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    v_annno

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    v_annno

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    🦁🐑(👹🐑、👟🐑含む)/AU/SUS
    怪物退治人パロディの続き

     喉を鳴らして酸素を吸い込む。生きるための必死の行為で、呼気に混ざる生臭さを再確認させられる。口に入れるべきでない味と匂い、そして喉の奥までを塞がれ擦られる苦しみに、けれどファルガーは嘔吐えずかなかった──もう慣れてしまったから。
    「よし、よし、偉いぞ。随分上手になったじゃないか」
     どこからか薄く漏れ落ちる光が、暗闇の中から生白い手をぼうっと浮かび上がらせる。節が立っていて大きく男らしい手がファルガーの頬を撫でる。滑らかで冷たい手に慰撫され、艶めかしく深い声色に褒められたって何の感情も湧きやしなかった。
     もう疲れ果ててしまったのだ。怒りも、恐怖も、屈辱も、何一つ感じ取れない。逃げ出す隙を伺うことも、希望を持ち続けることも、出来ない程に疲弊していた。
     犬のように床に座らせられた体は、下着すら纏うことを許されなかった。義肢との繋ぎ目も露わにされた肌身の色を隠せるものは、暗闇の他はいくつも付けられた歯形くらいのものだ。じりじりと痛む傷跡から、嫌な記憶が脳裏に広がっていく。人間の歯列で肌をへこまされた嫌悪感、獣の牙で肌を喰い破られた恐怖。そして首筋を噛まれ、血をすすられた時の──
     ぶるる、と体が震え上がった。床に付けていた両手で、思わず自分を抱き締める。
    「おや」
     腕の中に伏せるほど縮こまらせた首を、強引に掬い上げられた。怯えてあおいだ闇の中に、金色のぎょくが二つ光る。人間を見下す化け物の目が、愉しくて堪らないのだとばかりに細くなった。
    「もう次のが欲しくなったのか? ひひ、素質があるなあ」
     そうじゃない、そんなものはないと、訴える権利すらファルガーには無かった。化け物の視線はとっくに外され、代わりに別の者がそれに応える。
    「おれ? もう、おれのしゃぶってくれるの?」
     嬉しそうな──それこそ尻尾を振っていそうな声に、ひっと息が引き攣った。獣の手を持つ男の声だ。
     怯えるファルガーの頬を一撫でして、生白い手は仄明かりの下から去っていく。代わりに白いボトムスが、弱弱しいスポットライトの中に現れた。
     どっかりと座り込む下半身の、その中心部に光が当たる。化け物どもとは違って夜目の利かない犠牲者の為に、わざわざ点けられた灯りだった。
     黒い被毛の獣の手が、存外器用にボトムスの金具を扱う。前立てを掻き分け跳ね起きるように飛び出す陰茎に、金属の肩がびくりと跳ねた。
    「処女くさい反応~」
     暗闇の中から揶揄が飛ぶ。もう4人もしゃぶったのに、と相槌に見せかけた嘲笑が続く。悲しいかなそれは事実だ。バイオケミカルの銀瞳は、思う間もなく比較を始めてしまっていた。比較が出来るほどに、それらと仲良くさせられてしまっていた。
     眼前に晒されたそれは、酷く太い陰茎だった。見たことのあるものの中では最大径だろう。けれど、長さはない。そのずんぐりとしたフォルムに、これなら他の連中のように喉を使われることもなさそうだと考える。直前までしゃぶらされていた、金眼の化け物のペニスより苦しめられることはない筈だと──。
     そんな甘い考えを嗤うように、突き出されたそれが本性を現す。野太いばかりの先端がめりりと広がり、中から肉色の穂先が飛び出した。
    「ひっ!」
     顔面を突き刺しかねない勢いに、悲鳴を上げてる。本当なら逃げ出してしまいたいのに、度重なる口淫で抜けた腰が逃亡をさせてくれなかった。ファルガーに出来ることは、萎えた足腰を必死に引き摺って距離をとること、そして恐ろしい凶器から目を背けることだけだ。
     けれどたったそれだけのことすら、怪物たちは許してくれない。
    「駄目でしょう、ファルガー」
     懸命に逃がした背中が、とん、と何かにぶつかった。惑乱した脳が仔細を考える前に、両頬をひやりとしたものに包まれた。顎に当たる、尖った爪の感触。手だ。
    「そんなに怖がったりしたら、ルカが可哀想じゃない?」
     細く長い所為だろう、男にしては華奢に感じる二つの手は、しかし情け容赦なく獲物の自由を奪う。目の前の脅威から背けていた顔が、ゆっくりと正面へ向けられていく。さほど力を入れている感覚はないのに、それらはまるで、人形の首の角度を調整するかのように、ファルガーを取り扱った。
    「う、うぅ、ううう……!」
     怒り、恐怖、屈辱。枯れ果てたと思っていた感情が、脳味噌をパンパンに膨らませている。もう泣くまい、叫ぶまい、矜持を失うまい……自身に課した誓いが、容易く、何度も破られていく。
    「い、いやだ……こわい……!」
     怪物の性器は、涙で滲んだ視界の中でさえおぞましかった。ぬらぬらと照り光る肉色は、当初ペニスだと思っていた土台より一回り細く、だが長さはほとんど変わりなかった。根元まで飲まされたら、喉を突くどころか食道まで犯されるに違いない。そんなものを口に入れる? 拷問以外の何物でもなかった。
     恐怖、嫌悪、忌避感。それら感情は紛れもなく、自分の中から生まれた、自分だけのもの。他人が勝手に決定できないそれを……しかし怪物は、我が物顔で弄繰り回した。
    「こわい? そんなことないよ。本当はファルガーも……おいしそう・・・・・だと思ってるでしょう?」
     とても頷けない言葉に、反論をしなければならなかった。けれど、怖気の走る呪詛が、毒液のように耳を浸した瞬間。
     口の端から、涎が垂れ落ちた。
    「え……? は──」
     混乱のまま動かそうとした舌が、欲に疼く。味蕾を突き刺し喉に張り付くえぐい塩気をもっと味わいたい。目の前のご馳走を頬張って……怪物の精液を飲み干したい、と。
     ぐらり、視界が歪む。自分の中から芽生えた感情が、「美味しそう」「舐めたい」「喉の奥まで迎え入れたい」に塗り替えられていく。自分の意志ではない激変に覚えた焦燥感すら、飢餓感に変えられてしまう。最後に残った「抗わなければならない」という抵抗心に満たないアラートすらも、
    「ほら、言ってごらん? おいしそうだ、って」
     冷たい十指に頬をなぞられ、言い聞かされただけで。
    「……おい、し、そぉ……」
     堪らなかった。差し出された立派なものを、早く口に含みたくて仕方がない。冷たい両手が離れるのを待たず、逃げかけていた体が前のめりになる。飢えた獣のごとく四つ這いになって、ご馳走に舌を伸ばす。
     けれどそれを、止めるものがあった。
    「う? あ、あー……。あぁー……!」
     目元を押さえる柔らかな何か。すべすべとしていて弾力を持ち、穀物に似た臭いと獣臭、そして微かに短い毛の感触がある。恐らくそれは怪物の持つ獣の手、肉球の感触だった。当時のファルガーには、まったく分からなかったけれど。
    「なあ、なあ、そんなに食べたいのか?」
     上から聞こえる問い掛けに、必死になって首を縦に振る。涎を垂らして舌を突き出して、言葉を扱う努力すらなげうって、けだものの有り様になりながら全身でうべなった。
     高らかで、抑圧的で、そして邪悪な笑い声が響く。
    「あはははははは! わかった、わかったよ! ほら一生懸命しゃぶってみな!」
      目元を覆っていた肉球がずれて、灰色の長い前髪ごと頭を鷲掴みにされる。そのまま物のように引き寄せられても抵抗心など湧こうはずもなかった。近付けられたものの臭いに息を荒げる始末だった。
     そしてファルガーは、興奮で潤んだ迎え舌を震わせながら、化け物のペニスを────



    「っ!」
     びくり、体を震わせ目を覚ます。17歳の夜から、31歳の昼に脳味噌がシフトする。銀の目に映るのは暗闇の邸宅ではなく、フロントガラス越しの曇り空だ。灰色の分厚い雲の下、黒く汚れた年代物のビル群が墓標のように突っ立っていた。
     人の出入りがあるのかも定かでない建造物に囲まれながら、駐車場はまばらに車を止めて何とか存在意義を保っている。だが車といっても、デカいゴミ箱としか言えない有り様だ。大量のゴミを詰め込まれ運転席まで潰されて、タイヤも空気が抜けて潰れ地べたに伸びている。これで乗用車を名乗るのは無理があるだろう。夜になればまともな乗用車も増えるのだが、そのいずれもが不自然に揺れて・・・いるそうな。ステーションの廃止と同時にその価値を急落させた土地は、今やゴミ捨て場、休憩所ホテル、そしてバケモノ退治人の仮眠室と化している。
     ここの利用者であるバケモノ退治人ファルガー・オーヴィドは、片手で目を覆いながら溜息をついた。
     悪夢の残滓が、いまだ脳裏に張り付いている。ここにいるはずのない者の声を、音を、耳で拾ったように感じているのだ。
    「ファルガー……ファルガー……」
     たふ、たふ、たふ。
     そうであれ、と望んでいる声と音は、左耳のすぐ近くから聞こえていた。
    「…………」
     大きな、それはもう大きな溜息をつく。聞かせる目的のそれは、しかしながら何の役目も果たさなかった。己を呼ぶ声も気の抜けたノックも、自分を認識してくれたのだと判断して余計に喧しくなったのだ。
     じろり、赤い三角波を焼きつけた目で窓を睨む。真っ先に目についたのは、ピンク色の大きな肉球だった。
    「ファルガー! やっと起きた!」
     そしてファー付きのフードの下で輝く、美しい男の笑顔。緩く波を描く金の髪は、染色でもファイバーでもない天然のものだ。滑らかな膚は薄く日焼けしているようで、健康的な印象を受ける──男の正体を知っていれば噴飯ものだけれど。少し厚めの瞼の下、アンニュイな形の目に嵌め込まれているのはスモーキーなラベンダー色の虹彩。一級品でかたどられた、ともすれば美術館で鑑賞される立場に置かれそうな美丈夫は、しかしその開けっ広げな笑顔によって美術性を薄れさせていた。
     恐らく彼に出会ったものは、老若男女問わずその造形美に気圧けおされ、次いで飾り気のない人柄に心洗われるのだろう。まったく人喰いの化け物らしい、見事な上っ面であった。
    「ファルガー、ファルガー、開けてよ。中に入れて? 太陽の光でピリピリする!」
     その上っ面で、仔犬がクンクン鼻を鳴らすような調子でおねだりをしやがる。そいつが人喰い強姦魔の化け物5人衆の一角であることを知るファルガーは、三度目の大きな溜息をつき。
     手元のスイッチを操作し、助手席のドアを開けてやった。
    「POG! ありがと~ファルガー! ありがと~!」
     化け物は尻尾を振って──大きくてふさふさでドでかい本物の尻尾をだ──助手席へと回り込んでいく。それに監視眼を向けながら、ファルガーは髪をぐしゃぐしゃ掻き毟る。我が物顔で助手席に乗り込んだ怪物は、被っていたフードを毟るように剥いだ。露わになる金の輝きと、ピンと尖った三角形の二つ耳。
     そして車の外では幼気いたいけにパチパチさせていたラベンダーの両目が、ねっとりとした欲を込めてファルガーを見た。
    「まさかホントに入れてくれるなんてね。おれのこと、忘れられなかった?」
    「馬鹿を言え」
     鼻を鳴らして反論する。ファックしたくて化け物と解っている相手を連れ込んだ? 正しく馬鹿を言えだ。まして洗脳されている訳でも、操られている訳でもない。もしもそうだったなら、今も連中の巣の中にいるはずなのだ。だから今回の、愚行としか思えない選択だってファルガーの意志によるものだった。
     理由の一つとして、この寂れた駐車場周辺が完全な無人ではないことが挙げられる。近くに敷かれた道路は交通量が減ったとはいえ未だ現役で、人通りも車通りもあるのだ。そしてそこを通る者の中には、この駐車場が本来の目的外で使われることに我慢ならない人種がいる。
    「ハロウィンに浮かれてコスプレした男娼コールボーイとしけこんでる奴がいる、なんて通報されたらたまったもんじゃないからな」
     吐き捨ててやれば、「コールボーイ?」と小首を傾げる姿があった。遠目にすら余人よじんをハッとさせる姿を、この化け物が自覚していない訳もないだろうに。怪物退治人は舌打ちをし、赤い指先でエンジンスタートボタンを押し込んだ。
    「太陽が痛いんだっけか? 近場のマンホールを紹介してやるから夜までそこに詰まってろ。それともハンターがひしめく寄合所の方がお好みか?」
    「連れてってくれるの?」
     尻尾が邪魔なのか、長い脚を抱えるようにして席に収まる怪物が笑う。敵の居城をわざわざ教えてくれるのか、という邪悪なそれではなかった。ドライブを喜ぶ犬のような表情に見えて、一層気分が悪くなる。ファルガーは犬が好きなのだ。勿論、人を襲わない子に限るが。
     このイヌ科の面汚しに助手席を渡した二つ目の理由は、先だっての事件でこの車にクソ猫野郎を招き入れてしまったからに過ぎない。一度招かれた場所に対する化け物どもの権能は、厄介なことに非常に強い。人間がどう対処したところで、奴らは隙を見て入り込む。ファルガーはもうとっくに新車の契約と廃車の予定を組んでいた。手元から離れる場所に化け物の一匹や二匹追加で入れたって、問題なんぞありはしないのだ。
     体と背凭せもたれの間でせせこましく尾を振る怪物は、そんなことなど微塵も知らずに笑って言った。
    「それならおれ、ファルガーの仕事を見に行きたいなあ」
    「…………あ?」
    「ここらで何かしてただろ? 変な銀髪のサイボーグがうろついてる、って噂が聞こえて来たんだよね」
     しばらく睨みつけていたが、笑いに細められたラベンダー色が崩れることはなかった。
    「……何のために」
    「こないだの狩りが格好良かったから、もっかい見たいと思ってさ」
     輪郭のぼやけた問いの答えはろくでもなかった。これが「何のために自分の噂を探っていたのか」「何のために噂の真偽を確かめに来たのか」だったとしても、きっと回答の碌でも無さは変わらなかっただろう。
    「……前回も思ったんだが」
    「うん?」
    「随分と他人事だな。同族が殺されてるんだぞ」
     そう、前回。5人組の化け物をファルガーが殺しおおせたことを知っていたのに、連中は無頓着だった。その後の凌辱も、決して報復を目的としたものではなかったと断言できる。
     そしてそれを肯定するように、怪物はあおのいて笑った。
    「あっはは! 同族ぅ?」
     堪えきれんとばかりに肩を揺らし、なおも湧いて出る笑いの衝動にか肉球を口に押し当てる。けれどファルガーを盗み見るその目は、大笑に見合わず乾ききっていた。
    「う~ん、なんて言ったらいいのか分かんないな。アイクかヴォックスなら、ニンゲンにも分かりやすいように教えてあげられるんだけど」
     最後にくふくふと喉を鳴らし、黒い毛に覆われた手を下ろす。ケダモノの覆いから放たれた美丈夫の顔は、にっこりと鷹揚おうような笑顔をファルガーに魅せた。
    あんなの‥‥が消えたって、おれは悲しくて泣いちゃったりしないから、ファルガーは気にしないでいいよ」
    「…………」
     無言でオートパイロットを起動し、登録しておいたマーカーを指定する。滑らかに走り出した車に身を預け、最後に一つだけファルガーは言った。
    「邪魔したらただじゃおかないからな」
     怪物は相変わらず犬のような表情で返した。
    「勿論! 約束ね!」



     暗闇の中から飛来した石礫いしつぶてに、紫外線を照射していた猟犬が破壊された。プロペラが弾け飛び、制動を失ったドローンは部屋の端まで転がっていく。それを冷静に観察した後、ファルガーは暗闇に向けて怒声を発した。
    「クソ野郎‼ お前の命よりよっぽど高価たかいんだぞアレは‼」
     わぁんと広がる声に返るのは、何を言っているのかも知れないしゃがれた喚き声がいくつか。そいつらが──そして狩人の背後に残された黒い死灰の山々が、今回の仕事の標的だった。
     廃駅周辺、凡そ10万平方メートル内にばらけて隠れ住み、人間相手の狩りをしていた集団の雑魚ざこ。今まで何度もハンターが討伐に向かっていたが、いずれも殲滅には至らなかった。何故ならどこか一つの群れが始末された瞬間、残りすべてが姿を消すからだ。危機察知能力が非常に高く、臆病かつ報復的な思考がない。かつて大規模な掃討作戦が計画されたが、実行前に標的をすべて見失った……という話もアルバーンから聴いていた。
     恐らく、奴らは巣近辺の動向をかなりの精度を持って掌握し続けている。そして強力な外敵に対して攻撃を取らず、少数を切り捨て群れ全体を保存するよう動いているのだ。
     ゆえにファルガーは一か月の間、単騎で巣の周辺を巡っていた。奴らの狩り場になり得る場所で魔除けの香を焚き、聖灰や聖水を撒き、潰した大蒜にんにくや葱を隠し、UVライトの罠を仕掛けた。奴らに一筋の傷をも負わせることなく、長期に渡ってただひたすらに「食事」の邪魔をし続けた。
     そうして今朝、奴らの中枢と言える巣に、聖水でいくつもの印を描いてやったのだ。
     狩りを邪魔立てされる苛立ち、これまでになく長い飢えと、更に続けられた挑発行動。加えて奴らは、相手がたった一人であることも把握している。臆病者の中にでさえ、こんな考えが蔓延する──自分たちに楯突いているのはつまらない小細工ばかりの弱敵、ならば尻尾を巻いて逃げるよりも囲んで叩く方が簡単だ。何より散々邪魔されてきた、今こそ思い知らせてやらねば──数々の妨害工作をて、ファルガーは慎重な鼠の群れに怒りと報復の火を付けた。
     そして小虫を袋叩きにしようと総勢集まった群鼠を、最大火力で叩き潰しているのが今現在という訳。鼠の巣は銀の粉末と聖灰、塩に塗れ、硫黄臭い灰の山と化さずに済むのは最奥の暗がりばかりになった。
     朽ち果てすたれて事務所か倉庫かすらも判然としない、化け物どもの最後の砦の前でカプセルを一つ踏み潰す。軽い破裂音と共に、白いものが床一面に広がった。灰が薄っすらと床に棚引く。途端に隠す努力もないくしゃみが、暗い廃墟にこだました。じろりと見遣った先で、金色の三角耳がぺったり伏せられる。
    「そーりー」
     濁った鼻声で謝罪する怪物は、仕事の最中もまったくの部外者だった。邪魔をするでもなく手助けする仕草も見せず、ただ壁に凭れて殺戮を傍観し続ける。鼠たちはそれをどう思っていたのだろう? 灰の山になった彼らに聞く術はもうないが。
     部外者を鼻息ひとつで脳から弾き出し、ファルガーは愛銃を構えて暗闇へ突入した。
     姿勢は低く、滑り込むように。先程の怒声で中身は丸見えにされていた。機械の腕から伝わるエコーロケーションが、IIsアイズの視界でホライゾンブルーの虚像を結ぶ。立位の高さを狙っていたらしい鼠どものまごつきをわらうことなく、ポンプアクションショットガンをぶっ放す。
    「ギャアアアアッ‼」
    「ギッ⁉」
     銀と塩の弾丸を受け、一瞬で膨れ上がる硫黄の異臭。まずは一匹。銃撃に倒れ込んだ奴を踏みつけて二匹。義足のソールに付着していた聖灰に触れて、異臭と共に潰れて積もる。残りは3。ベルトに付けていたハンズフリーライトを脊髄からの信号で点灯させた。今まさに飛び掛からんとしていた二匹が、UVライトを警戒して竦んだ所に一発。ばら撒かれた弾が体にめり込み、触れた場所から怪物を壊す。断末魔を上げる二匹の陰から、最後の一匹が飛び出した。
     仲間の体を盾に狩人の隙を突いた鼠は、鋭い爪をかざして肉薄する。白兵戦の距離に飛び込んで来たそいつを、ファルガーは慌てず騒がず銃床でブン殴った。銀の装飾でがら空きの腹を打たれた鼠は、殆ど真っ二つになって床を這い、暴れ、泣き叫ぶ。お別れは義足のストンプで十分だった。頭を踏み抜かれた最後の一匹は、遺言も無しに臭い灰に変わっていく。
     動く者はもうない。ミッション完了だ。
    「POOOOG!」
     いや、もう一匹いる。気の抜けた歓声と拍手、隠す気もない靴音が、ゆっくりと背後から近付いて来る。
    「すごいすごい! 罠仕掛けるのが上手いのは知ってたけど、真正面から行っても超強いじゃん! 獲物の怒らせ方も怖がらせ方も、タイミング計んのもすごい上手だね!」
     狭い空間が大声でいっぱいになる。わざわざソナーを使わずとも、怪物の居場所はすぐに知れる。暗闇の中で無理矢理に研ぎ澄まされた17歳の恐怖心は、彼らを常に警戒している。
     近付く気配に、体が震える。焼き付けられた記憶が肌を粟立たせ、冷たい汗を滲み出させる。背筋がざわざわ毛羽立って、血管が細るような感覚を覚える。抵抗虚しく組み伏せられて、凌辱される未来が見える。あの時のように……。
     だが、今は。今なら。
     手の中のものを強く握る。
     銃もある。灯りもある。聖灰と銀と塩にも、奴は不調を見せていた。今なら。
     今なら、殺せる。
     床を蹴って振り返った。銃口は胸の高さで固定。広範囲に弾をばらまくショットガンならどれか一つが心臓にダメージを与えられるはず。振り向きざまに人差し指に力を込める。トリガーを引く────。
     日本では、驚くことを魂消たまげるとも言うそうだ。驚愕のあまりに呆然としてしまう様子を、魂が消えると表現したのだろう。
     ファルガーの魂も、ともすると今この瞬間消えてなくなったのかもしれなかった。
     何か、聞こえたわけではないと思う。
     衝撃を感じたわけでも、なさそうだった。
     けれどファルガーは、床にへたり込んでいた。黒い硫黄臭のする灰の上に、尻を落として、機械の足を投げ出して。
     化け物の前で、無様を晒していた。
    「あ~あ。ファルガー、悪い子だあ」
     聖灰も死灰も、一緒くたに踏みつけにして、怪物が近付いて来る。嗜虐的な声にも、足取りにも、体はぴくりとも震えない。巨大な何かに押し出されてしまったように、感情という感情が、体の中から消えている。
    「おれ約束守ってたのになあ~? 邪魔もしないで大人しくして、ずっと待っててあげただろ?」
     額に肉球の柔らかな感触が乗り、ぐいと無理やり仰向かされる。反発も、恐怖も感じない。ハンターの矜持は、ショットガンを杖代わりにして転倒を堪えたのを最後についえていた。ガラス玉のように視点の移動さえ出来ない目玉が、暗闇に光るラベンダー色を見る。獲物を甚振いたぶたのしさにきらめく化け物の二つまなこを、只々ただただ見返すことしか出来なかった。
    「なあ、約束を破る悪い子には、お仕置きが必要だ。そうだろ?」
     額を自由にされ、勢い揺らいだ体が力づくで引き上げられた。広い肩にかつぎ上げられ、腹が潰れて喉から息が漏れる。サイバネティクスの四肢が力なくぶら下がり、けれど怪物はそれらの重さも、まだ握られたままの銃さえ気にしない。そぞろ歩きの足取りで、闇夜の廃墟を闊歩かっぽする。
    「こんなとこでする・・のは流石に可哀想だから、ファルガーの車まで連れてったげるね。おれってば優しいでしょ?」
     ケダモノの手が、薄い尻から腿裏までを幾度も撫でる。何をされるのかなんて火を見るよりも明らかだ。けれどファルガーは動けない。意識はあるのに身動きは取れず、それどころか動こうとする意思さえ持てなかった。ただ僅かに戻りつつある感情が、脳に恐れの色を染み込ませているだけだった。
     ひょう、と冷たい風が吹く。硫黄の匂いが薄れていく。──外に、出たのだ。
    「そうだなあ、まずはおれのこと、ちゃんとルカって呼べるようにしてあげなきゃね」
     怪物が鼻歌交じりに拷問を選ぶ。
     ばくん、と地獄のドアが開く音がした。
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