えむの休日 さて、小さな妖精は朝日を浴びて、呑気に目を覚ました。
「ふぁ、もう朝なの……?」
ミズガルズは、自然の恵みに満ちた国だ。青々とした海と深緑の森林が広がり、豊かな幸が息づいている。特に、聖域と呼ばれる森は秘境とされ、朝には小鳥のさえずりが響き、そよ風に揺れる木々の合間から漏れる陽の光が神秘的な空間を作り出している。
「いけない、お休みだからって寝坊するなんて!」
林檎の木の窪みに作られた住処で、妖精は羽布団を跳ね除けて飛び起きた。胡桃の殻でできた小さなベッドから飛び出し、泉のほとりに軽やかに降り立つ。
彼女の姿は、森の草花と並べば一目でその小ささが分かる。人間の親指ほどの大きさだろうか。
赤紫蘇で染めた麻布のワンピースを纏う彼女は、朝日を浴びてキラキラと輝く泉の水を小さな両手に掬った。ひんやりとした水の感触に目を細め、パシャパシャと顔を洗う。
彼女には名前がない。人々は彼女を「フェアリー」「ピクシー」「レーシィ」と、気ままに呼んだ。だが、時折、彼女に名前を贈る物好きも現れる。彼女が最も愛したのは、ある旅人が名付けた「えむ」という呼び名だった。
「ふふ、今日も気持ちいい」
泉の水面は鏡のように澄み、えむの姿を映し出す。そこには、m字の印が刻まれた頬と、燃えるような赤い瞳があった。
「ジル、頑張るから見ていてね」
胸元では、ブルージルコンが嵌められたペンダントが朝の光を反射して光る。——かつて、宝石の都と呼ばれたスヴァルトヘイムの片隅で、彼女と共に生まれ育った友人の贈った唯一の形見だ。えむは、そっとペンダントに触れ、遠い記憶に目を細めた。