猫と芳香!注意!
星ちゃん開拓者、穹くん星ハンのご都合捏造展開
前回(箱は未だ開かない)の続き
今回の試作品烈炎濃茶は遅効性だったみたいです
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「確かにお前が望むなら会えるとは言ったけどさぁ、流石に二度目が超直近でこんな状況だとは思ってなかったよ俺も」
「んん……?ふふ」
ダブルベッドがスペースの大半を占拠する部屋に、二人の男女が入室する。ここは仙舟・羅浮の金人巷付近にある宿泊施設で、いわゆる”休憩できるヤツ”だ。ふらふらと足元が覚束無い様子の女を、女によく似た見目の男が支えている光景は双子の兄が妹を介抱しているようだが、この二人は兄妹ではない。そもそも、兄妹はこのようないかがわしい宿泊施設になど来ないだろう。
穹はふらつく星にベッドへ腰を降ろすよう促すが、べったりと穹に張り付いて離れようとしない。仕方が無いので抱えたまま一緒に腰を下ろした。
「水飲む?」
「いらない」
「やっぱさっき飲んでたのって酒?」
「ちがうよ。烈炎濃茶」
「なにそれ」
「お茶」
「お茶飲んでもそうはならないだろ……」
何かが星の笑いの琴線に触れたらしく、くふくふと機嫌良さそうに笑っている。赤らんだ顔と呂律の回っていない喋り方、覚束無い足取り。どう考えても星は酔っ払っていた。
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時は遡り二システム時間前、星核ハンターとしての任務を終えて暇を持て余していた穹がカフカ達の迎えを待つ間にスマホでゲームに興じていた時。そのメッセージは飛来した。
”き”
彼の端末には知り合いからの連絡以外にも企業アカウントからの広告や訳の分からないスパムメッセージ、果ては「オレだよオレ、龍尊だよ」などという詐欺メッセージまで届く。
──銀河に名を馳せる天才ハッカー、つまりその手の知識に明るい銀狼が何度穹の端末の設定を弄って受信するメッセージをフィルタリングし、知らないアカウントからのメッセージは開かずに削除しろと説教しても改善されるどころか折角の設定をぐちゃぐちゃにされることが圧倒的に多い。奇跡的に今日まで穹によるセキュリティ関連での被害は出ていないが、時間の問題ではある。彼女ならなかったことにするのも容易いが、起こらないに越したことはないのだ。──
この”き”というメッセージもどこかの誰かの悪戯だろうと通知を見た時は思っていた。しかし送り主を確認して、二度見する。なんと自身の片割れ、星だった。入力中に誤って送信してしまったのかと考えたが、一向にその後のメッセージは来ない。試しにこちらからもメッセージを送信してみるが、待てど暮らせど既読すらつかなかった。
そうして穹は片割れ故か何なのか、謎の直感によって確信する。これは彼女の身に何かが起こっている。
”ごめんカフカ、急用思い出したから迎えは後にして。また連絡する”
黙って行方を眩ませる常習犯の穹がきちんと保護者へ連絡をしたのは、前回星にこっそり会いに行った際当然のようにバレていた上、報告もなしにリスクの高い行動を取るようであれば今度こそ廃棄処分よ、とカフカににっこり笑いかけられたからだ。脚本の想定範囲内ではあるという穹の予想はおそらく合っているが、確かに穹には今後何か大事をしでかさないという約束もできない。言外に含まれた報告くらいはしなさいという意図を珍しく理解した穹が「ごめん、次からは連絡する」と返せば威圧感のない笑顔を向けられ、正解だったことに胸をなでおろしたのは記憶に新しかった。
”脚本から逸脱はしないように”
こうして保護者からの許可を得た穹は銀狼の手を借り──対価はオンラインゲームのマルチプレイ限定報酬獲得のためのクエストに付き合うこと。──、急いで位置情報が示す星の端末があるエリア、仙舟・羅浮の金人巷までやってきたのだが。
「……星?」
「あぇ?きゅう!」
なんで、ごにんもいるの?
杜氏茶荘と書かれた茶屋のテラス席で瑠璃色の液体が入った茶器を手に、ふわふわへらへらと元気に笑う星がいた。五人とは一体。
「きゅう。ちょうど会いたいなぁって思ってたんだ。うれしい。でも五人は多すぎ」
「あの、星さん。あんまり可愛いこと言わないで。俺はお前からの変なメッセージ見て飛んできたんだけど」
「うーん……?あ、そういえばきゅうにあいたいってメッセージ、送った」
どうやらあの”き”は、穹に会いたいの”き”であったらしい。本人は完璧にメッセージを送ったつもりだった上に送ったことを忘れていたので、追加のメッセージを待ったところで何もなかったのも頷ける。穹は皺の寄った眉間を指で揉んだ。
「あっ……そう……。てか五人ってなに」
「だってほら。いち、に、さん、……ゔっ」
誰もいない空間に人差し指を向けて人数を数え始めた星の真っ赤な顔が一転、真っ青になって口元を抑える。穹が任務中の寄り道で漁ったゴミ箱から発掘したよく分からない物体を口にした時と同じ反応だ。慌てて背中を摩るが、戻す前に持ち直したのか、けろりとした顔で再び笑い始めた。店主は先程から姿が見えないが、この状態の客を放置して何処へ消えたのだろうか。
「体調悪いんだろ。顔色変だぞ」
「はぁ?悪くないけど?ちょーげんき」
「はいはい。じゃあ元気な星ちゃんは歩けるよな?」
「あたりまえでしょ、銀河打者を甘く見ないで」
代金を支払ったのか聞いてみると、これは試作品の実食ならぬ実飲なので金はかからないどころか貰う立場だとドヤ顔をされた。しかし舌足らずの赤ら顔なのでただ可愛らしいだけである。店主は近所の露天商に急遽呼ばれて席を外しているのだとか。試飲を頼んでおいて様子のおかしくなった客を放置するとも考えにくい。店主は星がへべれけになることを予測していなかったのかもしれない。
言いたいことは色々あったけれど、穹に許されている時間も無限ではない。ひとまず星の端末から店主宛に急用を思い出したので帰るというメッセージを送り、休ませられそうな場所へ移動することにした。そうして暫く金人港付近を彷徨って、辿り着いたのが”休憩もできるヤツ”である。
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「お前さぁ、一人でこういう依頼受けない方がいいって。俺だって毎回来れるわけじゃないんだぞ。ほら、列車に頼もしそうな男乗ってただろ、癪だけど」
「この依頼、受けるの初めてじゃない。だいじょぶ」
「え。じゃあ酔っ払うのも初めてじゃない?」
「んん?前も今も酔ってないよ」
肩に寄りかかりながらぐっと親指を立ててみせる星は大変愛らしいが、学習能力がないことが無事に証明された。いや、酔っているという自覚がないので酔っていないと主張しているのかもしれないが。何にせよ穹は頭を抱えたくなった。もしかしたら自分に振り回されるカフカたちも同じ気持ちなのだろうか。
「じゃあもうその依頼受けるの禁止」
「やだ」
「女の子なんだから少しは警戒心持てよ……」
「ん、ふふ、あはは」
何が面白かったのかさっぱり分からないが、星はずっと笑っている。穹は少しも面白くない。酔っ払いとはこうも不可解な生き物なのか。星核ハンター陣営で酒を嗜んでいるのは記憶の限りではカフカと刃くらいだが、二人とも節度を持って楽しんでいたのだなとぼんやり思った。
もう何もかも面倒になってきたので、星の細い肩を抱き込んでベッドに倒れる。一応穹もハンターとしての任務終わりで元気一杯というわけではないし、星も離してくれないのだから、いっそ一緒になって寝てしまえばいい。腕の上に頭を乗せ、髪を梳く。心地良さそうに目を細めた星は穹の胸元へ擦り寄って、ぐりぐりと頭を押し付けて。まるで猫のような甘えた仕草に空っぽの心臓がどくりと脈打った。いつもより緩くて甘い雰囲気に変なスイッチが入りそうだ。有り体に言えばムラッと来た。疲れた年頃の男性というのはちょろいのである。これはよくない。胸元に収まった星はすう、はあ、と深い呼吸を繰り返している。やけに高い体温が穹にも移って、じわりと汗をかいた。依頼終わりでシャワーを浴びていない穹は、そういえば汗や血の匂いがしていたらどうしようか、などと半ば現実逃避気味に考えたものの、きっと星は気にしないだろうと結論付けて短く息を吐き。邪念が消え去るよう願いながらひたすらに髪を梳いて、華奢な背を一定のリズムで軽く叩く。しかし赤子のごとくあやされた胸元の熱は眠ってはくれなかった。のそりと起き上がって穹の顔を覗き込み、両の手が頬を挟む。視界には自分と揃いの灰色の髪、据わった琥珀の瞳、赤い顔、天井。それらを黙って眺める。
そこからは凄まじく早い展開だった。先程までのふらつく足取りが嘘のように素早い動きで腹の上に跨られて。緩慢な手つきで前髪を払われて。ちゅぅ、と可愛らしい音を立てて額に口付けられて。にんまりと笑われて。呆然とする穹をよそに着たままであったジャケットを脱ぎ捨ててベッドの外へ放り、白いカットソーにまで手をかけて。そうしてようやく、穹の思考回路が回り出した。口付けられたところから熱が再び伝染したようだ。顔が熱い。これはよくない。非常によくない。
「ストップストップ!突然なんだよ寝る流れだっただろ今!男の上で服脱ぐとか誘ってんのか!?」
「あつい」
「だからってここで脱がなくてもいいだろ!」
「あんたも脱げば?」
「意味分かんねぇよ……頼むから俺の忍耐力試してくるのやめてくれよ……襲われちゃっても文句言えないぞ今のお前……」
「いいよ」
は?という短い言葉は星の口の中へ吸い込まれていった。額に口付けられた時と同じ、可愛らしいリップ音を立てて離れた星の琥珀の瞳、その奥がどろりと溶けだしている。
「あんたにくっついてたら、お腹の奥がむずむずして。あつくてもうだめなの」
「……自分が何言ってるか分かってる?俺は喜んで誘いに乗るけど」
「んふふ」
正気ではないであろう星を襲うのは簡単だが、本人がよく分かっていないのであればそれは穹の望むところではない。一応脅しのつもりであった。前回無理矢理行為を迫った男の今更の気遣いである。しかし、脅しも虚しく曖昧に笑った星が今度は首元に顔を寄せる。柔く食みながら筋に沿って耳朶へ登ってきた唇の、次の行動が予測できなくて。穹の肩は大袈裟に跳ねた。半ば無意識に掴んだ星の太腿の温度と柔らかさに、元よりそこまで働かない理性が珍しく離れ難いとしがみつき、ぐらぐらと揺さぶられる。これはよくない。非常によくない。よくないったらよくない。多分。
────本当に?
「わかってるよ、穹」
ただ共に横になっていた時に想像した、甘えた猫の姿を借りるならば、今はさぞ愉快そうに尻尾を揺らしているのだろう。相手がそのつもりなら我慢しなくたっていいじゃないか。据え膳は食わねば恥だとどこかの誰かも言っていた。誰であったかは穹の知るところではないが。
煽りに煽られ、なけなしの理性は見事瓦解。頭の中で何かがふつりと切れた音を聞いた穹は、この酔っ払いの望みを叶えてやることにした。