トロイメライ　お風呂から上がると、僕は真っ直ぐに自分の部屋に向かう。入浴を済ませた後は、僕の自室に集合することが、二人の間で習慣になっていたのだ。ルチアーノはベッドに座って本を読んでいたり、端末でテレビゲームをしていたり、部屋の中を漁っていたりする。退屈ばかり語っている彼にとっては、リビングよりも僕の部屋の方が面白いのだろう。
　しかし、その日は少し様子が違った。廊下に出た僕の視界に、リビングから差し込む光が見えたのだ。微かだが、テレビの音声も聞こえてくる。僕の部屋は明かりがついていなかったから、ルチアーノはこっちにいるのだろう。
　部屋の入り口まで近づくと、テレビの画面が見えた。デュエルコースの周囲を、二台のDホイールが走っている。周囲にはモンスターが並走しているから、それがライディングデュエルであることはすぐに分かった。どうやら、デュエル専門チャンネルの番組らしい。
　ルチアーノが他人のデュエルを見ているのは珍しい。彼は、あまり人間に関心がないのだ。遠い未来で作られたアンドロイドである彼にとって、人間の行動はデータでしかない。自分に関わる相手ならともかく、無関係な他人のデュエルなど、一切の興味を示さなかったのだ。
　当の本人は、ソファに座ってテレビを見ていた。その後ろ姿に、言葉にできない違和感を感じる。何がとは明確に言えないが、いつもの彼と違うように思えたのだ。簡潔に口にするのなら、今日のルチアーノはおとなしすぎた。
「上がったよ」
　声をかけつつソファの近くに歩み寄って、ようやく違和感の正体に気がついた。彼は、テレビのリモコンを握ったまま、すやすやと寝息を立ていたのである。握られたままのリモコンは手のひらからずり落ちていて、今にも地面に落下しそうになっていた。
　僕は、慌てて口を塞いだ。リビングで眠っているルチアーノの姿は、タッグを組むようになってから初めて見た。彼は機械でできているから、寝落ちと言うものをあまりしないのだ。僕より先に眠っていることはあっても、きちんと布団の中で眠っている。今日は能力を使う機会が多かったから、文字通りエネルギーが切れてしまったのだろう。
　恐る恐る手を伸ばすと、ルチアーノの握っているリモコンに触れた。慎重に引っ張って、テレビの電源を落とす。元あった置き場に戻すと、今度はルチアーノの寝顔を見つめた。
　彼は、穏やかな表情で眠っていた。両目を閉じて、顔の筋肉を緩めている。普段は恐ろしい顔をしているルチアーノも、眠っている時は柔らかい表情になるのだ。その姿は年相応の子供のようで、本来の彼が顔立ちの整った男の子であることを再確認させられる。まるで天使のよう……などという、陳腐な誉め言葉を使いたくなってしまった。
　ルチアーノは、寝間着しか着ていなかった。人間である僕の視点から見たら、寒そうな服装である。彼には体温の概念はないのだろうけど、気になるものは気になった。
　僕は、自分の部屋に戻った。洋服箪笥を開くと、奥の方にしまっていた毛布を取り出す。幼い頃の僕がリビングのソファで眠ってしまった時に、親がかけてくれた思い出の品である。僕が親から受けた愛を、ルチアーノにも注いであげたかった。
　リビングに戻っても、ルチアーノはすやすやと寝息を立てていた。前のめりになっている身体に、持ってきた毛布をかけてあげる。よほど疲れていたのだろう。耳元でばさばさと音を立てても、彼が起きる気配はなかった。
「おやすみ、ルチアーノ」
　小さな声で囁いてから、部屋の明かりを豆電球に変える。ほんのりとした柔らかい明かりが、眠っているルチアーノを照らし出した。足音を立てないように、静かに部屋を後にする。
　ルチアーノは、常に任務に追われているのだ。ゆっくりと眠る機会だって、僕の家にいるときくらいしかないだろう。それなら、僕の側にいるときだけは、任務を忘れてくつろいでほしい。
　どうか、今だけは、いい夢が見られますように。そう願うことしか、今の僕にはできなかった。