ホワイトデー 端末の画面を点灯させると、僕はキッチンの調理台を見下ろした。生活感のほとんど感じられないその場所には、ズラリとお菓子の材料が並べられている。手元のモニターに映し出されているのは、初心者向けに解説されたクッキーのレシピだった。僕がこれから作ろうとしている、ホワイトデーのお返しになるものである。
大きく深呼吸をすると、僕は端末を台の隅に置いた。上着の袖を二の腕まで上げると、ずり落ちないように輪ゴムで止める。調理器具の収まった棚から引っ張り出したのは、デジタル式の小さなはかりだった。お菓子作りには正確性が重要だと聞いて、奥の方から引っ張り出してきたのである。
はかりの上にボウルを乗せると、一番に薄力粉の袋を手に取った。慎重に袋の口を開けると、少しずつボウルの上に流し込んでいく。一気に入れると出しすぎてしまいそうだから、ここは少しずつ計るのが得策だろう。なんとか粉を量り終えると、今度は砂糖を手に取った。
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