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    genkaitoppa00

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    左馬刻の弱みになりたくない一郎の話を完結させたもの

    惚れた弱みというのは、本当に厄介なものらしい。左馬刻を見ていると、つくづくそう思う。

    世間一般では、『惚れた弱み』といえば何だかんだ憎めない感情として認識される場合が多いと思う。悪い意味で使われることはまあまずない。アイツは俺にとって惚れた弱みだ、だなんてほろ酔い混じりに話されたらば、どこかいじらしさすら感じるし、時として惚気話で出てくるものでもあるんじゃないか。普段威厳があって確固とした芯を持った男であれば、彼女側からしちゃ『そんな人の弱みになれるなんて』と喜ぶだろう。
    けれど、俺とアイツの場合は、違う。
    最近付き合い始めた俺の恋人の左馬刻。昔同じチームを組んでいた頃から好きで好きで堪らなくて、一度背を向けたときはその感情が跳ね返って余計に苦しかった時期もあったけれど、時を経てまだ自分が恋心を捨てきれていないことに気付いたときには、向こうもまた同じ感情を抱いていて。
    まあそれからの展開は早いものだった。
    気付けば俺の耳には新たなピアスが嵌められていて、いつの間にか左馬刻のセカンドハウスで同棲することになっていて、今や新婚ホヤホヤのような雰囲気の中、一つ屋根の下で一緒に暮らしている。
    こうして書くと左馬刻の一方的な強行突破にも思えるが、実際のところアイツは、そこまで確認するか?というくらい細かい事項を逐一俺に確認してきて、俺がその場のノリで言っていないか、気を遣って言っていないかすごく気にしている様子だった。同棲を始める時には、信じられないだろうが契約書まで書かされた。
    内容は言わずもがな、どうしようもなく俺に甘いもので。
    いつでも俺が好きなものを買えるよう山田一郎専用貯金を始めるとかいうただの宣言から始まり、もし浮気したら金玉を売りさばいて良いだとかの、これ俺と付き合うことによって左馬刻にデメリットしか生まれないんじゃないかと疑うくらい、おかしなものまで。俺が浮気する可能性は考えないのかと聞くと、恐ろしいくらい強い力で肩を掴まれ、「浮気する予定あんのか」と凄まれた。もちろん無いと首を振れば、安心したように左馬刻は体を引き、俺はなんだか、物凄くモヤモヤした。
    そんなに俺が浮気するのが嫌なら、俺にも臓器売るだとか契約を課すればいいのに、なんであんたは軽い口約束だけで身を引くんだよ。なんで、俺が浮気する可能性よりも、左馬刻が浮気する可能性の方を重視して、思い刑を自ら所望すんだよ。俺に契約を課すことによって、俺が呆れるとでも思ってんのか?ハマの王様のくせに、随分腰が低くなったもんだ。
    いざ俺が浮気したら、あんたはきっと我を忘れるくらい苦しんで、悲しんで、泣いてしまうくせに。

    そもそも、俺は元々左馬刻と同じ家で暮らしたいと思っていたし、同棲を望まれたときは、一晩眠れないくらいには嬉しかった。それなのに、あんたは俺との距離が縮まるごとにどんどん生きづらそうになっていく。窮屈に見えるというか、不自由になっていくというか。

    「サマトキの場合、支配欲とかもそりゃもちろんあるだろうけど、行き過ぎた純愛って感じがするから余計厄介だよねえ」
    ジョッキにぷかぷかと浮かぶ氷をカラコロ鳴らしながら、乱数がため息混じりに言う。どうやら、ダラダラと垂れ流していた相談のような愚痴のような惚気のような取り留めのない俺の話に、乱数はきちんと耳を傾けてくれていたようだ。
    「純愛、ねえ」
    「いちろーは嬉しくないの?うんざりするほど何に対してでも雑なアイツがいちろーにだけは手間暇かけて、割れ物に触るみたいに丁寧に接して、僕からするとこれ以上ないほど大切にされてるように見えるけど?」
    「いやまあ……大切にされてるのは感じるんだけど、なんか違えんだよ。心配しすぎっつうか、過保護っての?こっちにだって守秘義務っつうもんがあんのに依頼内容いちいち教えろとか言うし、ちょっと帰りが遅くなっただけでガミガミ怒られるし。そんで、俺が言い返すと悲しそうな顔するから、いっつも最後は何も言えなくなっちまう」
    俺はとっくに一人前の大人になっているのに、こうも過保護に扱われるとあいつにとって俺は未だに子供に見えているのか、不甲斐ないやつなのかと思ってしまって、その度に落ち込む。
    俺が思い描いていた恋人生活は、もっとこう、お互いを対等に認めあって、心身共に支えていくような関係だったはずなのに、これではまるで、親鳥に与えられるままに餌を受け取る雛鳥だ。
    「じゃあ、一郎にとって今の生活は不満があるんだね?」
    「まあ」
    「で、それを本人に面と向かって言える気もしない、と」
    「うん」
    「じゃあ、あいつと別れたいと思う?」
    「思わねえ。それだけは絶対無い」
    「だよね〜」
    アイツとは、何があっても別れない。
    俺はそう断言できるのに、左馬刻はきっと、断言できない。俺の判断を優先するから。だからきっと、俺が別れたいと伝えたら、あいつは怒りも悲しみも全部飲み込んで、分かったとただ一言、口にするだろう。『お前が幸せになることが、俺の幸せだ』と、いつの日か言っていたのを思い出す。
    「こんだけ俺のこと考えてくれてる人に不満を持つとか、俺ってゼータクモノなのかな」
    「いーや?むしろ、自然なことだよ。だって一郎は、左馬刻が生き生きしてる姿の方を好きになったんでしょ?今みたいに臆病に生きてない左馬刻をずーっと見てきたんだから、違和感を感じるのは仕方ないよ。僕から見ても、確かにアイツは変わりすぎ。いつもの何様俺様左馬刻様はどうしたーって」
    乱数は偉そうに歩くような動き(恐らく左馬刻の真似)をして、ハァーと深くため息をついた。

    俺のせいで、左馬刻は変わってしまったと思う。俺が、あの人の弱みになってしまったから。あの人が臆病になってしまう原因そのものになってしまったから。
    なんかそれって、すごく嫌だな。俺のせいで、左馬刻を形成する大事なピースがポロポロと剥がれていくようで、他ならぬ俺が一番我慢ならない。俺のために、左馬刻が変わっていくのなんて見たくない。そりゃ、確かにアイツは少し……だいぶ短気だし、めんどくせえし、傲慢だし、それでウンザリすることも少なからずあるけど。それでも、左馬刻がそういう奴だってのは十分俺は知ってるし、そんな奴に惚れ込んだのが俺自身だってこともまた、分かりきっている。直してほしいだなんて一言も頼んでないのに。誰だって、欠点くらいあるじゃないか。俺は、その欠点すらも愛しきれる自信があるのに。そのくらい、左馬刻が好きなのに。
    というか、恋人って、そういうものじゃないのか。譲れない部分とか欠点とかをさらけ出して、それを認めあって尊重し合って、二人並んで寄りそっていく。個性を押し殺すようじゃ長年続くカップルにはなれない。だから、もっと左馬刻は左馬刻らしく振舞っていいのに。
    「まーでもアイツもアイツなりにさ、悩んで頑張ってんじゃない?僕が言えたことじゃないけど、今までほんっとに色々あったじゃん。その色々で生まれた罪悪感とか不安感はずーっと抱えて生きていくんだろうし、二度といちろーを傷つけたくないって思いも勿論あるだろうし」
    「……俺はそんなヤワじゃねえ」
    「はー!?よく言うよ、和解後散々左馬刻に嫌われたかもしんねえ〜とか気持ち隠し続けるの辛い〜とか言って僕に泣きついてきたくせに!」
    「なっ、それとこれとは話が違ェだろ!」
    「僕にとっちゃ一緒なの!」
    泣き虫のくせに意地張るな!と叱られ、実際乱数の言ったことは全部事実なので渋々引き下がる。乱数は、普段は優しい恋のキューピッドなのだが時としていじわるになったり、悪戯な悪魔になったりするから厄介だ。それでも、乱数の助言のお陰で左馬刻と付き合えたのは、紛れもない事実であるが。
    「なんかもう、俺居ない方がいいんじゃないかなって最近思うんだよな。そりゃ、別れたくはないけど……」
    ポロリと出た本音に返事が返ってこないことに気付き、パッと顔を上げる。乱数は、何故か手を合わせて南無南無呟いていた。
    「乱数?」
    「一郎……お前は馬鹿だね。その一言を言わなきゃもうちょっと穏便にすんでたのに」
    やれやれと首を振りながら乱数が胸元のポッケから何かを取り出す。ゴテゴテにデコレーションされたスマホだった。画面に目を凝らせば、『通話中』の文字。相手のアイコンは、よく見覚えのあるものだった。
    「は、なんで電話っ」
    『……乱数ァ、そいつがそっから逃げないよう見張っててくれるか。すぐ行く』
    「りょーかーい」
    「オイ!ちょっと何勝手に、」
    『一郎』
    良くも悪くも迫力のあるド低音に、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
    『お前の言う通り、確かに俺は今まで散々回りくどい事ばっかしてきた。二度とお前を離したくない一心でお前の顔色ばっか伺ってたし、正直お前が本当に俺のことが好きなのかどうかも分からなかった。だが、お前の口から別れるって言葉が出るくらいなら、もう辞める。心配しなくとも十分愛されてるみたいだしな、これからは俺のしたいように、好き勝手動く。お前がそうさせたんだから、何してもいいよな?』
    「あ、う」
    『俺様“も”愛してるぜ、一郎』
    ブツリと通話が切られ、ツー、ツー、という音だけが煩く鳴る。カッと頬が熱くなるのとは裏腹に、背筋がスッと寒くなるのを感じた。
    「暴君左馬刻様、復活っぽいね。オメデト一郎!」
    ぺちぺちと乱数が拍手をしながら言うのが、右耳から左耳へと抜ける。
    あれ、俺ってもしかして、相当ヤバいこと言ったんじゃないか。それに、俺が思っていたよりずっと、アイツの愛って重くてどす黒いものだったりして。それを押さえ込んだ結果があの愛と執着が拗れまくったようなおかしな状態だったってことは、元の左馬刻に戻ってたらどうなってしまうんだ。
    縋るように乱数を見つめれば、乱数はジョッキの中身を飲み干すと、どこか遠い目をして呟いた。
    「碧棺一郎かぁ……やっぱ夫婦別姓にすんのかなあ」



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