お口の恋人 白くて臭い煙が、もくもくと部屋の中を飛んでいる。
僕は読んでいたマンガから顔を上げて、コバヤシくんの方を見た。コバヤシくんは分厚い本を読みながら、ずっと煙草をふかしている。傍にある灰皿には、数え切れないほどの吸殻が溜まっていた。
ふわふわと空気に乗って漂う煙は、あまり身体にいいものじゃないと知っている。あと、へんなにおいがするし。
僕はそっとコバヤシくんに近付いて、口元の煙草を取り上げてしまう。すると、コバヤシくんはじろりと僕を睨んで、「なにすんだ」と怖い声で言う。僕は少したじろいだけれど、キッと表情を引き締めて、
「吸いすぎだよ。身体によくないよ」
「……うるせえよ。お前には関係ないだろ」
「関係なくないよ。コバヤシくんが身体を壊しちゃったら、悲しいもん」
「…………」
コバヤシくんはチッと舌打ちして、僕から煙草を取り返すと、灰皿に押し付けた。そして、次の煙草に伸ばそうとした手を、「だめだってば」と叩き落とす。
また怒るかと思いきや、コバヤシくんはきょとんとした顔で首を捻った。
「あ? あぁ……無意識だった」
その言葉に、今度は僕が首を捻る。コバヤシくんは開いていた本を閉じ、溜息を吐いて言葉を続ける。
「……煙草ってのはな、依存しちまうモンなんだ」
「いぞん」
「ニコチンっていう成分に中毒性があって、やめられなくなっちまうのさ」
「にこちん」
「なんつーかこう、口寂しいんだよな……吸ってないと」
「くちさみしい……」
「……オウムかお前は」
「おうむ?」
「……わかんねぇならいい。とにかく、俺は煙草を止める気はないからな」
「ええ!? だめだよ、身体に悪いよ!」
「……お前、俺の話聞いてたか?」
呆れられてしまったけれど、コバヤシくんの話は難しくてよくわからない。ただ、彼が言った「くちさみしい」という言葉が、頭の中に残っていた。
……あ。いいこと思いついた。
「コバヤシくん」
名前を呼んで、僕に向いた顔に手を伸ばす。両頬を包むように押さえて、唇に口づけた。
目の前の、薄緑の目が見開かれる。僕はそれを見つめながら、ぐいっと舌を差し入れて、煙草の煙が暴れるみたいに、コバヤシくんのくちのなかを舐め回す。
「ん、んん……っ!」
コバヤシくんはくぐもった声をあげて、ぎゅっと目をつむり、僕の身体をぐいぐい押す。けど僕は、離す気は無かった。いつもコバヤシくんが、煙草を一本吸い終わるくらいの時間までは。
何分かして、流石に息が苦しくなって口を離す。コバヤシくんはげほげほと咳き込んで、真っ赤な顔で僕を睨む。
「っは……お前、何すんだ……っ!」
「えっと……煙草の代わり?」
「はあ!?」
「口寂しいんでしょ? だから、代わりになるかなって」
「…………」
コバヤシくんは何だか変な顔で僕を見ていたけれど、やがて大きな溜息を吐いて、がくりと肩を落とした。
……よくわからないけど、否定されないってことは、効果があったってことなのかな?
「煙草が吸いたくなったら、僕を呼んでね。またしてあげるから」
「……っ、誰が呼ぶか馬鹿ティーチ!!」