病床ラバー!エース編「監督生~死んでる?」
普通そこは生きてる?でしょ!とツッコミが来ると踏んでわざとからかい半分で声を掛けたが、エースの予想に反して彼女からの返事はなかった。
厳密に言えば返事のようなものはあるにはあったが、ベッドの向こうから聞こえてくるそれはほとんど唸り声でしかなくて、どうやら真面に言葉を発することも難しい様子だった。
「ちょっと、そんなに重症なわけ?今何度あんの」
「ン…んぅ~~………」
「あらあらあら」
熱が何度あるか、伝えたくても伝えられないほど弱っている監督生の姿に驚いて、エースは一度手に持っていたビニール袋をサイドテーブルに置いた。
中身はオンボロ寮に来る前に購買部に寄って買ってきた、経口補水液やらゼリーやら。食べられるなら好きに食べてと伝えるつもりだったが、それすらも辛そうなので後で食べさせてやるしかないかと腹を括る。
それ以外にも甲斐甲斐しく世話をしてやらないと、もはや人間の形を保てていないほどドロドロになってしまっている監督生は、自力では元に戻れないかもしれない。
「監督生、ちょっとごめん」
「ぅ……なに…」
「触るよ、熱測るから」
「…ん」
悪いとは思いつつも、監督生が寝巻きにしている自分のシャツの隙間から脇の下へ体温計を差し込んだ。
彼シャツが見たくて、早めにお下がりを渡しておいて本当に良かった。
首元が緩いおかげでシャツを捲らずに済んだことに一安心。過去の自分の煩悩が現在の自分の理性を救ったのだ。
「えーっ…と、げ。39度もあんじゃん!そりゃキツイはずだわ」
ピピピと鳴った体温計を取り出して確認すれば高熱も高熱で、意識が朦朧とするのも頷けた。ギリギリでエースを認識してはいるが、仮に他の人間がオンボロ寮に入ってきたって気付けないであろう。
そう考えると背筋に冷や汗が流れて、エースは今日は付きっきりで看病してやることに決めた。
「とりあえず薬飲も、監督生」
「や…」
「嫌じゃない飲むの。飲まねーとずっと辛いままよ?」
「…や…」
「そーでしょ」
薬を飲むのも体調が辛いままなのも嫌だなんて困ったもんだと思うのに、いつも勝ち気で快活な彼女の弱って我儘になった姿を目の前で見せられるのはなかなかクるものがあった。
頬は上気しているし、目の焦点は微妙に合っていないのにじっと見つめられている視線は感じるし、ちょっと立ち上がろうもんなら弱々しく裾を掴まれるし。
何だこれ監督生って風邪引いたらこんなにぐずぐずの甘えたになるの?ギャップありすぎるだろ。
計算外のラッキーに、益々他の誰にも見せたくなくなった。
「少し身体起こすから」
「…かった」
水を飲み込みやすいように、背中を支えてベッドから起こしてやる。熱で頭がフラつくらしく僅かに身体が揺れている。本当に辛そうに眉を顰めているのが可哀想で、少しでも代わってやれないだろうかと思い至ったエースは、気付けば自ら水と薬を口に含んでいた。
そのまま流れるように監督生に口付けて、薬を飲ませていく。後頭部を掴んで顎に手を添えて僅かに唇を開かせれば、勝手に流れ込んでくる水分に逆らうことなく彼女はコクコクと喉を動かした。
「ん、偉い偉い」
「…移っ、移っちゃ…う」
「そーかもね。そしたら今度は監督生が看病してよ」
「……うん」
「汗は拭く?」
「いらない…」
汗で張り付いた前髪を撫で付けながらエースが聞けば、恥ずかしそうに視線を逸らした。
さすがに恋人と言えど、汗で汚れた身体をエースに拭ってもらうのは気まずい。
とはいえそのうちもう少し回復してから自力で着替えようと心に決めて断ってしまったものの、本当は全て投げ出してやってもらっても良かったと思わなくもなかった。
監督生が悶々と葛藤しているのを知ってか知らずか、もう一度ベッドの中に身体を戻してやって、額に冷却シートを貼り付けたエース。首まで布団を持ち上げて、まるで子供のような寝姿になった彼女が可愛らしい。
「ほら、もう寝な」
「ん…」
もじもじと意味ありげに視線をさ迷わせる監督生の片手を掴み「寝るまで握っててやるから」と告げれば、安心したのかすんなり瞼を下ろした。
次に目を覚ました時、今よりラクになっていれば今度はスプーンをあーんしてゼリーを食べさせてあげよう。万が一自分に風邪が移ったとしても、学校をサボって監督生の看病が受けられるんだから寧ろラッキーだ。
「だから、今だけは普段の何倍もオレに甘えてさっさと元気になれ」
ぽつりと口に出したその言葉は彼女に届いたか。
別に届かなくても良いかと笑って、穏やかに眠りについた監督生の顔を見つめ続けた。