首輪の行く末 ぴこん。ぴこん。ぴこん。
軽快な音が立て続けに鳴っている。疲労で泥のように眠っていた星の鼓膜を叩いて、意識がゆっくりと浮上した。起き上がる気力が湧かずに手探りでスマホを取る。眠気でぼやけた視界に飛び込んできたのは同じ送信者からの大量のメッセージだった。最初は心配するもので、段々と焦りが募ったようなものに変化して。そして最後は。
”今すぐ居場所の座標を転送しろ”
「………………やっば」
メッセージの送り主は列車の護衛役、丹恒。他の列車メンバーからは特に連絡は来ていない。おそらく前者は列車に戻らない星を心配して、後者は依頼関連で列車を開けることも多いので数日失踪でもしない限りは大丈夫だという信頼だと思うが。
眠気にまとわりつかれていた頭が一気に覚醒した。昨日、依頼で飲んだ烈炎濃茶のせいで穹を巻き込み暴走した記憶はしっかり残っている。ついでに強烈な腰のだるさもしっかり残っている。記憶を失ってからこうなるのは初めてであるが、立つことはおろか動くのもままならないのがなんとなく分かってしまった。一晩戻らなかった上でこのいかがわしい宿泊施設の座標なんて送ったら雷でも落ちてきそうだ。風属性なのに。
色んな意味で頭を抱える状況にうんうんと唸りながらスマホの画面と睨めっこをする星の腹に、自分のものではない腕が巻き付いた。腕が伸びてきた方を見れば、寝起きの穹がまだ眠り足りないといった顔で黙って星を見つめている。
「お、はよ。穹。あの」
「いま、なんじ」
「六時くらい」
「ん……まだ、ねれる……」
星からスマホを奪って枕元へ放り、そのまま首下へ片腕を差し入れて。頭と腰に回った手にがっちり抱き込まれた星は穹の抱き枕となった。妙に低く掠れた声から壮絶な色気を感じて勝手に顔が熱くなる。鼻腔を擽るのは星の頭のネジを吹き飛ばした大好きな香り。
「なに可愛い顔してんの、襲うぞ」
「元気すぎでしょあんた……。私列車に戻らないと。保護者のひとりから連絡がかなり来てて、今すぐ居場所の座標送れって」
「はー……送り主、なんとなく想像つくけど。過保護だなアイツ。適当に金人巷の飲食店の座標でも送っとけば?人手が絶望的に足りなかったから泊まり込みで従事して、疲労感ヤバくて連絡せず寝落ちしてました〜とかそれっぽいだろ?」
「それっぽいけど私が嘘つくと絶対バレるから多分通用しない」
「うーんめんどくせー!」
穹は先程自分で放り投げたスマホを再び手に取り、画面を星の顔に向けてロックを勝手に解除する。そうして通知欄を埋め尽くすメッセージのひとつをタップしてチャットアプリを起動した。
「星が送ってバレるなら俺が送ればいいだろ、多分」
「いや何言ってんの、バレるに決まってるでしょ」
「いいじゃん、物は試しってことで。ていうか帰るってお前今一人で歩けると思ってんの?」
「そもそも誰のせいで歩けなくなったと……私のせい?」
「正解。ぜーんぶ煽ったお前のせいでーす」
星に軽口を叩きながら器用に文章を入力し、一応持ち主に内容を確認させた穹は躊躇いなく送信ボタンを押す。メッセージには間髪入れずに既読が付き、そして。
”ごめん。金人巷の飲食店で急遽アルバイトを頼まれて、忙しすぎて連絡する間もなかった。今支配人に手配してもらったホテルにいる。心配しなくても今日の夕方には戻るから平気だよ”
”お前、星じゃないだろう”
”何故彼女のアカウントで返信している”
”星は何処にいる、返答次第ではお前の命は無いものと思え”
立て続けに送られてくるメッセージには明らかな怒りが滲んでいる。送信前に星も確認して良しとしたはずの内容は疑いようもなく星の文章だったが、星の嘘を確実に見破る丹恒の前では他人が偽った文章など火を見るより明らかなのだろう。
「うわ秒でバレた。ウケる」
「だから言ったじゃん!話余計に拗れたんだけど!」
「結構上手く擬態できてたと思うんだけどな。まぁいいや、このまま返信しちゃお」
「は?ちょ、穹!」
スマホを取り返そうとする星を制しつつ、再び器用に文章を入力していく。普段であれば女性とは思えない膂力で暴れる彼女だが、今日は下半身が使い物にならないからか、それとも抱き潰されて消耗した体力が戻っていないのか、伸びてくる手は簡単に捕まえられてしまう。その弱々しい力加減は猫が戯れているようなもので、やはり猫なのではないかと穹は思う。試しに顎の下を擽るように撫でてやると、頬を染めてこちらを睨み、何故か大人しくなった。
意図せず性欲を刺激された穹は軽くかぶりを降ってスマホの向こうの相手に集中する。
”しつこい男は嫌われるらしいぞ”
”こちらの質問に答えろ”
”俺の隣で寝てるよ”
”は?”
”俺たちお互いのことだーいすきなの”
”そういう仲の男女が外泊同衾してたって別に不思議じゃないだろ?”
”ってことで星は俺の隣で寝てるし、ちゃんと無事”
”でも今色々あって動けないから列車にも戻れない。夕方までには帰すよ”
”あとで座標送るから一応迎えに来てやって”
まさか星が外で恋人を作っているとは思っていなかったのだろう。驚いたのかそれとも別の原因か、穹がぽこぽことメッセージを送る間に丹恒から返事が来ることはなく。穹もまた反応に興味が無いため、最後のメッセージを送り終えたと同時に電源を切ったスマホを星に返した。
「はい。俺がいいって言うまで電源入れないで」
「なんで……ゲームのログボ……」
「んなもん後で受け取れるだろ、せっかく一緒に居るんだからちゃんと構ってよ。あ、俺がログボ貰うところ見る?」
穹は自身のスマホを手に取り、星──と銀狼──がハマって遊んでいるゲームを起動するも、ふざけるなと言わんばかりの目をした星はそっぽを向いて布団を頭まで被って無視をすることにした。ただ、この短い逢瀬が普段自由に会うことが叶わない二人の空白を埋めるには全く足りない。いつまでも不貞腐れてなどいられないというのは、布団越しに謝罪の言葉を聞いている星も痛いほど分かっている。
だから、暫く布団に潜ったあとにそろりと目元だけを覗かせて。
「ログボ貰うところは見ないけど……構ってはあげる」