造り物の好奇心 穹と星は揃って記憶喪失だ。瓜二つの容姿が血の繋がりを表しているものなのか、それとも偶然なのか。本人たちにも分からない。宇宙ステーションヘルタで二人で意識を失っていたところを開拓者たちに保護され、成り行きで星穹列車に乗ることになり。便宜上、穹を双子の兄、星を妹として振舞っているけれど。二人にとってその”設定”は腑に落ちないものだった。
ヤリーロ-VI、仙舟・羅浮での開拓の旅を終えた星穹列車一行は、次の目的地である宴の星・ピノコニーへの跳躍に向けて準備期間に入っている。しばらく羅浮に停泊する予定だが、絶滅大君「幻朧」による各地への被害は大きく、羅浮の将軍である景元も幻朧との戦闘で負った傷の療養が必要であるとのことで、元々人手が不足気味であるらしい神策府は猫、もといアライグマの手も借りたいと、連日開拓者たちに何かしらの依頼を出していた。復興の手伝いならば労力は惜しまないつもりでいた星穹列車側も快く引き受け、羅浮中を走り回る”灰色の双子”は最早かなりの有名人だ。カンパニーの職員が企てていた金人巷の買収計画を阻止──その結果、件のカンパニー職員が犬の鳴き真似を披露する羽目になった──、かつての盛況ぶりを取り戻す手伝いをしたり。綏園から逃げ出した歳陽を捕まえるべく羅浮雑俎と呼ばれるSNSでフォロワー100万人を目指したり。とにかく大小様々、数え切れないほどの依頼や事件を解決している星穹列車のナナシビトの名を聞かない日はない。
そんな中、穹と星は受け取った。カフカからのメッセージと依頼を。そして知ってしまったのだ、二人の正体を。
「やっぱ俺たち兄妹じゃないよなぁ。なんとなく分かってたけど」
「……うん」
カフカからの依頼を遂行した後。列車に戻ってきた二人は、各自に宛てがわれた部屋ではなく揃って穹の部屋にいた。情報の整理と、自分たちは何故同時に意識が芽生えたのかを探るため。
穹と星はただの人間ではなかった。星核をその身に宿している時点で理解はしていたけれど、まさか人造人間だったとは。造られた自分たちは広義では兄妹と言えるのかもしれないが、同じ母親から産まれたわけもなく、同じ父親の遺伝子を受け継いでいるわけでもない。兄妹と呼べるのか依然として分からないままだ。
あれこれ考えてみるけれど、混乱でうまく働かない思考に核心的な意見が出せるはずもなかった。
「なんか変だね。人間じゃないのに人間と同じ身体の造りをしてるって」
「そうか?」
「そうだよ。星核を入れておくためだけに造られたなら、ご飯とか睡眠とか要らなくない?そもそもヒトである理由もないというか」
「そっか。確かに」
部屋に備え付けられているデスクチェアに座っていた星がおもむろに立ち上がって、ベッドに身を投げ出している穹の横に移動する。同じように身を投げ出して、星より大きい手を取り、きゅっと握った。
「こうやって穹に触れて。温かいなとか思う必要だって、というか温かい必要だって。多分ない」
「……お前、体温メッチャ高い」
「いやあんたもでしょ」
力の抜けた手を握らせたり、開かせたり。好き勝手して遊ぶ星の、穹より幾らか小さなそれに指を絡ませて握り込む。星も抵抗などはせず、同じように握り返した。揃って天井を見ていた琥珀の瞳がシーツの上でぶつかって、混ざる。
「人間っぽい造りをしてるのは何か意味があるのかもしれないな」
「そうだね。本当はどうなのか分からないけど」
「うん。……なぁ、星。もうちょっと触っていい?」
無言で頷いた星のまろい頬に、空いた方の手で触れる。じっと穹を見つめていた琥珀が伏せられて、指が頬を滑る度に長いまつ毛がふるりと震えていた。
彼女も穹も、星核を身に宿している故か人並外れた体力と生命力がある。壊れそうだなんて考えを抱くのは多分間違っているのだけれど、なんとなく今の星は強く触れたら壊れてしまいそうで。それはきっと宇宙ステーションで意識を取り戻してから今までで一番優しい手付きだった。
「顔真っ赤。ウケる」
「あんたの触り方が擽ったいの。真似してあげるから動かないで」
星も同じように空いた手で穹の頬に指を滑らせる。男とは違う細くてしなやかなそれが、羽を思わせるようなふわふわとした動きで上へ、下へ。皮膚が泡立つような感覚に襲われて少し肩が跳ねた。果たして自分はこんな触れ方をしたか?と、無意識に閉じていた瞼を開ければ、どこか熱っぽい瞳と視線がかち合う。星核が収められているであろう心臓が痛いくらいに脈打って落ち着かない。落ち着かないけれど、どうしてかもっと触れてみたくなる。
「星、ごめん。嫌だったら殴って」
「え?なに、っ!」
今度は許可を得る前に動き出す。頬を滑っていた指が薄らと赤く染まった耳の縁に触れて、輪郭をなぞる。指の腹ですりすりと耳朶をさすって。時折爪を立てて軽く引っかいて。飽きもせず、しばらくそうして遊んでいた穹の手が首筋に移動する頃、星は眉根を寄せて何かに耐えるような素振りを見せた。触れられたところが火傷しそうな程に熱い。気を抜いたらおかしな声が飛び出そうだった。星も穹も、触れれば触れるほど、触れられれば触れられるほど、頭がふわふわとしてきて。相手の蕩けた顔を見ているのはどうにも気分がよくて。この高揚感の正体が分からないのに止めるとか止めて欲しいとか、そういった考えはひとつも浮かばなくて。きっとこの時はもう正常な判断なんてどちらもできていなかったのだと思う。
やはり自分たちは兄妹なんかじゃないと確信する。通常、人間の”きょうだい”は相手を情欲の対象として見た時に嫌悪感を抱くようプログラムされているらしい。今の二人の脳内を占めるのは嫌悪感とは真逆のものだ。握り合った手に力が入る。穹の頬に添えられたままだった指がゆっくり移動して、薄く開かれた形の良い唇を押す。星の首筋を這っていた指も同じように、柔らかく赤く色付いたそれをなぞる。ここに、自分の唇で触れたらどうなるのだろう。知りたい。もっと、もっと。触れてみたい。
「穹〜!居る?」
お互いの顔に吐息がかかってしまう程の距離感。あと数センチで重なる寸前。そこで部屋の外から第三者の声が響き、星と穹は慌てて手を離した。声の主は三月なのかだ。
心臓が先程とは別の意味で暴れて落ち着かない。自分たちは今、何をしようとしていたのだろうか。
「……居るぞ。どうかしたのか?」
「どうかしたのか?じゃないよー!アンタ列車に戻ったらパムと何かする約束してたんでしょ?詳しくは聞いてないけど。パムが探してたよ!」
「あー……そうだったかも」
「もー、約束忘れるなんてサイテー!……あ、そうだ。ついでなんだけど星知らない?」
普段であれば「俺の隣で寝てるぜ」くらいの軽口を叩いているところだが。今の穹には謎の罪悪感と焦りに支配されていてそんな余裕が一切なかった。星と一緒にいるこの状況を知られてしまってはいけないとすら思う。星も同じ考えなのだろう。なのかに対して返事をする気配はなかった。
「知らない。一緒に戻っては来たけど部屋の前で別れてから見てないよ。寝てるんじゃないか?」
「うわ〜……さっき部屋の扉結構叩いて来ちゃった。居ないんだと思ったけど寝てるなら悪いことしたかも」
「いや大丈夫だ。星はそんな繊細な奴じゃ、イテッ!」
眠っている時の星はなかなか起きない。依頼終わりで疲れていると尚更。実際に今自室で眠っていたとして、なのかが扉を強めにノックしたところで起きはしないだろう。そうして自信を持って否定した穹の後頭部目掛け、星の右手が炸裂する。事実だとしても他人にそう言われてしまうのはなけなしの乙女心というものが傷付く。
「え、なに。大丈夫?」
「ダイジョブ……物が落ちてきて頭に直撃した」
「ちゃんと部屋片付けなよ」
「なのが思ってる数億倍は綺麗です〜」
「はいはい。じゃあウチはもう行くから、早めにパムのとこ行ってあげてよね」
遠ざかる足音に、どこか張り詰めていた空気も次第に緩む。叩かれた後頭部をさすりながら星の方を見れば、むくれた顔で穹を睨んでいた。繊細な奴じゃない発言でへそを曲げてしまったらしい。事実を言ったまでであるが。一応謝罪を送るも、星は特に反応せずベッドから立ち上がる。軽く身支度を整えてから振り向かずに部屋の出口まで移動して、それから。
「また今度」
「うん?」
「今日の続きしてくれたら、許す」
「……へ」
特大の爆弾を投げて、部屋を出ていった。