猫の日その1仕事中の審神者に軽い方の足音が届く。すたん、と障子を開け放った二振り目の大倶利伽羅ーーここでは廣光と呼ばれているーーがなんだと疑問符を浮かべる審神者と文机の間へと入り込み、胡座の中へと横向きに座った。甘える時の定位置にきた廣光の首元には真っ赤なシルクのリボンが巻きつけられ、首の後ろで蝶結びになっている。そして前には金色の鈴が付いていた。
「どうした廣光」
じっと下から見つめてくるのを撫でながら聞くと、ふいに華奢な首を伸ばしてべろりと頬を舐めた。
「おお? こーら、くすぐったいぞ」
時折ちゅっちゅと吸い付きながら舐めてくる廣光に審神者の仕事の手が止まる。その代わりによしよしと猫っ毛を撫でてやると満足げに擦り寄ってくる。それに意を唱えるのは審神者のすぐ隣にいた近侍で一振り目の大倶利伽羅だ。
「おい、執務の邪魔をするな」
「邪魔じゃない、主を癒してるんだ」
「労ってくれるのは嬉しいけど、どうして首輪なんかしてるんだ?」
静かに睨み合う二振りに我関せず、鈴を人差し指の上に乗せながら聞けば廣光がゆったりと金色を細める。
「前から猫を見て癒されると言っていただろ。だったら俺たちが猫になればいい。あんたはオレたちにしょっちゅう可愛い可愛い言っているからな」
言い終わるやいなや、廣光は審神者の首元に腕を回して擦り寄る。目を伏せながらご機嫌そのもので、ふわふわの髪に顎をくすぐられ、審神者の心は猫の手でちょいちょいと遊ばれているような心地になる。
「そっかー、ひろは優しいなあ」
自分でもわかるくらいでろでろな声で小さな頭を撫でてやると背中にどすん!と衝撃が加わる。首だけ捻ると大倶利伽羅が背中合わせに座り込み、ぐっと体重をかけてきた。
「お? 大倶利伽羅も癒してくれるのか」
「……違う。あんたもう仕事を続ける気がないだろ。なら休憩する」
ぶすくれた声が諫めるでもなく廣光が懐く方とは反対側の肩へと後頭部が預けられる。それに身を乗り出して一振り目の首へと黒色のリボンを巻きつけた。二振り目と色違いのお揃いで、もちろん鈴がついている。
「おい」
「似合うぞ兄さん」
「俺にも見せてくれよ」
ドスの効いた低い声もなんのその。振り返った一振り目の額へと廣光がキスをする。そんな二振り目に顰めっ面をしても頬を擦り寄せられるだけなので大倶利伽羅はそれ以上を問いただすのを諦め、ふたたび審神者の背中を背もたれにした。