「ねえ銀髪、おまえの大事なものはなぁに?」●モニカがその場にいる場合
シリルはそう問われて、咄嗟にモニカを見た。記憶を無くてすっかり人が変わってしまったモニカは、目の前に迫る危機に対しても無反応で、ぶつぶつと数字を口にしている。
そのモニカを、ブワッと広がった影が覆い隠した。ズルズルと引き摺るように箱に手繰り寄せられたモニカは、不意にふらりと立ち上がった。七賢人のローブの下の顔は見えない。ドス黒いインクを流し込んだような、真っ黒な闇がそこにある。そのモニカらしきものは、箱を持つセオドアに、正確にはその箱を持つ手にしゃなりとしなだれかかった。そして、真っ黒な顔をこちらに向けるのであった。
(箱に入らなそうだから、シャドーハウスのお影様状態になってもらいました)
●モニカがその場にいない場合
脳裏をよぎったのは、胸に付けているブローチだった。義父に与えられ、モニカとラウルとメリッサの力を借りて白竜との契約に使った、己が己である象徴のようなブローチだ。咄嗟に右手で覆うが、その手を暴食のゾーイから這い出た影が掴んだ。タイがブチリと引き千切られ、スルリと指の間からブローチが逃げ出すように箱に吸い寄せられる。薄く開いた蓋の間にブローチが滑り込むように入り込んだ瞬間、ぶわりと自身の身体から魔力が溢れ出て、同時にごっそりと魔力が失われるのを感じる。
「……シリルを」
朦朧とする意識の中、ふらつく身体を見慣れた細い腕がガシッと力強く支えた。顔を上げれば、大きく見開いた目で無表情にセオドアを見据えるピケがそこにいた。
「よくもシリルとトゥーレを、壊したな」
パシャッ
背後で何かが水溜りの中に倒れるような音がした。ゆっくりと首をそちらに向ければ、水溜りの中に人型のトゥーレが倒れていた。契約石を奪われ魔力までごっそり奪われた影響が、トゥーレにも現れたのだろう。
まずい、なんとかしなくては……
その思いとは裏腹に、シリルはピケに支えられたまま、がくりと首を下ろし、意識を失うのであった。