街角でキスをしよう僕が海外から高専に戻ってきて数週間が経ったとある土曜日。1年3人、2年4人全員のオフが重なるというものすごく奇跡的なことが起こった。それに、ひどく興奮してテンションが爆上がりしたのは釘崎さん。インスタで見つけた喫茶店のチョコパフェが可愛くて美味しそうでずっと食べたかったらしく、この機会に東京校全員で食べに行きたい!!と騒ぎまくっていた。
それを聞いた真希さんは、そしたら特級様の奢りでいくかとあらぬことを言い出し、僕に反論する隙も与えてくれないままその喫茶店に7人で向かうことになった。どこか昭和の雰囲気を漂わせたその場所は、どこかノスタルジックでその時代を生きていた訳ではないけれど懐かしさを感じるような落ちついた空間だと思った。
赤い革生地のソファが並んだテーブル席。通路を挟んで左が2年4人、右に1年3人という形で腰を下ろした。お冷を持ってきた男性店員に向かって元気よく手をあげた釘崎さんは、メニューを指さしてハキハキとした口調で注文しはじめた。
「あの!このチョコパフェ7個下さい!!私たち全員同じの食べるんで!!」
飲み物はみんなそれぞれ好きなものを頼むことになり、僕はアイスカフェラテを選んだ。かなりの数を頼んだので、それが全員分席に運ばれてくるまでに結構時間がかかった。でも、東京校が全員揃うというめったにない機会に興奮していたのは釘崎さんだけでなく僕たちも同じだった。伏黒くんのスマートフォンで写真撮影会が開催されれば、あっという間に時間が過ぎた。
「お待たせしました。スペシャルチョコレートパフェでございます。」
花弁を開いたような形のグラスに、珈琲ゼリー、生クリーム、コーンフレーク、チョコアイス2個と一番上にバニラアイス。そのバニラアイスにはくまの耳に見立てたスライスアーモンドが2枚添えられていてチョコペンで顔が描かれていた。たしかにとってもかわいい。女の子には堪らないだろう。男の僕でも食べるのを躊躇ってしまいそうなくらいだ。
「虎杖、パフェと一緒に写真撮ってやるわ」
「うそ?!いいの?!撮って撮って。」
「うわぁ、映えねぇ……」
「ひっでぇ…!!」
「人の顔見てそれは失礼だぞ釘崎」
1年生3人はとても仲が良くて会話もコントみたいにテンポがいい。見ていてついつい笑ってしまう。僕たちとはまた違った空気感が新鮮で楽しい。
すると前に座っていた狗巻くんが、スプーンの上にチョコレートアイスと生クリームをたんまり乗せて僕の口元にあてがってきた。
「ゆうた、あーーーー」
「え?!ちょ、恥ずかしいって…え、あーーん?」
「ツナマヨ?」
「あ、うん。とってもおいひい…です」
それを見ていた真希さんが呆れた口調で
話し始める。
「おい、ちょっと待て。みんな同じの頼んでんだから自分の食えよ、意味わかんねぇわ。」
すると虎杖くんが頬杖をついたままこっちを見ながらゆっくり手をあげた。
「あのぉ、ひとついっスか?乙骨先輩と狗巻先輩って…いや…その…デキてます?」
するとその発言に釘崎さんも食い気味に乗っかってきた。
「え?!うそうそうそ?!そうなの?!」
「確かに気になる。」
「俺ら見慣れてるからあんまり気にしてなかったけどぶっちゃけどうなんだゆうた?」
「たしかに言われてみればお前ら距離感バグってるよな、どうなんだ?言ってみろ?」
目の前の狗巻くんはニコニコしながら小さく頷いている。僕らがそういう関係なのは事実。
今ここで認めたらさらに揶揄われてしまわないか、あらぬことを聞かれたりしないだろうか。
そんな臆病な感情が先回りしてしまった。
アイスカフェラテを乱暴に掻き混ぜてから前に座っているかわいい彼の視線にぷいっと顔を背ける。ごめん。ごめんね、狗巻くん。
そしてついに口にしてしまった。
「別にそんなんじゃない。」
「ですよねぇ~!!」
それを聞いて面白いほどにハモった他5人のリアクション。そして話の話題が転換したことに安心してひと息ついてから狗巻くんの様子を見る。
「……………?!?!」
ずっと俯き加減で、表情が伺えない。
もしかして……怒っちゃったかな。
すると隣にいたパンダくんの肩を叩いた。
「すじこ…………(ちょっとトイレ)」
そう言い放つと席を離れてスタスタと何処かへ行ってしまった。明らかに機嫌が悪い。これはまずい。
そしてふと目をやった窓の外の光景にさらに驚いた。トイレへ行くといっていた筈の狗巻くんが店を出て、信号待ちをしていたのだ。
「狗巻くん…………?!?!?!」
窓を見つめて思わず叫んでしまった。
それに驚いた他の5人もすかさず
窓に目をやる。
「棘のやつどうしたんだ」
「たしかに様子はおかしかったけど」
「ちょっとごめん、」
僕は、慌てて店を出た。
思いっきりドアを開けたせいで
ドア鈴がジャラジャラと大きな音を立てる。
「狗巻くん!!狗巻くん!!」
信号が変わり、横断歩道を渡りはじめていた。依然彼は俯いたまま。絶対に聞こえているはずなのに、振り向いてもくれない。その足取りはいつもより早くて、そして彼の片腕が目元をしっかり拭ったのを見て心臓がぎゅっと鳴った。
泣いてる…………?!
僕は再び青から赤へ変わろうとしている
信号を無視して彼の元へ全力で走った。
後ろから手を伸ばして、狗巻くんの手首を
がっしり掴んで引き戻す。振り払おうと抵抗
しているが力ずくで押さえ込んで、
来た道を引き返した。そして………
聴覚障害者用のサイレンが鳴り止んだ瞬間。横断歩道の真ん中。そのまま腕を引っ張って強引に唇を重ねた。通行しようとした車の長めのクラクションが鳴り響く。きっと喫茶店の中にいるみんなにも見られているだろう。僕は、
手を握ったまま急いで横断歩道を渡りきった。
狗巻くん。ごめんね。僕のつまらない照れ隠しで傷つけてしまった。誰にどう思われようと僕らには関係ないよね。いっそのこと見せつけてやろうよ、僕らのラブラブ具合を。
そして僕らはまた、喫茶店のガラス窓の目の前でまたキスをした。さっきよりも濃厚で深くて長いキス。窓に映ったぽかんとした5人の顔を見てから、狗巻くんの手をしっかり握ってみんなに見せつけてやった。
「僕たちは付き合っています。」
狗巻くんは両目に今にも溢れそうな
涙を溜めながらにっこりと笑ってくれた。