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    【主ダン(マサダン)】ある指輪の話。なかなか続きが書けそうにないので中途半端ですが上げます。

     マサルが愛用しているブラウンのレザーボストンはジムチャレンジの頃から使っているもので、子供の頃は大きかったその鞄は、大人になった今はマサルの背にぴったりのサイズになった。
     長年使い続けた革はすっかりマサルに馴染み、どれだけ物を詰め込んでも軽々と背負える優秀な相棒である。けれど、そんなマサルと一心同体である鞄が、最近やたらと重く感じるようになった。
     原因は分かっている。中に入っているリングケースのせいだ。ドラマや映画のプロポーズシーンで指輪を出す時によく見る、あのパカっと開くタイプのケースである。手触りの良い上質なベルベッド生地のそれは、汚れないようにタオルに包まれて、隠すように鞄の奥底に押し込まれていた。
     当然中には指輪が入っている。宝石などの装飾は一切ない、ストレートラインのシンプルなプラチナの指輪だ。それはマサルが自分で買ったものではなく、突然ダンデから贈られたものだった。
    「安心してくれ、ペアリングじゃないんだ。つけてくれなくてもいい」
     そう言って、ダンデは前触れもなくそれをマサルに手渡したのである。いつも通りの朝、ダンデがバトルタワーへと出勤する直前の出来事だった。ダンデはきっちりとバトルタワーの衣装を着込んでいて、かたやマサルは寝巻き姿だった。
     まだベッドに寝転んで微睡を楽しんでいたマサルに心の準備ができているはずもなく、差し出されたものを反射で受け取り、状況を把握する前にダンデはさっさと家を出て行ってしまって、何を渡されたのかに気付いた時にはもう手遅れだった。断ることも真意を聞くこともできず、マサルはそれ以来ずっともやもやとしたものを胸に抱え続けている。
     世間知らずなマサルも、『指輪を贈る』ということがただごとではないことは理解していた。贈られたそれがファッションリングではなくマリッジリングであることも。シンプルながら高価であることも一目瞭然であったし、何の意味も理由もなく渡すだなんて有り得ない代物だった。
     マサルはダンデの家に転がり込む形でダンデと同居していて、キスもしているし、セックスもしている。およそ恋人という間柄で行われる行為のほとんどを経験していたが、お互いに好きだと伝え合ったことはなかった。きっかけさえ思い出せないくらいに二人は自然とそうなったのである。
     それで充分だったのだ。お互いがお互いしかいないのだという不思議な連帯感があったし、それに不満もなかったし、ずっとこのままで良いと思っていた。けれど、それはマサルだけだったのだろうか。
     どんな想いが込められているのかも分からないまま託された指輪はマサルには重く、考えれば考えるほど、背負ったカバンの中でじわじわと重量を増していくのである。
    「っていうわけなんだけど……ダンデさん、どういうつもりだと思う?」
     今もなお鞄に入れっぱなしのマリッジリングの経緯を述べて、マサルは子供のように首を傾げて意見を求めた。その鞄は今は床に置かれ、マサルは小さなテーブルに着いている。
     たちまちテーブルを挟んだ向かい側からため息がこぼれた。不機嫌さを隠しもしない仕草とは裏腹に、すらりと細長い指先が優雅に伸びて、テーブルの上のソーサーから紅茶の入ったティーカップを持ち上げる。
    「……あなた、相談する相手を間違えてますよ」
    「合ってるよ! 相談に乗ってよビート! 友達じゃん!」
     マサルがわざとらしく甘えた言い方で訴えると、ビートと気安く呼ばれた青年は、ティーカップに口をつけながら盛大に顔をしかめて見せた。紅茶が渋かったわけではない。突然押しかけてきて、一方的に悩みをぶちまけたマナーのなっていない客に不快感を示したのである。
    「友達になった覚えはないですが」
     ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らして、ビートが音もなくソーサーにティーカップを戻す。「なんでそんなこと言うんだよ、もう長い付き合いじゃんか」と拗ねるマサルの言葉にはもはや返事すらなかった。
     確かに、ビートとマサルは友人と呼ぶには少し事情が込み入っている。けれど、ビートだって本気でマサルを邪険にしているわけではない。突然アラベスクスタジアムに訪れたマサルを控室に通し、テーブルに着かせ、紅茶と菓子を振る舞ってくれたのは他でもないビートなのだ。それに、勝手に話し始めたマサルの悩みをビートは最後まで遮ることなく聞いてくれた。
     ビートとマサルはジムチャレンジからの因縁浅からぬライバルであり、ジムリーダーとチャンピオンという立場になってからは最前線で戦い続けてきた。共にガラルを先導する強いポケモントレーナーである二人は互いを認め合っていたし、友人という枠組みに無理に当てはめずとも、そこには確かに絆があるのだ。
     ビートの透き通る紫の瞳がマサルを睨む。それでも初めて会った頃とは見違えるほど穏やかになった瞳は、マサルを見定めるように上品に瞬いた。一連の動作はまるで芸術品のように洗練されている。それはフェアリータイプのジムリーダーとして誇りを持ち、鍛錬を怠らないビートのひたむきな努力の結晶だ。
     意地が悪い性格はついになおらなかったが、ビートは身も心も美しい青年に成長していた。背は平均で止まってしまったマサルを優に超え、白に近いグレーの柔らかな癖毛はいつも丁寧に整えられており、温度を感じさせない紫の瞳は長いまつ毛が上下する度にきらきらと輝いて見るものを魅了する。
     そんなスマートでポケモンバトルも強いビートが、唯一調子を崩すのがマサルを相手にしている時だった。今やトップジムリーダーと称されるほど力をつけてもなお、ビートはマサルに勝利したことがない。それどころか、マサルはかつての誰かのように未だに公式戦で無敗だった。
     マサルを倒して自分がガラル最強なのだと証明するのがビートの目標であり、マサルはその挑戦を真っ向から受け続けている。自他共にライバルだと認め合う二人は今、ガラルで最も人気のポケモントレーナーと言っても過言ではなく、二人の試合はビートの勝利を望むファンとマサルの無敗記録更新を望むファンでいつも客席が満員になった。
    「大体、ぼくに相談するよりも適任がいるでしょう」
     けれど、バトルを離れればただの腐れ縁の二人でしかない。
     ビートの声は静かだった。ひそやかなビートとの茶会はバトルの時の火花が弾けるような荒々しさは一切なく、不思議と居心地がいい。それは先代ジムリーダーであるポプラの教育の賜物だった。
     ポプラはアラベスクジムをビートに全て任せて隠居するまでに、バトルはもちろんのこと、人として必要なことを全てビートに叩き込んだのである。紅茶のいれ方もそうだ。おかげでビートがいれる紅茶は絶品で、気づけばマサルはビートの茶会の常連になっていた。
    「いや、だって……さすがにホップには聞き辛くて……」
     マサルが気まずそうに紅茶を一気に飲み、カチャリと音を立ててティーカップをソーサーに戻す。ビートはやれやれといった風に肩をすくめて、何も言わずに空になったマサルのティーカップに紅茶をついだ。
    「ぼくにも遠慮して欲しいですね」
    「それは……ごめんだけど……」
     本当に申し訳なさそうに語尾をしぼませて、マサルがしゅんと背を丸める。風が吹けばよろよろと倒れてしまいそうな、ガラルリーグの頂点に立つチャンピオンとは思えない頼りない姿だった。
     たちまちビートが心底嫌そうな顔をする。ビートは自分の身嗜みや佇まいはもちろん、チャンピオンであればそれ以上に気を配ってしかるべきだと考えていた。仮にもマサルはビートの上に立っているのだ。みっともない姿をさらすだなんて許しがたいことだった。
    「……しょうがないですね。ガラルのチャンピオンにいつまでもうだうだ悩まれても迷惑ですし」
     大袈裟なほどうんざりとした色を滲ませて言って、ビートが背筋を伸ばした。マサルもつられて姿勢を正す。アメジストのようなビートの瞳は真っ直ぐにマサルの瞳を見つめていて、まるでマサルの心を覗いているみたいだった。
    「その前に確認ですけど、あなたとダンデさんが〝そういう関係〟だとぼくに知られて良かったんですか?」
    「いいよ」
     即答だった。ビートの瞳がわずかに揺れる。
    「大体、おおっぴらにしないだけで隠してるわけじゃないし。それに、ビートは言いふらしたりしないだろ」
    「……さすがチャンピオン。人を見る目はあるね」
     マサルの返答に満足げに笑って、ビートは少しだけ緊張を解いた。マサルを試したのだ。ビートに悩みを打ち明けた覚悟がどれほどなのか、本気の悩みなのかどうかを。そしてその試験はどうやら合格だったらしい。
     ビートが再び音もなくソーサーからティーカップを持ち上げる。けれど口には含まず、紫の瞳で揺れる紅茶の水面をじっと見つめた。
    「ぼくはあなたが気を揉む必要はないと思います」
     まず結論を簡潔に述べるところがビートらしい。マサルが理由を聞く前に、ビートは「思うに……」とすぐに言葉を続けた。
    「好意というのは基本一方的なものなんですよ。ただ知っていて欲しいんだ、自分という存在がその人を慕っていることを。相手がそれをどう受け取るかは関係なく……ね」
     ビートの声は穏やかだった。紫の瞳は持ち上げたティーカップをずっと見下ろしていて、きっとその水面には、自分の顔ではない他の誰かの顔が浮かんでいるのだろうとマサルは思った。
     かつてビートが慕い、役に立ちたいと奔走した人物である。ローズだ。確かにあの時のビートはローズのために働くことが全てで、それだけで満たされる何かが確かにあったのだろう。
     だろうけれど、マサルが理解するには難しいことだった。
    「だから、あなたはなにもしなくて良いんです。好きにさせておけばいいんですよ」
    「そういうもの……?」
     反射的に問い返したマサルを一瞥して、ようやくビートはティーカップに口をつけた。
     端正なビートの顔が再び歪む。過去の記憶を浮かべた紅茶は、何年経っても強烈な苦味をビートに与えるのだ。
    「ええ。……少なくとも、ぼくはそうでしたよ」
     それでも全てを飲み込んで、ビートは笑った。その後悔と哀愁の滲む笑顔を前にして、何を言えばいいのかなんてマサルには分からなかった。
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