溶け合っていようね 君という澱が沈んでいく。
それは度数の高いブランデーを生で飲み干したときのように熱を帯び恍惚で浮足立つような心地が良いものだった。
またはハリネズミのジレンマのように鋭利で無数の錐が痛烈に突き刺す痛みを伴い、やがて包装されたプレゼントのリボンのように軽やかに解けて馴染んでいくのだろう。
ドクターは何をするにも億劫だった。
日々、責任のある立場として書類や決裁、作戦記録の整理など積もるものに忙殺され人の営みに欠かせない食事すらも作業のひとつに過ぎなかった。口に入れる物も『効率よく栄養を最低限摂取』のためゼリー飲料やら理性回復剤やらのほぼ液体だけの粗末な食事を吸引していた。当初、秘書業務をしていたリーは信じられないような物を見るような目でそれを眺めていた。
ある日、そんな自愛とは程遠い事を丸三日やっているドクターを見てリーはこう思ったのだ。
この人に食事を任せていたら、いつかぶっ倒れる。
思い立ったが吉日、リーはロドスに滞在中の許される限り、甲斐甲斐しくドクターの食事の世話を自ら賄ったのであった。彼の料理人としての心が黙っていられなかったのだろう。
料理を作るにあたり、リーはドクターにあることを教えた。「ドクター。料理の基本は愛情から始まるんです。」と。誰かに料理を作るということはその人の体調や気持ちを見る。言うなれば心配りに気をつけているとリーは話していた。ドクターの今食べたい食材、味、匂いを考えてドクターに心を尽しているのだという。
そんな真心を込めて完成した最高の料理を前にドクターも久しぶりの食欲を想起させた。
「いただきます。」という感謝から始まり、出来たての暖かい料理を一緒に食べて、対話をする。それが心や体の栄養となり明日に繋げていく。
それこそがリーの愛情だった。彼が心から尽くすことを惜しまなかったのはドクターただ一人であった。
リーはロドスに気まぐれにやってくる。
「よぉ〜ガキ共ぉ。元気にやってるかぁ?」とまるで偶然通り掛かったかのようにロドスに勤務しているア、ウン、ワイフーの三人の子どもたちに声をかけていた。子どもたちはゲッと、招かるざる客が来たときのように一様に顔を顰めるが逃げずに相手をしているあたり案外満更でもないやり取りなのかもしれない。
そんな時リーが子どもたちに向けている優しい眼差しをドクターは何度も間近で見ていた。時には本当の親のように行く末を見守り、有事の際には心を砕いて誰よりも心配し『親としての役割』でなく当然のことのようにやってのけるリーをドクターは静かに見ていた。これがリーの家族のカタチなのだな。と。
その一端に触れ、ドクターがリーに恋心を抱くのは充分すぎた。
二人はお互いを見ることに夢中になった。
二人で過ごせるかけがえのない限りある時間。
この人だからこそ本当の自分を許されるだろう。と心通わせた日。
今まで経験したことのない、荒波のように乱される心情に飲み込まれそうになりがらも、包み込んで飲み干していった。
そんなふうにお互いを求め合い、やっと見つけた。
溶け合って一緒くたになるような恋を。
そうして、二人はこう願うのだろう。
「ふたりひとつになるまで溶け合っていようね。」