本音、建前、告白。『ローリング海賊団に入る前には、とある商船に乗っていました。わたしは商船の会計士でした』
『初めて人を殺したのは、その商船です』
『わたしが殺した人は私の元雇い主で、奴隷を使って商売をしていました』
『とても酷い人だったので、殺すことに抵抗はなかったのですが……』
『その時はまだ、自分の手を汚すことに慣れていませんでした』
『手が震えて、怖くて、仕方なかったんです』
『それでもなんとか殺せた理由は……』
「…………」
ファイアタンク海賊団の甲板にて、🌸は掃除の手伝いをしながら、
「人を殺したことがあるか?」というベッジの質問に答えた日を思い出していた。
🌸の話を聞きながら、ベッジは特に表情を変えることはなく、横にいたヴィトやゴッティもいたって普通の話のように聞いていた。
それは、🌸のした事がファイアタンク海賊団では大した話ではないからだろう。
「人殺し」
ぽつりと言葉をこぼすと、近くで作業をしていた男が声をかけてきた。
「ん?どうしたんだ?」
「えっあっいえ!なんでもないです!」
🌸が慌てて首を振ると、男は首を傾げながらも去っていった。
「……はぁ」
ため息をついて、デッキブラシで甲板を擦る。
「おーい。🌸〜!」
「おれ達これから飲みに、ちがった! 買い出しにいくんだ一緒に行かないか?」
名前を呼ばれ、顔を上げると、リスキー兄弟が楽しそうにしていた。
「そうなの?昼間からいいね」
「だから、買い出しだって!」
「そうそう」
おしゃべりな2人は嘘が下手だ。見た目は強面だが、喋ると調子のいい2人との会話はローリング海賊団で過ごした日々を思い出し胸が暖かくなる。
「わたしは、この後シフォン様とケーキ作るんだ」
「へぇ!いいな、できたら食わせてくれよ!」
「うん、あとでみんなにも配るね」
2人の誘いを断ったことを申し訳なく思いつつも、笑顔を向けると🌸は掃除を再開した。
***
「さ、今日はいちごシフォンケーキを作るわよ!」
掃除を終えた🌸はシフォンと厨房に立ち、材料の確認をする。
「卵、牛乳、砂糖……いちご。あとなんでしょうか?」
「そうね、あとは、愛ね!」
グッとシフォンは親指を立てる。
「あ、あい!?」
「冗談よ。うふふ」
🌸が顔を赤くすると、シフォンは可笑しそうに笑いながら準備を始めた。
「まずは生地作りね」
シフォンの指示通りに行えば、まるで魔法のように工程が進んだ。
次にいちごソースを作るため、鍋に砂糖とイチゴを入れ煮立てながら火加減を調整する。
(……なんだか、血みたいだ)
甘い砂糖の香り嗅ぎながら、🌸はぼんやりと考える。
銃を撃った。自分が殺した。赤い血が流れた。
脳裏に浮かぶ光景に、急に手先が冷えていく感覚を覚えた。
「🌸、大丈夫?」
そんな様子に気付いたのか、シフォンが🌸に声をかけた。
「えっと……はい、大丈夫です」
「気分が悪そうよ、座った方がいいわ」
オーブンに生地を入れた後、シフォンは🌸に座るように椅子をすすめる。
「あの……」
「無理しないで」
🌸の言葉を遮り、シフォンは彼女の背中をさすった。
「ごめんなさい、ちょっとだけ休ませてください」
🌸が言うと、「もちろんよ」と言って彼女は微笑む。
「ありがとうございます」
🌸も力無く笑うと、ゆっくりと腰掛けた。
「何かあったの?」
心配そうな表情を浮かべながらシフォンが尋ねる。
「いえ、特に何もありません」
「本当に?悩みがあるなら相談に乗るわよ」
「本当です」
🌸が答えると、シフォンは少し困ったような表情をした。そして、意を決したように口を開く。
「ねぇ、🌸。あんた、今、幸せかしら」
「えっ」
予想外の質問だったのだろう。目を丸くする。
「はい」
🌸の答えを聞いて、シフォンはため息を吐いた。
「🌸は嘘が下手ね」
「え?」
今度は🌸が驚く番だ。
「いいえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」
シフォンは誤魔化すように首を振る。
「さ、生地が焼けるまでにデコレーションの準備よ!」
🌸の手を引き、励ますように笑うシフォンに🌸は申し訳なさでいっぱいになった。
***
「今日は、🌸が手伝ってくれたのよ!」
大袈裟に言うシフォンと、口々に褒めてくれる船員のみんなにお礼を返して、
🌸はそそくさと部屋に戻ってしまった。
大所帯のファイアタンク海賊団では船員のほとんどは相部屋だが、
シフォンの付き人の🌸は小さい個室を与えられていた。
逃げ込める場所があるのは本当にありがたい。
『それでもなんとか殺せた理由は……』
「あいつが、許せなかったから」
声に出してあの時の答えを繰り返す。
そう、許せなかったから。
殺した方が世のためだから、言い訳を盾に弾いた引き金の感触は忘れられない。
「🌸、いるか?」
小さなノックの音に、ベッドから起き上がる。ヴィトの声だ。
「ヴィトさん?」
「そうだ。開けていいロレロ?」
「うん」
頷くと、ヴィトはケーキの乗った皿を片手に持っていた。
「おかみさんが🌸が食べてない、って」
「わざわざ持ってきてくれたの?」
🌸は慌てて立ち上がり、ヴィトからお皿を受け取る。
「ちょっといいか?」
後ろ手に扉を閉められて、🌸は少しだけ驚きヴィトを見上げる。
「なに?」
「ちょっと話したいことがあるレロ」
真剣な声色に🌸は緊張しながら「うん」と返した。
「……🌸、人を殺すのは怖いか?」
「…っ」
ドキリとする。それは先程考えていた事だ。
「……うーん、どうだろ」
「正直に言って欲しいレロ」
「………怖かったよ。すごく」
ポツリと呟く。言ってしまった。
これでは殺し屋家業のファイアタンク海賊団に居場所はないも同然だ。
ケーキの乗った皿を握り、赤いいちごソースを見つめる。
「こないだ、シフォン様とペッツ様を拐おうとしたヤツらを殺した時も」
眠れなかった、と。赤い血と硝煙の匂いが離れないのだ。
「ごめんなさい」
🌸は謝り、声を振るわせる。
「……🌸」
ヴィトは身体を屈め、🌸の名前を呼び頬に触れた。
「🌸が人を殺すたびに、おれは嬉しい、って言ったら怒るか?」
言葉に詰まる。そんな言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。
「🌸が、人を殺せば、🌸の手が汚れる。そうすれば、おれ達と同じになる。
どんどんファミリーから抜けられなくなる。それが、おれは嬉しいレロ」
そう言ってヴィトはケーキの皿を取り上げてから、その大きな手で🌸の手を包み込む。
「この手が血で染まるたび、おれに🌸が近づいてる気がして愛しい」
うっとりしたような声でそう告げられる。🌸は包まれる手が強張るのを感じた。
あぁ、これが、本当に殺しを生業にする人の思考なのだと。
頭がくらくらした。そんなの、狂ってると。
「じゃあ、それだけレロ」
そっと身体を離し、ヴィトは部屋から出ていった。
***
「言っちまった」
嫌われただろうな。とヴィトは息を吐く。
「でも、これでよかったレロ」
もし、これで🌸が船を降りるなら仕方がない。ファイアタンク海賊団が殺し屋なのは変えられないのだ。
「本当は嫌だけど」
ずーーんと落ち込みながら、ヴィトは自室へと戻った。