っ張っていく。引きずられながらどうやってこの酔っ払いを寝かしつけようかと考えているうちに足が止まった。
襖を開け放つと大倶利伽羅が耳を赤くしたように見えた。酒が入っているからすぐさま寝るだろうと予想して布団を敷いていたのだが、あらぬ誤解をされたらしい。実は酔っていないんじゃないかという力強さで部屋の中へと引っ張り込まれ布団に押し倒される。
「あんただってその気だったんだろ」
溶けた金色に見下ろされるとどうにも弱い。つい頬に手を伸ばせばすり寄ってきて、満足そうに金を細めてから跨ったままぱたりと上に落ちてきた。
「おーい、重いから寝るなら隣にしてくれよ」
「ねない」
「そんなふにゃふにゃでいわれてもな」
「どこでねるかはおれがきめる……めいれいにはおよばない」
結局寝るのかとぐずる大倶利伽羅に笑いが溢れる。
しっかりと全身をかけて上にのり、ぐりぐりと頭を押しつけ全身で抱きついてくる子供みたいな行動に反論するよりも、滅多にない甘えるような仕草に絆されそうになる。
鶴丸に限った話ではないが、旧知の伊達の刀たちにはどこか甘えが見え隠れする大倶利伽羅をたまに見かけることがある。そのたびにちょっとしたささくれのようなものに胸の奥を刺されることがあった。
今日も一人酒が進んでいたらしい大倶利伽羅の様子を見に来た鶴丸に気を許していたのかと思うと心が狭いなと自覚してしまう。
胸の上で眠ってしまいそうな大倶利伽羅の髪をふわふわと梳きながらたまらず息を吐いたときだった。
「おれは、あんたのか」
「え?」
「おれはちゃんとあんたのものでいられてるのか」
「ものっていうか、大倶利伽羅は俺の恋びとだと思ってるけど」
思わず撫でる手が止まってしまう。催促するように鎖骨あたりに頭をぐりぐりと擦り付けてくる。
「あんたは他の刀のあるじでもあるだろ」
「そうだな」
「きょうもいろんなやつにちやほやされていた」
「ちやほやっていうか、毎日は話せないから飲みながら話してただけで」
「……おれと話すよりもたのしかったのか」
またぐりぐりと、さっきより強めに額を擦り付けられる。背中をがっしりと掴まれていて、ようやくほったらかしにしていたせいで拗ねているのだと気がついた。
「誰と話しても楽しいよ。もちろん大倶利伽羅とも」
「俺ははなさない」
「そんなことないだろ。まあ、端的ではあるけど」
満足いく返事ではなかったらしく、服越しに背中に爪を立てられた。珍しく思いながらも、ちょっとぞぐっときたことを隠して聞きたかったことを口にする。
「……大倶利伽羅こそ、鶴丸となに話してたんだ」
「つるまる……? 特には話してない。あんたがおそいとなとはいっていた」
やっぱり鶴丸にはいろいろと筒抜けてそうだと天を仰ぎながら寝そうになっている大倶利伽羅の背中をぽんぽんとたたく。
「ふたりきりだったから、昔の話でもしてるのかと思ったよ。それは俺とじゃできないから」
「……? 伊達にあったときだとあんたはまだ赤子ですらないだろ……」
ふにゃふにゃした大倶利伽羅の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見なくてもわかった。そのせいでささくれていた心が和んでしまった。
「うん、そうだな。どうしたってその時の大倶利伽羅を俺は知らないから、それを知ってるんだなあと思ったらちょっと悔しかったんだよ」
出すつもりのなかった内心を吐露すると大倶利伽羅の動きが止まる。数秒間があってから、ゆっくりと頬を鎖骨に押し当ててきた。首筋に呼吸をしている湿った吐息がかかるのがくすぐったい。
「それとさっきの言葉、あんたは俺のものだ、じゃないんだなって」
「……あんたはものじゃない」
「大倶利伽羅のものにはしてくれないのか」
少しだけ起き上がって額をごつりとぶつけると酒が抜け切らないのか純度の低い金色でこちらを見る。
「……あんたをものにしたいわけじゃない。おれがあんたのものでいたい」
「うーん?」
今度はこちらが頭上に浮かべる番だった。
本来が刀であるからなのか、人の考え方とは違うことを言う。今回も物特有なのだろうかと首を傾げていると背中にあった手が離れて頬を包まれる。真っ直ぐと見つめ合うようになると大倶利伽羅が薄い唇を開いた。
「あんたがさにわである以上、おれひとりのものにならないのはわかってる。だからおれがあんたの特別でありたい」
苦しそうな表情で、いつもは芯のある低い声が震えている。胸が締め付けられる。
どういう経緯かはわからないが、慣れ合わないと決めているはずの刀にこんなことを言われたらたまらなくなるに決まってる。身体が突き動かされて目の前の身体を力一杯抱きしめれば、大人しくされるがまま。細く見えて筋肉質でしなやかで、びくともしない身体が愛おしくてかなしかった。
大倶利伽羅は刀剣男士である。それをまざまざと感じながら首筋に顔を埋めた。どくどくと生きている音がするのにこの男は審神者である自分が励起した存在なのだ。
「おい、くるしい」
「うん」
「…………おれはちゃんとあんたのものか」
「大倶利伽羅は俺のものだよ」
そう返してやっと満足したのか首の後ろに手がまわって抱きしめられた。温かい腕の中は泣きたくなるほど優しかった。