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    rubelu_

    @rubelu_

    創作小説・マンガ
    #DR-marionnette
    #星屑が降る

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    rubelu_

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    誰も続くとは思わなかっただろう。

    ##ビーフホスト

    ビーフホスト・ザ・セカンド「ねえ、あれ見た?」
    「見た!めっちゃ格好良い…!」

    東京に月が降りる頃。女性達は夜の街を歩きながら囁いていた。皆揃って話すことは同じだ。
    私は耳を澄ませる。分かる、分かるよと頷いてそびえ立つ摩天楼を見上げる。

    そう、セカンド。待ちに待ったこの日がやってきた。

    (ビーフホストに新人が来たーッ!)

    ガッツポーズをして飛び上がった。周りの人がこちらを見るが構わず店に入る。
    私はみなと。しがないOLだ。日々社畜社畜で疲労困憊、幸せの海に飛び込みたい、癒しを求め、ビーフホストに通って早数年。

    常連の女と言えば、この私。右に出るやつは他にいないわ。

    鼻を鳴らす。扉を開けようとノブを回したが、同時に押したせいで鼻をぶつけてしまった。
    「いたっ」「ごめん、大丈夫!?」誰かが手を伸ばしてくる。

    顔を見る。ああ、彼は____

    「エビくーんッ!!」
    「うわっ!あっ、接触禁止令…」

    飛びつこうとしたら盛大にスライディング入店をかました。なんで。感動の再会でしょうが。

    「オーナーに言われてたの、忘れてた」
    「何よ!忘れなさいよジジイの戯言なんて!」
    「わあ、みなとちゃん、口が回るねえ」
    「褒めてくれるならハグくらい…」

    頬を膨らませて言うと、彼は眉を下げる。まあ仕方ない。じんましんが出るタイプのアレルギーだから。恋というのは酷く苦しいものだ。

    エビくん、もとい、白老海。

    私が推してるイケメンホスト。正統派で気配り上手、話し上手、波と似た軽やかなスタイルに、眩しい笑顔。
    【ビーフネーム・オーシャンボーイ】…という称号で有名だ。

    「みなとちゃん。もう噂は聞いてるよね」
    「もちろん。新人くんの話なら」
    「流石!ベテラン令嬢様は違うね。こっちにおいで、君だけに紹介してあげるから」
    「…馬鹿にしてる?まあ、顔が良いから許す」

    奥の扉を開く。一斉に照明がついて、瞬きをした。風に運ばれた薔薇が、私をふんわりと包む。

    「御令嬢、ビーフホストへようこそ」

    私の手を取り、お辞儀をするジェントルマン。顔を上げる。彼には見覚えがある。…確か。
    (滝汗の、清潔感のない)と、そこで思い出す。

    「テメェ【滝汗ボーイ】じゃねえか!」
    「違う!そんな不名誉な称号じゃない!」
    「どうどう…」

    馬を宥めるように海くんが割って入る。いや私、暴れ馬じゃないんだが。

    カルビくん、もとい、瀬肩ローザ。

    彼が歩けばそこらに薔薇が溢れる、ギザでプライドが高い男。たまに見せる、繊細かつ純粋な一面で人気を誇るが、私は興味がない。

    「【ワンローズ】だよ。そろそろ覚えてくれ」
    「はあ、そんな名前もあったっけね」
    「お、覚えてよ…」

    目を潤ませて私を見る。そんな顔されても。

    「ワンちゃんって称号の通り犬っぽいよな」
    「そういう意味のワンじゃないぞ、オーシャン」
    「違うの?どっちも似たようなものじゃん。それより、新人くん呼んでちょーだいよ」
    「それより…」

    しょんぼりと体をすぼめる。とぼとぼ歩きながらキッチンへと消えた。少し可哀想だったかな…と思う。

    「ワンちゃんも君のこと待ってたんだよ。尻尾振りながら『あの子いつ来るかな?』って」
    「そうなんだ」
    「可愛いよね!一途な男だからさ。人気なだけあるよ、令嬢の対応も丁寧で…」

    意外。ふらふら女子に絡んでそうな野郎が、紳士的で評判が良くて、一途だなんて。
    (うーん、想像つかないけど)眉をひそめた。ガタン、と音を立てて、新人が顔を出す。

    「あっ、し、新人くん」

    全員の顔をじっと眺めて、私は崩れ落ちた。セカンド。正直、話半分だったが…こんなの。

    こんなの。

    イケメンホールパラダイスじゃないですか。

    歓喜に沸いて飛び跳ねる。私はそこで床のジャケットを踏んでしまい、頭から転倒して気を失った。


    《飛上円夏said》


    「おい、どーすんだよ」

    俺はすっ転んだ女を見つめて言った。周りはハラハラと動き回って忙しない。落ち着けよ一人くらい。…いや、冷静なヤツはいるな。
    雪塩サーレー、【スノーホワイト】。ソファでくつろぎながらカルピス飲んでるヤツ。

    「サーレー、手伝え」
    「何で僕が」
    「いいから手伝えっての!海なんか『オレのせいで』とか言って落ち込んで部屋に篭もったから使い物になんねえの!」

    あ、無視した。ビーフランキングでコイツが俺より上とか信じられない。薄情な男だぞ。女が倒れてるのに気にしないとか、本当にホストなのか。
    ローザがキッチンから駆けてくる。手に色々持ってる。

    「あの、コレ、持ってきたんだけど、ネギとか冷タオルとか、こんにゃくとか!」
    「落ち着け」
    「ネギってどのくらいの力で巻くんだっけ。靴紐結ぶくらいだっけ」
    「最後のギューってする工程でこの女が苦しむだろうな」
    「エーン!!」

    全くどいつもこいつも使えない。何でこんな時に藍がいないんだ。あとオーナー。

    「あ〜も〜!仕方ねえから俺一人で…」
    「一人で…持ち上げ…」

    重い。え?嘘。持ち上げられない。

    「え、ごめん、皆たすけ」
    「ウエーン!!」
    「ズズズ」
    「オレが…あの子を傷つけた…」
    「ホント使えね〜!」


    ⚪︎


    遅れて二人がやってきた。

    「ごめん遅れちゃって…」

    甘春藍、【スプリング】。癒し系の優しい男子。ふわふわ花を身にまとって、令嬢と話す姿は春の季節そのものだ、というくらい心が浄化される。
    俺はコイツと相性がいい。サーレーと喧嘩した時に蓋をしてくれる良いヤツだ。

    「いや、俺こそすまん。いきなり呼び出して」
    「大丈夫だよ。オーナー、彼女が倒れたみたいで。一緒に運んでもらえますか」

    オーナーがメガネをくいと上げて笑った。「大切なお客様だからね。手伝うよ」流石頼れる男である。

    「しかしどうしてこんな惨劇に」
    「海のせいですね、そこらにジャケット脱ぎ散らかすんで」
    「またあの子は…何度もお客様を転ばせておいて、学習しない」

    オーナーがため息をついた。俺だってため息つきたいよ。女を持ち上げてベッドに移す。良かった、安堵して息を吐くと、藍が俺を見て呟いた。

    「まさかとは思うけど、円夏くん。彼女を抱き上げられなかったなんてことは」
    「…」
    「円夏くん…」
    「何も言うな。違う、体力には自信があったんだ。女の一人ぐらい余裕で持ち上げられて」
    「その結果、これなんだから、もう認めてもいいと思うよ」
    「あ、藍い…」

    目に光がない。藍は時々、俺を憐れんだ目で見てくるが、ガキじゃないんだからやめてほしい。
    「ところで、海くんはどこに?」と藍が言う。俺は部屋を指差した。

    「アイツは今マイナスモードだから放っておいたほうがいいぜ」
    「ううん、きつく叱っておかないと同じことを繰り返すでしょ」

    黙っていた方が良かったかもしれないと後悔をした。優しいヤツが怒るってことが、この世で一番恐ろしいことなんだから。


    《キュルビス・カボsaid》


    私、不満に思うことがあります。

    一人だけ忘れられてないですか。影が薄いからって酷くないですか。一応ホストの仲間なんですよ、阿保、馬鹿、おたんこナス。

    扉を開けたら女性が倒れていて、皆騒いでいたから声をかけるタイミングがなかった。二人が駆けつけてその場は収まったものの、悲しくすみっこ暮らしする羽目になるとは思わなかった。

    「雪塩さん、貴方、私のこと気づいてましたよね」
    「さあ。お前、いてもいなくても変わらないし」
    「ガーン…!」

    口で言うやつはいないだろう。でも私にとってはそれほどショックだったんだ。見た目は誰よりも派手なのに。
    隣に座ってお茶を飲む。ちらりとテーブルを見ると空のペットボトルが転がっている。

    「えっ。カルピス何杯目ですか!?」
    「覚えてない」
    「えー!?」

    雪塩さんが冷蔵庫からもう一本取り出して開けようとするので、慌ててそれを止める。

    「これ以上飲んだら健康に悪いですよ。ホストは体が資本なんですから」
    「説教すんの。あまカスかよ」
    「あま…カス…?」

    甘春さんのことを言っているのか。この人、口が悪いにもほどがある。
    「みんな素敵な名前があるんですから、ちゃんと呼んでくださいよ」コップに口をつけた瞬間、それを奪われて落とされた。

    「あーッ、私のお茶!」
    「店、開ける時間」
    「は…?あ、ああ。確かにそろそろですね。でもコップは割る必要ないような」
    「うるさい」
    「ええ…」

    雪塩さんはホールに行ってしまった。誰が掃除すると思ってるんだ、私か、そうか…まずペットボトルの山から処分しないと。どうして不幸ばっかり起こるんだろう。

    「泣きたいなあ」

    せめてそれぐらいは許してほしい。


    《瀬肩ローザsaid》


    彼女はまだ寝ている。心配になってこっそり覗きに来たが、やはり目覚めていないようだ。あの時は混乱していたが、病人でもない限りネギを首に巻くことはないとオーナーに言われた。(最近はそうする人がいるかも微妙だが)

    それはそうだ。ボクは気が気じゃなかった。

    新人が来ると知った時、No.1の地位を脅かされるのでは…そう不安に思うと同時に、令嬢が離れてしまうのではないかと焦りが生まれた。

    君も去ってしまうと思った。

    「…君が心配で仕方ないんだ」

    だから早く目覚めてくれ、と頬に手を添えた。(ずっと待っていたのに…)こんな出会い方はないだろう。
    ドン!と足蹴りをするように誰かが入ってきた。驚いて肩が跳ねる。振り向くと飛上円夏、【ホールエンド】がいた。

    「気分は落ち着いたか」
    「ああ、なんとか。って、ドアの開け方!足で蹴ったらダメでしょ!」
    「オカンか。おまえさ、この子と知り合いなんだろ。ずっと楽しみにしてたじゃん」
    「き、気づいてたのか?」
    「いや分かりやすいって。誰が見ても恋してるって気づく____」
    「ダー‼︎」

    ホールエンドの口を塞ぐ。もごもごと何か言おうとしているが、ボクはそれを止めなきゃならない。いつバレていた?もしかして、ライバルのオーシャンにもバレているのか?
    まさか、あいつは知っていながらボクを嘲笑っていたのか⁉︎

    だんだんと押さえる力が強くなる。ホールエンドはバタバタと手足を動かしている。手を退けてそいつに聞く。

    「っぷは、オメェ殺す気か!息できねえよ!」
    「オーシャンはどこだ!」
    「ハァ?今は隣の部屋にいるけど…おい、待て、何する気だ」
    「しばきに行く」
    「は?」
    「しばきに」
    「聞こえてるから。じゃなくて、なんで?」

    ライバルだから、いや、敵(かたき)だからと言えばいいか。_____やつは俺にとって邪魔者でしかない。俺がシャンパンボトルを運んでいる時だって、変顔をして笑わせてくるし、俺が接客で失敗して叩かれた時もゲラゲラ笑っていやがった。許さない。

    彼女がオーシャンを好きなのは、やつの性格を知らないからだ。もっと黒い内側を見せてやれば、俺を見てくれるはずだ。

    「おーい、どうした?」
    「だから俺は…オーシャンと戦うんだ」
    「なあ、お前の脳内だけで完結させるのやめない?」

    扉を開いて進む。オーシャンの情けない泣き声がするので、おかしくて吹き出しそうになるが我慢して部屋に入った。
    「オーシャン、今日こそはお前に____」熱風が吹く。驚いて目を開けると、オーシャンが叫んだ。

    「アッ、た、頼む、助けてくれ!」
    「む。なぜ俺がお前なんかを」
    「あああ藍さんがッ、殺しにきてるから!お願い、お願い、お願いー!」
    「うるさいな…」

    オーシャンはスプリングに捕らえられ、バーナーで炙られそうになっている。信じられない光景だ。…が、お前を助ける義理もない。
    そもそも、彼女が倒れたのも、お前の脱皮癖が原因だからな。

    「シュリンプになっちゃった⭐︎ってか⁉︎ふざけんな、笑えねえよ!ヘルプミーッ、神様ァ」
    「大人しくしようね、海くん。これはルールを守れないお子様に躾(しつけ)をしてるんだから…さ」
    「今日がオレの命日…⁉︎」

    全身震えて動けないといったところか、本気で怒ったスプリングは、接客時の優しい彼とは真逆で手がつけられない。火をつけたら終わり、嘘をつけば撒かれる。
    呆れて何も言えない。一回ならまだしも、コイツは常習犯だからな…

    「報復にきたけど、その必要はないみたいだ」
    「え?なにそれ」
    「まあ、なんというか、頑張れ。じゃあ」
    「エ!?見捨てんの!?」

    「何かしたのか分かんないけどごめんー!仲間だろ助けてくれー!」と声を上げるのを無視し、扉を閉める。

    あんなのに巻き込まれたらたまらない。炙りカルビ決定だ。

    「……やばいな」
    「友達なんだろ、止めてくれないか?」
    「ちょっと…無理…」

    ホールエンドを怯えさせるなんて、相当なやつだ。


    《オーナーsaid》

    「おかえりなさい、御令嬢」

    そう言うと、彼女達は黄色い歓声を上げる。うん、なかなか順調だ。pcで売上を見ながら頷いた。やはり新人を迎えて正解だったな。
    白老とキュルビスが不調で休みだから、回せる人がいないと成り立たない。

    「オーナー、ちょっと」新人の雪塩に呼ばれて、席の様子を見ると、白老が酒を飲んでいた。

    「えっ、休んでたんじゃ」
    「あ〜、オーナー!今日も"メガネ"がイカしてますねぇ!」
    「ぼくは"全て"がイカしてるけど、どうしたの」
    「アハハ、面白い冗談っスね〜!座布団減らしておきまーす!」
    「なんか減点食らったんだけど。何このカオス」

    お客様より酔っ払う男がいるか。いたな、ここに…顔に手を当てて息を吐き出した。
    「ほらね。酷いでしょ。なんとかしてよ」と雪塩が言った。君も君でキュルビスが休んだ原因なんだけどね。

    「誰かコイツを部屋に戻せるやついないの?」
    「僕はやらないよ」
    「君に言ってないよ、最初から当てにしてないから!それよりキュルビスに謝ってきなさい!」
    「なんで?」
    「自分で考えろバカ!」

    ぜえぜえ息を切らす。前言撤回、飛んだ問題児だ!

    「オーナー…海は部屋に戻らないと思います」
    「ええ?」
    「トラウマが増えてしまったので」
    「な…なにそれ?」

    飛上が死んだ目で言うので、ぼくは頭を抱えた。新人チームのもう一人がやらかしたか。あの子は大丈夫だと思ったんだけどなあ!
    「分かったよ。それなら藍くんは?」飛上が首を振って「あっちの女…じゃなくて女性客の相手をしてますけど、よく平気な顔して営業できますよね」と言った。

    「君たちって友達だよね?二人で応募してたよね?」
    「いやあ、過激な友達で大変ですよね」
    「なぜ他人事のように…」
    「ってことなんで、藍は通常通り動けます。まあ、後で俺から注意しますよ。ところでローザが見当たらないんですけど、見ました?」
    「ううん、見てないけど?」

    彼女の部屋に行ったというのは聞いたが、それから姿を見ていないのか。一緒にいたはずでは。

    「雪塩くん…っていない!あーもう!」
    「自由すぎてめっちゃイライラするわ」
    「こう言う時こそ平常心を保つんだ、飛上」
    「分かってますよ。あ、呼ばれたんで行きますね」

    女性に呼ばれて飛上がホールに戻った。君はお客様を女と呼ぶクセを直した方がいいぞ。

    …まったく、散々だ。経営は上手くいっていると勘違いしていた、これじゃあ全てが水の泡だ!
    ぼくはホール全体を回って二人を探しに走った。


    《雪塩said》


    大学の同級生だったキュルビスが、僕にこんなチラシを見せてきた。…ビーフホスト。
    どうしてこんな物を見せてくるのと聞けば、貴方は綺麗だから、きっと人気者になれるよと自信満々に話した。

    だから、ちょっとだけ面白そうと思ったんだ。ここに応募したのも、ひょんなことだった。

    なのに。

    「キュルビス」
    「へっ?なんですか…?」
    「ずっと思ってたけど、僕が話しかけるたびに怯えるの、何」
    「え。だ、だって、怒ってるのかなって思って…思いまして」
    「敬語も別にいらないから」
    「すみません!」

    最初に会った時はこんなつまんないヤツじゃなかった。もっと好奇心旺盛で僕を連れ回すような、真っ直ぐな人だったのに…あれは"別人"だったのかな。
    黙っていると気迫があるのか、そいつは逃げてしまった。

    あの時のお前じゃないなら、僕はここにいる意味ないんだけど。

    ⚪︎

    「またゴミを増やして…注意したよね、おれ」
    「あまカス、邪魔だからどいて」
    「その呼び方もやめろって言ったよね?」

    面倒なのに捕まった。面白い女の様子を見に行こうとしたらコレだ。コイツは口うるさいから関わりたくない。
    「脱皮ホストがホールで酔って暴れてたけど」と言えばコイツは向こうへ走って行った。

    「やっと消えた…」中に入ると、キュルビスがいた。振り向いてびくりと肩を揺らす。

    「…なんでいんの」
    「すみません!様子を見たら帰るつもりだったんです!」
    「責めてないから謝らないで。僕が悪いみたいじゃん」
    「はい。すみませ、あっ」
    「…」

    謝るのはクセなのか。変なクセだな。

    倒れた女の顔を覗き込む。騒がしいのが店にいるなと思えば、脱皮事件が起こったからカルピスを吹き出してしまった。僕のカルピスを返して欲しい。
    (不思議なヤツ)テンションが高くてうるさくて嫌いなタイプ。だけどつまらなくない。

    「お前、何しにきたの」
    「へ?私は…瀬肩さんが、この人を心配してたから気になって」
    「伝書鳩ってこと?」
    「そうじゃなくて。個人的に気になったから…です」
    「ふうん」

    静まり返る。特に話すこともないので、こんな空気になるのも当然だが、何でもいいから話題を振ってきてほしい。キュルビスがおどおどしてこちらに近づいた。

    「何?」
    「いえ、その…私達って、どこかで会ったことありますか…?」
    「!」

    「違ったらすみません!」と頭を下げた。…人違いではないのか。でも、あの日のキュルビスの性格ではない…一体どういう事だろう。まったく別の人が"乗り移っている"かのような___

    …乗り移っている?

    「会ったことはあるよ」
    「え!やっぱり…雪塩さんと似た人と話した記憶があって、でも断片的にしか思い出せないんです」
    「記憶、断片的」
    「そう。おかしいですよね、私、病気なんでしょうか」

    これは、あれだろうか。心の中に誰かがいる【二重人格】ってやつじゃないか?

    そうだとしたら腑に落ちる。こんな臆病なヤツが、友達のいない僕を誘うわけないから。

    「…病気かもね」
    「ええー⁉︎そんなあ」
    「嫌なの?」
    「モヤモヤするんですよ。霧が晴れなくて」
    「じゃあ、聞いてみる?」
    「そうですね……え?」

    お前の心の中の誰かに。




    「やめてください!」

    胸ぐらを掴んで、カボチャを食わせようとした結果、取っ組み合いになった。腹を蹴って黙らせると、キュルビスは涙目で僕を睨んだ。

    「私のことが嫌いなんですか」
    「興味ない」
    「ならどうして嫌なことばかりするんですか!」
    「はあ?」

    殴られた。速くて追いつかなかった。目を見開いて固まっていると、何かを呟きながら首を絞めてきた。

    「私、貴方に憧れて、声をかけたんです」

    涙を溢して僕を見る。

    「貴方みたいに強くて綺麗だったら、誰にも嫌われずに、愛してもらえるでしょ」
    「ゴホッ、何、言ってんの…」
    「だから声をかけたんだ。貴方に、貴方そのものになりたかった。ねえ、【スノーホワイト】」

    さらに強く締めてくる。苦しい。(その名前、あんまり好きじゃない…)というかコイツ、なんなの。僕のことをそんな風に思ってたわけ。無口で大人しくて顔が良いから近づいてきたの?

    そんなの…アイツらと同じってことじゃん。

    「が、ぐっ、ァ」

    最悪。息ができない。死ぬ。なあ、やめろ…やめろってば!

    「新人…くん?」

    力が緩められる。必死に空気を吸い込んでむせた。女を見て、キュルビスは顔を青ざめる。

    「違うんです…誤解で…私は、雪塩さんの首を締めるなんて、そんな」
    「どうしたの、何かあったの?」
    「ああ、またやってしまった、あ、あああ、ああ」

    様子がおかしい。息を整えて彼に近づく。手を伸ばしたが、叩いて拒否された。仕方ないので女の隣に座る。

    「僕がコイツの苦手なカボチャを食わせようとしたら、怒って首を締めてきて、パニックになったみたい」
    「…バカなんですか?」
    「うるさい。そんなに嫌がるとは思ってなかったし」

    実際はもう一人の彼に会いたくて、ワザとやったんだけど。

    「謝ってください」
    「なんで」
    「今のは貴方が悪いです。されて嫌なことを平気でする人が、ホストになんかなれない」

    女が真剣な顔で見つめてくる。ホストになれない?僕が?この店では二番目に人気だし、事件も起こさずに、普通にノルマをこなしてきた。
    キュルビスには迷惑をかけてきたけど、それは、コイツが勝手に世話を焼いてくるだけ…

    「…はあ。だんまりですか。友達少なそうですね」
    「は?」
    「あ、ごめんなさい。つい本音が…じゃなくて、恵まれてるんだな〜って」
    「つまり、僕が今まで、甘やかされて生きてきたって言いたいの」
    「んー、まあそういうことです」

    コイツ、ナチュラルに貶したな。ムカつく。女がキュルビスの背中を撫でて落ち着かせる。俯きながら、ふらりと揺れて、立ち上がった。

    「君、大丈夫…」
    「サーレー、久しぶり!」
    「えっ」

    真っ先に飛び込んで、僕の手を掴んできた。驚いて声が出せない。「元気そうだね。良かった。臆病者ばかり外にでるからさァ、退屈だったんだよ」と笑う。

    「待ってください、友達なんですか?」
    「同級生、大学の」
    「え、一緒に応募して?」
    「コイツが誘ってきた。面白そうだからついてきただけ」

    女は混乱して頭を抱えた。同級生を殴って首を絞めるのはやばくないか?と問われたが、まあ、普通ならあり得ないだろう。

    僕がカボを呼びたかったから煽ったんだ。…こんな上手くいくとは思わなかった。

    「ここがビーフホストかあ。ねえ、サーレー。君は何番目に人気なの」
    「二番目」
    「え?どうして?」
    「どうしてって言われても。瀬肩がトップで、この店の古株なんだから仕方ないじゃん。あんなの追い越せないよ」
    「そっか。勿体無いな〜…」

    髪の毛をくるりと回して考え事を始めた。こっちのカボは何を考えているのか分からない。
    「私なら、キミのこと…」目を細めた時、誰かが突撃してきた。その勢いでドアが壊れる。

    「何事ですか。え、ドア壊れて」
    「凄い音がしたけど大丈夫か⁉︎」
    「むしろオーナー側から凄い音がしたけどね」
    「あっ、ドア壊れてる‼︎」

    今更気づいたオーナーはショックでメガネを落とした。目がのび太みたいになる。面白くて笑った。
    「ちょっと笑ってないで早く営業しなさいよ」メガネを掛け直して言う。

    「キュルビスも元気そうだし、いけるよね?」
    「はい、もちろん」
    「ハァ〜、良かった。あ、これ以上、問題起こさないでよ。困るのはぼくだからね!」
    「はいはい」
    「はいは一回!」

    オーナーは二人に説教したあと、女の体調を気遣って「しばらくきつかったら、この部屋にいて構わないよ。空き部屋だから自由にしてて」と微笑んだ。女は疲れた顔をして「ありがとうございます…」と返した。事件現場に遭遇したようなもんだからな。



    (確かに甘えていた。独りぼっちだったけど、今まで皆、僕が頼めばやってくれたから)

    僕はカボと部屋を出て、ホールに顔を出す。
    「カボ、あのさ…」
    「せっかく再会できたんだから、可愛いあだ名で呼んでほしいな♪」
    「え…」

    何それ。嫌なんだけど。それが顔に出ていたのか、カボはにやりと笑って「私ばかりが辛い思いをするのはフェアじゃないでしょう?」と言った。
    ああ、思い出した。やっぱりコイツ嫌いかもしれない。

    されたことは倍で返す男、美味い話で釣って詐欺する男!

    「ほら、かぼちって呼んでよ!ねえ、ねえ!」
    「かまぼこ」
    「え、何それ。ダサ…」
    「文句あんの?」
    「まあ良いけどさあ、サーちゃんっぽいし」
    「今すぐそのあだ名を変えろかまぼこ」

    「こわ〜い!」と走って逃げていった。僕も急いで追いかける。本当、面倒で変なヤツ。けど、

    面白い男だ。


    ⚪︎


    《甘春藍said》


    オーナーが戻ってきた。女性も目覚めたらしい。

    海くんと円夏くんは力が抜けたようにソファに倒れ込んだ。二人共すごく焦ってたもんね。でもまだ営業中だから気を抜かないようにね。

    「海くん、終わったら土下座しに行って」耳打ちすると首をぶんぶん振った。躾が効いたみたい。

    (サーレーくんとキュルビスくんも仲直りした…と)

    これで安心して仕事ができる。僕は女性と話しながらお酒を口に含んだ。面倒なことは好きじゃない。できるなら何も言わなくても動いてほしい。
    平和が一番なんだよ、おれが世話する必要もなくなるんだから。

    「藍くん、ちょっときて」
    「ああ。オーナー、お疲れ様です」

    呼ばれてスタッフルームに移動する。

    「あのね。単刀直入に言うけど、海くんに何かした?」
    「何かって、なんですか?」
    「分かってるなら誤魔化さないで。うちの大事な子に手を出すのを辞めなさい」
    「言い方(笑)…分かりましたよ。もう何もしません。ですが…オーナーの躾もなってませんよね」
    「何だって?」

    オーナーは目を釣り上げて言う。だってそうじゃない、ルールも守れない先輩を育てたのはオーナーでしょう。後輩が、特に円夏くんがそんな風になったら困る。
    「君ねえ…教育係にでもなりたいのかい?」肩を落として言う。

    「いえ、別に…ああ、海くんとサーレーくん、二人は特に注意したほうがいいと思います〜」
    「君だってやり方が酷いと思うけどね〜」

    お互い睨み合って言った。「面倒だな…」と吐き捨てる。この人とは気が合わなさそう、お店のオーナーだけど。
    円夏くんがそろ〜っと覗き込んでいるので、手を振った。バレていないと思っているところが面白い。

    「ワッ」
    「ずっと見てたでしょ。入れば良いのに」
    「いやいや空気悪すぎて入れるワケねーだろ」
    「まあ確かに」

    微笑んで肩に手を置く。彼は苦笑いをする。

    「あ、オーナー。さっきお客様から何かパフォーマンスしてくれないかって言われたんですけど…」
    「パフォーマンス?」
    「はい。新人チームでダンスを披露してほしいって…だから皆集めなきゃなんすけど、ローザだけがいなくて」

    ああ、忘れてた。ローザくんを探してるんだったな。お客様が多すぎてそれどころではなかった。ホールへ戻ると、海くんとカボくん()がダンスを踊ってはしゃいでいた。
    「君達、何を…」
    「あっ!スプリングくん〜!いえーい!」
    「はあ?」
    あ、しまった。つい心の声が…おれは咳き込んで、二人に聞く。
    「ところで、ローザくんは見てない?」
    「ワンちゃんなら、みなとちゃんの部屋に行ったよ。心配してるんだって。まあオレもそうなんだけど…」
    「お店のこともあるしさ。だからローズくんに看病お願いしてるってわけ」
    「カボくん…君は一体どうしたんだ。頭でも打ったのか?性格が…」
    「え?やだなあ、私は最初からこんな性格ですよ」
    「…」
    面倒だからこれ以上深く聞かないことにしよう。さて、ローザくんはみなとちゃんの部屋にいる…と。呼びに行ってもいいけど、二人の時間を作ってあげたほうがいいかな。
    「ねえ、円夏くん」
    「ん」
    「おれ達で、何か面白いパフォーマンスできないかな」
    「マジか。いきなり言われても思いつかな…あ」
    「なになに?」
    円夏くんは袋から何かを取り出して、おれに見せた。これは。
    「前にサーレーに着せようとしてた服。嫌がってゴミ箱に捨てられてたけど…綺麗だし、取っといた」
    「いいじゃん。使えそう。それで問題はテーマをどうするか」
    「んー」
    海くんが間に入ってくる。
    「それならさ、みなとちゃんもローザも呼んで、皆で歌とダンスやっちゃうのはどうよ!」
    「お〜、楽しそうですね!サーちゃんに(無理やり)着せてあげましょう!」
    「おい、かぼち…」
    サーレーくんがカボくんの胸ぐらを掴む。「こら、やめなさい。すぐ喧嘩するんだから」おれが二人の叩くと、動きを止めた。素直で聞き分けがいい子だ。
    「それじゃ!オレ呼んでくる!」
    「えっ、待って」
    「ん?」
    「ほら、ローザくん、あの子が来るの楽しみにしてたでしょ?二人で話したいことがあるんだと思うよ。今ごろ、目を覚ましてるだろうし…だから、ね?」
    海くんは少し考え込んで、それから思いついた!と瞳を光らせる。
    「それなら、邪魔しないとじゃん!」
    「…は?おれの話聞いてた?」
    「だってつまんないだろ。みなとちゃんはアイツだけのもんじゃねえし、ローザもあの子のものじゃない。邪魔した方が火がついて、会場も盛り上がる。これは『奪い合いの闘い』だってこと!」
    「奪い合いって…君さ」
    円夏くんが頷いて「そのほうが面白そうだな」と笑う。円夏くん!?
    「じゃあ、そういうことだから!またあとで!」
    「え…ええ…?」
    こんなんでいいのかな…おれはどうすればいいんだ…?どうすれば正解なんだ…?
    「う…うわー!分からねえよ!!」


    ⚪︎

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