おはよう空には薄く星が輝いていて、街はまだ眠っている。
大通りに面した窓を開けて、身支度をして、いつもこの時間に通り過ぎるバスティーユに誰よりも早く挨拶をするのが、🌸の日課だった。
窓から入ってくる、空気は冷えていて少し肌寒い。そろそろこの島にも冬がくる。そんな事を考えながら、バスティーユを待っていれば
少しして、あの真っ赤な燃えるような髪色が見えた。
黒いスーツに青いワイシャツ。イカつい仮面と大きな鮫切包丁を携えて歩く姿は、並の海賊なら見ただけて逃げ出す風貌だ。
「バスティーユさん!」
窓から身を乗り出して手をふれば、🌸に気づいたバスティーユが、またか!というようにこちらを見た。
「こんな朝早くから、毎日毎日、よく飽きねェだらァ」
「だってバスティーユさんの顔を見るのが楽しみで」
🌸がそう言えば、彼は何も言わずに立ち止まる。
「おはようございます、バスティーユさん!」
「……おぅ」
短く返事をして立ち去る後ろ姿を眺めていると、朝日が昇りバスティーユの髪が照らされ本当に燃えるよう見えた。それがあまりに素敵なものだから、🌸は毎日毎日、誰よりも早くバスティーユに声をかける。
この短い時間が、何より好きで、🌸はバスティーユの後ろ姿が見えなくなるまで眺めていた。
「今日はいないのか」
窓は閉じていた。🌸に何かあったのかと、心配になりしばらく窓を眺めていると、バタバタと慌しい音と共に窓が開いた。
「ば、バスティーユさん!」
「おぅ」
寝巻き姿で寝癖のついた🌸は、目の前にバスティーユがいるとは思っていなかったのか、恥ずかしそうに窓から身をひくと消え入るように「おはようございます……」と呟く。
「あぁ、おはよう。なんだ、夜更かしでもしたんだら?」
「えっと、ちょっと眠れなくて……。あの、もしかして待ってました?」
「それより、眠れなかったのか?」
🌸の目元はいつもより疲れていて元気がないように見えた。
「大丈夫ですよ、ほんと、ちょっとだけ夜更かししただけですから…」
「……」
じっと顔を見られ、🌸は居心地悪そうに、寝癖を手で抑えつけながらバスティーユから視線を外した。
「あの、バスティーユさん? 行かなくていいんですか?」
「……あぁ、そうだら。もう行く」
そう言ってやっといつも通り去っていくバスティーユを見送り、🌸はいつもより早く窓を閉めた。
寝巻きで、寝癖までついてるのを見られてしまうとは。恥ずかしい思いをした。明日どんな顔で挨拶をすればいいのだろう?
次の日、🌸は窓の前で窓を開けるかどうか悩んでいた。
身支度はした。寝癖もない。鏡で10回は確認したが、なんとなく気恥ずかしい。
ただ、いつものようにおはようございますと言うだけなのに。
しばらくすれば、バスティーユが通りを歩いてくる。
そろそろ窓を開けるなら開けなければ。
うろうろと窓の前を行ったり来たりしていると、窓がノックされた。
「え」
慌てて駆け寄り、窓を開ければいつもより少し早いのにバスティーユが立っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます、バスティーユ、さん」
バスティーユはしばらくじっと、🌸を見た。
仮面越しだが、視線は🌸を捉えている。
「今日は元気そうだら」
それだけ言うと、バスティーユは大きな手でポンポンと🌸の頭を撫で、何事なかったように去っていった。
残された🌸といえば、ドキドキとする心臓が煩くって昇る朝日を浴びるバスティーユをただただ眺めているのだった。