この季節ともなるとすっかり空気は冷え込んで、冷たい空気が肌をさす。
まだ上りたての朝日を背に、伸びゆく草木のように立つ脇差は、その身体で新鮮な空気をスーッと吸い込むと、ゆっくり遠くへ声を飛ばす。発声練習だ。篭手切江の朝はこの声出しから始まる。
朝から精が出るな、と思う。他の刀曰く、豊前江ら他の江のものがやってくる前からの習慣らしい。
今日は偶々早起きした豊前江はその様子を眺めていた。
早朝の冷たい空気を吸い込んだ篭手切の肺は、じんわりと体から湧き上がるエネルギーを集めて、外へと息を吹き返す。歌声の基本は呼吸だ。丁寧に温められた身体を通して、長く長くブレスが伸びていく。その呼吸に乗る声は段々といつもの篭手切の凛とした声に近づいてくる。
ふと、こちらに気がついた篭手切江が
「りいだあ」
凛とした、葉が揺れるような声が自分のことを呼んだ。
「おはようございます。お早いですね」
「目、さめちまった。おはよう亅
「どうしてここに…」
「初めてじゃないぜ。何度か聞いたことはあった。いつもだよな」
篭手切は少し恥ずかしそうに微笑みながら、そうですね、と返事をする。
「皆さんに朝会う時は、とびきりいい声で挨拶をしたいので、毎日こうやって発声してるんです。
あと少しだけ、お時間いただけますか?まだ声が立ち上がっていませんので。」
そう言うと、篭手切は自分の出せる音域を確認するように、滑らかに声を滑らせていく。中音域から高音へ、下降して胸声に近い低音へ、だんだんと立ち上がっていく声は、さながらエンジンの立ち上がりのようだった。
ひととおりのルーティンを終えたのか、篭手切は満足そうにこちらの顔を覗き見て言った。
「私、この時間が好きなんです。一日の始まりを全身で感じて声を出すこの過程が。
それに、今日はいい日になりそうです。」
「お、どうして?」
「一日の始まりに貴方の名前を呼べたことが嬉しくて………
きっと、いい一日にしてみせますね。」
不意の一言に驚くも、次に豊前江は笑みを浮かべる。なら俺も負けてられない。
「なあ、それなら俺もやるから付き合ってくれよ、発声練習」
「えぇ、良いですよ亅
息を吸い込み、吐き出す息に乗って声を重ねてみればみれば2本の糸が震える。できあがりの前の声だけがそこにある時間。
一日が始まる。