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    rubedoxx

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    rubedoxx

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    殺伐としたべどべど。
    【caution!!】
    *2号から1号への憎しみの話。
    *2号くんが生き残り、1号は死んでます。
    *2号→1号のカニバリズム表現あり。
    (でも生々しいグロ描写ではない……はず……)

    ※2022/03/08付でpixivに投稿したものを再録。

    特別料理 彼が帰宅した時には、もう夕方になっていた。ドラゴンスパインの拠点から引き揚げ、それから西風騎士団で些細な仕事を終わらせるのに、予定よりも時間がかかってしまったのだ。室内は薄暗く、窓だけが切り取られたように明るく、赤い。燃えるような夕陽がモンドの街を染めるのが、よく見えた。
     空気を入れ替えようと窓を開け、陽が翳りきらないうちに、手早く室内に灯をともす。すると、室内が明るくなった分、窓からの陽光は影を潜め、煌々とした灯りが部屋を満たした。手袋を外し、部屋の中央に据えられた大きな木製のテーブルの上へ、そっと置く。その傍には人の頭一個分ほどのガラスケースが置かれ、主の抜け殻を冷ややかに見下ろしていた。
     この家は、最近、彼が格安で借り受けたものである。街の外れにあり、日当たりが悪いというので借り手が見つからず、家主が随分と持て余していた物件だった。これまで西風騎士団の本部に自室と研究室をあてがってもらっていたが、それではやや不都合が生じたので、多少の出費は覚悟の上でこの家に移ったのである。研究室は本部にある方が何かと便利であるのでそのままとして、この家には生活に困らない程度のものを設えていた。
     彼はバスルームにある洗面台で手を洗い、キッチンへ向かった。一体、家主は何を考えて設計したのか、居間や寝室などの居住空間の広さに対し、本来ありえないほどの広さを、この家のキッチンは有していた。古いがそれなりの手入れをされており、設備も趣味で料理をする分には申し分ない。彼が、この物件に決めたのは、ひとえにこのキッチンを手に入れたいがためだった。
     小さなものだが、石造りのパントリーもあった。キッチンから続く階段を少し下りた、半地下のような位置にある。彼はパントリーの重たい扉を開け、中に入った。途端、ドラゴンスパインほどではないにせよ、冷気が彼の頬をくすぐる。
     本来、ここは氷室ではない。だが、彼がガイアを始めとした何名かの騎士団員に頼み、ドラゴンスパインの洞窟から氷を切り出して、運び入れてもらったのだ。ガイアは自分が特注品を作ってやってもいいぞ、と笑っていたが、丁重にお断りした。何故なら、この氷室に入れる氷は、どうしてもドラゴンスパインのものでなくてはならなかったのだから。
     壁に沿って、木製の棚がいくつか並んでいる。彼はその一つの前に立ち、最近並べたばかりの大きなキャニスターのなかから、「モモ」とラベルの貼られたものを掴んだ。その存在を主張するように、ずしりと重い。キャニスターの蓋を開け、彼は肉の状態を確かめた。いくら氷室に置いているとは言え、肉は日に日に鮮度を失わざるをえない。だが、肉はまだ瑞々しさを保っており、今晩の料理に相応しい。彼は鼻歌を歌いながら、パントリーを後にした。

     キッチンの作業台の上へ、キャニスターを置く。蓋を開けて、大きなまな板の上へ肉を取り出した。その肉はまだ骨についたままであり、料理に適した形に削がねばならない。彼は肉切り包丁を握り、骨を中心として円状についている肉の四か所に切れ込みを入れた。続けて慎重に骨と肉の間に刃を滑り込ませ、四つの肉片として切出していく。神経を要する作業であったが、これまでの料理経験が功を奏したのか、身を崩さず美しく骨から離すことができた。そこから更に形を整え、柔らかく食べられるように軽く筋切りを施した。
     今夜のディナーは「林の夢」だ。本来は白身魚で作る料理だが、今回は肉に変えてみる。彼はまな板に並べた肉に白ワインとスパイスを適度に振りかける。こうすると、肉が柔らかくなり、また臭いも和らぐ。先日、同じ肉を調理した時には普段食べている肉とは異なる臭いが鼻につき、食事の楽しみが削られた。今晩はきっと前回よりも美味しく仕上がるに違いない。
     肉にワインとスパイスが馴染むまでの間、バター、砂糖、塩を加えて湯を沸かす。付け合わせのブロッコリー、ニンジンを一口大に切り、沸騰した先程の煮汁に入れ、水気がなくなる煮詰めていく。その間、盛り付ける食器やカトラリーを棚から取り出し、パンを軽く炙った。香ばしい匂いがキッチンに漂い、彼の食欲も刺激される。
     いよいよフライパンを温める。バターを入れて溶かすと、底面いっぱいに泡立っている。そこへ下味をつけておいた四つの肉片を寝かせていく。一つ入れるたびに、じゅっと油の跳ねる。強火で片面に焼き目をつけ、二、三分後にひっくり返した。火を弱め、そこからじっくり熱を中まで入れていく。バターと肉の脂とが表面を焼き、じゅうじゅうと音を立てる。ステーキのような芳香が鼻腔をくすぐり、彼はそれを胸いっぱい吸い込んだ。彼の意識は急速に食欲へと傾き、腹がぐるると鳴る。だが、ここで焦ってはいけない。育てるように、じっくりと焼かねばならない。
     いい具合に火が通ったものを、白い丸皿へと乗せる。四切れの肉を、四葉のクローバーのように並べていく。そして、皿の縁に沿って、先程のグラッセを彩りよく飾っていく。仕上げには、少し固めに作ったブラウンソースでのアクセントを入れる。これで「林の夢」の完成だった。
     彼はそのメインディッシュとパン、ワインをトレーに乗せ、居室へと戻った。ガラスケースの置かれたテーブルに料理を並べ、席へつく。
    「いただきます」
     まずはワインを一口。それから、メインディッシュへ取り掛かる。下処理が効を奏したのか、ナイフが滑らかに入る。肉を手頃な大きさに切り分け、口へ運ぶ。
     噛むと、柔らかく弾力があった。丁度良い歯応え。そして、噛んだ瞬間、肉汁が溢れ出し、バターが匂い立つ。程よい塩気を纏った旨味が味蕾を刺激し、反射的に美味しいという感想が浮かぶ。成功、と言ってよい出来だった。
     しかし、美味であること以上に彼を陶然とさせたのは、肉が噛み千切られ、己の腹の底へ落ちていく感覚だった。純銀のナイフは厳かに肉を切り分け続け、彼は聖餐のように粛然としてフォークを口へ運ぶ。ほとんど原形が無くなるまで咀嚼し、そこで漸く飲み下す。どろどろになった肉が己の腹を満たし、消化され、やがて己の血や肉となる――彼にとって、この晩餐は自分をより高位のものへ近づけるための儀式だった。
     青い襯衣に白いジャケット、亜麻色の髪をハーフアップにして、胸元には神の目。顔つき、仕草、声音も完璧に模倣している。錬金術の知識だって、あいつのノートを盗んで不足していたものを多く補った。あいつが得意だった料理もスケッチも、懸命に努力をして見劣りしない技術を持つことに成功した。今晩のディナーの出来の良さもそこに支えられている。今や誰しもが、自分がアルベドではないと疑いやしない。比較的身近な存在であるティマイオスやスクロースでさえ、その瞳に疑念を浮かばせたことは一瞬たりともなかった。あいつが自分の存在を秘密にしていたことはある意味で幸運であったかもしれない。普通、分身がいるとは思わない。分身がいると思わなければ、些細な違和感はすぐに雑踏に紛れてしまう。
     だが、それだけでは満足できなかった。いくら容貌を、人格を近づけても、本物になることはできない。近づける、という行為そのものが、既に偽者であることの証拠なのだ――だから、あいつそのものになりたかった。成功作と言われた、あいつの体そのものが欲しかった。けれども、流石に首をすげかえることなど到底出来はしない。
    ――ならば、内側から体を書き換えればいい。あいつを食べて、あいつになればいい。
     残り少なくなった肉を、彼はやはり丁寧に切り分ける。ひとつひとつ慈しむように。ソースも残さないように、慎重に肉に絡めた。これとて、血液から作った重要なものだ。自分は爪の先から足の先まで、骨、骨髄、血液、全てを〝アルベド〟に相応しいものにしなければならない。
     全てを平らげた後の皿は、銀に輝く月のように白かった。最後にグラスを傾けてワインを一口。ふくよかな味わいを、微かな渋みが引き立てる。少々量が多かったのか、やや腹が重い。だが、それは喜びの重さだった。自分が〝アルベド〟にまた一歩近づいた証であり、何よりも死骸をこうして腹に収めていること自体、自分があいつに打ち勝ったという動かぬ証拠なのだから。

     食後にはハーブティーを淹れるのが、彼の習慣となっていた。今日は料理とともに少々ワインを楽しみすぎたらしい。普段よりも酔っていた。
     顔に近づけたティーカップからは、穏やかな香りが立ちのぼる。今夜のフレーバーはスイートフラワーだ。他のハーブティーよりもやや甘みが強く、彼はこの風味が気に入っていた。
     椅子の背もたれに深く体を預け、今度は何を作ろうかと思案する。まだモモが残っていたから、今日と同じ「林の夢」を再度作ってみてもいい。あるいは、手か。手は骨ばっているから、シチューにするのが良いだろう。数時間かけて煮込んで、爪も骨も脊髄も全てとろとろに仕上げてしまいたい。そうすれば余すところなく、食べることができる。足も同じように調理してみようか。ああ、そうだ。内臓も悪くならないうちに食べてしまわねば……錬金術で腐敗を遅らせているとは言え、限界がある。
     ビスケットに手をのばしながら、ふとティマイオスの顔が浮かんだ。そうだ、人を招待して御馳走してみてもよい。貴重な体を分け与えることになるが、彼がアルベドを口へ運び、何も知らずに「美味しい」と称賛する様子を眺める――想像しただけで、魂をくすぐられるような心地になる。
     ふと、ターコイズグリーンの瞳と目が合う。その瞳の持ち主は、ガラスケースに収められたアルベドの首だ。肉体と同じように、けれどもより強固に腐敗を防ぐための錬金術で防腐処理を施している。だから、その頭部にはまだ生前通りの、透き通ったガラスのような双眸があった。
    ――キミはそれで満足なのかい?
     幾度となく全身を憎悪の炎で焼かれ、殺意をその指先に込め、柔らかな肌に爪さえ食い込ませたときーーその相手の首の傷が、失敗作である自分と、成功作である彼との差異を突き付けて疎ましかった――彼そっくりの兄弟はそう言って、清麗な瞳を瞬かせた。その無垢な眼差しは、こちらの全てを見透かしているようで、苦手だった。どんなに声を上げても空の色が変わらないように、あるいは何を投げ入れても海はその穏やかな揺蕩いをやめないように、その兄弟は、こちらの憎しみに対して、どこまでも静かだった。
    「……キミはもう〝アルベド〟ではないくせに」
     ケースを開け、未だ強固な意志を湛えたような瞳をゆったりと瞼で覆った。窓の外、暗闇で見えぬ樹々がざわめく。涼風というには冷たすぎる風が流れ込んできて、彼はゆったりと立ち上がり、窓を閉めようとした。
    紺青の空には、決して手をのばしようもない遥かさで星が瞬いていた。
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