2人のスター バレーは好きだけど、俺の人生はバレーが全てじゃない。でも、バレーが全ての人もいるんだな、と思った。
「なぁ、赤葦、星野さんって進学科に今年転科したんだって」
「転科って、最初から進学科に入るより難しいって噂じゃん」
仮入部を経て、バレー部へ正式入部となった赤葦は同級生とともにネットを準備していた。話題は、同じセッターの2年生、星野のことだった。星野は1年生の教育係を任されている2年生で、レギュラーではないが監督が「2年で一番、信頼している部員」と説明した。加えて、その理由が「木兎も手懐けた猛者だから」だそうだ。監督の隣にいた木兎が「モサって何?」というと主将が「星野、後で木兎に説明しといて」と任され、そこに「はい」と返事していたことで、周りの2、3年生は笑った。
星野は背は170センチを少し超えるくらいで、ぱっちりとした大きな目をしている。制服やジャージはしっかり着ていることから、真面目な先輩なんだろうと思っている。赤葦は同じポジションであることから、何度か話したがしっかりと人の話を聞いてくれる先輩で、スタメンではないもののチームにとって必要な人物なのだろうと感じている。
一方、木兎光太郎は2年にして、強豪梟谷学園高校バレー部のエース。赤葦が「この人にトスを上げてみたい」と思い、この学校を選んだ理由だった。しかし、バレーは素晴らしいが、チームどころか学園のムードメーカー兼トラブルメーカーのようで入学してからの数日、先生もしくは生徒の「ぼくとー!」という呼び声を聞かなかった日は無い。
入部時の挨拶で、ポジションはセッターだと言った赤葦は自主練相手を探している木兎にさっそく目を付けられた。その時「1年入ったばっかりだぞ、控えめにしてやれよ」と隣で言ったのが星野だった。星野も途中までは残ってくれたが、宿題があるからと先に帰った。結局、初日から赤葦は手が上がらなくなるまで木兎にトスを上げたのだった。
この日は、星野の提案で、赤葦たち1年は実力確認のミニゲームを行うことになった。1年チームには2年、3年も1人ずつ入りチームとの相性を見るというのも含めているのだろう。赤葦のチームには2年は木葉というキツネ顔のスパイカーと、3年の佐藤という長身のブロッカーが入った。2人ともスタメンでは無いが、強豪校でユニフォームに袖を通すことを許された実力者だった。
「よろしく。先輩でも遠慮せず思ってることはどんどん言ってくれ」
「俺も佐藤さんも怖くないから」
「木葉、それフリっぽく聞こえるぞ」
「あ、すみませーん」
強豪校の運動部なら上下関係も厳しいだろうと、覚悟していた赤葦は笑い合う先輩たちを見て少し安心した。他の1年も安心したようだった。すると、反対のコートから「ヤダー!」と子供のような喚き声が響いた。
「ヤダヤダ、俺、あかーしと同じチームが良かった!」
「お前、もう自主練で赤葦と組んだんだろ? だから他の1年とのチームに、あ、え、て、したんだよ」
駄々をこねていたのは木兎で、それをなだめているのは星野だった。
「だって赤葦のトス、打ちやすいんだもん!」
「いや、お前が気持ちよく打つ為のミニゲームじゃないから。1年の実力見る為のミニゲームなんだよ」
最終的に肩を丸めて力を無くした木兎の肩を支えながら、星野は木兎をコートへ送り込んだ。木兎はチラリと赤葦に視線を送ると、それに気付いた星野が赤葦に駆け寄ってきた。
「赤葦、悪い、今日も帰り残れたりする? 木兎の自主練付き合える?」
「あ、はい」
星野は赤葦に頭を下げると、今度はネットを潜り木兎に近付き、何か耳打ちしている。おそらく、赤葦が自主練付き合えるということだろう。途端、木兎の赤葦を見る目はみるみると輝いた。星野は赤葦に「悪いな」というようなジェスチャーを送ると、コートから出ていった。星野は監督と主将に並び、マネージャーに渡されたバインダーを広げた。主審役が声をかけ、ミニゲームが開始された。
季節が春から夏に変わり、赤葦の環境は変わり始めた。毎日のように木兎と行う自主練のおかげで体力はついたし(木兎にはまだ及ばないが、体力テストでバレー部、1年の中では1番だった)、夏の大会では控えセッターとしてユニフォームを渡された。木兎級のスター選手ならともかく、まさか自分がと驚く赤葦本人より喜んだのは木兎と星野だった。しかし、3年の正セッターは都内でも屈指の腕で、赤葦の出番は少ないだろう。
「おめでとう」
「ありがとうございます。でも、いいんですかね? 俺、1年ですよ?」
「いいんだよ、上手いんだから! 自信持てよ」
不安気な赤葦に声を掛けた星野は、赤葦の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「やめて下さいっ」
恥ずかしいのか、体を横に倒し星野の手から逃げた。
「何か言われたら言ってやれよ『木兎さんの自主練最後まで付き合えるんですか?』って」
バレー部員なら誰もが恐れる木兎の自主練はかなりハードだった。赤葦と2人の時は、ひたすらスパイスを打ち込み、他にも参加者がいる場合はミニゲームと部活以上の運動量だった。星野も参加することはあるが、基本途中までで帰っている。それが、赤葦はほぼ毎日、最後まで付き合っているのだ。
「それは、バレー部には通じますが、他の運動部には通じませんし」
眉間にしわを寄せる赤葦の顔を星野は下から覗き込んだ。
「あぁ、他の運動部のこわ〜い先輩から睨まれるんじゃないか? ってやつか」
「まぁ、そうですね」
比較的穏やかな学風ではあるが、上下関係に厳しい部活もあり、その部が他の部員にまで声をかけてくるということが、まれにあるのだ。
実際、赤葦も同級生が先輩に絡まれているところを目撃し、しれっと先生を呼びに行った経験があるのだ。
「それなら大丈夫だよ! うちの学校のヤツはみんな木兎に勝てないから」
すると、星野は辺りキョロキョロ確認してから、赤葦に近付き小さな声で去年起きたバレー部の珍事件について話はじめた。それは、去年の秋ごろの話だった。夏の大会で活躍した木兎はバレー部以外でも話題になっていた。そんな木兎をよく思わない上級生が木兎を人気の少ない場所へ呼び出したが、それを見かけた星野が先生に報告して事なきを得た。
話しを聞いた赤葦は強張っていた表情を緩めた。しかし、星野の話はそこで終わらなかった。
その時、木兎と一緒にいた鷲尾、小見も共に複数名の上級生に囲まれていた。先生と星野が到着した時にはすでに「勝負すんのか? しないのか?」と上級生が木兎に詰め寄っていたが木兎は「何で勝負するの? 腕相撲?」と返した。上級生が「ふざけてんのか」と怒るが、先生も「先生が審判するから腕相撲でしょうぶしろ」と言ったので実際に腕相撲対決が行われ、結果、鷲尾、小見、木兎の三人で圧勝した。と、いう話しだった。
「木兎はともかく、鷲尾と小見やんはこの話し好きじゃないから、内緒な?」
「はぁ」
「でさ、その時の上級生が喧嘩強いって噂の人たちだったから、もうこの学校でヤンキーはバレー部には絡まないよ。だって、木兎、ソイツらより強いし。それに、ヤンキーたちからすると、絡みにくいもん」
星野が口を大きく開けて笑うと、赤葦も「そうですね」と笑った。
「何ていうか、木兎さん、悪いもの跳ね返すようなパワーありますよね」
「そう。それ」
2人で話題の木兎を目で追うと、木兎は離れたコートで練習しており、高く、強く飛んでいた。
「俺、もっと高く跳ぶ木兎が見たいんだ」
赤葦は木兎を見ている星野に目線を映した。星野の瞳がキラキラと輝いている。きっと、木兎を見る自分の目も彼のように輝いているのだろう。
「俺も、です」
「赤葦、このまま行けば来年はお前が正セッターになる可能性が高い。木兎のこと、しっかり観察して使い方考えろよ。あいつ、浮き沈みあるだろ?」
「それは、はい」
練習でも試合でもチームは木兎の気分に振り回されることが多い。そのお陰で、格上の学校に勝ったこともあれば、そのせいで格下の学校に負けたこともある。
「できますかね? 俺に」
「赤葦さ、勉強もできるんだろ?」
進学科の星野が普通科の赤葦に言うにはおかしな話しだったが、普通化の中では赤葦の成績は中の上といったところだった。運動部のなかでは良い方だと思う。
「勉強は嫌いでは、ないです」
「じゃぁ、さ、木兎のことも教科だと思えばいいんじゃない? データ取ったりさ」
星野が笑いながらする提案に赤葦は「悪くない」と思っていた。木兎の浮き沈みを予想できたり、復活を早めることができればチームも安定する。
「星野さんが木兎さんのデータ取ったんですか?」
「あぁ、俺は赤葦ほど上手くないから試合出れないし」
赤葦は「すみません」とつぶやくと、星野は「ホントのことだし」と笑った。
「俺は中学でもバレーしてたけど、そこまで強く無かったし。バレーの為じゃなく、総合的に考えて梟谷来たからさ。ここでレギュラー取ろうとか、思ってないし」
梟谷のバレー部は強豪で、推薦で入る部員が多い。一般から入る部員もいるが、一般からレギュラーになった部員はこれまでの歴史のなかでも数える程度しかいないらしい。赤葦は推薦だが、星野は一般だった。星野の技術はレギュラーに劣るのは確かだが、セッターというポジションをまとめ、後輩からも先輩からも慕われている。何も試合に出ること、そして勝つことだけがその人にとっての、部活では無いのだ。
「でも、赤葦は俺と違うから。お前が木兎をもっと飛ばせてやれよ」
赤葦は何も答えず、星野をじっと見つめた。星野も赤葦の視線に気付き、目線を合わせた。
「俺のわかってる木兎の情報は全部渡すし、時間がなければ赤葦の勉強も手伝うから、お前はバレーに集中して。あ、俺が決めることじゃないけど、なんかさ、お前なら木兎をもっと高いところまで飛ばせると思うんだよ」
部活の合間の会話なのに、人生でもかけたような熱い言い方に赤葦の心は揺れた。バレーはただの部活だった。いつか履歴書に『学生時代は部活を頑張りました』って書く程度だと思っていた。しかし、木兎に出会って、梟谷に来て、赤葦は思い知ったのだ。
木兎にとって、バレーは人生だ。
バレーを部活と思っている自分が並ぶには、烏滸がましい、と。
星野の提案通り、木兎の観察をはじめ、木兎の些細な弱点もノートに記入するようになった。いくつかたまると、そのノートを赤葦は星野へ見せた。星野は赤ペンで星野の思いつく対策をノートに追加した。
こうして、2人がノートのやり取りをしている姿を見かけた部員たちが「交換ノートかよ」とからかい、その様子は観察の対象である木兎の耳にも入ることとなった。
「ねぇ、赤葦」
自主練もまもなく終わる時間というタイミングで、いかにも元気ありません。と顔に書いてある木兎が赤葦に声を掛けた。いや、だって、さっきまでは絶好調にスパイク決まってたのに。
「何ですか? 今日、木兎さん調子良いはずでは?」
「うん。でも、ちょっと、聞きたいんだけど。赤葦ってホッシーと付き合ってんの?」
木兎は大きな目を細くして、俯きながら尋ねたのだ。
「何の話しですか?」
心当たりの無い赤葦は、持っていたボールをその場でバウンドさせて、取ってを繰り返して木兎の機嫌回復を待った。待ちながら、考えた。今日はこのまま終わりか、機嫌を上げてから終了するべきか。すでに他の部員は自主練を終了しており、2人きりの時間帯だった。
「だ、だって、2人で交換日記してるんでしょ?」
「いや、今どき交換日記とかしないですよ」
まさか木兎の観察ノートが交換日記として噂されているとは、知らず赤葦はボールをバウンドさせていた手元が狂い、ボールは木兎の近くにコロコロと流れていった。
「ほらビックリしてんじゃん!!」
まさか「2人であなたの弱点観察してます」とは言えず、黙る赤葦を木兎は肯定と捉えたようだった。
「同じセッター同士、木兎さんにわからない話しもしますよ、そりゃ」
ボールと拾おうと、屈んだ赤葦の腕が急に掴まれた。この場には赤葦と木兎しかいない。赤葦の腕を掴んだのは、木兎だ。
「なんで? なんでホッシーなの?」
妙に食いつく木兎に赤葦は戸惑った。「いえ、別に、説明するほどの理由は」とつぶやくが濁したことで木兎の機嫌はさらに悪化していった。
「なんで俺じゃだめなの?」
「は?」
この日、赤葦は木兎に告白されたのだった。
翌日の昼休み、どうにか理由をつけて木兎を校庭で遊ばせている間に赤葦は星野を呼び出した。
「つーか、俺もの聞かなきゃだめなの?」
「はい。2人だと誤解されてもっと大変なことになる、気がします」
「気かよ!?」
赤葦と星野の向かいには、木葉と猿杙も座っていた。
「で、どう返事したの?」
「まぁ、断りますよね。でも、諦めないそうです。木兎さん、俺のこと」
「んー、まー、そうなるよね」
赤葦は木兎に星野と付き合っていると思われたうえに、告白された。と星野を含めた2年生を呼び出し今後の相談をしていた。
「つーか、お前らが何かノートのやり取りしてんのは知ってたけど、まさか木兎の弱点まとめてるとはね」
木葉はさほど興味無さげに木兎の弱点ノートをパラパラと捲った。そこには、黒い文字で書かれた赤葦の文字と、赤ペンで補足している星野の字がびっしりと書かれていた。
「木兎さんって、男が好きなんですか?」
赤葦がサンドイッチを食べながら周りに尋ねた。それは、深刻さも何もなくサラッとしたものだった。
「さぁ? 今まで、可愛いって言ってたグラビアとかアイドルはみんな女だったけど。そういうのと、付き合いたいの好きってまたちょっと違うだろうし」
「でも、木兎って規格外なとこあるし。人間は性別関係なく好きになれる、って言われても『そうなんだ』って納得しちゃいそうだよな」
「木兎さんのことは人としては好きですが、そういう風に考えたことありませんし。俺は勝手に、プロになって将来、女子アナとかタレントとかキレイな人と結婚するんだろうと思ってました」
淡々と話す赤葦に木葉が「木兎のくせにズルい未来だな」と文句を付けていた。
「まぁ、でもこのまま誤解されたら俺も面倒だしな。試合だって集中できないんじゃない、木兎のヤツ」
星野はうなりながら頭を右へ左へと倒した。
「それはそうだね」
結局その日は、木葉も自主練にラストまで残るという事で、様子を見ることとなった。しかし、赤葦のことを好きだと自覚した木兎はみんなの前でも赤葦にベタベタするようになったのだった。例えば、これまで点数が決まった時のハイタッチが強めハグになり、朝も赤葦を見つけては赤葦の腕に絡みついたし、お昼休みもチャイムと同時に「あかーしー!!」と1年教室へ走り出したのだった。自主練はなるべく2人きりにしないよう2年が順番に入るようにしたが、どうしたって木兎を全てマークすることは不可能だった。
「流石に、やりすぎじゃね?」
「俺、もう疲れました」
練習中に項垂れる赤葦に声をかけた星野は、赤葦にボトルを渡した。ちなみに、赤葦と星野が付き合っている疑惑は星野が他に好きな人がいる、と嘘をついて疑惑を晴らした。
「俺、疲れすぎてついに言っちゃったんですよ『春高終わったら返事します』って」
「えっ!?」
これまで木兎から毎日のように愛の言葉を受けていた赤葦は、どうにか返事をうやむやにして逃げてきたが、それがついに期限を決めてしまったらしい。
「春高まで調子落とされたくないですし」
「でも、赤葦はそれでいいの?」
星野が下を向いたままの赤葦を見ると、赤葦の耳が真っ赤だった。
「あ、赤葦?」
「何か、俺だんだん、この人以上に俺のこと好きになってくれる人、いないじゃないかって、思うようになってしまって」
「お、おう」
恥ずかしいのか、語尾がだんだん小さくなる赤葦を見て、星野は思った。
木兎、お前の勝ちだよ。
春高が終わると、残っていた3年生も引退し、チームは新たなチームに生まれ変わることになる。2年から主将を決める際、主将に立候補した者がいた。「俺、主将やりたい!」と元気いっぱいに言ったのは木兎だった。
「試合は全部勝つ、そんなチームにしたい」
シンプルでわかりやすい目標を掲げた主将が決まり、主将をフォローする副主将を決めることになった。2年生の中では、木葉と星野が候補に上がるが木葉は「木兎以外が主将なら副主将やすけど、木兎が主将じゃパス」と拒否、星野も「俺はユニフォームももらってないし」と断った。すると、木兎は監督に「副主将って、2年からじゃないとダメ?」と尋ねた。監督は「ダメって決まりは無いけど、普通は2年から決めるだろ」と返した。状況を察した、木葉と星野がアイコンタクトで「どうする?」「やっぱどっちかがやるしかない?」と会話している間に、木兎はぴょんと跳ねるように動き出し、1年の集団の中から予想通りの人物の腕を引っ張りながら連れてきた。
「赤葦、俺主将だから、副主将やるでしょ?」
「え、なんで俺なんすか?1年っすよ?」
「1年でもいいって、監督が言ったぞ」
木兎はニコニコしているが、赤葦に拒否権は無さそうだった。赤葦が首を縦に振るまで、その手を離さないつもりだろう。意外なことに、赤葦の副主将案に1番乗り気だったのは監督だった。
「あぁ、その手があったか。いいじゃねぇか、赤葦で。来年、新チームに移行も簡単だし。これからそうするか」
「えー! なんでももう次の年のことなのー。俺たちの代のこともっと考えてよ!!」
赤葦を置いてけぼりのまま、木兎と監督が赤葦副主将案を進めていた。
「あ、赤葦はどうなの?」
絞り出すよう、星野が木兎と監督の間を割って入った。このままだと、赤葦の意志を無視して話しが進んでしまうと。星野の後ろから木葉も覗き込んだ。
「俺は……でも、木兎さんが主将なら結局、俺の元に仕事回ってくると思うんですよね」
赤葦は考えながら、ゆっくり答えた。「俺、ちゃんとやるぞ」と騒ぐ木兎を猿杙と鷲尾が抑えている。
「別の人が副主将やったとして、木兎さんができなかった仕事が俺のもとに締切ギリギリに回されてきたり、後から巻き込まれるのも御免ですし」
星野と木葉は「赤葦、結構言うな」と顔を見合わせた。
「わかりました。副主将、俺がやります」
体育館から「おぉ」と歓声が湧いた。木兎は「やったー!」と喜びながら赤葦に飛びついた。星野は、赤葦が春高後に木兎に返事すると言っていたがもう返事したのだろうか? と考えていた。
木兎達が3年に、赤葦たちが2年に進学した春、バレー部には新しい仲間が入った。1年ですでに190センチを超える尾長に注目と期待が集まるなか、星野は同じポジションである穴掘に注目していた。まだパワーは無いが、トスが正確で経験を積めばきっと良いセッターとして成長すると思っている。赤葦も同じ思いでいたようで、1年の練習風景を見ながら「穴掘、いいですね」と言った。
「今年の1年もいいから安心だよ」
「星野さん、やめて下さい。今すぐいなくなるような言い方」
「今すぐじゃないけど、俺は夏で引退するから。受験、あるし」
何気ない会話の中で、知る事実に赤葦は固まっていた。
「これまでだって、レギュラーじゃない3年は夏で引退する人いたじゃん」
「でも、星野さんはこの部に必要な人ですよ?」
星野は不安気な赤葦の肩を組んだ。赤葦の方が背が高いので、赤葦は少し背中を丸めた。
「じゃ、それまでにみっちり後輩、育てないとな。心配すんなよ、スタメンのやつらは春高まで残るつもりだろうし」
「まずはインターハイ、頑張ろうぜ」
「はい」
赤葦の返事は弱々しかった。赤葦も正セッターとして初めて迎える大会だった。いくら落ち着いて見えるとはいえ、2年生だ。控えセッターだった時も、試合には出ているがフルでは出ていない。星野は、できる限りのフォローをしようと誓った。
インターハイ予選の始まる数日前、ユニフォームが配られた。控えのセッターに選ばれたのは星野だった。穴掘は少し悔しそうにしていた。3年生たちは信頼している仲間がついにユニフォームを着て戦えることを喜んだが星野本人は浮かない顔をしていた。
監督と主将である木兎、副主将の赤葦とマネージャーはミーティングをしている場所を尋ねた。
「失礼します。あの、監督。控えセッターの件ですが、俺より1年でも穴掘の方がうまいと思います」
監督は「うーん」と唸ったあと、「それはそうだが」と穴掘の実力を認めつつ続けた。
「俺たちはチームとして勝ちにいくんだ。控えのセッターは悩んだが、お前だって3年との連携は上手いし、赤葦だって自分の控えが穴掘か星野か考えたらどっちの方が安心だ?」
突然、話しを振られた赤葦は目を丸くした。
「赤葦はホッシーが控えの方が安心でしょ? 穴掘も上手いけどさ、俺まだ穴掘のトスと合わせるの苦手だし、赤葦が控え穴掘だとプレッシャーでしょ? 赤葦、優しいから1年に無理させたくないでしょ。でも、ホッシーなら任せられるでしょ?」
「いや、お前は誰とでも合わせろよ」
監督が木兎を睨みつけた。隣の赤葦は、下を向いていたがスッと顔をあげた。
「俺も控えが星野さんだと、安心です。誰がどんなセットが得意か教えてくれたのは、星野さんですから」
赤葦は言い終えると、木兎が赤葦の肩を組み、反対の手で星野を引き寄せて肩を組んだ。
「ヘイヘイ、メンバーの変更は無しだ! 最高の夏にしようぜ!!」
「わかった。最高の夏にしよう」
こうして迎えた、最高の夏は、最高とまではいかなかった。目標にしていたベスト4には一歩及ばず、ベスト8で幕を閉じた。木兎たちレギュラー陣を中心に春高まで残る生徒も多いが、星野以外にも夏で引退を決める生徒もいるのだった。
体育館での引退式を行い、とはいえまだ学園生活は続くので会えないわけじゃない。最低限の引き継ぎをすると「たまには練習覗きに来るから」「春高、もっと上目指せよ」と去っていった。
受験勉強でなかなか部活の練習を見に行けない星野の元に、赤葦からメッセージが届いた。
『春高、出場が決まりました。』
星野は『おめでとう』と返した。すると、星野の携帯はすぐに震えた。
『ちょっと話たいことがあるので、昼休みにトス練しながら話せませんか?』
「どう、最近? 3年はさ、クラス違ってもちょいちょい会うし。でも、学年違うとあんまり会えないからさ」
赤葦と星野は、向き合ってトスを交互に上げあった。目線を合わせず、ボールを見ながら。でも、その方が素直に喋れるのだから不思議だ。
「まぁ、元気です。2年も1年もいい感じです。それでも、井闥には負けちゃいましたけど」
「みたいだな。井闥は強いからな」
少しの間、会話は途切れボールの跳ねる音だけが、日陰で冷えた外に流れた。
「俺、去年、木兎さんに告白されたって、相談したと思うんですけど、覚えてます?」
「あぁ。付き合ってんだろ?」
星野の目には、赤葦も木兎のことが好きだと映っていた。2人が付き合っているかは直接聞かなかったが、もう2人には他の人が間に入れないような絆が見えていた。
「いえ、付き合ってなくて」
「そうなの?」
星野は淡々と返す赤葦に驚きつつも、体に染み込んだフォームは崩れず一定のテンポでボールを返した。
「去年、春高終わったら返事します、って言ったんですけど」
「言ってたね」
「それ、去年の春高じゃなくて、木兎さんが3年の時の春高なんですよ」
確かに赤葦は『今年の春高』とは言っていなかった。
「お前、策士だな」
「いえ、逃げただけですよ」
「どっちでもいいけどさ、そしたらもうすぐじゃん。返事すんの」
「はい。このまま忘れたらいいと思ってたら、予選の帰りに木兎さんに返事を催促されまして」
「ふーん。ま、今更、木兎は赤葦以外を選ばないよな」
「でも、俺は、木兎さんは俺のトスが好きなだけだと思うんですよ」
星野は赤葦の声が少し震えていることに気がついたが、そのまま続けた。このトスを止めては赤葦は話しにくくなると思ったからだ。バレーがある方が話せるなんて、お前も俺もバレー大好きじゃん。と、星野は思った。少し恥ずかしくなって、ニヤニヤと緩みそうな唇を噛んだ。
「春高終わって、俺のトスが無くなっても、俺のことまだ好きでいてくれたら、ちゃんと返事しようと思って」
「いいんじゃない、それでも」
「俺、もともと、バレーそんなに思い入れなくて。何となく続いて、推薦もらったし、梟谷は大きい図書館もあるし、いい学校だからいいかなぁ、って」
「うん」
「それで、一応バレー部の雰囲気見たくて、試合見に行ったら、木兎さんが試合出てて」
「カッコよかった?」
「まぁ、そうですね。はい」
「珍しく素直じゃん。でも、俺もバレーしてる時の木兎好きだよ」
「うちの部員はみんな、きっとそうですよ」
「俺もさ、中学強くなかったし、高校はバレー続けなくてもいいかな、って思ってたら」
「え、勿体ない」
「1年のクラスで木兎と一緒になってさ、ボクトとホシノじゃん? 番号続いているから、何となく話してさ、お互い中学バレー部って話しになるじゃん」
「そうですね」
「で、何か木兎と一緒にバレーしてぇなー、って思っちゃって。入っちゃったんだよ、バレー部」
「良かったです。何となくでも、星野さんがバレー部にいてくれて」
「そう? 俺は赤葦みたいに、上手くないけどな」
ボールの音と、通り過ぎる女性徒の笑い声が響いた。そろそろ外にいた生徒が教室に戻り始める時間だ。
「木兎さんって、近くにいても遠い存在みたいなとこあるじゃないですか。生態は不思議というか」
「あぁ、わかるよ。言いたいこと」
「だから、木兎さんとの接し方、お手本になるような星野さんが居てくれて助かりました」
「そうなんだ。赤葦の役に立てて良かったよ」
「難しいとは思いますが、春高、見に来て下さい」
「んー、この前ちょうど予備校のスケジュール確認したら、決勝の日しか空いて無いんだよね」
星野から放たれたボールを赤葦はポスっとキャッチした。
「じゃ、大丈夫です。決勝まで残りますから」
赤葦の強い目線に、星野は頼もしいと感じていると、予鈴が鳴り響き昼休みが間もなく終わることを知らせた。2人は教室へ走った。
全国大会で決勝まで残るなんて、簡単にできることじゃない。しかし、赤葦は星野との約束を守った。他の部員たちからも連絡があり、準々決勝で木兎が覚醒した。との知らせは聞いていたし、夏に達成できなかったベスト4を達成した。流石に、できすぎじゃん、と優勝旗を掲げる木兎をその横に並ぶ赤葦を想像した星野だが、現実はそうは行かなかった。
「お疲れ様。いい試合だったよ」
「ホッシー!!」
学校へ戻ったバレー部は星野だけではなく、他の元バレー部やクラスの友達など大勢から健闘を讃えられた拍手に迎えられた。木兎と星野はハイタッチをしたが、木兎の後ろにいる赤葦は真っ赤な目をしていたので、星野は赤葦の頭をぐちゃぐちゃと荒く撫でて、その頭に自分の被っていたツバのついた帽子を被せた。赤葦は鼻の詰まった声で「スミマセン」と呟いた。
「決勝は会場で見たよ。凄かったよ、本当に約束守ってくれるとは」
「はい。でも、負けちゃってすみません」
「そうだよなー、勝ちたかったよなー」
まるでいつもと変わらないようなテンションの木兎が、赤葦の前でうんうんと頷いていた。
「でも、次はホッシーの番でしょ?」
「ん?」
「受験!」
「あぁ。そうだな。先に部活も引退して第一希望落ちたら、また可愛い後輩に泣けれちゃうな」
「俺はもう泣きません」
鼻声で、一文字一文字に濁点のついているような赤葦の声に星野は笑った。
「ホッシー、難しいとこ受けるんだよね?」
「将来なりたい職業があって、それになりやすい勉強できるとこに行くからな」
「星野さん、将来の夢って何なんですか?」
赤葦は鼻をすすりながら尋ねた。星野の夢を答えたのは、星野ではなく木兎だった。
「新聞記者!! いつか俺のことも記事にしてくれるんだよね!!」
約束してるんだ、と笑う木兎に赤葦は「いいですね」と笑った。星野は、そんな2人の笑顔が似ていると思った。知り合ったころの赤葦は、大きく口を開けて笑わなかったのに、それが今はどうだ。木兎の隣にいると本当に嬉しそうに笑うのだった。
「ついに夢が叶うな!」
バレーのユニフォームを着た木兎が、スタジオを訪れたのはチームが今シーズン絶好調で観客動員も過去最高だというニュースに取材が入ったからだ。
「久しぶりだな。お前の活躍は見てるけど」
スポーツコーナーを担当していない、星野はなかなか木兎を取材する機会に恵まれなかったがスポーツのニュースではなく経済のニュースとして取り扱うことで、2人の約束は実現した。
周りのスタッフが「星野さん、本当に木兎選手とお友達だったんですね」とザワザワしていた。
「でもさー、俺難しい話し苦手だから。俺より俺のこと詳しいやつ連れてきたから、難しことはそっちに聞いてよ」
「いや、そんなふざけたインタビューできるかよ」
星野が木兎の耳を抓った。衣装はシワをつけるわけいかないし、顔にも跡が着いては大変だ。耳しか抓る場所が無かったのだ。
「木兎さん、今のは木兎さんが悪いです」
木兎の後ろから顔を出した赤葦が木兎のことを睨んだ。
「赤葦も久しぶり!」
「ご無沙汰してます。今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる赤葦に、スタッフはざわついた。星野は周りに「木兎と俺の後輩、木兎の1番のファンだから木兎のことに1番詳しいぞ」と紹介した。赤葦は少し照れながら「何すか、その紹介」と下がった眼鏡を直した。その指には、木兎とおそろいの指輪が輝いていたことを星野は見逃さなかった。
「へぇ、上手くいってんじゃん」
「まぁ、お陰様で」
自信たっぷりに笑う赤葦を見て、星野はその成長を感じた。学生時代は、表情をあまり変えなかったこの男が、だ。
「2人のスターに導かれたら、幸せになるしかないですよ」
星野は友と、後輩の成長を嬉しく思いながら、最高の記事にしよう。それで、梟谷のみんなに自慢しようと思った。