七草粥冬の朝は遅い。まだ薄暗い部屋をそっと抜け出し、キッチンへと向かう。
冷蔵庫から米袋を取り出して、きっちり1カップ。レバーを捻った先からの目が覚めるほどの冷たい流水で軽く洗米し、しばらく浸水させておく。その間にシャワーを浴びて、昨夜の名残りを一応、洗い流す。
なんだかんだとあの男は自分に甘い。と思う。その証拠に気づけば身体は綺麗にされているし欲を放った締まりからドロリと垂れることもないし、目立つところに痕もない。ま、そのかわり太腿の際どい箇所や、頸-後ろ毛が隠れるギリギリ-は、これでもかというくらい華が散らさせてるけど。
愛されちゃってるねぇ、俺。
心中で零した言葉に思わずほくそ笑んだ。
本当は一時間くらい浸水させた方がいいんだろうけど、流石にそんな時間はない。なんせ今から作るのだ。袖をまくりエプロンをしてさて調理開始。
ザルにあげ水気を切った米を熱したクルーゼの鍋で炒め透明になってきたところで、湯を加え沸騰したらあとは弱火でとにかくコトコト炊くだけ。水気が少なくなってきたら途中で熱湯を足して、鍋底を掻いたとき底が見えるようになってきたらかき混ぜてベースの出来上がり。
それまでに、小鍋に湯を沸かして買っておいた七草をさっと茹でて水にさらしカット。ついでに、ザーサイも一緒にカット。あとは缶詰のキチンも用意して…つまみの干貝柱も割いておくか。
完成した白粥に市販の鶏ガラスープと缶詰の汁も入れて、さらに粥を延ばし七草全部を加えれば……
「えらく早起きだな」
「あ、おはよ。けんちゃん」
「…おはよう。で、何を作ってる?」
「ん、七草粥。今日は1月7日でショ」
反町との付き合い自体は長いが所謂恋人関係になって初めて知った事は多々ある。これもその一つだ。
七草粥に限らず、四季折々の行事的なことはもちろん俺も何度も経験しているわけだが、それは実家なり寮なりでの話でわざわざ自ら用意したことは無いし、なんなら用意しようと思ったことも無い。てっきりコイツも同じ類だと思いきや意外や意外、ちゃんと用意している。そのくせ、ゲン担ぎとかは全くしないのだから、人とはいろんな面があるものだ。
なんとはなしに、ひとりごちている間にどうやら本日の朝食が完成したらしい。
一人暮らしにはやや広めの食卓には、ほかほかと湯気立つお粥が鍋ごと。そして小鉢がいくつか。
「七草粥にしちゃ、豪華だな」
「今年は中華風にしたの」
「なるほど。この小鉢類は、トッピングというわけか」
「そそ。だって、お粥ってすぐ増えるじゃん。飽きちゃうんだよね」
それは水分を含むから…という正論はもちろん言わず、そうだな。とだけ相槌をうつ。
「「いただきます」」
互いに無病息災を願い、米が花を咲かせた粥を味わう。
カスタマイズしよーっと。2杯目に突入の反町が小鉢のあれこれに手を伸ばす。
「俺たちもさ、こうやってカスタマイズしてかないとね」
あぁ、なるほど…。
反町が今年のお粥を中華風にしたことがストンと腑に落ちる
俺がGKでありながら、フィールドプレーヤーしかもFWとして登録された時、内心はどうであれコイツはそれを良しとして受け入れた。そして暗に匂わせられるDFへのコンバートも。
このしなやかな強さは俺には無いものだ。ここまで自分を客観的に見れるものだろうかと訝しむほどに。
「で、お前はどんなカスタマイズにするんだ?」
「そうねぇ……まずは、チキンとザーサイかな」