8/4「にしてもあっついねぇ…今日も最高気温更新だって〜。藤堂ちゃん生まれた日はどうだった?暑かったのかな?お母さま大変だったねー」
「……この暑さの中で…よく喋る……」
携帯扇風機に乗せて流れるスズランの川の流れのようにとめどない声に、藤堂は伝う汗を拭いながら何とか返した。
路面は陽炎が立ち、持った荷物も手の内から滑り落ちそうなくらい汗をかいている。
運悪くバスを乗り逃し、たかだか15分待っているだけでこの有様である。全く現代の温暖化ときたら——と記憶にある京都の街を思う。
(いや、当時も十分暑かったな……)
「でもさあ、夏休み中なのはいいよね。一日中お祝いできるし、今日みたいに前日からだって…」
そこまで言うと、スズランのスマホが鳴る。出て二言三言交わしたスズランが、通話を切るなり「やったー!」とガッツポーズをする。
「なんだ……」
「ソーゲンちゃん迎えにきてくれるって!バス乗り損ねたってメッセージしたらこの暑さだから車出すって!来るまであっちのコンビニ入ってよ、なんか買お」
藤堂は内心ほっとしつつ、スズランに引っ張られてコンビニへ向かった。
「暑かったですね。もしでしたらシャワーを使われますか」
「冷房効いてるーーッ天国ーーッ!!!!」
車も冷房は効かせてくれたが、涼しい部屋に安堵して気が抜ける。
「ソウゲン、迎えをすまなかった」
「いえいえ。この暑い中では倒れてしまいますから——藤堂殿を囲む会ですし、主役になにかあっては」
にこりと言うソウゲンの家は広い。医者をしているだけあって余裕があるのだろう、ソウゲンのマンションはこうして度々皆の集まる場所となっていた。
「シャワー僕借りようかな。藤堂ちゃんは?先どうぞ?」
「私はいい。我が物顔だなお前は…」
「え〜〜?」
半分ここに住んでいるようなものであるスズランは勝手知ったる顔で買ってきたものを冷蔵庫にしまったりキッチンカウンターに並べている。
「皆が来るまでまだ時間があります。ゆっくりなさってください」
「ありがとう」
出してくれる飲み物を貰いながら、暑さの疲れからか藤堂はソファにもたれ掛かった。
※※
「……あ」
目が覚めるとわいわいと人の声。まだぼやけた視界に、大きな影が近寄って揺れた。
「あ、藤堂起きた!」
「……某」
無邪気ににこにことおはようと言われ、己がうとうとしていたことを悟る。
「起きた!おっ始めようぜ〜!」
一番星の大きな声に頭がだんだんはっきりとしてくる。
「しまった寝ていたのか、私は——」
体を起こすと横で支えられていたことに気付く。顔を向けると、いつ見ても変わらない涼やかな顔の朔夜がいた。
「……いたなら起こせ」
「承知した。次からそうする」
さらりと流す肩を押して起き上がり、時計を見ると16時。小一時間眠ってしまったと眉間を揉むと、ギャタロウが瓶を抱えながら「ダンナ起きたかぁ!始めようぜえ」とグラスを並べる。ダンナはやめてくれと言いかけたが、昔のままの呼び名が懐かしくてそのままにした。
「ギャタロウは飲みたいだけだろう。未成年もいるのだからな」
「わーってるって!アキラたちはこっちな」
「俺コーラ!」
「自分で注げェ一番星よお」
「注ぐよぉ〜藤堂ちゃんどれ飲む?」
並べられたジュース類は何種類もあり、寝起きの乾いた喉に優しそうなものを所望した。
「デリバリーも届きましたよ。では始めますか」
「お〜!」
皆が一斉に藤堂に視線を送る。一番星がすうと息を吸って、「ではァ」と大仰に声を張り上げた。
「これより藤堂平助の誕生日会を始めるッ!」
「声がでけェよバカ!」
わいわいと、小突き小突かれながらもいつものように酒盛りが始まる。幕末の頃は上役であったゆえ、ここまで砕けて飲むことも稀だった。転生をしてまでこうも都合よく再び集まるとは思わなかったが、
よほど縁のあるということであろう。居心地は悪くない…と藤堂は横の朔夜を盗み見る。ことこの朔夜に関しては、今世で仲間内いちばんに再会したこともありただならぬ縁を感じて——それは幕末の時より——とそこまで考えて、視線を感じる。顔をまっすぐ向けると、その朔夜が藤堂を見据えていた。
「……なんだ」
「何も」
手に持ったグラスをこつんと打ち合わせ、乾杯の真似事をしてくる朔夜は相当機嫌が良いらしい。楽しそうなのは良いこと、と藤堂も並べられた料理に手を伸ばした。
未成年もいるため夜早いうちに解散となり、それぞれ帰路に着く。ギャタロウは某と一番星をワンボックスの愛車に乗せ送り届け、アキラは年上の彼氏が迎えに来た。
ゴミをまとめながらスズランが「ぼくは今日泊まってくから〜」とにこにこ言い、「誰も聞いていない」と朔夜に冷たくあしらわれる。
「藤堂殿は?朔夜殿が送られますか?」
「ああ」
「気をつけて帰ってね〜また来てね!」
「家主みたいな顔で言うな、お前は……」
マンションのエントランスまでソウゲンとスズランに送られた2人は、なにやら話しながら歩き出す。
部屋に戻るエレベーターの中で、スズランは真面目な面持ちで言った。
「あの2人、今日はお泊まりよ。学生さんだからね、ご両親にはちゃんと言っているだろうけど……お誕生日の0時を2人っきりで過ごすつもりよ!ヤダ!若者だ〜〜ッ!!」
「そうでしょうねえ。皆それを踏まえて前日の宴会にしたのでしょう?」
「それ〜。誰も『なんで当日じゃないの?』って言わなかったもんね。一番星ちゃんとアキラちゃんなんかはストレートに訊いてきそうだったのに、ツキトくんと桂さんにも話しといたのは妙案だったね」
ふわふわと言うスズランは、酒が入っているのもあってすこぶる楽しそうだ。エレベーターが停まる。
「着いたのです。足元お気をつけて」
「うん、うふふ」
部屋に入って、静かになったリビングのソファへスズランが腰掛ける。
「藤堂ちゃんが眠っていた時の朔夜ちゃんの顔を見た?穏やかで、優しい顔して。藤堂ちゃんがひどい怪我した時、起きない藤堂ちゃんを見てた朔夜ちゃんの顔知ってるから、なんか僕嬉しくなっちゃって……写真撮ろうとして怒られた」
「それは怒られますねえ」
隣に腰掛けながらソウゲンが苦笑する。幕末の頃も、朔夜と藤堂の仲にちょいちょい介入して、役に立つこともあれば朔夜に胡乱げな顔をされる事もあったと思い出し、変わらないスズランに少し笑う。
「藤堂ちゃん、今度は両眼で朔夜ちゃんのこと見られるわけでしょう。両手で抱きしめられるでしょ?お互い嬉しいだろうなって…仲良くやってほしいんだぁ」
「保護者みたいな目線になってますが……スズラン殿、泣いてます?」
「だってぇ〜〜良かったなって〜〜」
「お優しいですねえ。しかし小生も思います…今世でまた出会うということは並々ならぬ強固な縁。あのおふたりも、互いに願ったからまた寄り添うのでしょうね」
「うん…そうね」
鼻を啜り、笑ったスズランの頭を抱き込むようにソウゲンが手を伸ばす。
「我々もそうだと。また貴方と居られるのだ、離すまいと思っている」
囁かれた声は酔いも蒸発するほど色気がある。ソウゲンちゃんのこういうところ!とスズランは呻きながら、ソウゲンの肩越しに夜になった窓の外を
見る。
「あの子達も、しあわせだろうね」
「それはもう。如何ほどでしょう」
やわらかい夜に彼らもまた踏み入るのだろう。街の明かりが映る窓は暖かいオレンジに滲む。
スズランはあったかい色ね、とうっとりと呟いた。