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    第3話ちょいみせ。
    個性事故で幼児化した荼毘(大人の記憶なし)が、ミスターと一緒に焼きリンゴを作る。

    迫荼原稿進捗④ 使ったこともないフライパンが、簡易シンクの下にあるのは知っている。それをよく洗ってから、その上に、薄めのくし切りにしたリンゴを、花びらのように並べた。バターはないので、冷蔵庫の中、かろうじて容器の隅に残っていたマーガリンを、リンゴの上に満遍なく広げる。さらにその上に、コーヒー用に買い置いているスティックシュガーを三本ほど振りかけた。
    「焼きリンゴ、食べたことある?」
     フライパンを荼毘の前へ差し出すと、ほんの少し、彼が目を輝かせたのが分かる。
    「蜜たっぷりの甘いリンゴが、あろうことか更に甘くなる──……って、君は甘いのは嫌いかな?」
     現在の荼毘が、味覚を感じづらいらしいことには気づいている。けれども今ここにいる荼毘は火傷もないようだし、だったら今のうちに、少しでも美味しいものを食べさせてやりたいと、思うのはコンプレスのエゴだろうか。
     荼毘は数秒黙ってから、お前がそこまで言うからしぶしぶやってやるんだぞ、という顔を作った。
    「……焼けばいいのか」
    「そう。火加減はできる?」
    「強くはできる」
     強い、という言葉を使うたび、いくらか胸を張るのがいじらしい。自分の強さに、それだけ自信を持っているのだ。
    「強くなくていいよ。最初は優しく。丸焦げにしちゃったらもったいないからね。下からじわじわ温めて、上からは直接焼き色をつける。強くやるより難しいぜ?」
     君にできるかな、と煽ってやれば、やはり強気の答えが返ってきた。
    「できるに決まってるだろ」
    「よし、じゃあ、おじさんはこの高さでフライパン持ってるから、美味いのができるかどうか、あとは君の腕次第だ」
     フライパンの下で広げた右手に、赤い火が灯る。もう少し上の方がいいんじゃないか、と思いつつも、口は出さないでいると、彼もそう思ったらしい。ちょうど良い具合の距離で、フライパンを熱し始めた。勘は良いようだ。
     左手は、コンプレスの言った通り、フライパンの上に翳す。炙り始めると、まもなくマーガリンがゆっくり溶けだし、砂糖がそこへ馴染んでいった。それらがリンゴに染み始めると、微かに良い香りが立ってくる。
     この甘い匂いを嗅いで、荼毘はどんな顔をしているだろうかと表情を窺うと、彼はコンプレスの想像よりずっと険しい顔をしていた。火力の調整に必死なのかと思ったが、どうやらそれだけではない。
    「……左手、熱い?」
     炎というものは、物理法則上、下から上へ燃えるものだ。右手の炎はフライパンをしっかりと熱しているが、左手の炎は、左手より下にあるリンゴを炙るのはほどほどに、それよりむしろ彼の左手それ自身を炙っていた。
    「ッ!」
     コンプレスがそのことに気づいたのが意外だったのか、彼は驚いた顔をしてから、そんなわけねえだろ! と怒った。
    「俺の個性だぞ!」
     こうやって意地を張って、無茶をして、その結果があの全身の火傷なのかと、コンプレスの心がひりひり痛む。大人になった彼は“熱い”も“痛い”も顔に出さないけれど、ポーカーフェイスの内側では、いつもこんなふうに険しい顔をしているのかもしれない。
     もう炙るのやめていいよ、と言っても、きっとこの子はやめないだろうと思って、迂闊だったと反省した。
     焼きリンゴの良い香りは、ゆっくりと確実に室内へ充満して、ババ抜きを上がった者たちが、そわそわとこちらを窺っている。
    「どう? そろそろ良い色なんじゃない?」
    「もうちょっと」
    「こだわるねえ。一端のシェフだ」
     それから十秒ゆっくり数えた頃、荼毘が小さく口の中で「ヨシ」と言うのが聞こえた。
    「完成?」
    「かんせい」
    「じゃあおじさんはこれを向こうに運ぶから、君はよ~く手を洗っておいで」
     バス椅子から荼毘を抱き上げて、シンクの前に立たせる。背が少し足りないようだったので、そこの箱使うといいよ、と踏み台を指差してやった。水の流れる音を聞きながら、しっかり手を冷やしなさい、と心の中だけで彼へ念じた。
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