エースとデート《遊ぶ》●15:00ー遊ぶ
休日の昼下がり、快晴、慣れない学園の外、大好きなエースと2人きり。
なんて素晴らしいデート日和なんだろうと心躍る。
それぞれの寮内や学園の中庭なんかではそれなりにデートを重ねているけれど、お互い私服で1日中賢者の島を満喫できる機会は滅多に訪れない。
そりゃあ私は部活も何も入っていないけど、エースはそれなりにちゃんとバスケ部の練習に参加しているし、私も私で学園長からしょっちゅう雑用を頼まれたりグリムと補修をこなしたりと割りと忙しい。
だから今日のような、丸ごと予定がない日が2人で重なるなんてとても珍しいのだ。全力で楽しむためにしっかりプランを練ったというのも頷けるはず。
「なぁユウ〜。11:45の回じゃギリギリだから12:30のやつでいいよね?」
…練りに練ったが、寝坊して映画の時間を遅らせることになる、なんていうのも、ツメが甘くて、高校生のデートらしくて良いのではなかろうか。
チョイスした映画は今話題の新作コメディ。せっかく大きいスクリーンで観るんだしミュージカル調の恋愛ものも気になるな、とは思っていたけど、恐らくエースはそういうクサいストーリーはあまり好みではないはず。いや、観るにしても部屋でしっぽり1人で観たい派だと思う。この映画だって同じくらい気になっていたし、何より私はエースとゲラゲラ笑い合う、飾らない関係いが落ち着くのだ。
後で感想を言い合ってバカみたいに笑い転げるのも悪くないだろうと思って提案してみれば「オレもこれが1番観たかった!」と2つ返事で賛同してくれたので心臓がギュッっとなった。
「ポップコーン食わね?」
「いいね、何味?」
「オレはキャラメルー」
「私塩バターが良い」
んじゃハーフ&ハーフね、と告げたエースが1人でさっさと売店へ歩いていく。
多分奢ってくれようとしているのだと予想はつくけど、なんとなく一瞬でも離れるのがイヤで慌てて後を追いかける。そして左手の袖口を掴むとまさか付いて来ると思っていなかったらしいエースが僅かにピクッと反応を示して、それから私の心情を察したのか、ぽん、と頭に手を乗せられた。
「それじゃユウさんポップコーン持てますか〜」
「はーい」
エースが会計を済ませている横で、光の速さで仕上がったポップコーンのLサイズ(と、ついでにジュースも2つ頼んだ)を店員さんから受け取る。バターが光に当たってテラテラと輝いている、美味しそう。
少しだけ重く感じるそれを慎重に持っていると「わり、ちょっとトイレ行ってくる」とエースが廊下の奥の方に消えていく。そういえば何も考えずにポップコーンを買ってしまったけど、お手洗いを先に済ませておけばよかったな。
計画性のなさに自分自身で可笑しくなって、近くのベンチに腰掛けては誰もいないのにくすくすと笑ってしまう。
「なーに1人で笑ってんの」
頭の上から声が降ってきたかと思うと、手の中のポップコーンの乗ったトレーが取り上げられる。もう帰ってきたんだ、早いね。
「お前も行ってくれば?」
「そーする」
エースと入れ違いでお手洗いに立ち、これから真っ暗な空間に入るというのに少しだけメイクと髪を整えて戻る。私が重いと感じていたトレーをエースは片手で軽々と持っていて、空いた手は私と繋いでくれる。また心臓がギュッってした。
*
「あーおもしろかったー!」
「な!ていうかお前手ベタベタすぎ」
「ごめんて。でもそれはエースもじゃん!」
映画の上映中。分かってはいたけれど甘い雰囲気になることはなく、2人で爆笑しつつも周りの迷惑にならないように声を抑えることに必死になって。
もし恋愛ものを選んでいれば手を繋いだりすることもあったのかなぁなんて期待してしまうところだが、今回手が触れたのはそういうことではない。面白すぎて堪えきれずに、肘置きに乗っていたエースの手の甲を私がバシバシ叩いたのだ。バターまみれの手で。
色気のなさに我ながら呆れるが、それhもう少し大人になってからのお楽しみにしよう。
「次オレが行きたい店ね」
こっち、と手を引かれて映画館を出る。今日の計画は2人で映画を観て、それぞれのショッピングに付き合って、最後に夕飯を食べて学園に戻るという流れ。
本当だったらもう一本早い回の映画を観るつもりだったし、ポップコーンもSサイズを食べようとしていたし、こんなにお腹いっぱいになるはずではなかったのでランチもしたかった。でもいつの間にやらランチの時間はとうに過ぎ、既におやつの時間。今回は諦めてまた来れば良いよね。
ところで薄々感じ始めているであろう、本日のデート。あれだけ計画を練ったのに全然その通りに事が進んでいなくて、あまりに子供っぽい。
でもそれもエースと2人なら楽しくて、想定外も突然の思いつきも全部許せちゃうからまぁいいか。
エースの案内で街をのんびり進む。大通りを少し歩いたところにあるデパートの中に、スポーツ用品店が入っていた。私たち以外にも学生の姿がチラホラあって、もしNRC生と鉢合わせちゃったらちょっと気まずいよね、と言ってみたら「なんで?見せつけよーぜ」なんて返ってきたので笑ってしまった。
繋いでいた手をしっかり指まで絡めて恋人繋ぎにされる。小っ恥ずかしいようなむず痒いような、でもふわふわ夢心地になるような。
2人でいられるのが心底嬉しくて、しかもそう思っているのは私だけじゃなかったみたいでまたもや心臓が鷲掴まれた。本日3回目のギュッ。
「バッシュ探しに来たんだよね。この間雑誌見てたけど、どれにするか決まってるの?」
「んー大方ね。実物見比べたいんだよな」
バスケ用品の区画。シューズがたくさん並んだ棚の前に立ってエースが型番を確認しながらいくつか手に取っていく。
高い所に陳列されていた物も難なくゲットするのを見て、私だったらあの位置は届かないのにな、とエースとの身体の違いに密かにドキッとする。学園に大きすぎる人が多いので小さめに感じることもあるが、エースもしっかり男なのである。
1人掛けのソファに座って鏡の前で試し履きを繰り返しているエースの荷物を一時的に預かり「どれがかっこいー?」と足元を見せてくる彼の問いに真剣に悩む。
「う〜〜〜〜ん…それはデザインは好きだけどユニフォームと合わないかな」
「わかる。じゃあこっち…はオレの足の形にちょっとフィットしなさそう」
「残念。あ、それは?」
「あぁ、まだ履いてなかったな。…ど?」
「それ!好き!エースの肌とか髪色にも合うしユニフォームとも相性良いよ!」
私が好きなデザインのバッシュは、やはり彼にとても似合っていた。本能でエースのことが好きなのかと自分で少し笑ってしまう。
靴のカラーリング?それともエースのパーソナルカラー?とにかく、綺麗なテラコッタと、キツすぎない黒はハーツラビュルの寮服も思い出させるし、NRCバスケ部のシックなユニフォームにもマッチする、大好きな色味だ。
「あっはは、テンション上がりすぎ。声もっとボリューム下げろって!」
「わ、ごめん!」
「いーよ。じゃ、これにしよーっと」
何の疑いも持たずに私のセンスを信じて即決してくれるエースにまた愛しさを感じる。展示用の買わない靴は棚に戻し、今選んだ型番の新品を、箱がたくさん並んだ棚の下段から探すエース。その様子を覗き見ていると、彼が手に取った靴のサイズは27.5㎝。あれ、意外と大きい。きっとこれからもっと身長も伸びるだろうことに期待で胸が膨らんでしまう。
会計を済ませ、私に預けていた荷物をさっと奪ってまた手を繋ぐ。次に向かうは私のリクエストの店だ。
「で、本屋に行きたいんだっけ」
「そのつもりだったんだけど、変えていい?」
「それはもちろん良いけど…場所わかんの?」
恐らく私がまだ学園の外に慣れていないから、気を遣っての質問だろう。しかし、先ほど映画館から歩いてくる途中で気になるお店を見つけたのだ。あそこに入ってみたい。
「なんだ、じゃあ来た道戻ろっか。どこ?」
「あの店…なんだけど」
指で指し示したのは、オシャレだが小さめの雑貨屋。いかにも女の子らしいファンシーな店構えだった。
エースはもしかしたらイヤがるかなとも思ったけど、驚くことも文句を言うこともなく当たり前のように付いて来てくれる。さすが普段から顔にハートマークを掲げている男は違う。
カランカランとベルを鳴らして店内に足を踏み入れると、外から見えていた以上にたくさんの商品が並んでいた。アクセサリーやハンカチ、靴下、帽子などのちょっとしたファッションアイテムが中心のようである。その中のガラス窓の向こう側から見えていたヘアアクセサリーのコーナーに真っ直ぐ向かうと、気になるものをいくつか手にとって鏡の前で自分の頭に添えてみる。
今朝、エースにヘアアレンジをしてもらってからずっと考えていたのだ。また次もやってもらいたくて、その口実に何か髪留めのようなものが欲しいと。
「お、バレッタ?いいね、可愛い」
またこの人は。サラッと女子のヘアアイテムの名前が出てくるし、サラッと可愛いと言ってくる。
そう言うところだぞ。なんだか今日は1日中やられっぱなしで悔しい。
「うん。今付けても良いし次のお楽しみにもしたいし…」
言外にエースに仕上げてもらったこの髪型が嬉しかったことを滲ませる。彼は気付くだろうか。
核心の部分は口にしないままで、良さそうな物を取っ替え引っ替え試着してはエースの意見を求めた。先ほどと逆だ。
「バレッタなら高くないし、今日の分と次の分と、2つか3つくらい買っちゃえば?」
そして、私が欲しい言葉を察しているのかいないのか、想定の更に一段上を軽々超えてくるのだから本当にズルい。エースの言った通り、デザインが気に入った3つを手に取り見比べる。
本当は全部欲しいけれど、仮にも学園に居候の身。欲張り過ぎてお小遣いが底を尽きてしまうのは避けたいので、グッと堪えて2つにとどめた迷った末諦めた1つは商品棚に戻して、代わりにリボンコーナーに目を向ける。
グリムのお土産を買うためだ。
「たまには自分の贅沢に金使ったら?あいついっつもツナ缶代必要以上に使うじゃん」
「そうなんだけど、今日はお留守番を自分から申し出てくれたし、何かないと拗ねると思うし」
「面倒臭いお子ちゃまかよ!…まぁ良いけど」
そうなのだ。グリムは手の掛かる問題獣ではあるが、同時に子分と友達想いの良い相棒でもあるのだ。
エースがオンボロ寮にくる際はデートなのか、ただの勉強会なのか、デュースや他の1年生も一緒なのか、その時々に応じて行動を変えてくれる、気遣いのできる親分なのだ。
だからその感謝も込めて、今日はオシャレなリボンでも買って帰ってあげようと思っていた。これは譲れない。
可愛らしいドットのリボンを見つけたのでホクホク気分でレジに持って行き、お会計を済ませる。ラッピングもしてもらうことにしたので、完成を待っている間店の様子を眺めていたら、エースも何やら気にいるものが見つかったらしくレジに並んでいた。
暫くすると、渡されていた番号札と対の札、それからグリムのためのプレゼントが綺麗に包装された袋を持った店員さんに呼ばれたので、形を崩さないよう丁寧に受け取った。
これで今日欲しかったものは全て手に入れた。ショッピングを満喫しきってつい気の抜けた顔をしていたのか、私の方を見たエースが少し呆れたように笑って右手を差し出していたので、また可笑しくなってしまってわざとギュッと力を込めてその手を取った。
いてっ!と漏らしたエースの声に重ねるように、お店の入り口のカランカランというベルの音が響いていた。