告白 リーグ部の部室に入ろうとして、アオイは入り口で足を止めた。室内から、甘ったるい気配を感じたのだ。扉を少しだけ開いて、中の様子を除き込む。案の定、室内にはアカマツとタロがいた。
挙動不審な態度のアカマツが、タロに何かを話しかけている。重要なことを伝えたがっているようだが、口からは曖昧な言葉しか出ていなかった。悔しそうにもごもごと口を動かす姿は、リーグ部のメンバーにとっては日常茶飯事であるようだ。他の四天王たちは、アカマツがタイミングを窺っていようが、容赦なく室内に入っていくのである。
とは言え、彼らが気にしていなくても、アオイは気にしてしまう。彼女にとってブルーベリー学園はよその学校で、四天王に対しても遠慮が残っているのだ。こんないい雰囲気の中を、壊していくわけにはいかなかった。
「あら、アオイじゃない? 何してるの?」
急に背後から声がして、アオイは飛び上がるほどに驚いてしまう。振り返ると、腕組みをして佇むゼイユの姿が、彼女の真後ろに迫っていた。慌てて唇に人差し指を当てると、小さな声で告げる。
「大きな声を出しちゃだめだよ。今、いいところみたいなの」
その一言だけで、彼女は全てを察したようである。にやりと意地悪な笑みを浮かべると、アオイの顔を覗き込んだ。
「ふーん。あんた、覗きの趣味があったのね」
「違うよ! 部室に入ろうと思ったんだけど、タイミングが分からなくて……」
「そんなの、気にせずに入っていけばいいじゃない。アカマツが告白できずにいるのなんて、いつものことなんだから」
退屈そうに返事をしながら、ゼイユも室内を除き込んだ。そこにいるのはアカマツとタロの二人だけで、アカマツは必死にタロに話しかけている。アオイが入りづらく感じているのも頷ける様子だった。
「入りづらいなら、一緒に入ってあげるけど?」
問いかけると、アオイはブンブンと首を振る。ドアから顔を離すと、そそくさと後ろに下がった。
「わたしは、いいよ。別に、急いでるわけじゃないし……」
年頃の女の子らしい反応に、ゼイユはにやりと笑みを浮かべる。
「へぇ~。あんたも、人の恋話に興味があったのね。バトル一筋かと思ってたわ」
「そんなこと、ないもん……」
なぜか頬を赤くして、アオイは下を向いた。初々しい反応に、ゼイユはさらにからかいの言葉を投げる。
「ふーん。好きな人がいるんだ。意外ね」
このままだと分が悪いと思ったのか、アオイは思いきったように顔を上げた。頬を赤く染めたまま、反撃の言葉を告げる。
「そういうゼイユはどうなの? カキツバタと仲がいいんでしょ」
「あいつは、そういうのじゃないわよ」
少しも動揺することなく、真っ正面から否定されてしまった。邪推する余地の微塵にもない、見事なまでの即答だ。本人がいなくて良かったと思いながら、さらに質問を続けてみる。
「それなら、ゼイユは、男の子に告白されたりとか、したことあるの……?」
「そりゃああるに決まってるでしょう。こんなに美人なんだから。でも、全員断ったわ。あたしよりもバトルの弱い男じゃ、釣り合わないもの」
彼女らしい答えだった。アオイには少し難しかったようで、不思議そうに首を傾げている。何度か視線を彷徨わせると、再び質問を重ねた。
「ゼイユは、強い人がいいの?」
「まあね。強ければいいってわけじゃないけど、そうじゃないと釣り合わないでしょ」
「そうなの、かな……?」
そこまで聞いても、アオイには分からないようだった。彼女は規格外の強さを持っているから、余計にピンと来ないのだろう。彼女と張り合える人間なんて、それこそチャンピオンクラスしかいない。
「アオイはチャンピオンクラスだから、自分より強い男なんていないか。まあ、そういう意見もある、くらいに受け取っときなさい」
考え込むアオイを見下ろしながら、ゼイユは気の無い言葉を吐く。思いの外まともに悩みだしてしまったから、からかいがいがなくなってしまったのだ。話を切り上げようと口を開くと、アオイの大きな瞳と目があった。
「じゃあ、わたしはどう?」
アオイが、平然とした口調で問いかける。少し思案してから、ゼイユも淡々と言葉を返した。
「まあ、あんたならいいかもね」
そこで、会話の違和感に思い至った。今、この少女はなんと問いかけたのだろうか。なんか、とんでもない言葉を吐いていた気がするが。
「…………えっ?」
聞き返そうとすると、アオイはくるりと後ろを向いた。ぎこちない仕草で身体を伸ばすと、妙に大きな声で言う。
「じゃあ、わたしはテラリウムドームに行こうかな。またね」
言い終わるより先に、パタパタと足音を立てながらその場を立ち去った。何も聞くことができなくて、ゼイユはぽかんとその後ろ姿を眺める。しばらくそうしていると、入れ違うようにカキツバタが姿を現す。
「ゼイユか? 何してんだ? こんなとこでボケっとして」
能天気な声にツッコミを入れる気力さえ、今のゼイユには残っていなかった。頭の上に疑問符を浮かべながら、呆然と言葉を吐く。
「今、告白されたかも」
「なんだ。いつものことか。誰なんだよ。その命知らずは」
隣から聞こえてくるのは、相変わらず能天気な声だ。そのふわふわとした空気を引き裂くように、ゼイユは直球な言葉を告げる。
「アオイ」
「は?」
予想外の返事に、さすがのカキツバタも疑問符を浮かべた。ゼイユと顔を見合わせると、すぐに楽しそうな笑みを浮かべる。
「面白くなってきたな」
「面白がってる場合じゃないわよ」
呆れたような声色で、ゼイユは呟く。その言葉も、彼の耳には届いていないようだった。