道ぐだ 道満吸い ふわふわした意識がふわっとしたまま上がっていく。
立香は気だるく目を開けた。目の前には、先日解決した特異点の報告書。
どうやら、報告書を書きながら眠ってしまっていたらしい。
んぅ、と大きく伸びをしながらふと横を見る。
ベッドの上に、ふさふさの髪の毛が覆う大きな背中が横たわっていた。
持ち主の穏やかな呼吸に合わせて僅かにその豊かな髪が揺れる。
立香はごくり、と唾を飲む。
道満はいつも良い香りがしている。
詳しくはわからないが、再臨によって微妙に香りが違う拘りようだ。
平安時代は今のような湯浴みの文化がないため、香りを纏うのが貴族のマナーだったという。
道満は貴族ではないが、宮中に出入りもしていた以上、やはり身にまとっていたのかもしれない。
また、香りは魔除けなどの効果もあったらしいので、そういう意味なのかもしれない。
いずれにしろいい香りで、胸いっぱいに吸うのが大好きなのだ。
特に今のふさふさの髪――2臨の姿は香らしい香りが薄く、なんだか温かい香りがするのだ。
この香りが、立香の一番のお気に入りだった。
声をかけようとして、肩にかけられた単衣に気づく。
これをかけてくれたということは、道満は立香が寝ていると思っているのだ。
立香はあのもふもふの髪もお気に入りだ。ぽふんと顔を埋めて、なめらかでやわらかい感触を堪能したい。
しかし道満はよく立香の頭や髪に顔を埋めるが、自分の髪に立香が顔を埋めるのは中々許してくれない。
ぽふんと顔を埋めると、すぐ抱き上げられ、正面から抱きしめられてしまうのだ。
そもそも、よく立香のことを見ている道満が、戦闘以外で立香に背中を見せることはほとんどないのだ。それはそれで嬉しいのだが。
立香が起きたことに気づいていない今は貴重なチャンスだ。
たとえ、すぐまた抱えられてしまうとしても。
そうっと忍び足で近づいていった。
足音を殺して。そうっと膝を屈めて。
ぽふん、と首に顔を埋めて抱きついた。
すうっ、と胸いっぱいに香りを吸い込む。
すりすりと頬擦りをしていると、くつくつと笑う声が聞こえてきた。
「心地はいかがですかな、マスタァ?」
「んーーすきぃーー」
「ンン……一旦離れてくだされ、立香。さすがに首では腕が回せませぬ」
「やぁ……ここがいいの」
「ほう」
道満は意外そうに後ろを見やった。
「抱き直すと何か不満げとは思うておりましたが、そういうことでしたか」
「え」
今度は立香が意外そうに目を見張る。
「抱きしめてほしいアピールだと思ってたの」
「ええ」
「あー……」
頬が桃色に染まっていく。
随分と大胆にアピールするのに不満そうにしていると思われていた、とは。
「……道満の髪、もふもふで気持ちいいんだもん。いい香りするし」
「ンン……この姿はあまりちゃんと香を焚いておらぬのですが」
「そうなの?じゃあ、道満がいい香りなんだね」
立香はくふくふと笑ってまたすん、と胸いっぱいに吸い込む。
「ンンンンンン……」
唸ったっきり黙ってしまった道満が珍しくて、さらに笑みがこぼれる。
(道満も照れることあるんだなぁ)
自己顕示欲が高くて、褒められたがる道満は、普段ならべったべたに褒めても喜ぶだけで、全然照れる気配がない。
(ああ、でも――)
道満はどうやら不意打ちに弱い。
諾子さんを苦手そうにしているのも、予想外のことばかりしてくるからのようだ。
頭が良いから大体のことを予測してしまう分、こうした不意のものに弱いのかもしれない。
(でも道満の思考をかいくぐるなんて、そうそうできないよなぁ……)
狙ったのでは、見透かされてニヤニヤとされてしまいそうだ。
「立香」
すりすりと腕を撫でられて、立香ははっと意識を思考から引き上げる。
「そろそろ儂にも立香を抱きしめさせてくれませぬか」
「えーーしょうがないなぁ」
くすくすと笑いながら立香は腕を解く。
道満は起き上がると、立香を向かい合わせに抱きしめた。
「儂はやはりこちらの方が立香を堪能できて好きですなァ」
「んー道満の背中のもふもふは背中じゃないと味わえないからなぁ」
道満はおや、と少し目を見開く。
「そんなに拙僧の髪がお気に召したので?」
立香はこくりと頷いた。
「うん、特に2臨の髪ふわふわもふもふしてて大好き」
「ンン……」
道満はぱちりと瞬きをする。
少し髪を取り、もさっと右側から前へ持ってきた。
「これで勘弁願えますかな?」
「黒い方もほしいなー」
「ンン……あちらは呪い等がつまっておるので、あまり良いものではありませぬぞ?」
「うん、それでも道満の髪だから」
立香はにこりと微笑んだ。
今度は、道満の頬が少し染まった。
「ンン……」
「かわいい」
立香が頭を撫でる。
「おやめなされ、おやめなされ」
「道満だってやるじゃん」
「ンン、女子が男子にやることではありませぬ」
「大丈夫、今男女らしさに縛られるのやめよって時代だから」
「ンンンンンン」
珍しく言葉に詰まった道満は、結局そのまましばらく無言で撫でられていた。
そもそも普段余裕がある時は喜んで撫でられているのだ。なんだかんだこうされるのは好きなのだろう、と立香は思っている。
「立香」
調子を取り戻した道満が、立香の手を取る。
横髪をさらりとよけられて、立香は目を閉じた。
そっと唇が重なって、甘く食まれる。
ぺろりとその唇を舐めると、その舌を絡め取られ、深く唇が重ねられる。
ゆるく互いの舌を絡ませ合い、じゅっとそれを吸い上げられる。
ちゅっと唇を軽く吸われると、唇は離れていった。
目を開けると、目元を紅く染めた道満が立香を見下ろしていた。
その瞳に映る自分もきっと同じような顔をしているのだろう、と立香は少し頬を染める。
少し笑った道満にくしゃり、と頭を撫でられると、その胸元に抱きしめられた。
すりっと頬を擦り寄せて、すんっと息を吸う。
もふもふはないけれど、いい香りはたっぷりする。
(ああ、)
今日はこの香りに包まれたかったのだ、と納得して、立香は幸せそうに目を閉じた。