優しい暗がり「夜間照明に切り替えるぞ〜」
夜を知らせる照明の切り替えの掛け声に、船内は白灯から赤灯に切り替わる。
潜水艇であるポーラータングでは、一部区画を除き、昼夜の感覚が狂わないように白灯と赤灯が6時を区切りに切り変えるようになっている。
船員はそれぞれ時計は所持しているが、共同生活を行う場所だ。
こうして区別するのが都合がいいと、最初にキャプテンであるトラファルガー・ローに説明された。
「もう、そんな時間……」
耳に当てていたソナー用のイヤホンをずらし、赤くなった管制室をみやる。
ローにソナーマンとして船に乗るように言われてから早いもので1ヶ月たった。
***
ヒューマンショップへの輸送中の船内。🌸は手に付けられた鎖を力なく見ていた。
(どこに連れていかれるんだろうか)
窓もなく、明かりといえば頼りない蝋燭一つ。
そんな船底で揺られていた時、それは突然起きた。
地鳴りのような音と共に大きな揺れが起こり、蝋燭が倒れ火が消えた。
コロコロと真っ黒な中に放り出され、🌸は思わず、コッコッ、と口を鳴らし自分の位置を探る。
音の反射に耳を傾けて、壁との距離を確認する。
「残響定位か」
「⁉︎」
声に思わず振り返る。さっきまでそこに人などなかったはずだ。
🌸が目を見開いている間にも、男は続けた。
「潜水艦乗りには必須技能だな」
その言葉を聞きながら、🌸は声の主に目を凝らす。
ぼんやり見えるのは身長が高く細身であること。何か大きな……刀のようなものを持っていること。
「ROOM……シャンブルズ」
男が呟き、そして次の瞬間。🌸は船上……知らない船の上にいた。
「キャプテンおかえり!……あれ? そいつ誰だ!?」
目の前に真っ白なクマがいた。
「これから知る所だ」
男の声と同時に🌸を別の2人の男がもの珍しそうな目で見る。
「肌がすげェ白いな!」
「なんか、深海魚みたいだな」
ワイワイと自由に言いたい放題言われる。
この人たちはなんなんだ?と戸惑っている間にも、男は🌸の手錠を外した。
自由になった手を眺めていると、男は🌸を見下ろした。
「ソナーマン。それがおまえのこれからの仕事だ」
それがローとの出会いだった。
あの日から、ずっと潜水艦の中にいる。
ロー以外のクルーとも会った。ペンギンやシャチ、ベポというらしい。
彼らは皆優しくしてくれた。
ローも厳しいけど優しい。でも怖い。
だからと言って嫌いではない。むしろ好きだ。
だが、慣れないことも多い。
まずこの、赤い光だ。
🌸は元々、地下に住んでいた。明かりが無いわけではなかったが、こんな色の明かりにお目にかかるのは初めてだった。
みんなで眠る居住区も、この灯りは絶え間なくあり、朝6時になると白に変わる。
それが、どうも苦手だった。
(ずっと明かりの中で過ごすのは気分が悪い)
最初にシャチに『深海魚みたい』と言われたのはあながち間違っていない。
🌸達の種族は、みんな暗闇に適応している。残響定位やローに買われた耳の良さもそこからきている。
そのため、人工的な灯りはどうも肌に合わない。
まぶしいのだ。
「おーい。🌸、交代しようぜ〜」
声をかけられハッとする。そういえば、午後の6時はシャチとの交代の時間だった。
「あ、うん。わかった!」
いそいそとイヤホンを外し、そのままそれをシャチに渡す。
「🌸? どうかしたか? 具合でも悪いのか?」
イヤホンを受け取りながら、シャチはボーッとしていた🌸を心配そうに見る。
「ううん。大丈夫! ちょっと考え事してただけだよ」
心配させてしまったと、苦笑いする。
食堂で水でも飲もうと、管制室から食堂へ向かう。
すると後ろから声がかかった。
「🌸〜!!」
「わっ! ベポ!?」
もふもふとしてベポに抱きしめら、🌸はくすぐったさを感じながらベポをぎゅっと抱きしめ返した
「どうしたの?」
「キャプテンが呼んでた」
「えぇ!?」
ローからの呼び出し。なにか自分は失敗でもしただろうか……?
ベポと別れ、船長室まで行く道すがら、🌸はうんうんと頭を悩ませる。
出会って1週間で身なりを整えられ、血液検査やらなにやらされ、その次の週にソナーマンとしての基礎を叩き込まれ、ハートの海賊団として他の船員と交流し、目まぐるしい1ヶ月。
正直、ほんとうに目がまわりそうだ。それなのに、ココに来てキャプテンの呼び出し。
「怒られるのかな……」
頭に思い浮かぶのは不機嫌そうなローの顔。
クルーになる時も、淡々とソナーの説明を受けた時も、特にこれといって怒られた事はないのだが……。
なんとなく怖い印象は拭えずにいた。
「失礼します……」
コンコンとノックをし、恐る恐る扉を開ける。白色の光が目に入る。
(船長室は白灯なんだ……)
電気も消せるのだろうか?と勝手に考えていると
「🌸。おまえ、寝不足だな?」
部屋に入るや否やそう言われた。
「え」
「おまえ達の種族はほとんどは生涯を地下で終えるらしいな」
驚く🌸を気にもせず、ローは一冊の本を掲げる。
そこには、🌸の種族について記載があるらしい。
「"暗闇での生活に長けており、聴覚が優れている。一方で強い明かりや太陽光を苦手とし、明るい場所での活動は向いていない"」
本を読み上げ、🌸を見る。
「ポーラータングは常時、点灯している。おまえ、眠れていないな?」
「……はい」
思わずハンズアップし、こくりと頷く。
ローは、「はァーーー」と長く息を吐き眉間を抑える。
「これから、種族の特徴からくる不調はおれに言え」
「はい?」
てっきり怒られるかと思っていた🌸は、拍子抜けしたような声を出した。
「ベポは"ミンク族"だ。満月を見ると"月の獅子"になり、身体的特徴が変わる。月の満ち欠けは全員把握している。おまえは光が苦手。これも全員把握の事実だ。だが、誰も眠れない程だとは聞いてない」
「えっと……」
「おまえは、ハートの海賊団のソナーマン。潜水艇の生活には慣れろ。だが不調は隠すな。ココは共同生活の場だ。それぞれの種族の向き不向きを伝え、体調管理もクルーの仕事だと思え」
ローはそれだけ言うと、話は終わりだというように手元の本に目線を落とした。
(え、いいの?)
「それから」
終わってなかった。
「今日はココで眠れ」
「はぁ……はい!?」
突然の事に、🌸は混乱する。どういう意味だろうか。
「……勘違いするな。船内で明かりの自由がきくのはココだけだ。明かりを消して休め」
本を片手に立ち上がり、🌸にベッドをしめす。
「おれは別の場所で休む。疲れを取れ。これは医者としての命令だ」
「……アイアイ、キャプテン…」
「朝、6時に起こしに戻る。おまえのその特性は他のクルーにも伝える」
以上だ、というとローは部屋の明かりをけして船長室から出て行ってしまった。
「……怒られるかと思った」
部屋に残された🌸はポツリと呟く。自分はこのキャプテンと海賊団に入れて心底、ついていたと心から思った。