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    v_annno

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    v_annno

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    🐣🐑、👹🐑/AU
    🐑がゲーム『XSOLEIL』の世界に転生した話。
    ※『XSOLEIL』周りの設定捏造あり

    🐑の異世界転生記1 異世界転生モノって知ってるか? 死んだ人間がそれまで生きていたのとは異なった世界で生まれ直して、生前に得た知識や技術、あるいは神様的な存在から与えられた能力を使って活躍していくっていうジャンルだ。
     死んだ主人公がおもむくのは見も知らぬ異世界、もしくは──元の世界で読んだ漫画や小説、遊んだゲームなどの世界だ。今回は後者について語ろうか。
     既存作品世界に転生した場合、主人公がろくに知識も技術も持たない人間だろうと活躍させることが可能だ。何しろその世界さくひんの内容、いや未来と呼ぶべきものを知っているからな。メタ的視点でもって周囲をコントロールし、処刑や国外追放といった「原作」に定められた不幸な先行さきゆきから逃れることがストーリーの主眼となっていることが多い。
     いや待て待て処刑? 追放? いきなり穏やかじゃないぞ、とこの手のジャンルを知らないヤツなら思うかもしれないな。大抵の場合、主人公が転生するのは「原作」において悪役と目される人間だ。「原作主人公」と敵対し、華々しく笑う勝者の下で泥にまみれる敵役かたきやく
     そういった悪役に転生してしまった主人公は、努力によって周囲との関係性や自身の能力を改善していく訳だな。本来であれば反目し合う関係の「原作主人公」との友愛を育んだり、逆に圧倒したり、去って行くはずの婚約者に愛されたりと、まあそれ以外の騒動も起こしつつ「原作」にはなかった幸せな人生を歩んでいく。
     この手の話で上手いなと思うのは、転生──つまり「存在の成り代わり」を行う相手が悪役であるという点だ。「原作」で碌でもない悪事をしでかすような人格であれば消えたって誰も困らないし、そんな奴の惨めな人生を豊かにしてあげた・・・主人公の善性は保証される。一人の人間の人格を奪い、その家族、その人生を乗っ取りながら笑って生きる主人公の行いに心を痛める読者はきっと少ないだろう(その辺をしっかり考えている作品もあるが)。
     ……もし俺の、この声にも出さないひとり語りを聴いている奴がいるなら、コイツ随分と主人公をくさすじゃないか、きっとこのジャンルが大嫌いなんだな、と思うことだろう。いや、別にそういう訳じゃないんだ。本当さ。
     だけど自分がその主人公の立場に立ったなら、そんなひねくれた考えにもなるだろう?
     そう。俺は30余年の人生を終えたあと、病床の中でプレイしていたゲーム『無限学科 XSOLEIL』のキャラクターに転生して成り代わってしまったのだ。
     元の人生での名前を紹介する必要もないだろう。呼ぶ奴なんてもう誰もいない。こちらの世界で付けられた名前だけを覚えていてくれればそれでいい。
     俺の名は、ファルガー。ファルガー・アクマという。



    「所長、例の受刑者が来ました」
    「あぁ……」
     部下の報告にうっそり頭を上げる。──来たか。来ちゃったか本当に。
     扉の前に堅苦しく立つ、いかつい印象を与える刑務官の制服から目を逸らす。年季の入ったデスクに広がる書類に再び目を落とし、殺し損ねた溜息を吐いた。
     冷淡に書き記された各種用紙に、こちらを睨みつける受刑者のマグショット。そこには見たくはなかった名前があり、未だに会う覚悟の持てない顔が写っている。首を左右に振ると、面倒がまさって切り損ねている灰色の髪が揺れた。あぁ、このみっともない頭で会うことになるのか……。
    「分かった。行こう」
     細かく傷の入った天板に手をつき、懊悩おうのうを振り切って立ち上がる。ご立派なコートスタンドから、格式ばった銀の装飾を付けた官帽と外套を取り身に付けた。真っ黒で、いかつく、相手に恐れを抱かせる服装。更にはこれまた真っ黒な皮手袋で、荒れた指先を包み隠した。背筋を伸ばして恰好だけはそれなりに、実際の所はトボトボと絨毯を蹴る。
    「本当に会うんですか? わざわざ所長に御足労頂かなくとも……」
    「そういう訳にもいかないだろ。本来、ウチに来るべき奴じゃないんだ」
     発言を切り捨て、長ったらしい前髪の間から部下の顔をめ付ける。この刑務所内で一等偉い立場を与えられている俺に睨まれても、そこから困惑と苛立ちが完全に消えることはなかった。ま、余計な手間と仕事を寄越されたらそうもなる。
     俺が生家から押し付けられた──もとい有難くご紹介頂いたお仕事、それが『異能』専門刑務所の所長である。普通の人間が持ち得ない特殊な力──『異能』。この世界にごく少数存在している『異能者』の、更に少ない犯罪者を収容するのに特化した施設がここだ。そして今から俺達が会おうとしている人物は、少なくとも書類の上では『異能者』ではなく、その上未成年者なのである。規定に従うならば、矯正施設に送られるのが関の山だ。
     納得いかない顔の部下を引き連れ、無駄に豪奢な扉を開けて所長室から出る。あちらこちらにいたみの見て取れる廊下は、職員専用のものだということを加味してさえ太陽の光にあふれ過ぎていた。明るいのはこの一角に限った話ではなく、施設全体に大きな窓を数多く設置している。受刑者の持つ『異能』への対策だ。彼らの力は直射日光の下……いては紫外線を浴びた状態では行使出来ない。
     未だに解明に至らない異能学の仮説の一つだが、『異能』とは『魔』に連なる力ではないか、と言われている。『魔』とは世界の陰に潜む怪物の総称だ。こちらの国では余り目撃例がないが、遥か東の桜魔皇国においてはソレと日夜戦い続ける機関すらあるという。というか桜魔皇国って『XSOLEIL』の会社が前に出してたアクションゲーム『VΔLZ』の舞台だよな? 同じ世界戦の話じゃないか、とファンの間で考察されていたけどまさか本当だったとは……。もしかして長尾たちもいるんだろうか……ちょっとワクワクする話だよな~。
     ──なんて現実逃避をしていたら、着いてしまった。
     後ろから歩み出た部下の手によって、両開きのドアが重々しく開かれる。
     その先に、彼が居た。
     分厚い強化ガラスの巨大な天窓によって、日光がふんだんに取り入れられた受刑者用のエントランス。かげりの無い光の中に、両手を枷に戒められた長身がすっくと立っている。黒と白の色を挿した紫の髪が、癖をつけていくつも跳ねる。重い前髪の下、鬱陶し気に顰められた三白眼が金色に光っていた。ハイティーンに差し掛かったばかりの少年とは思えない、ガッシリとした体躯。囚人用の派手な色をしたツナギを纏う彼の名を、つい小さく呟いた。
    「ドッピオ──」
     元の世界で彼の名を何度見ただろう。何度呼んだだろう。シミュレーションSロールRプレイングPゲームG『無限学科 XSOLEIL』の主人公、ドッピオ・ドロップサイト。ファンからは「ぴおちゃん」「ドッピー」の愛称で親しまれた彼が、今まさに俺の目の前に、実写で立っている! もしも『XSOLEIL』が実写化したら? なんて話題がネットで出るたび「長身で筋肉質で三白眼で八重歯かつゴールデンレトリバーの愛らしさを持った笑顔がキュートな若手俳優がいるなら出してみろ」で封殺され続けていたドッピオの実写が、完璧すぎる姿でそこに! いや本人なんだが。
    「囚人番号131番! 前へッ!」
     などとオタク全開で脳内喋りを繰り広げていれば、ドッピオの護送を担当していた刑務官が大声を張り上げた。番号で呼びつけられた少年はむっつりと黙って仁王立ちしていたが、後ろから乱暴に押されて前のめりに踏鞴たたらを踏む。三白眼を吊り上げて背後を睨む受刑者の前へと、俺は渋々足を向けた。ブーツの硬いヒールの音が、方々ほうぼうに跳ね返って威圧的に響く。びくり、と紫の癖毛がこちらに向き直った。
     目が痛いほどの白光の下へと進み、ドッピオの前で足を止める。官帽のつばの下から長身を見上げれば、小さめの金瞳が狼狽うろたえて揺れ、すぐに怯懦きょうだを誤魔化す様に尖るのが見えた。うっかりまじまじと観察してしまい、慌てて口を開く。
    「……ようこそ、『異能』刑務所へ。所長のファルガー・アクマだ」
    「オレは『異能者』じゃねえ!」
     尖った犬歯を剥き出しにして噛みついて来る。おぉ、初期ぴおちゃんだ。ストーリーが進むにつれて最初の狂犬具合は鳴りを潜め、人懐っこい大型犬ムーブ全開になるからレアなんだよな~……とと、そうじゃないそうじゃない。被った所長の仮面の通り、それらしい振る舞いで言葉を続ける。
    「確かに、君の『異能』の顕現は公的に認められていない。だが同時に、『異能』を使った傷害・器物破損・建築物等損壊の疑いが残されているのも事実だ」
    「ンなこと知るかよ……!」
     ドッピオは苛立ちも露わに唸り声を上げた。そうだろうなあ、可哀想に。彼の現状は、まったく同情に堪えないものだ。
     この世界に『異能』の有無を調べる方法はあれど、けして100%の正確性を持っている訳じゃない。俺も一度だけ受けたことがあるが、『異能者』と引き合わせてそいつに判断を仰ぐという、どうにもあやふやな診断方法だった。何でも『異能者』は感覚的に同族を見分けられるそうなのだが、例えば判断する『異能者』が鈍感だったり、はたまた診断される側の潜在性が高かったりすれば『異能』なしと診断されてしまう有様ありさまなのだとか。
     そしてドッピオの『異能』は、特に潜在性の高いちからなのである。
     あぁクソ、止めようと思った傍からまたやっている。俺は前世で得た情報と今生こんじょうで与えられた情報をり分けながら、注意深く口を開いた。
    「警察署内にて取り調べ中にデスクを叩き潰し、裁判所では素手でコンクリート壁に大穴を空ける。これを見逃せというのは不可能だな。当刑務所への一時的・・・収容もむ無しだろう」
    「知らねえよ! 知らねえよ……くそぉ……ッ!」
     手錠を掛けられたまま二つの拳を硬く握り締め、体を震わせながら受刑者は唸る。その反抗的とも言える態度に、下がらせている部下たちが気色ばんだ様子を見せた。しかし俺からしてみればまあ、泣くのを我慢している子どもにしか見えない。
     ドッピオ・ドロップサイトのし方は不遇だ。親は無く、祖父──血が繋がっているのかも不明だ──に厳しく躾けを受けながら生きて来た。だが、今や唯一の保護者も亡くなってしまった。少なからずいた友人達も、『異能』の発現を機に彼の元を離れてしまっている。元々持っていた正義感の赴くままふるった拳は、本人にさえするつもりのなかった大破壊を引き起こす。恐れて近寄らなくなるのも、悲しいかな頷ける話だった。
     以降ずっと、彼は孤独だった。頼る相手を、導いてくれる相手を一人も持たないまま、子どもは自身の内から現れては消える奇妙なちからに振り回され続けているのだ。
     溜息を漏らし、首を振る。哀れな境遇だ。一体どれだけのファンが、ぴおちゃんを救ってやりたいと思っただろう。間違いなく俺もその一人である──だが、ドッピオを救い、守り、導くのは俺の役目じゃない。
    「君の気持はどうあれ、既に決定されたことだ。短い間だが、精々反省するといい」
    「反省だと……? 何を、反省しろってんだよ」
     ギリギリと三白眼に睨みつけられる。俺は出来得る限りに、権威ある大人の顔をして言った。
    「君をこんな場所まで連れて来た、君の選択と行動を」
     弱った子どもにまったく寄り添わない綺麗ごとだ。反吐へどが出る。
    「ここから見える碌でもない景色を眺めていろ。そして君が本当はどこへ行きたかったのか、よくよく思い出してみることだな」
     ドッピオが八重歯を食い縛って黙り込む。安心しろよ、役にも立たないお説教はこれでお終いだ。
     きびすを返して受刑者に背を向ければ、刑務官たちが仕事を始めた。この刑務所は受刑者の持つ『異能』の脅威度によって収監する棟を変えている。ぴおちゃんの場合は一番脅威度の低い棟だ。ちからの発露が不安定なことに加えて、その『異能』も『怪力』という収容する側にとっては扱いやすいものだと判断されている──実際の所、彼の能力は単純に膂力りょりょくを強めるというものではない訳だが、それが判明するのはストーリーも終盤に差し掛かった頃だ。
     とにかく、ドッピオ・ドロップサイトはそこで数日を過ごす。やがて事件が起こり、『異能』の使い方を教わるという名目で釈放され、生徒会会長ヴェール・ヴァーミリオンに連れられてゲームの主舞台である無限学科へ向かう。
     そしてドッピオは、求めて止まなかった理解者を得るのだ。
     背後で横柄な声と足音が荒々しく木霊こだましている。名残惜しい思いをしながら、俺もその場を離れた。ずっと会いたくないと思っていたが、実際目にしたら「もうちょっと見てたかったな……」というオタク心が疼いてしまう。なにしろ今後会えるタイミングはぴおちゃんが出所する時だけ。終盤にも機会はあるけど、その時の俺は死体だし……。
     いやそんな先のことを無駄に悩んでいる暇はない。考えるべきことがまだあるのだ。よし、と気合を入れて下がりかけていた顔を上げる。
     瞬間、ぎくりと足が止まった。
     所長室への戻り道にある両開きの扉、このエントランスに入る際にも開かれたそれの右脇に、一人の刑務官が立っている。それ自体は何らおかしなことはない、だが──。
     ──あんな奴、ウチに詰めていたか?
     息を殺してじっと見つめる。俺が纏っているものに比べてシンプルな外套と官帽は、他の部下たちとそっくり同じ。ごつい印象はないが、立ち姿は堂々としている。帽子から零れてくるくる踊る黒い癖毛は刑務官らしからぬものだが、髪を中途半端に伸ばしたままの俺に文句を言う筋合いもないだろう。黒い鍔に目元は隠され、真っ直ぐ通った鼻筋と僅かに口角を上げた唇、形の良い顎だけが認められる。生白い肌に、陽光の反射を受けて仄赤く照り輝く黒髪が映えていた。
     たったこれだけの視覚情報で、異様に目の引き付けられる男だ。所長という立場から、俺は刑務官全員に、確実に一度は相対している……だが、こんな目立つ男を見た覚えがまったくない。任官されたばかりの奴だとしたって、最後に人員が増やされたのは3カ月も前の話だ。もしかしてどこぞのお偉方が俺に一報も入れずに誰かを捻じ込んだか? まさかな……。
    「所長? どうかされましたか」
    「あ? あぁ、いや……」
     後ろから部下に話しかけられ、ハッとなって首を振る。正規じゃない方法で同僚が増えたのなら、他の刑務官たちが不満や不審を見せる筈だ。だけどそれらしい様子もない。ということは、単純に俺の勘違いだろう……。
     若干引け目を感じつつ、何でもありませんよという素振りで再び足を踏み出す。カツカツと高い音を立てながら両開きのドアに──そいつに近付く。背後の部下が一切の緊張なく少し前と同じように開いた扉を、潜り抜けようとした瞬間。
    「ん、ふ、ふ、ふ、ふ」
     右から、窓を拭くような鈍い音が数回聞こえた。驚いて視線だけでそちらを見る。一瞬だけ目が合ったような気がしたが、相手のそれはすぐに黒い鍔へと隠れてしまった。
     露わな口元は、さっきより深く弧を描いている──笑われたのだと、俺は思った。



     少しだけ、ファルガー・アクマというキャラクターについて話そうか。
     ファルガーは所謂いわゆる旧家に生を受けた。過去に素晴らしい実績を上げ、国から地位と名誉を与えられた由緒正しいアクマ家に住むのは黒髪に金の目を持つ父母と長男、そして灰色の髪と目を持つ次男坊。見て分かる通り、めかけの子だな。アクマ家から『異能者』を輩出するべく当主が『異能者』の腹に撒いたたね、それが俺って訳だ。
     この国における『異能』の在り方は複雑だ。長年排斥の憂き目を味わっていた『異能』は、今や守るべき個性の一つとして世界中で尊重が叫ばれている。新たな省庁が発足され、『異能者』の為の教育機関──無限学科だな──も設立された。
     おかしなちからを持った人間を世に出さないことが名家の証……が不文律になっていたこの国のお偉方も、時勢には渋々従う様子を見せた。まあ新しい物が出来るってことはカネの動きが出るってことで、その辺りの権益欲しさにって所だろう。
     ともかく、ファルガー・アクマこと俺は人身御供ひとみごくう……もとい新時代のにない手として産み落とされた。のはいいんだが検査の結果、残念なことに『異能』の発現はナシ。ご当主様はそりゃもうガッカリした。以降、次男坊は金だけを与えられ、アクマ家ではいない者扱いをされている。
     父は完全に無関心。血の繋がらない母は妾腹しょうふくさげすみ、半分血の繋がった兄は自分の特恵とっけいを危ぶませたお邪魔虫を殊更ことさらに嫌った。とっても偉い彼らは相応に忙しく、一々俺に構ってくださらなかったのは不幸中の幸いだ。
     とまあこんな風に、子どもにとったら最悪の環境だが晒されているのは30年分の記憶を持っている俺である。前世では産まれてこのかたベッドの上で細い息を継いでいたが、今の体は健康そのもの。不健康な感情を寄越して来る家族は放っておいて、歩いても走っても寝込まない健康な体を全力で謳歌していた。
     いや本当に健康って大事だな。元気があれば何でも出来る。実家が太いのも幸いした。「アレここ『XSOLEIL』の世界では?」と思ってすぐに動けたのはアクマ家の(財力とか名声とか名家にお追従ついじゅうしたい連中の)お陰だ。勉強に情報収集、それからオタク的な意味での聖地巡礼。したいことは何でも出来た……過去形だけどな。
     気になることを追い掛け調べて大学院にまで通わせて貰い、「卒業したら在学中に得た資格とコネを使ってどっかの博物館に潜り込むかな~」なんて呑気に考えていたら、急に連絡が来た。もう10年以上没交渉だったご当主様父親からだ。彼は役に立たない妾腹の運用方法を、遂に発見したのである。
     そして就職先に指定されたのがここ。都市部から遠く離れ、草木も生えない寒々しい山中にそびえ立つ『異能』刑務所の所長の座。それを告げられた瞬間、俺の顔は真っ青になっていたに違いない。
     ──ちょっと待ってくれ。俺が「所長」なのか⁉
     マジでそう叫んだからな。相手に真意は伝わらなかっただろうが。
     今生で20余年生きてようやく気付いた真実。なんと俺は、『XSOLEIL』のラスボス一歩手前のボスに成り代わってしまったのだ! いやラスボス一歩手前のボスの素体、と言った方が正しいんだろうか。
     簡単に言うと「『異能』刑務所所長」とは、ストーリー後半にラスボスの影響で錯乱した受刑者や刑務官に寄ってたかって惨殺され、そのあと死体を操られてぴおちゃんたちに敵対する役なのである。
     生徒会のメンバーは、数百年間この地に封じられていた『魔人』──『魔』に浸食されて狂った『異能者』のことだ──を再封印するためこの刑務所に侵入したが、既に時遅く刑務所内は阿鼻叫喚の地獄絵図。所長なんて生きたまま四肢を鋸引のこびきに掛けられた挙句に両目をえぐり出され、最後に喉を掻っ切られて死んでいるのだ。
     もうプレイヤーはドン引きだよ。最序盤でチラッと会っただけの顔グラありの性格悪そうなモブが、血塗ちまみれ凄惨死体となって再登場したと思ったら手足の代わりにガラクタぶら下げたグロモンスターと化して襲い掛かって来るんだから。こんなスポットライトの当たる役目があるなら個人名くらい付けておいてくれ。そうすれば俺は自分の名前を確認した瞬間に家を捨てて逃げ出せたんだぞ。
     残念なことに、生家にガッツリ胡坐あぐらを掻いていたファルガー・アクマに逃れるすべはもうなかった。俺はあっという間にレールへ乗せられ、政界への足掛かりとなるべく人里離れた『異能』刑務所の椅子へシュートされてしまったのである。
     故意ではなかったとはいえ一人の人間の体を乗っ取り、そいつの得るべきものをすべて奪い、好き勝手に豪遊してきた俺だが流石さすがにあんなエグイ死に方はイヤだ。全力で回避したい。だがゲーム本編で使えそうなスキルツリーをまったく育てていなかった所為せいで、難航しているのが現状です。How dare。
     惨殺死体からのボス敵化待ったなし。そんな俺の目下の悩みは……如何いかにしてぴおちゃんを無事に・・・無限学科へ送り届けるか、だった。



    「131番が早速さっそく騒ぎを起こしました。73番を含む数人と喧嘩、今は隔離室に入れてあります」
    「マジかー……」
     所長室に戻って1時間も経たない内にもたらされた報告に、俺はガックリ項垂うなだれた。体も椅子に沈み込む。
     入所したばかりの新参と古参受刑者の衝突なんて最早もはや定期イベントでしかない。やんちゃ者へのお仕置きとして隔離室……所謂ひとつの懲罰房入りが選ばれるのもよくある話だ。だがドッピオ・ドロップサイトの懲罰房入りは超特殊イベントである。これをきっかけにぴおちゃんは出所するのだ。
     つまり、今夜中に事件が起こる。
     …………やばい。まだ何の対策も出来てない。
     この事件、詳細は省いて説明すると「懲罰房からラスボスの封印地に誘い出されてしまったドッピオが、その『異能』を発動させて封印を破るためにラスボスがトチ狂わせた刑務官たちに暴行されかける」というものだ。これの何がマズいかと言えば、ヤバい魔人が復活するのは勿論、そして大人が子どもを集団リンチするのも勿論だが……方法が一番の問題だった。どうも加害者たちは、レイプを目論もくろんでいたようなのだ。
     「所長」の殺され方から分かるかもしれないが、『XSOLEIL』は元々レーティングが高めのゲームになる予定だったらしい。紆余曲折を経て学生が主人公の全年齢ゲームにはなったが、時折プレイヤーの度肝を抜く描写が出てくるのはその所為だろう。ぴおちゃんへの暴行未遂もその一例で、明言こそされてはいないが「これってまさか……」と察してしまうようなシーンだった。
     これは良くない。まったく良くない。
     確かにこの事件はドッピオと生徒会のカウンセラー、ヘックス・ヘイワイヤーとの友情の芽生えに一役買っている。ヘックスは『異能』を使って他者の苦痛を吸い取ること──つまり、自分の身に移し替えることが出来るのだ。そしてドッピオの受けた恐怖と屈辱を我が事のように味わったカウンセラーは、新人の世話役を真摯に買って出る訳である。
     だが、レイプ被害になんてわざわざ遭わなくていいだろう? 未成年が……いやさどんな年齢だろうと、そんな暴力を受ける筋合いはない。苦痛に満ちた記憶の共有がなくたって、ドッピオとヘックスは親友になれるはずだ。
     つまり今夜起きるこの事件、絶対に阻止すべきだ。……けれどこれを防いだ場合、ぴおちゃんが無限学科に入る理由がなくなってしまうかもしれない。つまり出所が出来ず本来謳歌できるはずの青春時代を刑務所で終わらせてしまうかもしれない訳で……。机に両肘をついて頭を抱えてしまう。
    「……どうしたもんか……」
    「えぇ、まったく頭が痛いですよ」
     思わず漏らした独語に応じられ、慌てて机の天板に向けていた顔を上げた。そうだ、まだこの報を持ってきた部下がそこにいる。
     執務机の椅子に掛けたまま、扉の前で肩を怒らせている刑務官に視線をる。目は合わない。ほんの少し背けられた彼の顔は、見るからに苛立っていた。
    「検査結果が陰性だか何だか知りませんけど、『異能』を持ってるのは明らかなんでしょう? それを、未成年相手だからって特別処置にしろ? 意味が解らない。そんなにあいつを特別扱いしたけりゃ異能省が自分でなんとかすりゃいいでしょうが。それをウチに押し付けて、面倒も汚れ仕事も責任も、いつもいつも俺達に……ふざけやがって……」
     刑務官の口調が、どんどん独り言じみたものになっていく。俺はそれを黙って聞き続けた。
    「そんなだから受刑者どもが付け上がる……犯罪者の分際で調子づいて俺達の仕事を増やす! あのガキだってそうだ! どっちが正しいのか分からせてやらなきゃならない。叩きのめして罰を与えて、自分が悪いんだって思い知らせてやらなければ! ねえそうでしょう? みんなそう思ってますよ! 所長、俺達にはその義務と、権利があるはずです!」
     ようやくこちらを見た部下の目には、異様な光がギラギラと宿っている。俺はしばらくそれを見返してから、ゆっくりと口を開いた。
    「ブランドン・J・スミス」
    「っ!」
     フルネームを呼ばれて、部下がハッと肩を揺らす。瞳のギラつきが僅かに陰り、反対に目の険は増した。経験豊富な刑務官が、未成年の受刑者と似たような反応するもんじゃないぞ、まったく。少しばかり呆れた気持ちになりながら、努めて緩やかに言葉を掛ける。
    「お前の、この刑務所に対する恭順には心から感謝している。お前は職務に忠実で、仲間想いで、使命感と正義感に溢れる立派な刑務官だ。俺の自慢の部下だよ」
     ブランドンは恥じたように顔をうつむけた。頭のいい奴だからすぐに意図を察したんだろう。「未成年に私刑を与えて思い知らせてやろう」という発言は、「立派な刑務官」に相応ふさわしくないものなんじゃないのか、という俺の発言の意図を。
    「所長……、お、俺は……」
     主語が「俺達」から「俺」に変わった。幾らかホッとした気持ちで、俺は彼を労わる。
    「お前の言いたい事も分かるよ。ここは法務省と異能省の板挟みで、上から好き勝手言われまくる。酷い時には管轄外だからって、立ち入りを制限されたりな」
     例えば、所長にすら詳細が明かされない古い地下施設──くだんのラスボス封印地とか。
    「収容されてる『異能者』に対して刑務官は皆『異能』なしノーマルで、鎮圧には常に危険がともなう。それなのにろくに褒められやしないし、自分で自分を褒めてやろうにも周りには呑める店もないし、非番の日でさえ出かけられる場所が限られてる。ストレスばっかりで気晴らしも出来ない、本当に気の滅入る職場だよ。どれだけ酷いか思い知らせてやりたいって思う奴だって、きっと大勢いるだろうさ。だけどな」
     互い違いに組んだ指の上に顎を乗せ、だらけた態度で部下を見上げる。これは全然叱責じゃないぞ、という狙いは汲み取って貰えたようで、ブランドンは惚けたような顔をしていた。
    「だけどな、『異能』刑務所ここを離れちまえばそんな気持ちも忘れられる。街で暮らして、週末に一杯ひっかけながら友人と話なんかしてれば……まあ綺麗さっぱりとは言わずとも、昔のことだって片付けられるさ。職場にしたって他の刑務所も矯正局も、ここよりずっとマシだろうしな。それにここをたった数年勤め上げただけで、局じゃ結構なはくが付くんだろう? ブランドン、確かお前は3年目だったよな?」
    「あ……は、はい」
    「ならそろそろ中央に戻っていい頃合いだな。上に掛け合っておくよ。さっきも言ったが、お前は真面目で立派な刑務官だ。こんなとこで腐らせとくのは勿体もったいない」
     言いながら抽斗ひきだしを開けて、書類を手に取る。ここに勤めてから何十枚書いたかも覚えていない、部下の為の推薦状だ。
     恐らく封印されているラスボスの所為だろうが、『異能』刑務所はどうにも人間にとってよくない場所だ。刑務官に限らず医官や他の職員も、長く居るだけ精神状態が悪化していく。勿論受刑者たちも同様で、喧嘩や虐めや暴動が頻発する──その鎮圧の為に、更に職員たちの精神症状が悪化するっていう悪循環。キャリアを得ようとここに来たのに規律違反で懲戒処分になる奴が多いって、ここに入る前に随分脅かされた覚えがある。
     そんな中で俺が何を出来るかと言えば、良くないことを起こす前に身柄をここから離すことくらいだった。
    「……所長は……」
     書き慣れた書類をしたためていると、声を掛けられた。視線だけ上げて見遣れば、ブランドンが浮かない顔で口を開閉させている。
    「なんだ?」
    「……あの、所長は、この刑務所に何年お勤めなんですか?」
    「俺? ……院に通ってる途中でここに放り込まれたからな。5,6年ってとこか」
    「……ずっとここに?」
    「離れるとご当主様が怒るしなあ」
     俺が生家からいいように使われてる妾腹だってことは、皆とっくに知っている。その所為で畏敬されることはまずないが、その分こうして愚痴を聞けたりするから一長一短だな。へらっと笑うと、部下の顔が何やら悲壮な感じになっていく。
    「こんなこと言ったらいけないんでしょうが……嫌になりませんか。こんな場所」
    「まあなあ」
     首を捻じって窓の外を見る。ご多分に漏れず、所長室にもデカい窓がある。だがそこから見える景色は寂しいものだ。冬でもないのに隙間だらけの枯れ果てた雑木林が、遠くにやっと見えるくらい。立派で豪華な家具類、壁を埋める賞状や輝かしいトロフィーの類は、その寂しさを慰めるために集められたものなのかもしれなかった。少し笑い、立派な家具のひとつである椅子に凭れ掛かりながら部下に目を遣る。
    「でもまぁ、いい椅子を貰っちまったからな。その分ほかより頑張れてるよ」
     ブランドンは、くだらない冗談でも聞いたように小さく笑った。
    「……すみませんでした。つまらない話をしてしまって」
    「まったくだ。罰として今晩は早めの就寝を命じる。特例で寝酒を2杯までなら呑んでいいぞ」
    「Sir,yes sir!」
     冗談の応酬にしてはキリッとした敬礼を最後に、ブランドンは所長室から出て行った。足音が遠のいて行くのを聞きながら、俺はずぶずぶ椅子に沈む。潰れた肺から、重苦しく濁った息が漏れた。
     どうやらドッピオの入所は、職員たちに少なからずストレスを与えているらしい。何かガス抜きをさせないといけない。子供騙しだが、厨房に連絡してちょっと特別なモンでも用意して貰うか……あぁ厨房の方にも何か礼を用意しないとな……。
    「あぁ、じゃあまずは、連絡だな……っと!」
     肘掛けを両手で押して、やる気のない上体を無理やり椅子の背から引き剥がす。やれることはとっとと終わらせるに限る。何しろ決戦は今夜なのだ。
     ──ぴおちゃんを守らなくては。
     内線電話に手を伸ばしながら横目で窓を見る。太陽は、傾き続けている。



     とは言っても、策なんぞまるでない。これでもギリギリまで考えたんだ、だけど最後に思いついたのは「フッ、面白いガキじゃねーか……オレ様が直々に飼ってやるよ……(暗黒微笑)」みたいな血迷ったBL展開だった。俺の死期が早まるわ。
     溜息を吐きながら、闇夜に懐中電灯の光を投げかける。白く細い光は地面のごく狭い範囲だけを照らし、月の無い夜の暗さばかりを突き付けられた。高所から睨みを利かせる監視塔の灯りも、こちらだけは忘れたように──忘れさせようとしているように、一筋の光も寄越さなかった。
     ひょう、と夜風が全身を打つ。砂っぽい匂いのそれにさらわれないよう官帽の鍔を指先で抓んだ。そのまま帽子ごと頭を傾け、目的地に視線を投げる。懐中電灯を掲げ、そこにあるだろうものを照らそうとしてみた。弱い光は届かなかったが、夜なお暗い影の存在を目にすることは出来る。
     刑務所内の端も端にうずくまる、巨大なドーム。ラスボスが封印されている、地下施設への入口だ。
     ドッピオは今夜、ここにやって来る。恐るべき『魔人』の意思にいざなわれ、その『異能』をふるうよう導かれてしまう。ぴおちゃんの『異能』のトリガーは情動。喜び、悲しみ、怒り、不安といった激しい感情の動きがそのちからを引き起こす。つまりラスボスは、集団暴行された子どもの恐怖を利用しようとしている訳だ。クソッタレである。
     で、俺はそのクソッタレの野望と凶行を止めるべく、犯行に及ぶだろう場所をたった一人で見回っているのだ。もっと冴えたやり方が出来れば良かったんだけどな。
     懐中電灯を足元に向け直し、警邏けいらの足を再び進める。大昔に整地された地面は、荒れ地という他ない状態だ。規定された道なんてなく、わだちだって刻まれていない。光の円を揺らせば、つまづきそうな石がぽつぽつ姿を現した。泥濘ぬかるんでいれば足跡くらい簡単に見つかりそうなんだが、生憎あいにくここ数日は呆れるくらいの晴天だった。
    「せめて話し声でも聞こえたらなあ……」
     虫のも聞こえない夜の静寂しじまに声を漏らすが、それも冷たい風にさらわれて消えてしまう。耳を澄ませたって聞こえてくるのは自分の足音くらいのものだ。果たして本当に、意味のある行動を取れているのか。所長の座に就かされてからずっと俺をさいなんできた不安と不信は、今夜も絶好調だった。
     追いかけてくるものから逃げるように、只管ひたすら足を進める。もうそろそろ目的地がはっきり目視出来そうだ。ラスボスを封印したドーム施設、その周囲をぐるり取り囲む背高のフェンス。侵入者を阻む太く目の細かい編み目と鼠返し、入口に取り付けられた5つの錠が、薄ぼんやりと光っている──。思わず声を上げた。
    「えっ?」
     官帽の鍔を上げてまじまじとそれを見る。気の所為かもと考え、手元の灯りを消す。けれど暗闇に突き刺さっていた光が無くなっても、フェンスはそのままぼんやりと照らされ続けていた。懐中電灯の光を反射している訳ではない。まあ1㎞は離れた場所を照らせるほど光量の強いものじゃないから当然なんだが……それは詰まる所。
     俺以外の誰かが明かりを灯している、ということになる。
    「…………」
     灯りを消したまま考える。フェンスの手前には、監視小屋が立っている。当然のことながら職員の立ち入りが禁止されている場所に人を置いているわけもなく、本当に有るだけの建物だ。数年に一度「何か」の検査を目的に異能省がお越しになる際に、連中がそこも整備していっているから使えるのは確かだが……。
     もう一度耳をよく澄ませてみる。漠然とではなく、光のある方にフォーカスを当てて……けれどやはり、何の物音も聞こえない。詰めていた息をそっと吐いた。多分だが、最悪の事態──ドッピオへの暴行は、まだ起こっていないようだ。
     人間どうしたって集団を作れば騒がしくなる。非合法な行為に手を染めているのなら猶更だ。しかもここは、官舎からも遠い立ち入り禁止区画。聞かれる心配がないと思えば、より一層ヒートアップするだろう。
     だから、あそこにドッピオが連れ込まれている可能性は低い。だがそうなると分からないことがある。
    「なんで灯りなんか点けてるんだ……?」
     もしあの小屋に暴行犯たちが潜んでいるとして、だ。隔離室から脱走している真っ最中の囚人が、明かりの点いた──つまりそれを点けた人間がいるだろう建物に、近付いたりするだろうか? 俺だったら、少なくとも無防備に近寄ろうとは思わない。じゃあ囮か? あの光で獲物の注意を引き付け、後ろから仕留めようとしている? いや相手に警戒心をわざわざ持たせる必要はないだろう。そのまま回れ右される可能性の方が高い。じゃあ今夜の事件とは無関係の、あそこを秘密の隠れ家にしている人間がいるってことか? ゲームにそんな設定あったか……?
    「あぁ、いや、そうじゃなくて……」
     首を振り、途方に暮れた頭に喝を入れる。今俺が考えるべきは、あそこへ行くか行かないかだけだ。そしてその二択であれば、選ぶのは当然これしかない。
     懐中電灯のスイッチを再び入れ、足を踏み出す──監視小屋の方へ。
     意図はどうあれ、あそこにいるのがラスボスに操られている連中ならば止めない訳にはいかないし、実は今回の事件に関係のない職員がこっそり遊び場にしていました、ってオチならそれでもいい。自慢じゃないが、俺は不真面目な所長さまで鳴らしてるからな。隠れてドラッグをやってるんでもなけりゃ釘を刺すくらいで勘弁してやる。一番困るのがマジの部外者が寝床にしていた、って線だが……う~ん、流石にないよな?
     思案を続けながら、心持ち足取りを急がせる。小さな照明だけを頼りに悪路を踏み越えれば、灯りがはっきりと見えてきた。監視小屋の少ない窓から漏れ出る光が、荒れた地面を薄っすら明からめている。
     だが転がる石や道の浅いへこみに小さな影が作られているのさえ見える位置に近付いても、話し声どころか窓明かりをよぎる影さえない。……もしかして、単なる電灯の消し忘れか? そんなこと有り得るか?、とも思うがやらかしがちな失敗でもある。もしそうだったらメチャクチャ警戒してた俺が馬鹿みたいだな……。
     一番最後に思いついた「肩透かしに終わる予想」に、肩を強張らせていた力が抜ける。ついでに緊張感と警戒心を少しばかり取りこぼし、足取りすら軽くなった。そしてその勢いのまま、監視小屋の窓を覗き込んだ所為で、
    「……っ⁉」
     俺は盛大にビビる羽目になった。
     狭い個室の中、まばらに立ちすくむ5,6人の男たちが、窓越しに俺をじっと見つめていたからだ。
     懐中電灯を握る手に力がこもる。男たちは官帽こそ被ってはいなかったが、服装は刑務官のそれだ。顔にも見覚えがある……だがその顔つきが、妙だった。
     立ち入り禁止区画にたむろしているのを、仮にも所長に発見されたってのに焦る素振そぶりは全く無い、いや表情すら無いのだ。判で押したような虚ろな顔と暗い両目が、ただただ俺に向けられている……まるで最初から、そこに来るのだと分かっていたみたいに。
    「……お、前たち、こんな所で何してる? ここは異能省から立ち入りが禁止されてる場所だぞ」
     雰囲気に飲まれまいと上げた声は、答える者もないまま広がって消えた。音が剣呑だっただけに無力さが際立つ。焦るまま監視小屋の扉に手をかける。
    「おい、聞こえてないのか? 早く出て来い」
     半開きのドアを押し開く。目鼻をムズムズさせるような埃臭い空気が顔を撫でた。
    「なあおい、分かってるのか? 下手したら懲戒免職モンの──」
    「所長」
     驚きに喉が絞まって言葉が途切れる。扉を開けてすぐ傍、触れ得そうな場所に、男が立っていた。
     ほんの少し目を離しただけだったのに、動いた気配も感じなかったのに、最初からそこに居たかのように。ギョッとして見上げた相手の顔は見えない。がしりとした体躯と威圧的な外套は、逆光によって黒々とした影と化している。背中に冷たいものが走って、思わず足が後ろに逃げた。
     けれど逃亡は叶わなかった。退こうとした体を、痛みが走るほど乱暴に引かれる。反射的な抵抗は実を結ばず、前のめりになって監視小屋の中へ。突き飛ばされて肩から床にブチ当たる。衝撃、異臭、埃が舞って、電灯の下でキラキラと光った。
    「けほっ……は……なにを……」
     咳と文句のなり損ないが口かられる。立ち上がろうと床についた掌へ、手袋越しにザラりとした砂埃すなぼこりの嫌な気配。そちらに一瞬意識を向けた隙に、肩を掴まれ再び床に突き倒された。埃が立って、仰向いた顔に落ちてきて、堪える間もなく咳と涙が出る。閉じたがる目を必死に見開いて、
    「……っ!」
     口に入り込んだ臭い埃ごと息を呑む。真上にある電灯を取り囲むように居並ぶ、逆光に影を落とした幾人もの人の頭。一際近くにある頭を視認してようやく、体に重みが掛かっていることに気付く。殆ど考える間もなく目が退路を探した。こちらに向かって大きく開かれた扉、敷居を挟んだ向こう側に取り落とした懐中電灯が何処どこかに光を飛ばしている。あれを見て、誰かが来てくれるだろうか。有り得ない、と脳味噌が冷徹なことを言う。何が起こっても何をされても、誰も助けに来てはくれない。
     頭に過ったのは、『異能』刑務所所長ファルガー・アクマの末路──集団暴行の末の惨死。
     いや待てあれはぴおちゃんが出所して暫く経ってから起こるイベントで、はっきり示唆されている訳じゃないが大方半年は先の話だろ⁉ 今夜起こるはずの事件がきっかけで封印が徐々に弱まり、最も近くに居た刑務所内の人間が段々と影響を受けて、という流れなんだから過程をすっ飛ばしていきなり四肢切断はない……ない、と思うんだが……でも俺モブキャラだしな……メインキャラみたいにスポットの当たらない場所でどんな事をしているかなんて分かる訳がない、ということはどんな事態に陥っていてもおかしくはないと言っても過言ではないのでは? つまり「実は所長は序盤でとっくに死んでいてその後はラスボスに操られているだけでした」ということもあり得る……いやそんなのはマジで勘弁して欲しいんだが⁉
    「所長」
     肺が跳ねたように息をこぼして、頭を現状に立ち返らせる。目玉をじりじりと動かして、自分を呼んだ相手に視線を向けた。俺に圧し掛かっていた奴が、さっきより近くに顔を寄せてきている。お陰で良く見えるようになったのは、3カ月前に入って来た奴の顔だ。少し前にも見た異様にギラついた目と、いびつで嫌悪感をもよおす笑み。
    「ね、そのまま大人しくしててくださいね……そうすれば酷いことはしませんからね……」
     どういう意味だと問い返そうとして、毟るように外套の合わせを開かれて息を呑む。その間にもジャケットのボタンを外され、ホワイトシャツにまで手が掛かった。
    「おいっやめろ!」
     流石にここまでされてボケッとしてられなかった。必死に身を起こしてシャツを剥ごうとする手を掴む。が、それも他所から伸びて来た手に掴まれた。見上げれば取り囲んでいた連中が次々覆い被さって、俺の抵抗を殺そうとしてくる。腕を取られ、肩を押さえられ、シャツが引っ張られて釦が弾けた。
    「うわ」
     喜色、としか言いようのない声と視線が、上から垂れ落ちてくる。それは、本当に気色の悪いことに、俺のはだけられた胸元に向けられていた。本当に、冗談じゃない!
    「やめろって言ってるだろう! はな、」
     身をよじって怒鳴りつけた瞬間、衝撃と共に視界が飛んだ。途端に周囲が騒がしくなる。「なにやってんだ!」「殴るなっつっただろ!」「うるせえ!」「どけ、馬鹿野郎が!」──あぁ、殴られたのか。理解してようやく、頬の痛みと血の味に気付く。口の中を切っちまった。呆然としている間に腹の上に居た奴が突き飛ばされ、別の奴が被さって来た。
    「は、は、すいませんね所長、若いのが馬鹿やりやがって……でもほら、痛いのはもうイヤだろ? 大人しくしててくれよ、おれらだって乱暴したかないんだよ……」
     殴られた拍子に顔に被さっていた灰色の髪を、馴れ馴れしく除けられる。手袋に覆われていない湿った指の感触と、お為ごかしの優しい声の気色悪さに鳥肌が立った。
     何が痛いのはイヤだろだ、当たり前だろうがこちとら前世病人現世坊ちゃんだぞ! 暴力なんかゲームの中でしか取り扱ったことないわ! 体を押さえ付けられたまま必死に頭の中で罵声を張り上げる。そうでもしないと、強姦魔の猫撫で声にめそめそ頷いてしまいそうだった。
     もうここから引っ繰り返せる状況じゃない。一対多に加えて相手は鎮圧のプロ、対して俺は格闘なんか学校の授業でさえやったことがない。もう貞操は絶望的だ。この先だって問題だらけで、こいつらが単なるクズの性犯罪者だってんならこっちだって恥を忘れて警察を突き出してやるだけだが多分そうじゃない、クソッタレのラスボスにトチ狂わされてるだけだ。じゃあ不問にしてやるかっつったらソレも無しだ流石に無理がある。というか実家がどう出るか分からん、この件も無視してくれればいいが家名に傷が付くとかいって泣き寝入りを強要させられたりするかもしれん。あぁもう最悪だ! まず何なんだよこの状況は、何やってんだよラスボスの魔人‼ 間違えたのか? ぴおちゃんと間違えたのか⁉ それとも近付いて来た奴に暴行しろとか雑な操り方しかしてねえのか⁉ 俺なんかレイプしたって何にも変わらんぞ馬鹿野郎‼

    「ん、ふ、ふ、ふ、ふ」

     不意に、音がした。窓を拭くような、鈍い音が。
     好き勝手に喋り笑う声が小さく聞こえるほど、妙に鼓膜を揺さぶる音。押さえつけられ、まともに動かせない頭を傾けて音源を探す。然程労力は掛からなかった。
     たかる人垣の隙間から覗く、異様な人影。入口の反対側、一番奥の壁に、一人の刑務官が凭れ掛かっている。他の連中と違いしっかりと被った官帽から、くるくる踊る黒い癖毛がこぼれて仄赤く照り輝いていた。
     ──あいつだ。ドッピオが入所した時にいた、いつ入ったのかも分からない刑務官。
     そいつは、堪えきれないとばかりに黒い外套の肩を揺らしている。黒い手袋に覆われた指で、口元を押さえている。
     笑われているのだ。今度こそ、間違いなく。
     隠す気もなく肩を震わせながら、そいつは黒い手を下した。形の良い顎がほんの僅か持ち上げられ、左右均等に吊り上がった唇が露わになる。
     そして官帽の黒い鍔の下からは、切れ長の金色の両目が現れた。
     黒い髪と、金の目。
     実家で幾度も見た色合いだ。アクマ家の血筋に出る、特殊な形質。
     誰、と何故、が頭の中で渦を巻く。答えが出ない内に、ギィ、と軋む音がした。
    「…………なに、してるんだ」
     掠れて震えた少年の声が、か細くも響く。余りに場違いなそれに、トチ狂って騒いでいた連中でさえ気付いて振り返る。人垣が割れて、声の主の姿が俺にも見えた。
     監視小屋のドアに片手を掛けてこちらを見る、受刑者用の派手なオレンジのツナギを着た大柄な体。反して顔つきはまだ幼げで、表情は怖いものを見たように引き攣っている。重く被さった紫の前髪の下、頼りなげに揺れていた小振りな金眼が、はったとこちらを見た──目が合った。
     瞬間、金属のドアがぐしゃりと潰れる。
    「なに、してんだ、……てめえらァアッ‼」
     目の前で発言した囚人の『異能』に職業意識が反応したのか、それとも単なる保身なのか、俺に集っていた奴らが慌てて闖入者ちんにゅうしゃの対応に走る。一人が直接対峙たいじしている間に、他数名が懐から『異能者』鎮圧用UVライトを取り出そうとしていたが……余りにも遅すぎた。
    「おぉおらぁああアアッ‼」
    「ちょ、ま、ぴぉちゃ……!」
     ショックで縮こまっていた声帯は全然役に立たなかった。金の目を明々と燃やすドッピオの腕は、真っ先に飛び掛かって行った刑務官の腹を止める間もなく捉え、ラリアットの要領で易々と吹き飛ばした。人形のように放られた大の大人は、後ろで待機していた同僚を巻き込み薙ぎ倒す。そして倒れ込んでいく先には、まぁその、未だ床にひっくり返っている俺がいるな。
    「あっ」
     スローモーションで展開される視界の中、倒れかかって来る連中越しに「あっ」って顔したぴおちゃんと目が合う。それから、その後ろ──封印施設の方から、ぜるように膨らんだ赤い光を目にして。
     いで衝撃、掛かる重み、肺が潰れて息が押し出され、ぐるんと目玉が上向いて、壁に寄りかかる男が見えた。
    「しょ、所長さーーーーーんッ‼」
     そして謎の男のポカンとした表情とぴおちゃんの絶叫を最後に、俺の意識は途絶えたのだった。



     俺が今まで目にして来た転生主人公たちに拍手を送りたい。彼ら彼女らは皆一様に優秀で努力家で才能に溢れている。コルセットまみれになっている俺とは大違いだ。
    「ー、だっ、ぃたた、う~」
     ペンを取ろうとちょっと身を捻っただけで胸周りに疼痛が走り、それに身を竦めただけで首が痛む。医官の診断によれば頸椎捻挫と、肋骨にヒビが入っているらしい。そしてどちらも消炎鎮痛剤でどうにかなるんだと。鍛えてる男数人の下敷きになったにしては軽傷の部類だろう。お陰様で翌日から仕事に出られる。は~あ。
     溜息を吐くにも自分の体と相談しながらデスクトップに向き直る。型落ちの画面に映る報告書……というよりは始末書だろうか……の進捗はまったく良くない。書かなきゃならんことは山ほどあるが、どう説明をつけたもんだか全然分からん。あちこちの痛みも仕事の邪魔してくる。書いては消し、書いては消しの繰り返しに失せたやる気の行方も未だ不明だ。情けなく唸り声を上げていると、所長室のドアが控え目に叩かれた。
    「入れ」
     犯人(と呼ぶのも可哀想だが)の精神鑑定結果が出たんだろう。そう考えて画面を睨んだまま返事をするが、一向にノックの主が入って来ない。あれ気の所為か、とドアに顔を向ければ目が合った。
    「あっ」
     細く開けた扉の隙間から覗いていた目が大きく見開かれ、キョドキョドと揺れる。スイングの音さえ聞こえないほど、ゆっくりとドアが押し開かれる。大柄な体躯を固く縮め、オレンジ色のツナギが恐る恐る入って来た。
    「し、……失礼シマス……」
    「ド、んっ」
     思わずドッピオの名前を呼びそうになって慌てて空咳で誤魔化す。首が痛んだが仕方ない。そんなことよりもだ。
    「……131番、なぜ、いやどうやってここに来た?」
    「えと、けいむかん? の人に頼んだら、連れてきて貰えた……まし、た」
     ちょっと赤っぽい黒い髪の人、と注釈を入れられて頭を抱える。絶対にあいつだ。あのアクマ家カラーの男。
     昨夜の現場にも確実に居たのに、ぴおちゃんどころか犯人たちにすら存在を認知されていなかったという特級不審人物だ。誰も奴の姿を見ていないと聞いて即座に職員名簿を検めたが該当者なし。まさかと思って受刑者名簿の方まで確認したけども、そっちにも奴の顔はなかった。職員でもない、ヤバい『異能』を持った囚人が刑務官ごっこを愉しんでいる訳でもない。完全に正体不明の男だった。
     そしてその正体不明の男は、刑務官の振りをして俺のもとにドッピオを寄越してきたわけである。本当に意味が解らない。
    「あ、あの……」
    「あっ、すまん。それで、えぇと何の用だ?」
     頭の痛い問題が更に問題を背負って来やがった、と唸っていればオロオロ声を掛けられ慌てて話を向けた。
     本来なら、いくら特別処置とはいえ受刑者を所長室に連れて置いとくなんてのはナシだ。しかし抓み出そうにも、昨夜の事件の所為で刑務官は皆バタついてる。忙しくしてる部下を忙しなく呼びつけるのもアレだし、わざわざ会いに来たいと考えた子どもを素気無すげなく追い返すのもなあ、と思えば規律違反にも目を瞑る。何度も言うが俺は不真面目なんだよ。
     話をしようとデスクトップから向き直れば、ドッピオは口を引き結び。ぐっと伸ばした背筋を、腰から思い切り直角に折り曲げた。
    「すいませんでしたッ‼」
    「え? お、おぉどうし、ぃって」
     凄い勢いに思わず仰け反り、痛みに呻いてしまう。途端にドッピオは泣きそうな顔でこっちを見た。
    「ほ、ホントに、ホントにすいません……! お、オレ、ンなつもりなかったのに、そんな、大怪我……っ」
     揺れる視線の先を見て、舌打ちをしたくなるのを堪える。見られていたのは首のコルセットと、シャツの上から着けたあからさまに医療用のチェストバンドだった。動きにくいからってジャケットを脱いどくんじゃなかったな。コルセットはまだしもバンドだけなら、上着があれば隠せておけたのに。
    「あ、あー、見た目ほど酷いもんじゃないよ。一応付けとけって言われてるだけだ」
     誤魔化して笑うが、ぴおちゃんの顔はまったく晴れなかった。まあ目の前で男数人の下敷きになってる俺を見てたんだ、仕方がないのかもしれない。医官にもこの程度で済んだのは幸運だったとか言われたしなあ。
     少し考え、手招きをする。ドアの前で体を固くしていた子どもは一瞬おののき、次には覚悟を決めた様子で執務机の前までやってきた。参ったなあ、叱るつもりはないんだが。
     椅子に注意深く背中を預けて、ドッピオを見上げた。
    「怒っちゃいないよ。助けてくれようとしたんだろう」
     慰めるようなことを口にすれば、ピアスの痕の見える眉がキリキリと吊り上がるのが見える。
    「し、したけど……でも!」
    「まあ助けようとした相手を怪我させてちゃ世話ないな。だけど今回で反省したんだろ。次からそうならんように学んでいけ。ウチにも一応『異能』の講師がからちゃんと言うこと聞くんだぞ」
    「えっ、あ」
     見上げた目が丸く見開かれる。重怠い首を傾げれば、答えを要求されていると思ったのか「は、はい!」といいお返事が部屋の中に響き渡った。ううん、良く分からんが、まあいい区切りがついたかな。
    「あー……、よし。それじゃあ戻るように。今から職員を呼ぶから、そいつと一緒に……」
     言いかけた所に、コンコンとノックの音。今度こそ報告に来た部下かと思い、「入れ」と声を掛けてみれば。
    「失礼します」
     聞こえて来たのは自信に満ちて凛とした、けれど若い声だった。ドッピオの時とは違い、スイと滑らかに開け放たれたドア。そこから現れたのは、黒いコートを翻す黒髪の少年──無限学科生徒会会長、ヴェール・ヴァーミリオン。高いヒールの音を響かせ、窓から降り注ぐ陽光の下に歩を進める。そしてローズクオーツみたいなその目をゆるりと細め、彼は人好きのする顔で首を傾げた。
    「やあ、お揃いで良かった。呼んで貰う手間が省けたな」
    「……無限学科の生徒が何の御用かな? 職場見学の予定はなかったはずだが」
     不信感も露わに言葉を返してやる。いや事件が起こればその翌日にヴェールがやってくるってことはゲーム知識で知ってたんだが、上からの報せは本当に全く無かった。どうせ法務省と異能省の面倒臭いアレコレの所為だろうが……しかし、昨日の今日でよく来れたな。あの学校の情報網どうなってるんだ?
    「申し訳ありません。どうやら連絡に行き違いがあったようですね」
     厭味ったらしい俺の問いに、地響きみたいに低い声が答える。続いてドアを潜って入って来たのは、ブルーグレーの髪を頂いた長身──生徒会のカウンセラー、ヘックス・ヘイワイヤーだ。チェック柄のスラックスを長いスライドで移動させ、会長の隣にすっくと立つ……丁度、ヴェールが自身の影の中に入るような位置で。
     うーん、嫌な予感がする。少し焦りを感じながら、それでも俺は「所長」のロールプレイを続けるしかなかった。
    「そうであったとしても、案内されるまでは大人しくしてて欲しかったな。ここは動物園じゃないんだよ、お坊ちゃん方」
    「おや、あの職員の方が我々を案内してくださったんだが」
     ヘックスは黒縁の眼鏡越しに俺を一瞥し、首を捻って入って来たドアを振り返る。そこには確かに、黒い外套に身を包んだ見覚えのある刑務官が立っていた。所長の視線を受けてビシッと敬礼をして見せるが、どうにも子どものごっこ遊びみたいな動きだ。更に太陽の光が差している室内に入って来ない所を見るに……なるほど、彼女・・の『異能』だな。溜息が漏れる。頭も痛けりゃ肺も痛い。
    「……あいつは始末書ものだな。で? どんな御用かな、学生君?」
     視線を真正面のヴェールに移せば、その目の奥に薔薇色の光が収まっていく所だった。やっぱり使ってたな、あぁ嫌だ。
     ヴェールの『異能』は、わば魂の鑑定だ。自分で見たことすらないものを丸裸にされてめつすがめつされるのは、自身の嫌な部分を散々自覚した30過ぎの男にとっては恥ずべきことでしかない。思わず眉を顰めれば、優等生然とした顔がにっこり笑い返してくる。
    「ご挨拶が遅れてすみません。僕は無限学科で生徒会長をしているヴェール・ヴァーミリオンといいます。こちらはカウンセリング担当のヘックス・ヘイワイヤー。どうぞよろしくお願いします、ファルガー・アクマ所長」
    「名前を知られているとは光栄だな、ヴァーミリオンくん。早速だが用件を聞こうか。どんな目的があって、この辺鄙な刑務所にいらしたのかな?」
     言いながら、ついつい彼の目的に視線を向けてしまう。突然現れて自信ありげに振舞う「会長」に、ドッピオは胡散臭そうな顔を隠しもしないでいた。……そんな顔するもんじゃないぞ、ぴおちゃん。お前の大事な仲間になる奴なんだからな。
    「ご明察の通りですよ、アクマ所長」
     何も言わない内から、ヴェールが見通すようなことを言う。何だ何だ、名前を事前に知られてたことと言い、俺をどんな奴だと思ってそんなことを言ってるんだ? 子ども相手に隠す気もない訝し気な顔を向ければ、猫が笑ったような顔付きで会長さんが見返してくる。
    「僕らがここに来たのは、そこにいるドッピオ・ドロップサイトくんを我が校に入学させる為です」
    「は……はぁあ⁉」
     名指しを受けたドッピオが叫ぶのを後目しりめに、俺は深くてデカい溜息を吐いた──当然、安堵と快哉からのものである。
     よっしゃ! やった! ミッションクリアだ! ぴおちゃんを無限学科に入れられた上にレイプ未遂も回避してやったぜ! フゥゥウウウ‼
     人目と怪我がなかったら小躍りしてたところだ。唯一の問題はラスボスの封印に影響が出たことだが、そっちは追々おいおいだ。昨夜の事件よりかは準備が出来るさ、きっと。
    「……囚人を一人、ここから出そうって言うんだ。単なる学生の思い付きって訳じゃあないんだろうな?」
    「それは勿論。ヘックス」
     威風堂々とした呼びかけにこたえて、長身が机の前までやって来る。感情の見えない青黄色で俺をじっとり見下ろしながら、骨張った大きな両手が茶封筒を差し出した。横柄に片手で受け取り、中を検める。入っていたのは想像通り、異能省と法務省の御墨付だ。これさえあれば、ドッピオ・ドロップサイトは大手を振ってここから出て行けるって訳だ。俺は不承不承、みたいな顔を作りながら、重々しく頷いてやった。
    「……なるほど、了解した。今日付けで131番は釈放だ。とっとと入学でも何でも……」
    「えぇっ⁉ やだ‼」
    「…………」
     誰だいま水を差しやがったバカは‼ 慌てて声の方へ首を巡らせる。急に動いた所為でメチャクチャ痛い。殆ど睨むような顔付きになって見遣った相手は、何と渦中の人物だった。
     金色の目をまんまるに見開き、大きな犬歯が見えるほど大きく口を開けて、ぴおちゃんは叫ぶ。
    「やだよオレ学校なんか行かねえ‼ このケームショにいるっ‼」
    「は……はぁあ⁉ いだた……っ」
     加減なく叫んだ挙句に椅子を蹴って立ち上がったもんだから肋骨が痛んだ。えぇい来るなヘックス、苦しそうな奴を見る度『異能』を使おうとするんじゃない! 世話好きを片手で追っ払い、俺は青息を吐きながら釈放済みの囚人を叱り飛ばす。
    「何を馬鹿なことを言ってんだお前は! こんな場所で人生無駄にする気か⁉」
    「だって所長サン『異能』の使い方教えてくれるって言ったじゃん‼ 言ったじゃんかっ‼」
    「無限学科の教師とウチの講師じゃレベルが違う! 一流どころでキッチリ学んで来い!」
    「やだやだやだッ‼ オレまだここにいるー‼」
     散歩から帰るのを嫌がる犬か‼ 思わず緊張感の無い罵倒が出る所だった。肋骨が無事ならきっと、部屋の外まで響き渡るような裏返った叫びを上げていたに違いない。体の痛みと引き換えに尊厳を守った俺は、危うく放り出しそうになっていた茶封筒で机を叩いて見せた。
    「いいか、ここに法務省と異能省のサインが入った書類がある。国からの指示だ。つまりお前の我儘を通してやる道理はないってことだ。いいからとっとと着替えて出ていけ。もう二度と来るんじゃないぞ」
    「あぁ、それなんですが」
     尚もゴネようとしていたドッピオの出鼻を、傍で見ていたヴェールがくじいた。今にも噛みつきそうな顔で睨まれ、しかしまったく涼しい顔をした生徒会長は、長閑のどかな口調で台詞を述べる。
    「そちらの書類には、リミットの記載がないんですよね」
    「……は?」
     は? おいちょっと待てヴェール、お前なにを言おうとしてるんだ?
    「……ど、どういう意味だ?」
     狼狽うろたえたようにただすドッピオに、生徒会長は実にほがらかに応えて下すった。
    「つまり、君はここを出て行かなくてはならない。だけど何月何日何時までには絶対に……っていう締切はないんだ。例えば、来年の今日に出所したって構わないってワケ」
    「待て待て待て!」
     ご機嫌な猫みたいな顔から目を背け、慌てて茶封筒の中身をもう一度検める……ファック‼ マジで日付入ってねえじゃねえか‼ どこのどいつだこんな欠陥書類作ったクソバカ野郎は‼
     思わずヴェールを睨みつける。百歩譲ってこのガバガバな辞令書は良しとしよう、だがどうしてお前はぴおちゃんをこんな所に留めようとする? 無限学科に入学させる為に山奥の刑務所くんだりまで来たんだろうが! どっちの味方なんだお前は‼
     しかし当の生徒会長も、お付きのカウンセラーも、ついでに部屋の外の刑務官(仮)も、全員しれっとしてやがる。ドッピオは突然のうまい話を疑う素振りこそ見せてはいるが、まったく喜色を隠せていない。ここは俺の部屋だってのに、どうしてこんなに不利な状況におちいってるんだ?
    「先程アクマ所長が仰っていたように──」
     言いたい事が多過ぎて言葉にならない俺に代わるつもりか、ヴェールが滔々とうとうと語り始める。
    「我が無限学科は、優秀な人材と環境をようしています。『異能』の使い方、『異能』との付き合い方を学ぶ場としては、世界でもトップクラスでしょう。……そして当然、」
     話の向かう先を察して頭を抱える。当然、生徒会長様は止めてはくれなかった。
    「学校としてもトップクラスの業績を誇っています。一般教科・専門教科のへだてなく、優秀な……頭のいい生徒が揃っているんですよ」
    「はい! はい! はい!」
     ぴおちゃんが長い腕を振り上げ声を張った。
    「オレ馬鹿です! 馬鹿だから無理! そんな学校入れない! 馬鹿だもん!」
    「そんなこと言うんじゃない……!」
     あぁもう首も肋も頭も心も、ありとあらゆる場所が痛い。鎮痛剤追加で飲んどこうかな。
     確かにドッピオは勉強が出来ない。ゲームでも授業について行けない描写や、テスト準備期間に他のキャラを巻き込んで大騒ぎするイベントがあった。だがそれは馬鹿だから、頭が悪いからじゃない。ミドルスクール在学中に最後の保護者を亡くして戸主になってしまい、その寂寥せきりょうや不安から友人たちとの交友に救いを求め、その結果として学業をおろそかにしてしまったからだ。基礎が出来ていないだけで、地頭は決して悪くない子なんだよ!
    「確かに。君の過去の成績は決して良くない。ウチでやっていくのはちょっと難しいかもね」
     黒いコートの腕を組み、ヴェールは芝居掛しばいがかった調子で何度も頷く。何を考えているのかも知れない、黒から赤へと色の抜ける頭のコロンとした形を睨むより他やりようがない。マジで何を企んでいるんだ──と思っていたら、目が合った。ローズクオーツがニンマリ細くなる。……嫌な予感が。
    「でもラッキーなことに、ここには立派な『先生』がいらっしゃる。プライマリースクールから一貫して成績優秀、難関大学に一発合格、それからご家庭の事情で休学されるまで優れた成績を修め続けた、ファルガー・アクマさんがね」
    「…………」
     マジで。
     何を。
     考えてやがるんだコイツは‼
    「……所長サンて頭いいんだ……!」
     えぇいキラキラした目を向けてくるんじゃないぴおちゃん!
    「どうだろう、ドッピオ? 所長に勉強を見て貰ったら? 十分な学力が付けば、無限学科でもやっていけると思う。それに期限は設けられていないにしろ、どんなにゴネたって君はいずれ出所しなければならないんだし……やっておいて損はないよ?」
    「えっ……と、それ、は……えぇっと……」
     キラキラした金色の目が、期待を込めてチラチラ俺を見てくる。顔がほんのり赤くなってるような気がするが、それは一体どういう感情の発露なんだ?
    「はあー……っ」
     デカくて重い溜息を吐き、力の抜けた膝を折り、痛む体をご立派な椅子に沈めた。
     ぐったりした中年に向けられるのは、ドッピオの困惑と期待を混ぜ込んだ視線。自信に満ち溢れたヴェールの笑顔。ヘックスは感情の読めない顔つきで沈黙を貫いているし、部屋の外の刑務官(仮)は最早隠す気もないのかニコニコ笑っている。
    「……いい度胸だな学生さん方。仕事の忙しい大人を捕まえて、家庭教師に抜擢なさるとはね」
    「あ、あぅう……」
     嫌味を言っても狼狽えるのはドッピオだけだ。しかも狼狽えるだけで前言撤回の意思は無し。まったくクソガキどもめ!
    「はー……分かったよ、やってやろう。だが今言った通り俺は忙しい。その分スパルタになるからな。尻尾巻いて逃げ出す準備だけはしっかりしておけ」
     相手がクソガキだろうが何だろうが、俺がやるべきことは決まっている。ドッピオを無事にここから出してやることだ。そのためなら仕方がない、教師の真似事だってしてやろうじゃないか。
     如何いかにも自棄やけっぱちな態度で、デスクに肘をつきながらアッチ行けのハンドサイン。しかしこれがジェネレーションギャップというやつなのか、まったく意図を察して貰えなかった。
     虫でも追っ払うような乱雑な手つきが、でっかい両手に包まれて強制的に止められる。度重たびかさなる疲労がたたって痛みの増し始めた首をもっさり上げれば、ギョッとするほど間近にきんきらの金眼が迫っていた。
    「所長サン。ほんとにありがとう、所長サン。オレ、オレ、オレ、頑張るから。マジで頑張るから──」
     痛いほど強く手を握られて、だが眉を顰める前に慌てて力が緩められる。そうだな、お前は頑張ってるよ、ぴおちゃん。見返す濡れた瞳が揺れて、ピアスの痕の残る眉の下で瞼が閉じる。
    「……オレのこと、見ていて」
     最後にこぼされた要求は、何だか酷く切実で、切ない音をしていた。
     ……それは俺の役目じゃないんだがなぁ。
     握られていない方の腕を上げて、俯く紫髪を荒く撫でる。
    「分かった分かった、ちゃんと見といてやる」
     いよいよ深く俯いて、見えなくなった顔から複雑な音階の唸り声が聞こえた。ますます犬っぽいぞぴおちゃん。そして殆どデスクにぬかづいているドッピオの後ろでは、ヴェールが満足そうに猫の笑みを浮かべている。
    「いやあ、お話がまとまったようで何よりです! 時機を見てドッピオくんのお迎えに参りますので、それまでよろしくお願いしますね、アクマ所長!」
     俺は地位あるいい歳の大人だから声に出しては言わない。心の中でだけ言うぞ。
     YOU BITCH!!!!!!!!!!!!



    「良かったのか、ヴェール」
    「おやヘックス、君が後から物申すなんて珍しいね」
     日の当たる廊下を歩みながら、生徒会長はカウンセラーの言葉に肩を揺らす。影を選んで先を歩く、刑務官の格好をした仲間も振り返ってこちらを見ていた。今回の目的地であった所長室は、もう随分と後ろにある。
    「何としてでもドッピオ・ドロップサイトをこの刑務所から連れ出す。ここに来るまでは、そういう方針だっただろう?」
     高い位置から地響きのような低い声が問いかけた。はたからでは怒りを抑えて詰問しているようにも聞こえるそれは、彼の常でしかないと知っている。だからヴェールも、気安く質問に質問を返してやった。
    「君はどう考える? 彼は、今すぐにでもここから離さなければ危険なように見えたかい?」
    「いいや」
     すぐさま返された答えは、音に反して軽やかだった。
    「私が想定していたよりもずっと、ドッピオの状態は悪くなかった。少なくとも、私の力が必要なのは彼ではなくアクマ所長の方だろう」
    「確かにね~。アレ見てるだけでもメッチャ痛そうだったもんね」
     引率の刑務官──それに『異能』をもって扮した虎姫コトカが、気の抜けた声音で相槌を打つ。誰かに聞かれたら言い訳の利かない態度に「コト!」と愛称を呼んでたしなめれば、「サー、イエッサー!」などとふざけた応えが返された。まったく、ウチの副会長ときたら!
     だがしかし、彼女の言っていることはもっともだった。窓から枯れ果てた山林を眺め、ヴェールも先程の邂逅かいこうを思い返す。
     ファルガー・アクマ。さらりとした銀の髪に酷薄に整った顔つきの、年齢より若く見える男だった。それが首にはコルセット、シャツの上から医療用のバンドを着け……頬には湿布らしきものを張り付けた姿は、痛々しいとしか言いようがない。けれどその怪我を押して所長としての業務を、更には怪我の原因となった受刑者のケアまでしているのだから、見た目の寄らずタフな人物なのだろう。
    「……貴方は、どう見た?」
     しばし靴音だけが響いていた廊下に、低く深い声が混じる。ヴェールはどちらのことを聞いているのかと訊ね返そうとしたが、分かり切ったことを問うのも詰まらないのですぐに答えた。
    「見はしたけど、どちらもほんの短い間だけだ。未来視までは出来なかったよ。ドッピオは傷こそ付いていたけど、かげりは殆ど見えなかった。アクマ所長は──」
     言いかけて、いや、と言葉をひるがえす。
    「アクマ所長にも、目立った瑕疵かしは見当たらなかった」
     前からは何か言いたげな目線が、後ろからは先を促す沈黙が寄越される。けれどヴェールは答えられない。どう答えたものか分からないのだ。今までどんな人物の内にも見たことのない、あの複雑な宝石を例えるすべを、少年は持ち得なかった。
     物問いたげな友に沈黙だけを返す。居心地の悪い道程は、けれどすぐに終わった。両開きのドアがすぐそこにあったからだ。刑務官に扮したコトカが、それらしく振舞うためバーハンドルに手をかけ押し開く。その横をするりと通り抜けた瞬間、
    「おや? 君たちは……」
     掛けられた声に、背筋がひやり強張った。だが勿論、顔には出さない。「まさか規律を破って刑務所内に侵入している訳がないでしょう」と言わんばかりに、ヴェールは愛想笑いを浮かべてそちらを見た。
     そこに居たのは、当然ながら刑務官だった。威圧的な黒い制服は襟元までしっかり留められているが、官帽からはくるくる跳ねる黒髪がこぼれ出している。所長も顔半分が隠れるような髪型をしていたし、服装規定が緩い場所なのかもしれない。赤く照り輝く黒髪から目を逸らし、優等生らしく肩を開いてにこりと笑って見せた。
    「あぁ、僕らはファルガー・アクマ所長に書類を渡すよう言付かって来た者です。あちらの刑務官の方に案内していただいて、既に書類はお渡ししてあります。もうお暇させていただきますので」
    「ふぅん、そうか」
     深く下した官帽の鍔の下、生白い顔も微笑を作る。真っ直ぐな鼻筋とすっきりした顎、その間で均等に弧を描く唇は、酷く作り物めいていた。
    「そうか、そうか。それなら気を付けて帰りなさい。来る時に見ただろうが、道が曲がりくねっていて視界も悪い。事故になど遭ったりしないようにね、三人とも」
    「お気遣いありがとうございます。それでは失礼しました」
     朗々とした音吐おんとも、まるでオペラか演劇のようだ。うそ寒い気分から逃げるように、急いで会釈えしゃくをして刑務官に背を向ける。何故か先へ行ってしまったコトカとヘックスの元へと足を踏み出すと、振り返ったニセ刑務官が大きく腕を振り上げた。
    「おーい! 何してんの、ヴェール」
    「ちょ……っ!」
     何してんのはこっちの台詞だ! 背筋が凍り、反射的に振り返る。別れたばかりの刑務官がどんな表情をしているのか、けれどヴェールは知ることが出来なかった。
    「…………え……?」
     そこには誰もいなかった。
     辺りを見回す。去っていく姿は見えず、足音すらも聞こえない。そもそも背を向けた瞬間コトカに声を掛けられたのだ。その一瞬で、音も立てずにここから立ち去れるはずがない。
    「ヴェール、ほんとにどうしたの?」
    「何かあったのか」
     刑務官の外套と、無限学科の制服が並んでこちらへ歩いて来る。それを目にしたヴェールは、再びうそ寒いものに身を震わせた。
    「三人……」
    「え?」
     ニセ刑務官がキョトンと目を丸める。そうだ、コトカは『異能』刑務所の刑務官の姿をしている。それなのに、あの黒髪の刑務官は、ヴェールたちを指して「三人とも」と言ったのだ。
    「…………」
     コトカの『異能』を看破かんぱしながら、とがめもせずに見逃し、そして姿を消したあの男。恐らくヴェール以外には見えていなかった……それどころかヴェールとの会話すら仲間の意識から逸らして見せた正体不明のナニカ。
     茫然と、古く武骨な刑務所を振り返る。
     ここにドッピオを──そしてあの偽悪的な所長を残したことを、ヴェールは今になって後悔した。


    to be continued……?
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