好み「ありがとう」
ニュースクーから新聞を受け取り、大きな鉄扉に戻っていく。
閉鎖された島、パンクハザード。
島の半分で気候がバッツリと分かれているこんな何もない島で、毎日くる新聞は🌸にとっての娯楽だった。
「……」
世界情勢や、芸能人のゴシップニュース。コラムや、投書コーナー。
ざっと目を通しながら、🌸はコツコツとシーザーの研究室に向かう。
「シーザー。新聞」
ノックもなしに部屋に入り、バサリと新聞をテーブルに置けば、
実験器具に熱心に向かっていたシーザーは、ギョッとした顔でこちらを見た。
「もう朝か!?」
「そうだよ」
よっぽど集中していたのか、シーザーは朝だと気づいていなかったらしい。
マグカップに残ってるコーヒーを煽り、少し顔をしかめた後、🌸がテーブルに置いた新聞を手に取った。
「シーザーのことは特に書いてないよ」
「書いてあってたまるか。次におれが新聞に載る時は、おれ様の偉大なる発明が賞賛される時だっつーの!」
「んー……」
「聞けよ!!」
生返事を返す🌸が見ていたの、は手配書の束だった。賞金首である海賊たちの写真と名前が載っているものだ。🌸はそれを一枚ずつ確認していく。
「……あ」
「あ?」
ふとみつけたその手配書をみて、🌸は思わず声を上げた。
「なんだァ、なにか珍しいもんでも載ってたか?」
「いや、かっこいいなって。この人」
シャーロット・カタクリ。シャーロット、つまり、ビックマムの子供の1人だろう。
手配書には、眼光の鋭い短髪の男性が写っていた。
「お前、こんな人でも食ってそうな男が好みなのか?」
「かっこいいよ」
「……あーあー、そうかよ」
呆れたようにため息をつくシーザーを無視して、🌸はその写真をじっと見つめた。
「なんでこの人は懸賞金が高いんだろう」
「そりゃあ、ビッグマムの息子だからなァ。懸賞金額は、高くなるだろうさ」
「そっかぁ」
納得して、🌸はもう一度カタクリの写真を見つめる。
「……おい、そいつがそんな好みなのか?」
「え?うん、好きかも」
「じゃあ、こっちはどうだ」
「んー……」
次のページをめくった瞬間、🌸の顔色が曇った。
「全然タイプじゃない」
バジル・ホーキンス。細みで長髪の男だった。
「コイツは」
「あ、好き」
ユースタス・キャプテン・キッド。ガタイの良い、赤髪短髪の男。
「……」
「な、なに?」
じっとりした目線で見られ、🌸は思わず後ずさりをした。
「お前、趣味悪いんじゃねェのか?」
「だって、顔が良いもの」
はぁ〜と、大きくため息をついたシーザーは、椅子にもたれかかって天井を仰ぐ。
「……仮眠する」
「朝食は?」
「1時間後に起こしに来い」
「わかったよ、"M"」
立ち上がり、研究室の奥の私室へ引っ込むシーザーの背中を見送り🌸は、また手配書の束を眺めるのだった。
***
「シーザー、起きてる?」
鉄扉をノックし、反応を伺う。しかし中からは返事がない。
まだ寝ているのかと思いつつ、🌸はゆっくりと部屋のドアノブに手をかけた。
ギィと音を立てて開いた部屋の中に、シーザーの姿はない。
ただ、ベッドの上に脱ぎ捨てられた白衣があるだけだ。
「シーザー」
どこ行っちゃったんだろ。
部屋から出ようと振り返ると、目の前にシーザーがいた。
「わ、びっく……し、シーザー。なにそれ!」
白衣なしの姿で立っているシーザーには決定的なものが欠けていた。
「髪の毛!どうしたの!」
ボサボサとした長髪が、綺麗さっぱりと短くなっていた。
「……伸びてきてたから切っただけだ」
シーザーは不機嫌そうに答えながら、ベッドに脱ぎ捨てた白衣を手に取る。
「びっくりした……。でも、なんで急に切ろうと思ったの?」
「別に理由なんてねェよ……で、どうだ?」
「どう、とは……」
何か言ってもらいたげな顔だった。🌸は改めてさっぱりしてしまったシーザーを見た。
「……似合わないね」
「あぁ?!!?」
怒られた。
「好みじゃねェのか!?」
「えーっと……」
🌸は少し考える。まさか、先程の手配書で好きだと言ってた男が全て短髪だったから
切ったとでも言うのだろうか。
「……うん、かっこいいと思うよ」
「どっちだよ!」
結局シーザーに怒鳴られてしまった。
イライラしながら自分の髪の毛をかき混ぜ、シーザーはふんっと私室を出て行く。
その後を追いかけながら🌸は「ごめん、いつものシーザーの方が好きだから……」と弁解する。
「いつものおれが、"好き"」
好き、という言葉にシーザーの動きが止まる。
「うん、そう。好き」
「……」
沈黙。背を向けたまま黙られるのは怖い。
「そうか、そーか! 🌸は、いつものおれが好き、か!」
振り返った、シーザーはご機嫌な顔だった。
「う、うん」
「シュロロロ、なら、良い。ま、たまには髪が短いのも悪くねェよな」
「そうね……」
「シュロロロ」
なにがよかったのか。急に機嫌を良くしたシーザーに🌸は引き気味に、笑い返すのだった。