幻想の彩り「○○サァーン!!」
「きゃあっ!ちょっと!!どこ触ってるの!!」
敵を補足した英雄が戦闘を開始せんと構えた瞬間、がっしりと彼女の腰にしがみついたのはこの度の依頼人、東アルデナード商会の番頭ハンコック。
彼の依頼に応え、○○はハンコックと二人で六根山へと足を運んだ。
封印されていた六根山は、思っているより数多くのモンスターが巣食っていた。
○○は非戦闘員(のはず)のハンコックを背後に護りながら道中を進む。
戦闘が始まると巻き込まない為にハンコックから離れていく○○。しかし護衛である彼女と距離が離れることに不安を感じ、じわじわと近寄っていくハンコック。
そして彼が敵の攻撃範囲に入らないよう気をつけている○○の気も知らずに、ハンコックはついぞ○○の腰にしがみついたのだ。
下心は全くない。
はず。
反射的にハンコックを引き剥がす○○。彼女が咄嗟に蹴り飛ばさなかっただけ温情がある。
「オォ〜エナさん〜ご無体な〜」
およよよと胡散臭げなサングラスの上から出ているかも怪しい涙を拭く仕草をするハンコック。
そんな仕草に騙される訳でも無く、○○は「もうっ」とハンコックを睨みつける。
「あなたがくっついていると戦闘がしにくいの!」
○○の表情にハンコックはすぐさま謝罪を口にする。
「すみまセーン。こんなに近くで戦闘を見ることがなかったもので、動揺してしまいましタ〜」
「だからって、危ないでしょう?私はともかくあなたが怪我をしてしまうわ」
依頼人で非戦闘員のハンコックが戦闘に巻き込まれるのは絶対に避けなくてはいけないのだ。
例え○○自身が負傷したとしても。
「ですが、あの中に突っ込んでいくのは流石の英雄殿でも危険だったのデハ?」
そう言ってハンコックはエナの背後に視線をやる。そこには既に息絶えたモンスターの屍の山。
「ま、まぁ……ちょっと無理をしたかもしれないけど……」
「ワタシを巻き込まれないようにと気を使って下さるのは嬉しいのですガ、アナタに怪我をさせたとなると暁の皆さんにワタシが怒られてしまいマース」
ハンコックの思わぬ反撃にしどろもどろとなる○○。ハンコックが身を隠している場所から少しでもモンスターたちを離さなければと、先程はつい無理をしたのを○○もわかっていた。ハンコックを無傷で帰すには、自分自身が受けるある程度の怪我は許容しつつも極力怪我をしない事が大事だ。
今度はしょんぼりとしている○○を見て、ハンコックはサングラスの置くで目を細める。
「それにあまりに○○さんが自由なもので、ちょっと驚いてマス」
「そうかしら?」
「屋根の上を走ったり、草木をかき分けて進んだり、飛び降りたり……道無き道を行くと思いもしませんデシタ」
様々なルートを探索する中で、ハンコックは○○の冒険力を身に染みて知る。
一般人に近いハンコックはついていくのが精一杯だ。
「ハンコックが一緒だから出来るだけ通りやすい道を選んでるつもりだったんだけど……手を貸した方が良かったかしら」
「オゥ〜……」
○○が十分気を使って選んでいた探索ルートだったが「歩きやすい道」ではなく「通りやすい道」を選んでいるあたり、その気遣いはあまり意味をなしていない。
「あなたが私を頼ってくれたのが少し嬉しくて、気をつけていたんだけど、はしゃぎすぎたみたいだわ。どこも怪我をしてない?」
あらためてハンコックに怪我がないか確認する○○に、どこも怪我はないと言うように腕を広げたハンコックはついつい口角が上がってしまう。
「オヤ、嬉しいコトをおっしゃいますネ。ええ、ええ、ご活躍のおかけで怪我はひとつもありませんヨ。しかしあまりワタシから離れて戦闘をされますと、ワタシ心細くなってしまいマス」
少し思案した○○は「ああ」ハンコックの言いたいことに気付く。
「……あまり離れると怖いからもう少し近くで、ってことね」
確かに離れすぎると、また別の危険があるかもしれない。
ふむと、今後の動きについて考え出した○○に、ハンコックはその意識を自分へ向けるように
「それに○○さんが戦う姿にうっかり夢中になってマシタ」
と爆弾を落とした。
「へ?」
「力強いのにしなやかでとても美しい!ついつい見惚れてしまって、気付いたら近付きすぎてましたが、この度は同行して正解でしたネ!」
「ななななにを……っ」
直接的に褒められることに慣れていないのか、顔を真っ赤に染め上げた○○は口を開くも空気しか出てこない。
「まだまだ未開のルートがありマス。もっと○○さんの勇姿を拝見し、この目に焼き付けておかなくてはいけまセーン」
グイッと勢いよく○○へと詰め寄るハンコック。
○○はハンコックの期待を込めたような視線を至近距離で一身に感じ、身体中がむずむずと落ち着かない。
○○は浮つきそうになる自分を仕切り直すように咳払いをすると一歩ハンコックから距離をとる。サングラスでしっかりと顔は見えないが、この男も意外と顔がいいのだ。
「ハンコック、あなたは自分の身を守ることだけに集中してください」
動揺をこれ以上見せないように他人行儀に話す○○。
「えぇえぇ、もちろんそう致しますヨ。ですが、○○さん。アナタも出来るだけ怪我をしないでくだサイ」
「もちろん気をつけるわ」
「でないとまた怖くてあなたに抱きついてしまうかもしれまセーン」
「なんで!?」
「なんででしょうネェ」
ハンコックの言う怖いとは己が傷つく壊さではなく、○○が傷つく怖さだと言うことに彼女は気付かない。
しかしそれでいいのだとハンコックはとぼける。
この距離が心地よいのだ。
のらりくらりとまるで暖簾のように揺れるハンコックの態度に○○は大きなため息をついた。
「ハンコック」
「ハイ?」
「あんまりふざけてると置いていくからね」
「すみまセーン!」
「もう……」
本気なのか冗談なのか分かりにくいこの男に振り回されているが、○○は嫌だとは思わない。
彼女もまた彼とのこの距離感が心地よいと感じていた。
ふと視線が合い、お互いくすりと笑い合う。
「○○さんと2人で冒険ができると思うと、ついついワタシもはしゃいでしまいマシタ」
あら嬉しいと○○は目を細める。
それに気を良くしたハンコックはさらに続ける。
「かの英雄を独り占めできる機会は滅多にありませんからネ。しばらくはワタシだけの英雄でお願いしマス」
そう言うと○○の手を取ると、手の甲に口付けを落とした。
「なっ……」
再び言葉をなくした○○を見て、ハンコックは満足気に頷くと、
「ふふふ。では次に行きまショウ」
と戸惑う○○を置いて歩き出す。
ハッとした○○が振り返ると、もう既にさくさくと先を歩いているハンコック。
「ちょっ……先に行かないで!危ないわ!」
慌ててハンコックを追いかける。追いつくと隣に並ぶよりも少し前に位置を取る。
「よろしくお願いしますネ。○○さん」
「そう言うなら、私より前を歩いちゃダメ」
「○○さんが護ってくださるのでショウ?」
「それはあなた次第ね」
「オゥ手厳しい」
そんな軽口を交わしていると次なるモンスターが2人の前に現れる。
○○が武具を構えハンコックを庇うように立つと、ハンコックは近くにある物陰へと身を隠した。
「しがみつくのはナシだから!」
「善処しマース!」
この男は!と○○は目の前のモンスターを薙ぎ払った。