【ルスマヴェ】Talk to me xxx. ふと気付くと、俺はハードデックのカウンターに座って居た。……いつの間にここに来たんだ? ここまで来た記憶が全くない。流石にそこまでボケるにはまだ早すぎる、と頭を振る。でもまぁ、どうせここまで来たんなら一杯飲んでから帰るか。
「ブラッドリー」
名前を呼ばれて振り返ると。
「……え?」
父さんと母さんが嬉しそうに笑っていて、俺と目が合った二人が思いっきり抱きしめてきた。
「え? は? なん、で……」
そして、理解してしまった。これが夢であるという事を。
「最後の挨拶がしたくてね」
いつの間にか隣にきていたアイスおじさんもにっこりと笑う。……この前葬儀を終えたばかりだというのに。
「アイスが行くって言うから連れてきてもらったんだよ! ブラッドリー……大きく、なったな」
そう言った父さんの目には涙が浮かんでいた。
「よく言うよ、無理やり着いて来たくせに」
「俺たちの息子に会いに行くって聞いたら、そりゃ行くしかないだろ!?」
父さんとアイスおじさんのやりとりについていけず、テーブル席の方に引き摺られながら、俺はただ混乱している頭で必死に状況を理解しようとしていた。
「ブラッドリー、今日はただ貴方の顔が見たくて……貴方に会いにきたの」
母さんが俺の頭を撫でて笑う。身長はもう母さんをすっかり追い抜かしてしまったけど、母さんにとってはいつまでも可愛い子供のままらしい。
「ブラッドリー!」
父さんが横から抱き着いてきた。ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられて少し苦しい。
「と、父さん……苦しい、よ」
小さい頃よくしてくれたみたいに、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる父さんに笑いが溢れた。
「いつまでそうしてるつもりだ? そろそろ本題に入らせてくれ」
アイスおじさんは、いつの間にかビールを人数分手にしていた。
「おいアイス、久しぶりに会えた息子との時間を邪魔する気か!?」
「いや、無理やり着いてきたのはそっちだろう……俺はブラッドリーに話があるから来たんだ」
「俺に?」
それぞれにビールを配りながら、アイスおじさんが頷く。
「マーヴを……マーヴェリックを、頼んだ」
ごくり、と唾を飲み込む。
「『俺たち』はもう、守れないから」
「……任せて、ください」
アイスおじさんはふ、と笑うと俺の頭をくしゃりと撫でた。
「よろしくな」
最後にぽん、と俺の頭を軽く叩いたアイスおじさんはゆっくりと手を下ろした。
「辛気臭いのは好きじゃないんだ、今日は飲むぞ」
アイスおじさんがビール瓶を軽く突き合わせると、キィンと小さく音が鳴った。それを合図に、アイスおじさんが話をする間少し離れていた父さんと母さんもこちらに来て飲み交わす。
もう殆ど覚えていない父さんと酒を飲み交わす機会がくるとは思っていなかった。……いや、これは夢だって分かってるけど。楽しそうに笑いながら飲む父さんの姿に、なんだか懐かしさを感じて胸がじぃんとした。
薄らと覚えているのは、父さんがピアノを弾いて、マーヴと俺が一緒に歌っているところ。その曲を、俺がこのハードデックで弾いた。マーヴと十数年ぶりに再開する前日に。
最終的に父さんと母さんが肩を組んで歌いながら飲む姿を、アイスおじさんと一緒に眺めていた。
「……あぁ、すまない、そろそろ時間のようだ。グース、キャロル」
アイスおじさんが父さんたちを呼んで手招きすると、まだ飲んでたいのにと父さんが口を尖らせた。
「向こうでも飲めるだろ?」
アイスおじさんが笑いながら父さんの肩を叩く。
「そうだけどさあ……」
「本来こうしてブラッドリーに会いに来るのすら難しいんだからな?」
母さんはニコニコ笑いながら、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「可愛いブラッドリー坊や、私たちはずっと、ずっと見守ってるからね」
そうして俺をぎゅうと強く抱きしめた。
「マーヴをよろしくね」
そう言うとパッと体を離し父さんの元へ駆け寄る。
「マーヴのウィングマンの座は君に譲るよ、ブラッドリー・”ルースター”・ブラッドショー大尉」
階級で呼ばれて背筋が伸びた。そうだ。アイスおじさんは、カザンスキー大将だ。
「じゃあな、俺たちのブラッドリー坊や」
父さんも俺の頭をくしゃりと撫でて、頬にキスを落とした。
「うん、ありがとう。父さん、母さん、……カザンスキー大将」
「はは、『アイスおじさん』でいいよ」
3人は連れ立って入口へと向かう。俺はそれを見送る為に後ろを着いていく。
外に出ると眩しくて、思わず手で目を覆った。
「じゃあな、ブラッドリー」
アイスおじさんの声が聞こえた、それが最後だった。
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ふ、と目が覚めた。見慣れない天井にここは何処だろう、と寝起き特有のぼんやりした頭で視線を巡らせる。と、隣にマーヴが寝ていた。
あぁ、そうだ。俺は昨夜マーヴの家……と言うか、マーヴが住処にしているハンガーに泊まったんだった。
「いい夢だったな……」
父さんと母さん、アイスおじさんと飲み会をするだなんて。
「言われなくても……これからは俺がマーヴを守るよ」
規則正しい寝息を立てているマーヴの頬を撫でる。
これからはマーヴの家族として、恋人として。……そして、できればマーヴのウィングマンとして。
まだ起きるには少し早い。俺は再び狭いベッドに潜り込み、マーヴを抱きしめて心地よい微睡みに身を委ねた。
おわり