ざわざわざわと、草木が風になびく音がこだます。日も落ちあたりは暗闇に包まれていた。そんな中闇の中一人きりでこんな木々の間に来た目的はただ一つ、用を足すためだ。トイレなんてものに毎回タイミングよく出会えるわけもなく、致し方なく物陰に隠れてするしかなかった。思春期に差し掛かった年頃の彼らには酷な話だが、メンバー唯一の女性である泉ですら黙認しているのに嫌だとダダはこねられない。とうの昔に諦めのついた苦い決心を思い出し、いや、なにも感じないようにと、遥か遠くで皆が囲む焚火のわずかな光を頼りに草木をかき分け、ここらでいいだろうと白いスニーカーの歩みを止めた。へそ下のボタンをはずしジッパーを下げ、下着を足首まですとんと落とし遠くへ目線をそらしながら両の手を添えようと股元へと持っていく。だが、つかめない。10年そこらしかその生を過ごしてはいないが、さすがに毎日触れているところだ、感覚が身に染みている。すかっ、また宙を掴む。は?と思わず口から出た疑問符のまま目線を下へとむけそして
「ぅ、わぁああああぁぁあ?!」
夜の森に、輝二の悲鳴が響き渡った。
「なんだ?!」「輝二の声だ!」「なんなのッ?!」「おっきなこえ~」
「輝二さんがいないよ!」「敵か?!」「なんじゃなんじゃっ」「おっきなこえですぅ~」
口々に言葉を並べデジヴァイスを握りしめ、すぐにでも進化できるように身構えた5人と3体のもとへ来たのは、顔面蒼白、今しがた悲鳴を轟かせた張本人だった。
「っ、おい…本物…の、輝二…だよな?」
「え…あ、驚かせてすまない。…な、なんでもないから」
焦点が合ってない目に不安はあったが、パタモンが「まき~」と独特の声を発しながら近くへ飛んでいくところを見たら間違いないようだと、警戒が解かれていく。
「たくっ、驚かせんなよ!」
「そうだそうだ!泉ちゃんを怖がらせやがって!」
「別に怖がってなんかないわよ?」
「びっくりしちゃったぁ~」
「…なにか、あったのか?」
唯一、兄である輝一がかけよっていく。そわついていた輝二の身体がびくりとはねた。
「怪我でもしたのか?なんでそんな、」
強情にも大丈夫だ、問題ないと言い張る弟に悲壮感が混ざり合う。顔色を悪くしながら長袖の青いシャツを胸元と腹で握り合わせてる姿はどう見ても「大丈夫」ではない。ただ事ではない、思った瞬間肩を掴み「…どうした」と声をかけた。合わさった同じ色の眼は不安にゆれ、隠し切れない声で輝二は言葉を発した。
「輝一……どうしよう…俺…お、おんなになってる…」
「………へ?」
間の抜けた輝一の声の後静寂が流れ込む。薪がはじけた音を皮切りに、今度は他の4人と3体の驚きが木々を揺らさんばかりに響き渡った。
「っちょ、はぁ?!なにいってっ…なに言ってんの?!」
「じょじょじょ、冗談だよな?!」
「輝二も、面白い冗談いえるのねっ!」
「輝二さんが女の子なら、輝二お姉さんって呼んじゃおうかな~」
はははは!と笑いを伝染させようと試みるが、当人には全く届いておらず、その兄も肩を掴んだまま動かない。二人の頭上を飛び待っていたパタモンがとどめを刺してくる。
「ほんとですぅ~光のおにいさん、おねぇさんなってますぅ~」
2拍ほどおいて、再び慄く声が響き渡った。
***
これほどまでに深刻かつ、まったくバカげた作戦会議が行われたことがあっただろうか。それはない、今後ともあってはほしくないと切に願いながら子供たちは焚火を囲んでいた。おねむですぅと、先ほど決定打を打ってきたパタモンを皮切りにそそくさと2体が逃げていく。知恵はほしいと拓也によって捕まったボコモンを加え、拓也、友樹、泉、輝二、輝一、純平の順に火を中心にして座り込む。大きな葉っぱの上へ足を崩して楽な体制をとっている中、輝二のみが膝を抱えつむじをさらしていた。あやすように背中を撫でる輝一の衣擦れの音と時折はじける薪の音以外何も聞こえない。唇を一度舐めた拓也が、口を開いた。
「状況、確認したいんだけど…いいか?」
「……ああ」
ごくりと唾を飲む。何が原因で、輝二がこうなったのかわからない手前、次は我が身…口にはしないがそんな緊張感がみんなにはあった。
「えっと…まずは、なんで女になってるってわかったわけ?」
意を決してした問いかけは、最初から地雷を踏み抜いた。うつむいたままだった輝二がさらに縮こまり、心なしか頼りなく見える身体を小刻みに揺らした。さすが最年長といったところか、横から純平が耳打ちをする。
「おい拓也…あいつってたしか、トイレしてくるんじゃなかったか…?」
「……ちんこがなかったってことか」
純平の気遣いを台無しにした拓也の声に短く悲鳴が上がった。さすられ続ける背中を大きく跳ねさせ、拓也の言葉を肯定する。
「ちょっと拓也?!あんたってほんっとデリカシーないわね!!」
「…さすがに今のはどうかと思うぞ」
双方から非難の声を浴び、なんだよ!とかみつこうとした目に映った相棒の存在感が霞のようで、勢いはしゅるしゅる落ちていく。
ぽつり、ぽつりとか細い声が続いた。
「…原因は、なんとなくだが思い当たるんだ」
昼間の戦闘の折、進化した状態でだが傍の沼地へ落ちたこと、ところどころに傷を負った身体に染みた感覚があったこと、他のみんなはその水に触れていないこと…それらを踏まえて、おそらくそれが原因ではないかと推測した。
とりあえずは、感染の危険性や他のメンバーに影響がないことがわかり緊張がほどかれていく。ボコモンがう~んと唸り「そうじゃ!思い出したわい!」と、ぽんと手を叩く。
「聞いたことあったまき、デジモンたちの性別をあべこべにする沼地がどこかにあるってことをじゃな~。まさか、あそこがそうじゃったとは…」
「っ、それって、どうやったらもとに戻るんだ?!」
うんうんとごちるボコモンへ、輝一が焦った声で問いかける。
「安心せい!ちゃーんと、解決方法はあるまき。
汗をかくことじゃはら」
「…それだけ?」
「それだけ」
なるほど、汗か。単純な話だった。体内に入り込んだ成分をそのまま放出すれば良いのだ。唾液や尿などでもいいわけだが、さすがに今の状態の”彼”には酷だろうとボコモンは口を紡いだのだ。
原因も、解決策もわかったことだし…とあくびをかみしめたボコモンは、先にすやすや夢の世界に入っていた2体のほうへと向かっていった。 残された六人は口をつぐんだまま、ただただ沈黙のさなかにいるしかなかった。
最初に動いたのは泉だった。
「ねぇ輝二、ちょっといいかしら?」
「…なんだ」
「身体、触ってもいい?」
「……は?」
そう言ってじりじりとにじり寄る泉。気迫のようなものを感じた輝二が、兄を背にしたまま後ずさる。獲物を見つけたような、ぎらつきすら感じる眼差しに嫌な予感しかしない。ごくりと唾を飲み近寄るなと口にするが頼りなく震えていた。
「なんだか、すごく可愛らしく見えちゃうのよね…ね、ちょっとでいいから抱きしめてもいい?」
「だッ?!ふざけるな!おっお前!」
「いいわよね、輝一くん」
「え俺?!」
別に減るものじゃないしと輝二の背中を押した。彼女の有無を言わさない問いかけにうんと頷くしかなかったともいう。
「ちょ、輝一!このっ裏切者!!」
「大丈夫だって!ほら!相手は泉なんだし!」
「だから嫌なんだろ?!ふざけっ、ッひ!」
なんの根拠もない大丈夫を前面に押してくる兄のほうを振り返ってる隙に、輝二の肩に柔らかい感触があたり、瞬間ぎゅううと腕が回る。事故ではない、完全に自主的な抱擁に全身の筋肉が強張り首を元の位置に戻せないでいた。
「ッあーーー!輝二ずるいぞ?!ねっねっ泉ちゃん俺は??」
「純平黙って。…ん~やっぱりちょっと肉付き良くなったんじゃない?ほら、腰回りとか…」
「バカ!なに言ってるんだ!早く離れろ!!」
何と比べてるんだ、怖くて聞けない問いかけの代わりに精一杯言葉で抵抗する。さすがに女の子に手を上げるわけにはいかないと、行き場を失った両手は宙を泳ぐだけ。声も相まって降伏のポーズにしか見ない。
可哀想な輝二に、さらに追い打ちが襲う。
「なんか、胸大きくない?え~ちょっとショックかも…」
「ッひぃ!」
情けない悲鳴が上がったが誰もおちょくることはできないでいる。今すぐにでも泡を吹いて卒倒しそうな輝二の胸板だったとこには、泉の小さな手にぎりぎり収まらないぐらいのふくらみがあったからだ。それが指に力を入れるたびに形を歪め、初めて目の当たりにする女性の一部を見せつけられて年頃の好奇心から見守るしかなかった。
「…拓也お兄ちゃん拓也お兄ちゃん」
「ぅえ?!…どっどうした友樹」
「輝二さん、お胸大きいね」
「バッカ黙ってろ!!」
食い入るように見ていたところに、こそっと耳打ちをしてくる無邪気な口を片手で塞ぐ。考えないようにしていた現状を言葉にされ、拓也のキャパシティは崩壊寸前だ。隣の純平はというと、魅力的な膨らみに興味はあるがそれより泉からの拒否がよほど堪えたのかいまだに「泉ちゃぁん…」とショックから立ち直れないでいる。自分が背中を押したせいでおもちゃにされだした弟、いや今は妹になるのか、兎に角罪悪感とともに湧き上がってくる感情を抑え込もうと、輝一は、からからに乾いた喉を鳴らすしかなかった。
「私ももう少しほしいのよね~」
「…っふ…ぉい、やめ…」
「いいなぁ、うらやましいわ~」
「やだって、やめ…ろぉ…」
「やわらかぁい…」
「いい加減に!しろ!!」
顔を真っ赤に怒鳴りつけながら泉の両肩を掴む。一瞬だがしかめた表情にたじろいだ輝二が「っすまない」と謝罪を述べるが、特に気にもとめていない元凶が目をきらめかせながらさらに追い打ちをかける。
「いいこと思いついた!ねぇ輝二、一緒にお風呂入りましょうよ!」
「ッはぁあ?!」
この叫びは拓也のものである。痴態ともとれる二人のやり取りを見逃さまいと見ていた彼だったが、突拍子のない提案はさすがに聞き逃せなかったようだ。勢いよく立ち上がり、身体をわなわなと震わせる。
「拓也、ちょっと進化してよ」
「俺は湯沸かし器じゃねぇかんな?!」
漫才のようなやり取りを拾えるHPがない輝二が、魂が抜けたような顔で泉に抱きしめられている。どうしよう、俺のせいだ…見当違いなほうへと思考を巡らせた輝一が口を開いた。
「いっ泉!俺が輝二と一緒に入るよ!」
的外れもいいところだ。なぜ兄奴は「俺がお風呂入れてあげなきゃいけない」と思い立ったのか。輝一の言葉を聞いて拓也が「じゃあ俺が!」と続く。
「俺が輝二と入る!」
「ふざけんじゃないわよ。あんたが一番ありえないから」
「はぁあ?!なんッでだよ!!」
完全に放心状態の身体を後ろから抱きしめ、バンダナの上から慰めるように頭を撫でる。優しい姉のような態度だが、元をたどれば彼女が「触りたい」と言ったことから始まったのだから、そう見えてしまうのは不思議なものだ。女子(おなご)は少しばかり強かなほうが可愛いともとれる。
「いい?今の輝二の身体は女の子なのよ?それをあんたたちに見せるなんて…ダメに決まってるじゃない!」
ね?輝二♡とされるがままの後頭部へと声をかけるがちゃんと聞こえているかは定かじゃない。反応がないのがつまらないのか、彼女の細くて白い指があろうことか服の上から乳首をつまみ上げた。
「ッひゃあ?!」
「えっ!mignonne!か~わいい!♡」
強制的に魂が戻ってきた輝二は何をされたかわかっていない、わからないままのほうがいいこともあるから知らないままでいることをオススメする。だが年上三人はそういうわけにもいかない。まるでえっちなビデオのような反応を見せられ、それが普段あれほど澄ました奴からということに高揚する胸の内をそれぞれ抱えていた。
「なっなんだ?!ッておい泉!いつまで抱えてるん、」
「ねっやっぱりそうしましょうよ!」
「な、なにが…」
「私と一緒にお風呂入るの!」
「………なんて、言ったんだ」
「身体洗ってあげるね♡」
目を瞬かせ、跳ねる声音をかみ砕く。
俺が、女子と、風呂へ、入る…泉が、俺の、身体を、洗う。
飲み込めはしたが理解は出来てない。ぐらぐら回る視界をのぞき込まれ反射的に後ろの兄へと縋りつく。
「おっおい!輝一!たすけっ助けろ!」
胸元に縋りつき涙目になって懇願する姿に、ざわざわと感情が波打つ感覚に襲われる。ぎゅうぎゅうに掴んでくる一回り小さくなった弟の手を握り、このまま囲ってしまおうと思ったところで凛とした声が聞こえた。
「わかってるの?汗、かかなきゃいけないのよ」
「わかってるさ!でもだからって、なんでお前と風呂入らなきゃいけないんだよ!!」
「じゃあどうするつもりなの?」
「は、走るとか…」
「お湯につかったほうが早いと思うけど」
これでもかというほど委縮した身体が震えあがる。さらに泉の猛攻は続く。
「それに、身体さわれるの?」
「自分の身体なんだから当たり前だろ!」
「女の子なのに?」
びくっと跳ねる。さっき一瞬見ただけで叫んだのに、視界に入れないように努めたとしても、いかに自らのだろうが”女子の身体”に触れられる自信が輝二には全くなかった。当たり前に性経験なんてないし、保健体育の授業の時にちんけなイラストで流し見した程度のものを、直接見て触れれる気はしない。眼差しがぶれるのを見逃さなかった泉が「決まりね!」と輝一の腕の中から再び取り上げ強く抱きしめた。
「女の子同士、一緒にはいりましょうね♡」
何がそんなに楽しいのか。一人っ子の彼女は同い年だとしても生まれ月で考えると年下に当たる輝二を妹の様に接せられること、それと心を許した仲間に同性がいるということが心底嬉しいのだ。
「でも…いっ泉…お前は…その…は、だか……」
「あ、そうねぇ…じゃあ目隠しでもしたらいいんじゃない?そうね!そうしましょう!」
「それだったら…」
「ちょっとまてーーーい!なに納得してんだよ輝二!!」
完全に絆されかけていた決心が拓也の静止によってゆらぎだす。まるで風船のようにふわふわと決めかねだしたのを察した泉が割って入った。
「なぁに拓也、もしかしてこの身体…触りたいの?」
そういって、見せつけるように背後から輝ニのTシャツをめくりあげる。柔らかそうな下腹部、へそ、2つ膨らみの影が落ちてるのがみえたと思ったら動きが止まった。元が白い彼の、少女の腹が焚火の揺れる光に照らされまざまざと晒される。ごくりと喉がなった。隣の輝一も同様に、先程まで胸のうちにいた温もりに触れようと手を伸ばす。
「………いずみと、はいる…」
感じたことのない身の危険に、か細いが今日初めてハッキリと意思を示す。完全な謝絶に高らかに笑う声とくそうッ!と悔しがる声。気が変わらないうちに行動に移そうとその腕をとり半ば引きずる形で近くの畔へと移動を開始した。
「拓也ーなにしてるの?ほらっ進化進化っ!」
「だから俺は湯沸かし器じゃねーってば!」
「…拓也、頼む……」
そんな子犬のような目で見られても、相手は男で、相棒で、唯一無二の友達なのに。先程から脳裏に張り付いて離れない柔肌を払拭するように「今回だけだからな!」とデジヴァイスを掲げるのであった。
「じゃあ触るね?」
「…どこからでもかかってこい」
「んもう、そんなこと言ってる子にはこうよっ!」
「ひんっ!」
「ほらほらほらっ♡」
「あっ、ひゃ?!…ばかっ、どこ触って…ッ!」
「え?口に出してほしいわけ?」
「いい!いらない!言うな!!」