その顔、その声。「まったく、一々、細かく報告しやがる」
悪態をつきながら、その男……シーザー・クラウンは床を滑るように歩いていた。
「海王類の1匹2匹が出ただけで、大騒ぎしやがって」
仮眠を邪魔された、と欠伸を噛み殺しながら研究室に戻る。
先程まで自分が寝転がっていたソファの上に、誰かが寝転がっていた。
「おいおいおい、この後に及んで誰が、まだ邪魔……を?」
すやすやと寝息を立てていたのは、🌸だった。
シーザーが布団がわりに掛けていたタオルを握りしめて、眠っている。
机を見れば、ポットとティーカップ。茶菓子が置いてあった。
「……」
つまりは、シーザーの為にティーセットを持ってきたはいいが、研究室の主人が居らず
ソファで座って待ちくたびれ、眠ってしまった。そんな所だろう。
おれ様は、モテモテか? と、また湧き上がる欠伸を噛み殺し
🌸を起こそうと近づき顔を覗き込めば、瞼がピクピクと痙攣していた。
(夢を見ているのか……)
よくよく見れば首にうっすらと汗をかいている。
どちらかといえば、寒い部類に入る研究室でじっとりと汗をかいているという事は
悪夢でも見てるんだろう。
(あー……職業病だな……)
じっくり観察してしまう自分の目を、手で覆い、んべーっと下瞼を伸ばす。
「…シー、ザー」
「ん?」
名前を呼ばれる。
苦しそうな吐息混じりのその呼び掛けに、シーザーの腹の底からじっとりとした感情が沸く。
「どうした?」
握りしめているタオルを取り去り、その手に自分の手を滑り込ませる。
ぎゅっと握る小さな手もほのかに汗ばんでいた。
「シー、ザー……」
「あぁ、おれ様はココだぞ、🌸」
起こしてやればいいものを、そうせずにシーザーは愉快そうに笑う
「もっと呼べ、名前を、ほら、 どうだ?」
催促するように手を握り返してやれば、また口からシーザーと言葉が漏れ出る。
あぁ、なんて甘い響きだろうか。
自分の事を慕う人間が、苦しみながら自分の名前を呼ぶ響きほど甘い響きはない。
特に、愛している人間のものなら尚更だ。
「……あ、れ、シーザー……?」
うっすらと開いた虚な目は、シーザー見上げる。
「おお、起きたな? シュロロロ。魘されてたぞ」
パッと手を離し、戯けたように言ってみせる。
焦点があった目で、呆けたようにシーザーを見ていた🌸は、ハッとしたように身体を起こした。
「寝ちゃってた! シーザー、ごめんなさい! 邪魔しちゃった?」
「いんや?」
床に落としたタオルを拾いあげ、🌸に渡す。
「そんなに眠たいなら、おれ様が一緒に寝てやろうか?」
「え! あ、それは!」
ちょっと、大丈夫、…! とブンブン首を振られてしまう。
「冗談だ。おまえと寝ても楽しくねェよ」
それより、と机の上のティーセットを指差す。
「茶、冷めちまったみたいだぜ?」
「あ、!」
バタバタと慌ててティーセットを取り上げて淹れ直してくる!とタオルを持ったまま
部屋を出て行く姿に、シーザーはしばらく笑った後、
先程の魘された🌸の顔を思い出す。
「あぁ、イイ顔だった」
いつか、自分の手であの表情に堕としてやろうと。
両手を縛り付け、身動きを取れなくして、許してほしいと懇願するように自分の名前を呼ばせてやろうと。
「シュロロロ」
あぁ、あぁ、その日が待ち遠しい。