おぼめぽ回 犬派猫派編「なーーーーう」
覚者の足元に猫がまとわりついてきた。キジトラ柄をした人相もとい、猫相が悪い顔付きである。
「お? なんだ懐っこい奴だなあ」
覚者は屈むと猫を撫でようと手を伸ばした……が、猫はヌルリと避けた。
「触られたい訳では無さそうですね」
後ろからその様子を眺めていた専従ポーンがコメントをする。
「ここに来るまでに何度も戦闘がありましたからね。手が鉄臭いのかも……」
「猫は人間やポーンよりも鼻が利きそうですもんね」
と支援ポーン達も続く。
「な〜う」
猫は再度覚者の脚に身体を擦り付けては撫でられそうになる度にぬるぬると避けている。……が。
「うりゃ!」
とうとう覚者は猫の胴体を掴み、抱き上げた。猫は目をまんまるにし、体は重量に従って地に向かって伸びている。
「うひゃひゃ、可愛がってやるぅ」
猫をきちんと抱くも顔を撫で繰り回しはじめた。猫は大人しくしている。ポーン達は暇そうにその様子を見ていたが、
「そういえば覚者様は動物がお好きですよね」
と支援ポーンの一人が話し始めた。
「覚者様は犬派ですか? 猫派ですか? 私のマスターは狼にお尻を噛まれて以来、犬の類が怖いとかで猫一択だそうです」
とポーンの1人が覚者に尋ねる。興味があるというよりは暇潰しの為に話を振った様であった。覚者は猫の顔を見ながらウーンと唸る。
「私は威嚇されなきゃどっちでもいいかなあ。犬も猫も可愛いし。ねえ?」
「なう〜」
猫に話しかけ、覚者はヌフフと笑った。
「あなたのマスターですが、狼に噛まれて犬が苦手になったんじゃ、キメラにお尻噛まれたら今度は猫も苦手になるのでは?」
「うーん、どうでしょう。私はともかく、私のマスターはまだキメラに遭遇した事がないので。ああ、でも猫とキメラでは顔つきが違い過ぎますし別カウントされてセーフなのかも……。あ、そう言えば私のマスターなんですが、この間、股がけをしていた事が恋人にバレて家の前で女性たちが『泥棒猫!』と殴り合いの喧嘩を」
支援ポーンたちの会話を聴きながら覚者はひとしきり猫を堪能すると解放してやった。猫はしばらく覚者達を見つめていたが足音もなく立ち去り、覚者はそれを見送ると防具についた獣の毛をはたき落としながら立ち上がる。
「そういう君らは犬と猫どっちが好きなの?」
「私ですか? 考えた事がありませんね。どちらも好きでもなければ嫌いでもないです」
「私のマスターは犬が好きなので、どちらかと言えば犬に興味があります」
支援ポーン達がそう答えると、唯一回答をしていない専従ポーンに覚者と支援ポーンの視線が向けられる。
「ホタルは? どっちが好きとかある?」
覚者はホタルと名付けた専従ポーンに尋ねた。ここ数ヶ月共にして来たが、そういえばどっちが好きなのか知らないな、と思った。街中や街道で野良猫や野良犬を見る事は何度もあったが、ホタルは無反応だった。今雇っている支援ポーンの片割れの様にそもそも興味がないのかも知れない。
ホタルは覚者の質問にしばしの間考える様な素振りを見せた後、
「覚者様がどちらか選べ、と仰るのであればどちらが好きか考えます」
と答えた。
「別に……」
別にそこまで真面目に聞きたい訳じゃないからいい、と言い掛けて、覚者の好奇心が頭をもたげた。
「じゃあ考えといて」
「承知致しました」
いつも『どちらでもいい』『覚者様が選ばれた方で』などの曖昧な答えばかりをするホタルに敢えて自分で選ばせてみようと覚者は思ったのだ。だがそれは彼の自主性を育ててみようとかそう言った意図はなく、完全に興味本位だった。
「ま、無理に決めなくていいからね。ギブアップ可です」
「はい」
ホタルはこくりと頷いた。素直なやつ、と覚者は思った。
犬猫トークはそこで終わった事で支援ポーン達の話題への興味も薄くなり、数日後にはパーティメンバーは入れ替わり、覚者もそんな会話をしていた事をすっかり忘れていた。
2週間後。
ハーヴ村の宿で魚料理を食べている時。ホタルは考え事をしている様に見えた覚者は彼に声を掛けた。
「どうしたのホタル。苦手な味だった?」
「いえ、特に問題はありません。犬と猫、どちらが良いかと、少しだけ考えていました」
「えっ?」
一瞬、覚者の顔に“何言ってんだこいつ”と書かれていたが、
「あっ──」
思い出した。先日、“猫か犬、どっちが好きか考えておけ”と言っていた事を。覚者は忘れていたにも関わらず、ホタルは二週間経った今も真面目に考えていたのだ。
「そ、そっか」
忘れていた事に気付かれないように目を逸らしながら覚者は魚の目玉をつつく。目玉の裏側にある、脂の乗ったぷよぷよしている肉を口に運んだ。
(うまい)
「私が調べた限りでは、ヒトは猫に対して懐いたと思えば素っ気なくされるなどの自由勝手で気ままな振る舞いを好み、犬に対してはヒトに寄り添い、分かりやすく愛情や親しみを向ける事に魅力を感じる傾向にあるように思いました」
「うーん、そうかも」
「私は見た目に関して言えばどちらに対して強い好感を感じたか、嫌悪感を感じたか、という事は特に違いはありませんでした。どちらも同じくらいと言っても良いでしょう」
ホタルは煮魚の骨と身を分けながら話し続ける。
「話を魅力の傾向に戻しますが、性格面で言えば犬の、主(あるじ)に従い、貢献しようという姿勢が好ましく感じます。……つまり、私はどちらかと言えば『犬の方が好き』と言えるのではないでしょうか」
「ずいぶん真面目に考えたね」
「はい。覚者様の指示でしたので」
ホタルは魚から視線を外し、覚者の方を見た。
「ご満足いただけましたか?」
「うん? うーん、そうだね、満足かな」
「そうですか」
満足気に微笑むと料理を食べ始めた。
「これ、美味しいですね」
覚者は彼をまじまじと眺めた。人間の振る舞いが好ましいか嫌悪感を持つか、という話はともかく、それ以外の彼自身の好みを自主的に話す事は稀だった。犬派と猫派の話の様に指示を出すとようやく言う様な状態だったからだ。
「気に入ったんならちょっとあげる!」
と、覚者は自分の皿から料理を三分の一ほど取り分けてホタルの皿に乗せる。
「覚者様の分が減ってしまいますよ」
「いいんだよ、なんか嬉しいから。それにほら、他にも料理あるし」
「嬉しい……」
ホタルは気分が良さそうに笑う覚者の顔をじっと見た後、
「ではありがたくいただきます」
と食べ始めた。