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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    流菜🍇🐥

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    TF主ルチ長編の第2章です。TF主くんが遊星の側に付きます。誰も報われない終わり方をするので苦手な方は注意してください。

    ##TF主ルチ
    ##長編

    長編 2章 目が覚めると、遠くから機械の稼働音が聞こえてきた。カチカチと鳴る時計の針が、静寂に満ちた室内に響き渡る。頭の痛みに耐えきれずに瞳を開くと、そこは自分の部屋だった。
     また、この前と同じだ。割れるような頭痛に苛まれて、自分が過去に戻ったことを確信する。前回の世界でも、あの要塞でルチアーノに手を繋がれた後に、僕はこの時に戻っているのだ。僕の予想が正しければ、今日は大会の一ヶ月前なのだろう。もう少ししたら、ルチアーノが僕を起こしに来るはずだ。
     重い身体を引きずって、なんとか布団から這い出した。ベッドの縁に腰をかけて、大きく深呼吸をする。頭は割れるように痛くて、息をするのさえやっとだった。
    「どうしたんだよ。そんなところに座り込んで。体調でも悪いのか」
     少し離れたところから、特徴的な声が聞こえてきた。既に聞き慣れてしまった甲高い声は、ルチアーノその人である。ループを証明するかのように、反応は前回と同じだった。顔を上げると、白い布に身を包んだ姿が視界に入る。
    「頭が痛いんだ。今日は、練習なしにしてもらってもいいかな?」
     答えると、彼は不満そうにため息をついた。あからさまな不機嫌を醸し出しながら、責めるように言葉を吐く。
    「なんだよ。せっかく迎えに来てやったのに」
     僕の言葉に対する反応も、前回と同じみたいだ。初めてのループを迎えた時も、彼は不機嫌そうにしていた。しかし、責められたところで、僕にはどうすることもできないのだ。今の僕は、ループ酔いによって体調を崩しているのだから。
    「ごめん。明日は、ちゃんと練習するから」
     ベッドの上で横になると、ルチアーノは諦めたように溜め息をついた。渋々であることを隠さない態度で、それでも休息を認めてくれる。
    「分かったよ。そんなフラフラなやつに稽古をつけても、何の役にも立たないしな」
     投げられる冷たい言葉に、積み重ねた好感度までリセットされていることを実感する。僕の隣で身を寄せていた男の子は、ただのタッグパートナーに戻ってしまったのだ。距離を詰めすぎないように気を付けなくては、また警戒されてしまうだろう。
     目の前から去ろうとする彼を見て、僕はあることを思い付いた。ひとつ前のループで自分が言ったことを、そのまま繰り返してみようと思ったのだ。ちょうど知りたかったことでもあったから、ルチアーノに尋ねてみることにする。
    「あのさ、ひとつ聞いていい?」
    「なんだよ」
     身体を起こして尋ねると、彼は面倒臭そうにこちらを向いた。その不機嫌な表情も、前回のループと全く同じだ。妙な懐かしさを感じながら、僕はあの質問を繰り返した。
    「今日って、何年何月何日の何曜日?」

     返ってきた答えは、予想と全く同じだった。前回のループと同じ、大会一ヶ月前の日付である。この世界は、二回目のループを迎えたのだ。どういう仕組みかは分からないが、僕が命を落とす度に、時間は大会の一月前に遡る。
     布団の中に潜り込むと、僕は大きく息をついた。頭が割れるほどに痛くて、何も考えられそうにない。身体を横たえているのに、ぐるぐると回っているような錯覚に陥る。不快感を鎮めるために、僕はそっと目を閉じた。
     目が覚めた時には、頭痛はすっかりよくなっていた。布団の中から這い出して、ベッドの正面にある端末を起動する。表示された日付は、やはり大会の一ヶ月前だった。一度ループを体験しているから、今さら驚くことでもない。
     なぜ、二度目のループが起きたのか。そう考えた時に、思い当たる記憶はひとつだけだった。僕があの要塞で死を迎えた時に、心の奥底で祈った言葉だ。あの願いが叶えられたから、僕は今ここにいるのではないだろうか。
    ──もし、願いが叶うなら、もう一度チャンスがほしい。
     つまり、僕が願いを叶えなければ、このループは終わらないのだ。なぜかは分からないが、僕が要塞で命を落とす度に、この世界は一月前へと遡る。自分の命を、そしてこの町を救うことが、僕に課された使命なのだと思った。
     入力デバイスに手を伸ばすと、僕はメッセージ機能を起動した。ずらりと並ぶ宛先の中から、目的の人物を選び出す。僕から連絡を取るのは気が引けるが、頼れる相手は彼しか思いつかなかった。簡潔に件名を並べると、悩みながら本文を入力した。

     数日後、僕はポッポタイムを訪れていた。ルチアーノのパートナーになってからは、お互いに不干渉を貫いていたから、実に三ヶ月ぶりの訪問だ。知らない家を尋ねるような緊張を感じて、Dホイールのハンドルを握る手が震えてしまう。イリアステルに協力することを決めた僕を、彼らは許しはしないだろう。
     僕の第二の作戦は、遊星を頼ることだった。前回の敗因は、ルチアーノの心の変化を信じたことだと思ったからだ。どんなに親密に語りかけ、心を開いてもらおうとしても、ルチアーノは死を選んでしまう。僕の言葉では、彼の気持ちを変えることができなかったのだ。それなら、彼らの目的自体を阻止してしまえば良いと、僕は考えたのである。
     ドアを叩くと、中から返事が聞こえてきた。しばらくすると、遊星がガレージから出てくる。目と目があった時、一瞬だけ言葉に詰まってしまった。
    「久しぶりだね」
     なんとか言葉を告げると、彼もぎこちない笑みを浮かべる。一拍の間を置いてから、再会の挨拶を返してくれた。
    「ああ、久しぶりだな」
     遊星に案内され、僕はガレージの中に入っていく。そこでは、クロウとジャックがDホイールのメンテナンスをしていた。僕の姿に気がつくと、表情を険しくする。
    「裏切り者が、何の用だよ」
     厳しい歓迎に、僕は苦笑いを浮かべてしまった。その対応を受けるだけのことを、僕は彼らにしてしまったのだ。ポッポタイムのみんなとの縁を切って、ルチアーノとタッグパートナーになることを選んだ。それは、仲間思いの彼らにとっては、裏切りに等しいことなのだろう。
    「○○○は、俺が呼んだんだ」
     そんな僕を庇うように、遊星が言葉を続ける。二人は、余計に空気を険しくした。ピリピリとした緊張が、僕たちの間を包み込む。少しの間を開けたあとに、今度はジャックが口を開いた。
    「どういうことだ」
    「先日、○○○からメールがあった。イリアステルの計画を阻止するために、力を貸してほしいと。イリアステルは、この町を消滅させるつもりらしい。大会を開かせたもの、その目的のためみたいだ」
    「そんなもの信じられるのか? 罠かもしれないだろ」
     遊星の言葉に噛みつくように、クロウが言葉を返す。やっぱりだけど、僕は相当警戒されているようだ。説得できるかどうかは、遊星次第というところだろう。
    「信憑性はある。メールには、イリアステルの計画が記されていた。その内容は、ゴースト事件の首謀者が語った内容と一致していたんだ」
     返された言葉に、さすがの二人も表情を変えた。顔を見合わせてから、僕と遊星の顔を交互に見る。自分たちの体験と一致したことで、信憑性が出てきたようだ。そんな彼らに畳み掛けるように、遊星は最後の言葉を続けた。
    「俺は、○○○を信じる。二人にも、力を貸してほしい」
     ここまで熱烈に語られたら、二人も跳ね返すことはできなかったらしい。表情を緩めると、溜め息混じりに僕を見る。
    「分かった。そこまで言うなら、認めてやろう」

     ガレージのソファに腰をかけると、僕はイリアステルの陰謀を語った。メールで遊星に伝えたものと同じ、僕の経験と知り得る全てだ。彼らはサーキットと呼ばれる装置を形成し、未来の要塞をこの町に出現させようとしている。その要塞が現れた時、この町は滅びてしまうのだ。
    「これが、僕の知り得る全てだよ。詳しいことは分からないけど、大会で優勝することが条件みたい」
     最後まで語ると、僕は目の前のコップを手に取った。並々と注がれた水を、一気に喉の奥に流し込む。ループを経験するのは二回目だが、過去の体験を誰かに話すのは初めてだ。現実との矛盾を気にして話をしたから、緊張して喉が乾いてしまった。
    「つまり、イリアステルを倒さければ、ネオドミノシティが滅びるということか」
     反対側に腰を下ろしたジャックが、噛み締めるように言葉を吐く。重苦しい空気が僕たちを包み、僕の緊張を加速させた。
    「俺たちも、町と一緒にグシャリってことかよ。恐ろしいことを企んでるんだな」
     次に言葉を発したのは、ジャックの隣に座るクロウだ。簡潔かつ恐ろしい言葉で、僕の語った話をまとめている。改めて言葉にされると、あまりにも恐ろしい結末だ。二度も現場を経験したにも関わらず、背筋がぞくりとしてしまった。
     二人に視線を向けてから、遊星は深く頷く。僕たちの言葉をまとめるように、落ち着いた声で語った。
    「イリアステルの優勝を阻止しなくては、ネオドミノシテイは無くなってしまう。シティに住む人々を守れるのは、俺たちシグナーだけなんだ」
     彼の言葉に、二人は真剣な表情を浮かべた。シグナーの痣は、サーキットを生み出すための鍵にもなるが、イリアステルを倒すための鍵にもなるのだ。現状を打破できるとしたら、彼らしかいなかった。
    「僕が、ルチアーノとタッグを組んで大会に出る。三人には、僕たちを倒してほしいんだ。イリアステルの力に対抗できるのは、シグナーの力だけだから」
    「俺たちにしかできないことか……」
     僕の言葉を聞いて、ジャックが納得したように呟いた。その隣で、クロウも僕の話を聞いている。僕と遊星に視線を向けると、力強く頷いた。
    「そういうことなら、全力で手伝うぜ」
    「ありがとう」
     お礼を返すと、ジャックと遊星も深く頷く。僕たちの秘密の作戦が、この時から始まった。

     微睡みの中で、頬に何かが触れる感触がした。ふわふわと宙に浮かんでいた意識が、一気に現実へと引き戻される。億劫に思いながら瞳を開くと、目の前には白い布を被った男の子の姿があった。呆れたような表情を浮かべながら、寝惚け顔の僕を見下ろしている。
    「やっと起きたのかよ。もう時間だぜ」
     その言葉で、僕はようやく思い出した。今日は、ルチアーノとデュエルの特訓をする約束をしていたのだ。遊星との計画に気を取られて、すっかり忘れてしまっていた。
    「ごめん。今から支度するから、ちょっと待ってて」
     一言だけ告げると、急いで布団の中から這い出す。着替えを持って洗面所へ向かうと、顔を洗って身支度を整えた。鏡で全身を確認すると、駆け足で自分の部屋へと戻る。待ちくたびれたのか、ルチアーノはベッドの縁に腰をかけていた。
    「お待たせ。支度できたよ」
     声をかけると、尊大な態度で立ち上がる。流れるように僕の前に出ると、先導するように部屋を出た。
    「全く、ひとりで起きられないなんて、君は子供みたいだな」
     少し前を歩きながらも、ルチアーノはにやりと僕を見上げる。置いていかれないように歩きながらも、自然に言葉を返していた。
    「ごめん。カードの入れ換えをしてたら、寝るのが遅くなっちゃったんだ。すっかり夢中になっちゃって」
     僕の返事を聞くと、彼は呆れたように息をつく。そういえば、今の彼はそこまで親しく無いのだった。下手なことを答えると、機嫌を損ねてしまうかもしれない。
    「君ってやつは、本当にデュエル馬鹿だな。次はちゃんと起きろよ」
     心配していたが、お咎めを食らうことはなかった。玄関を出ると、今日の目的地に向かって歩き出す。また、一から練習をするのだ。同じことを繰り返さなくてはいけないと気がついて、少し億劫に感じてしまった。

     それから、僕の二重生活が始まった。遊星の元で打倒イリアステルの作戦を立てながら、ルチアーノと共にデュエルの特訓をする。怪しまれたら元も子もないから、僕が家を開けるのは週に一度だけだ。
     次の会合は、週末の午前に決まっていた。ルチアーノに休日を貰うと、Dホイールに乗ってポッポタイムへと向かう。ガレージに揃っていたのは、いつもの三人だけだった。
    「アキたちは呼んでないの?」
     尋ねると、遊星は静かに頷く。二人と顔を見合わせると、代表するように説明した。
    「これは極秘の作戦だからな。イリアステルに情報が漏れないように、直前までは秘密にしておくつもりだ」
     その言葉に、僕の気も引き締まる思いがした。一緒に過ごしていると忘れがちだが、ルチアーノは恐ろしい組織のメンバーなのだ。過去にはアカデミアの転校生に扮して、龍可を狙ったこともあったくらいだ。三人には申し訳ないけど、ここは秘密にしてもらうことにする。
    「それから、これを渡しておく」
     そう言って遊星が差し出したのは、小さな携帯端末だった。量販店で売られている安価なものと、見た目の上では変わらない。電源を入れると、鈍い音を立てながら起動する。
    「これは?」
    「作戦用の端末だ。メッセージの送受信をした時の、電波の追跡を遮ってくれる。生体認証を搭載しているから、お前以外には起動できない。これなら、少しはイリアステルの目を誤魔化せるだろう」
    「ありがとう」
     さすがは遊星だった。僕と秘密裏に連絡を取るために、こんなアイテムを用意していたとは。一度敵側についた僕に対して、ここまでしてくれることにもびっくりする。
    「用事は済んだか?」
     僕たちの様子を見ると、ジャックが待ちくたびれた様子で言う。今日の目的は、当日に向けた作戦会議なのだ。こんなことをしている場合ではない。
    「ああ。そろそろ始めようか」
     遊星の一言で、その場の空気が引き締まる。僕たちの世界をかけた作戦会議が、ついに幕を落としたのだった。

     遊星たちと考えた作戦は、このような流れだった。
     前提として、僕たちは必ず勝ち上がる。ルチアーノは圧倒的な強さを持っているし、イリアステルには人間の意識に作用する能力があるからだ。並大抵の人間では、彼を倒すことなどできない。
     同じように、遊星たちもまた、必ずデュエルに勝利する。それは世界の決まりとして定められたことで、過去二回の世界でも、決して狂うことはなかった。ネオドミノシティに危険が迫る時、必ず僕たちは対面する。だからこそ、そこがチャンスになるだろう。
    「僕たちと遊星たちは、必ず戦うことになる。だから、そこで僕たちを倒してもらうんだ。僕たちの使うカードの一部を、僕が遊星たちに教える。必要があれば、僕もルチアーノを倒すために協力するよ」
    「事前に対策を取るということか。それなら、勝てそうではあるが……」
    「デュエリストの精神には反するけど、ここは妥協してほしいんだ」
    「……シティの未来がかかってるからな」
     しばらくじっくりと話し込んで、今後の計画をまとめていく。せっかくの大会を無下にするようで申し訳ないが、やはり命には代えられない。この作戦が失敗したら、僕たちは全滅してしまうのだから。
    「分かった。この作戦で行こう」
     話をまとめるように、遊星が会議を締める。いつの間にか、すっかりお昼になっていた。

     とはいえ、丁寧に対策を取っても、ルチアーノはすぐに嗅ぎ付けてしまう。ある朝、僕を起こしにきたルチアーノは、遊星から借りた端末を持っていたのだ。寝起きの僕に突き付けると、鋭い口調で問いかける。
    「おい、なんだよ、これ」
     僕は、彼の手にしたものに視線を向けた。それが例の端末であることに気がついて、心臓がドクンと音を立てる。いつか見つかるだろうとは思っていたが、こんなにも早いとは思わなかった。乱れる呼吸を抑えながら、用意していた答えを返す。
    「それは、雑賀さんに借りた端末だよ」
    「雑賀? あの、旧サテライトの情報屋か?」
     お腹の上に乗り上げたまま、彼は怪訝そうに眉を潜める。見下ろされていることもあって、かなりの威圧感だった。音を立てる心臓を押さえながら、平静を装って言葉を重ねる。
    「そう。マーサハウスに居候してる情報屋さん。その人から、連絡用に借りてるんだ」
    「なんで、君が情報屋なんかと繋がりがあるんだよ。一般人の君には、機密情報なんて必要ないだろう?」
     僕を見下ろしたまま、ルチアーノは問い詰める。答えに困ってしまうほどの、鋭い言葉の羅列だった。確かに、一般人は情報屋と関わる機会なんて無い。僕が雑賀さんと知り合ったのは、遊星たちの知り合いだったからなのだ。
    「確かに、僕に機密情報は必要ないよ。でも、情報ってそれだけじゃないでしょう。誰がどこにいるとか、誰と誰が親しいとか、そういうことを聞いてるんだ」
     言葉に詰まりながらも答えると、ルチアーノは目を細める。半信半疑な顔をしながらも、そのまま端末を下ろした。
    「本当か? 怪しいなぁ」
     小さな声で呟きながら、僕の上から降りていく。ベッドから這い出すと、僕は小さく深呼吸をした。
     びっくりした。これまでに二回のループを経験しているが、ルチアーノが寝起きの僕を問い詰めてきたことは一度もなかったのだ。普段なら、デュエルの前後や休みの時間など、僕の意識がはっきりしている時を選んでいる。わざと寝起きを狙ったとしか思えなかった。
     ベッドの上に放り出された端末を眺めながら、僕は考える。彼は、僕が隠れて行動をしていることを怪しんでいるのだろうか。そうだとしたら、もう少し慎重に事を進めなくてはいけない。

     次の会合に向かうまで、僕は端末を隠すことにした。鍵のついた引き出しに仕舞い込んで、その鍵を肌身離さず持ち歩く。出かける時はもちろん、家の中にいる時も、リストバンドで手首にくくりつけていた。誰もいないタイミングを見計らって、こっそりと引き出しから端末を取り出す。
     そんな僕の対策も、ルチアーノの前では無意味なのかもしれない。人智を越えた力を持つ彼は、引き出しの鍵くらい簡単に壊すことができるだろう。もしかしたら、既に中身を見られているかもしれない。
     ポッポタイムに向かうと、僕は真っ先にその話をした。端末を鞄から取り出すと、ガレージのテーブルの上に置く。
    「ルチアーノに、借りてた端末が見つかったんだ」
     僕がそう語っても、遊星は少しも驚かなかった。彼らもイリアステルと戦った経験者だから、相手の鋭さを理解しているのだろう。静かに端末を受け取ると、冷静な声色で答える。
    「そうか。別の連絡手段を考えないとな」
    「この作戦を立ててる間は、僕たちは連絡を取らない方がいいんじゃないかな。ガレージ以外でやり取りをしたら、イリアステルに見つかるリスクが上がるでしょう。だったら、はじめからここだけで簡潔させればいい」
     思案を巡らせる遊星に、僕は横から提案した。理屈はよく分からないが、このガレージで交わした会話は、イリアステルには悟られないで済むのだ。シグナーはイリアステルの影響を受けないから、彼らの集まるガレージそのものがバリケードになっているのかもしれない。今の僕にとっては、唯一気が抜ける場所だった。
    「そうだな。緊急の連絡は取れなくなるが、気付かれるリスクは減るだろう。お前は、それでいいのか?」
     相変わらず冷静な態度で、遊星は僕に問う。彼が気にしているのは、イリアステルに計画が気付かれた時のことだ。連絡手段が無くなると、お互いに何かがあっても知ることができないのだ。シグナーである遊星たちはともかく、一般人の僕が事件に巻き込まれても、イリアステルの手によって揉み消されてしまう。
    「僕は構わないよ。その代わり、僕に何かあった時は、三人になんとかしてもらうことになるけど」
     おずおずと言うと、遊星は笑みを浮かべた。僕の不安を打ち消すような、力強い笑顔だった。僕を安心させるような、はっきりとした声で語る。
    「お前に何かが起きたときには、俺たちがサポートする。今のうちに、プランBを考えておこう」
     
     この日の作戦会議は、イリアステルを倒すためのカード選定だった。イリアステルの扱うデッキについては、仲間である僕が一番よく理解している。ルチアーノの召喚するモンスターを思い出しながら、僕は強みと弱みを伝えていった。
     協力関係を結んだとは言っても、彼らは大会に持ち込むデッキを明かしたりはしなかった。そんな彼らの意思を尊重して、僕から尋ねるようなこともしない。協力者になったとはいっても、僕は敵組織の協力者なのだ。下手に関わればイリアステルに勘づかれるリスクは上がるだろうし、僕自身が操られる可能性もあるだろう。賢明な判断だった。
     会議を終える前に、もうひとつ議題が残っていた。どちらかが行動不能になった時の、計画の進め方である。イリアステルは事実を隠蔽することができるから、事件に巻き込まれても発覚がが遅れてしまうのだ。連携を取らずに計画を変更する方法を、今のうちに決めておかなければならなかった。
    「僕に何かがあった時には、そのまま作戦を続けて。パートナーになる相手は変わるかもしれないけど、機皇帝であることは変わらないと思うから。遊星たちなら、きっと勝てるよ」
     覚悟を決めながら、僕は遊星に語る。この計画が失敗する時は、確実に僕は命を落としているのだ。冷酷なイリアステルが、裏切り者を野放しにするわけがない。僕は秘密を守ったまま、彼らのために命を落とすつもりだった。
    「俺たちが狙われた時は、戦える仲間が後を継ぐだろう。出場を辞退することになったとしても、イリアステルの好きにはさせない。お前も、そのつもりなんだろう」
    「その時は、僕もイリアステルと戦うよ」
     そう。遊星たちが狙われた時の対抗方法は、僕がイリアステルに挑むことだ。僕はルチアーノとタッグを組むことになるから、それは同士討ちという形になる。確実に無事ではいられない作戦だったが、僕たちにはそれしか手段がなかった。
    「そうか。なら、それでいこう」
     覚悟を決めるように、遊星は重い言葉を吐く。二週間後に迫った大会を思うと、身が引き締まる思いがした。

     ポッポタイムを出ると、繁華街を通って家路へとついた。途中のスーパーで寄り道をして、夕食の惣菜を買う。買い物袋を手に大通りへと戻ると、そこにはルチアーノの姿があった。
    「君、こんなところにいたんだね」
     僕を視界に捉えると、ルチアーノは嬉しそうに笑みを浮かべる。偶然なのか待ち構えていたのかは、僕には判断できなかった。裏切りの計画を立てていた後ろめたさに、心臓がドクドクと音を立てる。答える声も、いつもより少し小さくなってしまった。
    「ちょっと、用事があってね。今は帰り道なんだ」
    「ふーん、用事か。どこに行ってたんだよ」
     ルチアーノに問いかけられて、僕は一瞬言葉に詰まってしまう。彼は僕の周辺に興味がないから、さらりと流されるかと思っていたのだ。もしもの時のために言葉を用意していたのに、肝心な時に出てきてくれない。口から出たのは、誤魔化すような言葉だけだった。
    「ちょっと、そこまで、ね」
     そんな僕を不審に思ったのか、ルチアーノは眉を吊り上げる。鋭い瞳で僕を射貫くと、凍り付くような声を出す。
    「なんだよ。僕には言えないようなことなのか?」
    「そんなことないよ。治安維持局まで、書類の手続き行ってたんだ。ルチアーノは、そういうのは興味ないでしょう?」
     なんとか平静を保っているが、心臓は弾むように音を立てていた。秘密を抱えていることに気づかれるんじゃないかと、心配で気が気ではない。目を逸らしたくなる気持ちを、気合いだけで押さえ付けた。
    「本当かよ。まあ、君は隠し事なんてできるやつじゃないか」
     僕から視線を外しながら、ルチアーノはからかうように言う。彼の発する言葉に、僕は心臓が破裂しそうだった。ルチアーノは、本当に気づいていないのだろうか。本心が分からないことが恐ろしい。
    「そうだよ。僕が隠し事なんてするわけないでしょ」
     肯定してみせると、話は次の話題に流れていった。無事に切り抜けられたようで、僕はそっと息をつく。家に向かって歩を進めながら、静かにルチアーノの話を聞いていた。
     また、ひとつ嘘が増えてしまった。隠し事を重ねる後ろめたさに、少し心が痛んだ。

     心配はしていたが、計画は何事もなく進んでいった。僕たちは週に一度のペースで会議を開き、当日の作戦を確認したり、大会についての情報を共有したりする。何度か家を開けてはいるが、ルチアーノからの追及は何もない。沈黙に不安を感じながらも、僕は知らんぷりで計画を進めた。
     最後の会合は、大会開始の二日前だった。イリアステルに勘づかれると困るから、大会が始まってからは、一切顔を合わせない取り決めになっている。最後の作戦会議を終え、家に帰る直前に、僕は遊星と固い握手をした。
    「後は、大会当日だな。健闘を祈る」
     真剣な表情を浮かべながら、遊星は僕に言葉をかける。彼に応援されると、いつもよりも気が引き締まる思いがした。しっかりと遊星の手を握り締めると、僕も激励の言葉を送る。
    「ありがとう。遊星も、頑張ってね」
     作戦を立てた甲斐もあってか、僕たちはあっけないほどにあっさりと予選を勝ち上がった。僕にとっては三回目の大会だから当然なのだが、そうでない遊星たちも、危なげなくデュエルをこなしていく。あっという間に大会は進み、僕とルチアーノはチーム5D'sに挑むことになった。決勝の日程や集合時刻の説明を受けながら、僕はぼんやりと考える。
     本当に、ルチアーノは何も気づいていないのだろうか。神の代行者として世間の権力者と渡り歩いている彼が、僕のような一般人の嘘に騙されるとは思えない。本当は計画に気づいているけど、知らんぷりをしているのではないだろうか。浮かび上がった不安は、どんどん膨らんでいった。
     その予感が現実になったのは、大会の前日だった。最後の練習を終えた後、ルチアーノはこんなことを言い出したのだ。
    「今夜は、君の家に泊まっていいかい?」
    「え?」
     予想もしていなかった言葉に、僕は間抜けな声を上げてしまう。ルチアーノが僕の家に来ることなんて、練習前のモーニングコールしかなかったのだ。前回のループで誘った時も、何度も断られたくらいだった。
    「ちょっと、確認したいことがあるんだ。疚しいことがないなら、泊まらせてくれてもいいだろ」
     畳み掛けるような語調で、ルチアーノは僕に詰め寄る。どこか含みのある言葉選びに、心臓がドクンと音を立てた。やっぱり、彼は知っているのかもしれない。そう思いつつも、平静を装って返事をする。
    「いいよ。朝の支度も楽になるし、泊まりにおいで」
    「なんだよ。せっかく泊まりに行ってやるんだから、もっと喜べよ。」
     緊張しながら答えると、ルチアーノは不満そうに唇を尖らせる。そんなことを言われても、今の僕には無理な話だった。

     洗面所からは、水の流れる音が聞こえている。僕はベッドに座って、ルチアーノが訪れるのを待っていた。身体は強ばっているし、心臓はドクドクと音を立てている。以前このシチュエーションになった時、僕は何を考えていただろうか。
     しばらくすると、ルチアーノが部屋へと入ってきた。濡れた髪にタオルを巻いて、とことこと足音を鳴らしている。そこに普段とは違う空気を感じて、余計に緊張してしまった。
    「待ったかい?」
     僕の隣に腰をかけると、ルチアーノは落ち着いた声で尋ねる。いつものような笑みを含まない声色に、心臓が凍る感覚がした。やっぱり、彼は何かを掴んでいるのかもしれない。覚悟を決めると、恐る恐る口を開いた。
    「ねえ、確認したいことって、なに?」
    「ああ、その事か」
     緊張する僕とは対称的に、ルチアーノは余裕の態度で返事をする。ちらりと僕に視線を向けると、にやりと口角を上げた。
    「君は、僕に隠し事をしてるよね」
     彼の口から飛び出したのは、予想通りの言葉だった。心臓に冷たい杭を打たれたような感覚がして、僕は言葉を失ってしまう。必死で頭をフル回転させると、否定の言葉を口にした。
    「なに? 隠し事なんて、してないよ」
    「隠そうとしても無駄だぜ。君が不動遊星のアジトに顔を出していることも、イリアステルに反抗する計画を立ててることも、全部分かってるんだ。イリアステルの情報網は、君たちが思うよりも綿密なんだよ」
     そんな僕を追い詰めるように、ルチアーノは言葉を続ける。そこまではっきりと言われたら、もう認めるしかなかった。
    「……そうだよ。ルチアーノのいう通りだ。僕は、遊星たちと計画を立ててた」
     僕の返答を聞いて、ルチアーノはにやりと口角を上げる。勝ち誇った笑みを浮かべると、凄むような瞳で僕を見つめた。
    「やっと認めたね。君が不動遊星の知り合いって聞いたときから、怪しいと思ってたんだよ。やっぱり裏切ったな」
     きひひと甲高い声で笑いながら、ルチアーノは言葉を続ける。聞き慣れているはずの笑い声が、今は恐ろしいものに感じた。僕は、このまま始末されてしまうのだろうか。だとしたら、せめて真実だけでも伝えたかった。
    「僕が遊星たちを頼ったのは、ルチアーノを助けたかったからだよ。裏切るつもりはないんだ」
    「はあ?」
     わけが分からないという顔で、ルチアーノは僕を見つめる。光の無い緑の瞳が、僕の瞳を貫いた。
    「僕は、ルチアーノを裏切るわけじゃないんだ。君を救いたかったんだよ」
     震える声で繰り返すと、ルチアーノは首を傾げた。理解することを放棄したようで、改めて僕に向き直った。
    「何言ってるんだか。…………まあいいや。僕も鬼じゃないからね。少しの猶予を与えてやるよ」
     そう言うと、彼はベッドから腰を上げた。真正面へと移動すると、斜め上から僕を見下ろす。いつもは僕を見上げている顔が、今は僕よりも上にある。慣れない光景に、心臓が冷たく鼓動する。
    「明日の大会で、僕の指示に従いな。そうしたら、命だけは助けてやる」
     淡々とした声色で、ルチアーノは言葉を吐いた。それは、僕にとって究極の二択だった。

     翌日の朝、僕は重い身体を起こした。これから起きることを考えると、気分がどっしりと重たくなる。なんとか布団から這い出すと、ふらふらとしながら洗面所へと向かった。僕にしては珍しいことだけど、昨夜はほとんど眠れなかったのだ。
     顔を洗って服を着替えると、廊下からルチアーノが近づいてきた。支度をする僕の姿を見て、退屈そうな声で言う。
    「なんだよ。起きてたのか」
    「眠れなかったからね」
     答えると、彼は不満そうに鼻を鳴らした。入り口に佇んだまま、冷たい声を投げつける。
    「そうは言っても、決めたのは君なんだぜ」
     ルチアーノの言う通りだった。遊星と対立することを選んだのは、紛れもない僕自身なのだ。長い間悩んだ末に、僕はルチアーノに従うことを選んだ。
     本当は、僕一人で命を落とすつもりだった。それが遊星たちとの約束だったし、ルチアーノが裏切りに気がついたら、僕を始末するだろうと思ったからだ。彼が簡単に人間を殺すことは、彼の話で何度も聞いている。僕も彼らと同じように、反逆者の一人として葬られると思っていたのだ。
     しかし、彼はそこまで甘くはなかった。僕に対する処罰の方法を、僕自身に委ねてきたのだ。遊星たちと縁を切れば、僕の命は救われる。しかし、彼らとの作戦を取れば、僕は殺されてしまうのだ。
    「分かったよ。ルチアーノに従う」
     答えると、彼は満足そうに笑った。きひひと甲高い声を上げると、勝ち誇ったような声色で告げる。
    「そうか。やっぱり、命は惜しいもんな」
     冷たい言葉が、鋭い槍となって僕の心臓に突き刺さる。自分が遊星たちを裏切ったという事実が、重たくのしかかってきた。約束を守るには、ここで突き放すのが正しい選択だ。でも、言葉を発しようとしても、恐怖で口が開かなかったのだ。
    「何ぼんやりしてるんだよ。とっとと支度しな」
     記憶を反芻する僕に、ルチアーノは淡々と言葉をかける。ようやく我に帰って、慌てて着替えを手に取った。ぼんやりしている場合ではないのだ。今日のデュエルには、シティの命運がかかっているのだから。
     急いで支度を済ませると、僕はルチアーノの元へと向かった。ソファに座る彼に、後ろから声をかける。
    「準備、できたよ」
    「そうか。少し早いけど、そろそろ行くぜ」
     席を立ったルチアーノが、僕の目前へと歩いてくる。黙ったまま手を伸ばすと、僕の手のひらを握り締めた。何度も触れてきた温もりが、僕の手のひらを包んでくれる。これまでの人生で、ここまでこの温もりを恐れる日はないのだろう。
     僕たちの周囲を、光の粒子が取り囲む。気がついた時には、僕たちの身体は別の場所へとワープしていた。

     MCのアナウンスが、晴天の会場に響き渡る。人で溢れ返った観客席から、地面を揺らすほどの大歓声が聞こえてきた。彼らの視線は、向かい合う僕たちに注がれている。この戦いを制したものが、WRGPの勝者となるからだ。
     デュエルコートに足を踏み入れると、正面の遊星と目が合った。自信に満ちた表情を浮かべながら、僕に目配せを送っている。隣に佇んでいるのは、やはり自信を露にしたクロウだ。そんな彼らとは対称的に、僕は前を向くことができずにいた。
     興奮に高ぶったMCの声が、デュエル開始の宣言を告げる。デュエルディスクを構えると、僕たちはその場に向かい合った。遊星たちは、自分たちが優勝すると信じているのだろう。機皇帝を倒すためのカードは多数投入されているし、万が一の時には僕が味方に付く手はずになっているのだから。
     最初に異変に気がついたのは、遊星ではなくクロウだった。彼の召喚した切り札のモンスターが、ルチアーノの発動したトラップによって封じられたのだ。予想外の妨害に、彼は両目を大きく見開く。僕に視線を向けると、周囲に響き渡る声で言う。
    「なんだ? 話が違うじゃねえかよ」
     彼と同じように、僕も呆然と口を開けていた。ルチアーノが使ったカードは、僕の知らないものだったのだ。それも、どのデッキにも入るような汎用カードではなく、明らかに相手の弱点を狙っている。僕たちの作戦を知っていたとしか思えなかった。
    「驚いたかい? 君たちが考えてることなんか、僕にはお見通しなんだよ」
     きひひと甲高い声で笑いながら、ルチアーノはカードを見せつける。チーム5D'sのフィールドはモンスターのいない更地になってしまった。クロウは悔しそうに唇を噛むと、小さな声で宣言する。
    「くっ…………! ターンエンド」
     ターンを受け取ると、僕は手札を睨み付けた。そこにあるのは、ルチアーノに入れるように言われたカードたちである。それは当たり前のように、チーム5D'sを追い詰めるための罠だった。僕が手を動かせずにいると、隣のルチアーノが囁く。
    「君のターンだぜ。……やることは分かるよな」
     冷たく響く言葉が、僕の心臓を凍りつかせる。身体が震えて、今にも膝を付きそうだった。指先が小刻みに震えて、上手くカードが掴めない。何とか縁に手をかけると、デュエルディスクにセットした。
    「…………ターン、エンド」
     震える声で、ターンの終了を宣言する。正面に立つ遊星が、僅に表情を変えるのが見えた。勘の良い彼のことだから、何かを察しているのかもしれない。一歩前に出ると、ターンの開始を宣言する。
     遊星のターンの間は、僕は抵抗らしい抵抗をしなかった。彼と約束をした手前、攻撃をすることはできなかったのだ。息を殺してルチアーノの様子を伺いながら、ただただ相手のフィールドを眺める。ルチアーノの妨害の影響もあってか、彼にも反撃をすることはできなかった。
    「僕のターンだ」
     楽しそうに弾んだ声で、ルチアーノがターンの開始を宣言する。一歩前に出ると、手札の中の一枚を摘み上げた。甲高い声で笑いながら、カードをデュエルディスクに叩きつける。召喚されたモンスターは、またしても僕の知らないカードだった。いつの間にデッキを変えていたのか、コンボを繋げていくカードも初めて見るものだ。背筋が冷たくなり、心臓が早鐘のように鳴り響く。
    「君たちは、こいつが味方についてくれると思ってるんだろ。残念だけど、そうはいかないぜ」
     楽しそうに言葉を続けながら、ルチアーノは伏せられていたカードを発動した。さっき僕がセットした、ルチアーノの命令で入れたカードである。僕の裏切りが白日の元に晒され、遊星たちが表情を変えた。
    「どういう、ことだ……」
     クロウの呟く声が、妙にはっきりと聞こえてくる。その声色の悲痛さに、僕はその場で膝をついた。隣では、ルチアーノが狂ったように笑い声を上げている。耳を貫く甲高い声に、頭がくらくらした。
    「お前たちが怪しい行動をしてたから、こいつに問い詰めたんだ。僕の指示に従うなら、命だけは助けてやるって。やっぱり、人間は弱い生き物だな。こいつはお前たちとの約束より、自分の命を選んだんだぜ」
    「そんな……」
     次に聞こえてきたのは、遊星の声だった。その場に座り込んだまま、僕は彼らの方に顔を向ける。震える唇を動かして、何とか言葉を紡ごうとする。喉の奥から出てきたのは、この一言だけだった。
    「ごめん」
    「嘘だろ。おい、嘘だよな。お前が裏切るなんて」
     フィールドを挟んだ向こう側では、クロウが大声で叫んでいる。彼も、信じたくはないのだろう。僕が裏切っていたなんて。
     でも、ルチアーノの言うことは本当なのだ。僕は自分の命を守るために、彼らとの約束を破ったのだ。過去に二度も経験したというのに、死を突きつけられることが怖かった。
    「滑稽な話だよな。味方についたと思った相手に裏切られて、みすみす勝ちを逃すなんてさ。こいつは、お前たちを裏切ったんだよ」
     呆然とする遊星たちを横目に、ルチアーノは最後の仕上げに取りかかる。相手のフィールドをがら空きにすると、自身の機皇帝を召喚した。彼の悲しみの象徴でもある切り札、機皇帝スキエルだ。それは空中で合体すると、相手を睨むように動きを止めた。
    「来るぞ。気を付けろ!」
     クロウを牽制するように、遊星が一歩前に出る。そんな彼らを威嚇するように、ルチアーノが大きく手を上げた。空中に漂うスキエルが、主人の命を待つように身体を揺らす。
    「バトルだ。機皇帝のスキエルで、ダイレクトアタック」
     スキエルは大きく旋回すると、相手に向かってビームを放った。物理的なダメージを伴うレーザーが、彼らの足元を抉っていく。舞い上がった土煙が、一時的に彼らの姿を隠した。煙が止んだ時に見えたのは、地面に膝を付く遊星たちの姿である。絶望的なその光景に、会場は一瞬静まり返った。
    「決まった! 優勝は、チームニューワールドだ!」
     気を取り直したように、MCの声が会場に響き渡る。言葉を失っていた観客たちも、僕たちに大きな歓声を注ぎ始めた。沸き上がる会場とは裏腹に、僕の心は重く沈んでいる。恐る恐る顔を上げると、歪んだ顔の遊星と目が合った。
    「なぜだ」
     最後の力を振り絞るように、遊星が言葉を吐く。その瞳は、真っ直ぐにルチアーノを見上げていた。デュエルフィールドを挟んだ状態で、彼らは暫し見つめ合う。一瞬の間を開けてから、遊星はルチアーノに問いかけた。
    「なぜ、そこまでして俺たちを倒そうとする」
    「それが、神の意思だからだよ」
     遊星の姿を見下ろしたまま、ルチアーノは淡々と答える。『神』という単語に、僕も思わず視線を向けてしまった。彼の語る神とは、あの要塞に居を構えている、たった一人の生者のことだろうか。二度も要塞に足を踏み入れているのに、その姿を見かけたことは一度もなかった。
     そんな話をしているうちに、空が暗くなってきた。未来から来た廃墟の要塞が、僕たちの真上に現れたのだ。ルチアーノはこちらを振り向くと、にやりと僕に笑いかける。告げられたのは、もう三度目になる言葉だった。
    「僕たちも行こうぜ。僕たちのお城、アーククレイドルへさ!」
     甲高い請えと共に、僕の身体はふわりと宙に浮く。これから、僕はあの要塞へと連れ込まれ、ルチアーノの生い立ちの話を聞くのだ。その後に待っているのは、避けられない死という結末である。僕の二度目のループは、失敗に終わってしまったのだ。
     僕は、何を間違えてしまったのだろう。遊星たちに頼ろうとしたことは、悪い選択ではないと思っていた。実際、彼らの作戦は的確だったし、機皇帝を倒す目処が立っていたのだ。
     やはり、僕が関わってしまったことが、作戦を失敗に導いた一番の理由なのだろう。僕はルチアーノのタッグパートナーで、彼に影から見張られていたのだ。僕が出入りしていると分かれば、ルチアーノはポッポタイムを疑う。元から、僕は隠し事が下手なのだ。いつかバレてしまうことは、最初から分かりきっていたのに。
     滅びに向かう要塞の中で、僕は一心に祈っていた。僕に、もう一度チャンスをください、と。前回だって、祈ったら願いは叶ったのだ。この世界を統べる存在は、きっと僕のことを見てくれている。
     僕の立っている大地が、大きく左右に揺れた。要塞の最下層が、シティの建物にぶつかっているのだ。こうなれば、後はもう長くない。ルチアーノの手を握りしめながら、心の中で必死に祈り続ける。
     願わくば、もう一度チャンスがありますように。僕に、ルチアーノを救うことができますように。いや、祈るだけでは、何も現実にはできないのだ。絶対にルチアーノを救ってみせると誓いながら、僕は意識を失った。
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