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    フウ𓅓

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    フウ𓅓

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    鶴さに♂

    「鶴丸、起きて。朝だよ」
    ピチチ……と鳥のさえずりが聞こえる。朽ちかけた防空壕に朝の光が射し込む。鶴丸の髪がキラキラと輝いているのが眩しくて目を細めた。
    「んん……今起きる。君は早起きだな……」
    「鶴丸が遅いだけ。あと30分もすれば定期連絡の時間だから、さっさと朝食にしよう」
    2度寝しようとする鶴丸を蹴っ飛ばして鞄からレーションを取り出した。
    「いい加減このボソボソとしたのも飽きてきたな。光忠の料理が恋しくてならん」
    「本当にね。俺は帰ったら燭台切のカレーが食べたい」
    「いいねぇ。俺は酒が飲みたい」
    それ料理じゃないじゃん、 なんて笑っていると鶴丸が「手はもう大丈夫なのか」と聞いてきた。
    「うん平気。あぁー……でも長義には内緒にして欲しいなぁ」
    レーションを握る右手の甲には、刺青のようなものが入っている。花とも翼ともつかぬ奇妙な模様は一部が薄くなって欠けていた。
    「ダメだ。しっかり怒られてちゃんと検査して貰え」
    「鶴丸まで燭台切みたいなこと言う!」
    「嫌だぞ俺まで君の母親になるのは」
    「あ、連絡がきた」
    防空壕の外に出てデンショバトから指令書を受け取る。一通り読み終えると手紙はサラサラと灰になって消えていった。
    「何て書いてあったんだ?」
    「朗報〜帰還していいいってよ」
    「おお!それは良かった」
    寝ぼけ眼だった鶴丸が立ち上がってテキパキと後片付けを始めた。酒が飲めると分かったらこれだ。
    しかし鶴丸には悪いが酒が飲めるのはまだ先になるだろう。

    「今すぐ帰還できるんじゃないのか?!」
    「デッデッデー」
    「この場所が悪いってだけ。5kmくらい移動しろってさ」
    「ポッポーポー」
    「仕方がなかったとはいえ防空壕ってのが悪かったんだろうな。そりゃ恐怖や恨みが募れば悪いもんが吹き出てくるよなぁ」
    長義からのメッセージによれば、俺たちがいる場所は霊力の乱れで帰還に支障が出る可能性があるそうだ。指定した帰還ポイントに移動してくれとも。
    「いっそ俺が担いで「デデッデーデッ」……鳩じゃないだろこいつ!」
    「どっからどうみてもごく普通の伝書鳩でしょ」
    「いや政府の言伝を運ぶ時点で普通ではないだろ……?そもそもこいつ鳩なのか?」
    鶴丸が頭を抱えてしまった。髪をついばまれているのはいいのだろうか。


    色づいた木の葉がはらはらと落ちていく。その内の1枚が鶴丸の頭に乗っかった。黄金色のイチョウの葉が白い鶴丸の髪とこすれてカサカサと音を立てる。なんとはなしに、物である彼が実体を持って生きていることが感慨深く思えてきた。
    「鶴丸の髪って綺麗だよね」
    「そうか?俺は君の髪の方が好きだな」
    「また光忠みたいなことを……」
    「おいその話冗談じゃなかった「デッデッデー」……はぁー先を急ぐか」
    鶴丸がよっこらせ、と言って俺を背負い直した。何を隠そう俺は今鶴丸におんぶされている。
    「重いだろ。俺自分で歩くよ」
    「16のひよっ子なんざちっとも重くないさ。むしろもっと肉をつけろ」
    鶴丸の髪の間からイチョウを取って指先でクルクルと回してみる。
    「この前シャツのボタンが吹き飛んでった燭台切みたいに?」
    「それは止めてくれ」
    ゲンナリとしていた鶴丸がん?と何かに気づいたように顔を上げた。
    「どうしたの?」
    「いや、この山のイチョウは見事だと思ってな。長義にも見せてやりたいくらいだ」
    それから小声で、『後方に人ではない気配が追ってきている。このまま撒いてもいいがどうする?』と聞いてきた。
    (時間遡行軍なの?)
    (違うな。だが悪意を感じる)
    つまり脅威ではあるが倒さなくてもいい相手だ。懐から紙きれを数枚とり出す。手を離せば紙は風に乗ってフヨフヨと飛んでいった。
    (わかった。帰還ポイントまで全力で走って)
    「了解だ。ちと堪えるだろうがしっかり掴まってろよ!」
    俺が思いっきりしがみつくと鶴丸は一目散に駆け出した。グンと身体が前へ引っ張られる。思わず目を閉じると、耳元でビュウビュウと風を切る音が聞こえた。
    (わかってたけど滅茶苦茶揺れる!!)
    帰還ポイントまでの最短ルート。木も薮も無視した文字通りの一直線だ。葉で切らないように鶴丸の背中に顔を埋めていると、指先にピリと痛みが走った。
    「つる、まる。囮がやられた」
    「安心しろ。やや足りんが時間は稼げている。俺がもう少し頑張らないとな」
    また一段と速度が上がる。俺は必死に鶴丸にしがみついた。
    数分後、風の音に混じって後ろから獣のような足音が聞こえてきた。姿こそ見えないが湿って腐ったような匂いがする。
    (怖っ!)
    鶴丸は相手が瘴気持ちなことにとっくに気づいていたはずだ。それでも汗1つかかずひたすら走ることに集中している。
    (すごいな刀剣男士は。いいやこの刀がすごいのか)
    政府勤めの鶴丸国永。その中でも機動力に特化した内の一振。加えて太刀由来の打撃力も持つ。彼は今回の調査において最上のバディといえる。
    「あと10秒で到着だ!足止めするから君は出来る限り早く帰還門を開いてくれ!」
    声を出すことができないので必死に頷く。
    俺の役割は簡易帰還装置を展開し、起動すること。ここまで頑張ってくれた鶴丸のためにも俺が頑張るんだ。
    「5、4、3……行け!!」
    ドゴッという音がして鶴丸が減速する。背中から転がり落ちて勢いそのままに走り出すと正面に大樹の根元に祠が見えた。
     ───あれだ
    右胸のポケットから装置を取り出す。祠に供えて祝詞をそらんじると周囲の空間がぼやけてきた。本来は10分はかけたいところだが7分、いや5分で終わらせてみせる……!
    ゆらゆらと祠が揺れて装置が呑み込まれた。
    (あともう少し)
    後ろで戦闘音が聞こえる。振り向きたいのをじっと我慢して祝詞を唱え続ける。すると祠のあった空間がキイィンと音がして黒い鏡のようなものに変化した。
    「鶴丸!」
    「あいよ!」
    振り返ると鶴丸が敵のバランスを崩して此方に駆けてきていた。
    3足の真っ黒な獣。赤い目がギロリと此方を睨んだ。数ヶ月前の俺なら泡を吹いて倒れていただろう。今はかろうじて耐えられる。
    だからこそ、鶴丸に迫る4本目の足に気づけた。
    「……!鶴丸ッ横!」
    草陰に隠していたのだろう。鶴丸の横っ面目掛けて4本目の足が伸びていく。鶴丸が刀で弾き飛ばすと今度は俺目掛けて足を伸ばしてきた。
    「あっぶな!」
    間一髪で足を避ける。追撃を加えようするのを鶴丸が刀を投げて切り落とした。
    「無事か!」
    鶴丸が転んでしまった俺を引き上げる。
    「後ろ!」
    鶴丸がはっとして振り返る。真後ろには大口を開けた獣。
    ───あ、死ぬ
    そう思った瞬間、
    「デッーデッデッ!」
    とふざけた鳴き声が鳴り響いた。
    眩く光る障壁。
    咄嗟に動いた鶴丸が伝書鳩と俺を引っ掴んで転移門に飛び込んだ。


    1ヶ月に及ぶ任務は流石に堪えた。最後は化け物に襲われる始末だったし気力も体力も残っていない。右手の件は到着してすぐに長義にバラされた。めちゃくちゃ叱られた。鶴丸も管理不足だったと頭をはたかれていたのは良い気味だった。
    「君の足がすぐ出る癖はどう考えてもアイツのせいだろ」
    「俺ちょっと分かる。鶴丸ってはたきやすそうな頭してるよ」
    「知らないが?!それに君に今朝蹴られたのは背中だ」
    鶴丸がそう主張してくるがはたきやすそうなのははたきやすそうなのだ。
    「デッデーデ」
    「ほらデーちゃんもそう言ってる」
    「誰だデーちゃんって。もう少しあるだろ」
    ひとまずの報告を終えて職員用の医務室に向かう。右手のこともあるがなんせ2人ともボロボロだ。
    あの化け物を討伐するなら浄化特化の部隊を送る必要がある、命を持ち帰ってきただけでも大したものだ、とは長義の談だ。これには3人(1人と1振と1羽)で素直に喜んだ。あの長義が褒めるなんて。
    渡り廊下に出たところで思わず足を止めてしまった。
    「どうした?気分が良くないなら運ぶぞ」
    時刻は13時半。少し遅めだが食堂は16時まで営業している。何が言いたいかと言うと、食堂前の廊下の匂いは食欲が非常にそそられるのだ。
    「検査の前に燭台切のカレー食べに行こ」
    「ポッポー」
    ぱちくりと瞬いた鶴丸はニッと笑って、善は急げと俺の手をとって駆け出した。
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