ユアンとハイディ3P
「寒い……」
木の上でぽつりとつぶやくと、今回の目的である貴族の家の窓を睨みつけた。
今夜は寝てしまったのであろう。しかし、我が主人の政敵の不穏な密会の現場を確実に押さえるには、こうしてこの場でひたすらに貴族の家を見張るしかないのだ。
相手も相手で用意周到であるらしく、全く尻尾を掴ませようとしない。ここで見張りを始めてから三日になるが、まだ動きを見せる様子はない。
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4P
「ハイディ」
木の下から小さな声が聞こえ、視線をそっとそちらへ向けた。ユアンが先ほどまで包まっていた粗末な毛布を抱えたまま、私を見ている。私は口だけをパクパクと動かし、声に出さずに返事をした。
ユアン、どうしましたか。
ユアンはにっこりと微笑むと、するすると木を登り、私の隣に腰掛けた。
「まぁ」
ユアンはびっくりしたような顔で私を見ると、両手で私の両頬を包み込んだ。
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「……ごめんなさいね。交代の時間を過ぎちゃってたわ。こんなに冷えちゃって」
「いえ……」
頬に、先程起きたばかりのユアンの手の熱が伝わってくる。ポカポカとしたその手に、ホッとする。その手に自分の手を重ねようとして、はたと気が付きその手の動きを止めた。自分の手がアカギレを起こしてガサガサになっていたことを思い出したのだ。
「ハイディ?」
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「あ、いえ。こ、交代でしたね。相手の動きはまだ……」
「ハイディ」
ユアンが私の手を取って、己の首筋に当てがった。思わず手を引っ込めようとする。
「ユアン、ユアンが冷えます」
「このくらいで冷えないわよ」
「私はこのくらいの寒さ、平気です」
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「ハイディったら」
ユアンが少し悲しそうな顔になり、私の顔を撫でた。正確には、親指で眉を優しく撫でた。
「こんな時に変に頑固になる必要ないじゃない」
「……はい」
ユアンは私の返事を聞くと、にっこりと微笑んでから私の手の傷を優しく撫でた。
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「戻ったら、薬を塗らなきゃね」
「そんな、そのうち治ります!」
「ダメよ、そんなの」
ユアンは私の手に頬擦りすると、少し悪戯っぽく口の端を持ち上げた。
「だって、この手で触られたら気になるじゃない?」
「ユ、ユアン……」
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思わず狼狽えると、ユアンは私を横抱きにして木の上で立ち上がった。
「じゃあ、見張り交代ね」
「ままま待ってください!」
そのまま枝から飛び降りようとするユアンを慌てて止める。きょとんとした顔で私を見るユアンに、しどろもどろになりながら言う。
「き、気になるので私もまだ見張りしてます」
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ユアンはクスクスと笑うと、私を自分の横にそっと降ろし、そのまま私の横に座り直した。
「早く帰りたいわねぇ」
「そうですね」
相変わらず寒いが、ユアンに握られた右手は暖かかった。