道ぐだ「麻痺」※流血表現注意
ざしゅっ
叩きつけられるような強い衝撃にぐらりと体が前に傾ぐ。
一瞬遅れて焼きつけられたような熱い痛みが背中を襲った。
想定外に多く強い魔獣の群れの中から一匹、サーヴァント達の包囲網をすり抜けて猛突進してきたのだ。
ガンドで動きを止めれば良かったのに、魔力不足を起こし始めていた頭は何を思ったか避けようとした。
結果がこの態だった。
間髪入れず襲いかかってきた魔獣に今度こそガンドを叩き込もうとした刹那、横から飛んできた何かが魔獣を八つ裂きにする。
「ありがと、道満」
はらり、と落ちた紙片を見なくてもわかるその戦い方に立香はいつの間にか横にいたサーヴァントを見上げて礼を言った。
「いえ、お守りできず申し訳ございませぬ」
「ううん、私も気が抜けてたから」
ズキズキと痛む背中に頭の霧が晴れたようだ。
その思考に思わず少し笑ってしまう。
これではまるで快楽主義ではないか。いや、ちょっと違うだろうが。
突然笑いだしたマスターに怪訝な顔をする道満に問いかける。
「あと何回宝具使ったらいける?」
「—しかし」
「いいから」
「——二回。二回で仕留め切って見せましょう。しかし、何かあてはあるので?」
道満は示すようにギリギリのところで防戦を行うスカディと残り一画となっている令呪を見やった。
道満自身も宝具を撃つには魔力が足りていない。
ここは撤退を、と言いかけた道満はざしゅっという音ともに散った緋色に目を瞠った。
「一回分、持ってって。二回目は令呪でどうにかするから」
赤く染まった腕が道満の目の前に差し出される。
「何を言っているのです、そんなことをしたら」
「早く。時間が経つほど事態は悪化するから」
脂汗を滲ませながらも爛々と光る眼光にぐっと眉を寄せる。
しかし、時間の問題なのは事実であった。
この場にいる三人は皆消耗していて、特に血を流し続けているマスターは一番時間がない。
毒の類は聞かぬとはいえ、魔獣がつけた傷は雑菌などが入り込んでいるやもしれない。
「—では」
そう瞬時に判断した道満は遠慮なくその血を啜り魔力を補充した。
一回目の宝具を撃ち終わるや否や間髪入れずに令呪の魔力が補完される。
続けて宝具を撃ち、ようやく魔獣達は殲滅されたのだった。
「先輩!」
帰還すると既にマシュによって担架の準備がされていた。
「マシュ、大丈夫だから」
道満に支えられながらも真っ青な顔で気丈に歩いていた立香は、担架に横たえられても後輩に微笑みかける。
「ちょっと怪我しただけだから大丈夫。仕事残ってるでしょ?」
「でも…」
「マシュ殿。拙僧も見守っておりますので大丈夫ですぞ」
「そう…ですか…」
医務室への道中、ついてこようとしたマシュを諭す。
道満自身のことは完全には信用されていないのだろうが、どうやら陰陽師としての腕は信頼されているようだった。
何かと傷や痛みなどに効く符や祈祷を行ってきた効果があったのかもしれない。
マシュが踵を返して管制室へ戻ると、ぽつりと立香が問いかける。
「道満…マシュ、行った?」
「ええ」
その答えにふぅ、と息を吐くと立香は意識を手放した。
ふっと意識が上がっていく。
瞼が上がる。ぼんやりと定まらない視界に二度、三度、瞬きをする。
「気がつかれましたな」
声のする方に顔を傾けると、徐々に輪郭を帯びてくる視界に見慣れた白黒の頭が入ってきた。
「道満」
身を起こそうとしてすっと伸びてきた手に止められる。
「怪我に響きます」
「そうだった」
治療のおかげか全く痛みがなくなっていたので、すっかり忘れていたが、背中を思い切り怪我していたのだった。
「起き上がりたいのでしたらベッドを起こしますが」
「ううん、そこまでしなくていいかな」
起き上がろうとしたのはつい反射であって、人の労力を借りてまで起きたいわけではなかった。
「私どのくらい寝てた?」
「一日ちょっとというところでしょうか」
「あちゃー…マシュに心配かけちゃったなぁ…」
自分の体調よりもマシュの心労を気にかける。
その様子に道満の眉がぐっと寄った。
「マスター」
「なに?」
「何故斯様に無茶をなされたのですか」
元々長期戦は想定していない、少人数で様子を見るためのレイシフトだった。
想定外のことが起きれば即撤退が正しい選択のはずだった。
「…あのまま魔獣の群れほっといたら近くの村は壊滅してたじゃない?」
「ええ、そうでしょう。ですがそれは我々が預かり知らぬこと。そのような定めであったのでしょう」
きゅっと細い指が布団を握る。
「…わかってる。でも、」
「『素通りなんてできない』ですか。ええ、ええ、わかっておりますとも」
面倒そうにその先を引き取ると、むぅっと口先がとがった。
「もう、こういう性分なのわかってるでしょ」
「ええ、わかっております。ですが」
すぅっと目を細める。
「マスターは少々過信しすぎなのでは?」
ヒュッと微かに喉が悲鳴をあげる。
立香の瞳が僅かに揺れた。
「その背中の傷も普段ならかわせたでしょう。お守りしきれなかった拙僧が言うことではありませぬが、無茶をしていなければ受けなかったものです」
「そ、れは…」
「加えて魔力供給。ただでさえ魔力不足でふらついている者が行うことではございませぬ。それもよりによって血液。ただでさえ血を流してるというのに」
金色の瞳が力なく逸らされる。
「一回目の宝具で倒しきれぬ獣共が向かっていたら今度こそ終わりでしたぞ」
「…はい」
しょんぼりしている立香に道満は悟られぬように嘆息する。
きっと反省を促したところで、また同じような状況になった時は同じような行動を取るのだろう。
美しき自己犠牲、等という簡単なものではあるまい。
感覚が麻痺しているのだ。
削っていい自己のリミッターが壊れている。
過去の記録を見るに、以前はただ無鉄砲な童として自己犠牲を犠牲と思わない行動を取ることもあったようだ。
しかし、白紙化されてから—いや、異聞帯を『消し』始めてから。
徐々に、徐々に壊れていったのだろう。
壊れていく玩具を見るのは楽しい。愉快だ。
しかし、何故かこの事は道満に快をもたらさず、それどころか非常に不愉快だった。
かつての自分が関わっているというのに。
ふわり、と肩に何かが触れた。
「道満…ごめんね」
「…はい?」
「心配かけて…ごめん」
ゆらゆらと肩に触れる白い手は少し上方を目指して届かなかったようだ。
「背高いから頭届かないや」
ゆるゆると肩を撫でられる。
「拙僧は別に、心配など」
いつものように微笑もうして、何故か上手く顔が動かなかった。
そのことに何も言わず、立香は温かな目で肩を撫で続ける。
理解できない感情がさらにぐちゃぐちゃと混ぜられて途方に暮れた道満は、自身が泣きそうな顔をしていることを知る由もなかった。