天使を捨てて空がある。きれいな、雲ひとつない蒼い蒼い空。ゆるりと手を挙げて、伸ばしてみる。遠く、遠く。目には見えない果てしない宇宙の先まで掴めるようにと。でも、結局そんなことは叶わないし願ったところで届きはしない。
はぁ、息を吐いたところで自分の半径1mの二酸化炭素濃度がほんの少し上がるだけ。そんな些細なことですら周りの空気に溶かされて全てが平坦になってゆく。
哀しい訳では無い。ただ、つらくなっただけ。
見ているだけで良かったのだ。何も特別なことなんて望んでいなかった。いくら仕事を押し付けられようと、不出来な上司に叱責されようと、そんなことはどうでも良かった。積まれた書類は時間を犠牲にすればなんとかなった。叱責や罵倒も頭を下げて耐えればいつかは終わる。
嗚呼、でも。
ゆっくりと息を吸って、吐いて。
伸ばした手の先、痩せてしまった指先を見上げると。
その爪先から天使が逃げて行く気がした。
耐えていたのだ。
そう、自分は何時だって耐えていた。
親に罵倒され殴られ蹴られ、社会に出てからは上司に叱責され仕事を押し付けられ。それでも耐えていた。
耐えきれられなくなったのか、と問われたらきっと自分は曖昧に下手くそな笑みを浮かべるだろう。
中王区が発信するディビジョンの紹介映像。ラップバトルで活躍するチームメンバーが良く行く飲食店やファッションブランド。
そこに白皙の肌とさらりと流れる黒髪を見つけてどきりと鼓動が跳ねる。
怜悧な眼差し。きれいな翡翠。しなやかな指先は長く、薄い口唇は嘲笑うかのように弧を描いている。
ーいるまさん。