ふいに思い出したのだ。
昔々に父と弟たちと観に行った映画。その日はトーマスのリクエストで、派手なアクションが売りの洋画だった。おそらく誰もあらすじを知らず、だから少々艶のあるシーンになったとき、父と自分は慌てて弟たちの興味をスクリーンから逸らした。
けれでも年頃で、好奇心に負けた私は、ミハエルの手を握ったままほんの少し、逆光を背負い睦み合う男女を盗み見した──
「カイト」
合わせた唇の隙間から息だけで名前を呼ぶ。近すぎる距離では目を見つめても意思の疎通がしにくく、頬を挟む手を握って彼のキスを止める。
愛らしい、触れるだけのキスだ。だから可愛がりたくなった。年長者として一つ導いてやろうと。……もちろん、自分も経験豊富なわけではないが。
「口を開けて」
瞬いて動揺を示したブルーグレーの眼は、すぐに伏せられた。
大音響で聞いた、ゆったりとした音楽が耳の奥に流れだす。スクリーンの暗い光の中、肌に触れ、軽いキスをし、それからもっと。物理的にも心理的にも距離がなくなるにつれて、彼らの気持ちがどんどん急いていくのは子どもながらに見て取れた。
わずかに開かれた唇から漏れる呼気は、普段引き結ばれているそれからは想像もつかないほど熱い。震える瞼がまだかまだかと期待を伝える。もう待てないと。
「クリス、」
あの日外の世界から見た恋人同士の興奮を、今は我が事として実感している。
初めて触れた他人の舌はぬるりとしていて温かく、互いに息が続かなくなるほど離れがたくなるような、奇妙な感覚を二人の口内に残した。