回るかみさま、かみさま。お願いします。
この祈りをどうか。届けて。
「聞き届けます」
祈るものは壁の向こうで、神はその祈りに答える。
そうすると【奇跡】が起きるのだ。
次の島じゃそんな話があるらしい、と船上で船員に伝えられたホーキンスは
特に興味もなさそうに、タロットをかき混ぜる。
「そうか、神がいる島か」
「祈るとなんでも叶うとかで」
カードを並べ、船員の話を聞く。
「……95%」
「へ?」
随分と高い数字だ、とホーキンスは口からこぼす。
「私と、その神が出会う確率だ」
「へぇ!船長がその神と出会うんですか!」
「そうある」
タロットから視線を上げ、進む海の先を見る。
「その島まではどれぐらいだ」
「まだ、かかりますよ。前の島を出て二日と経ってませんからね」
ただ、そこまで遠くもないと告げると船員は別の船員に呼ばれ去っていった。
「……出会い」
ホーキンスはゆっくりと瞬きをすると、そのまま甲板で海を眺めていた。
そして、船は目的の島へと辿り着く。
そこは、小さな島だった。
「絶壁ですね」
「問題ない。上陸できる確率は80%だ」
切り立った岩や絶壁しかない島は、上陸するにも手間がかかるような場所であったが、ホーキンスの言葉通り、無事に上陸することができた。
「あんた方。よく上陸できたねェ。ここは海軍も海賊も滅多に来ない島。なにも無いがね、ゆっくりしていくといい」
ホーキンス達が降りた先に待っていたのは、老婆の姿だった。
彼女は、この島に長く住んでいるという。
「ここは、神の住む島だと聞いた」
「……おや、ご存じで? えぇ、神様ですよ。ほら」
指差した先には小さな祠があった。
その祠の中には、何か石像のようなものが置かれている。
「あれはなんなのだ」
「神様のお姿を描いたものです。あぁ、失礼しました。あんた方はまだこちらに来たばかりでしたね」
老婆曰く、あの石像は『神』そのものを描いたものだと。
この島にある他の祠にも同じようなものが祀られているという。
それはつまり、ここには神が存在しているということ。
「あなたは運が良いですね。この島に来られたのですから」
去っていく老婆の背中を見送り、ホーキンスな船員たちに船にいるように伝えた。
「船長、一人でいくんですか?」
「…小さな村だ。一人の方が目立たない」
そう言いつけて、ホーキンスは村の方へ歩き出した。
本当に小さな村だった。宿の類はなく、小さな商店が1つと酒場が1つ。
それ以外は、何もない……何もなさすぎる。
畑や酪農の跡はあるが、そのほとんどが手の入っていない放置された姿だった。
だからといって、村が貧困かといえば、そうではない。
村を歩く人や、酒場を覗いた限りでは、特に村全体で困っているような印象はなかった。
「……」
村のあちらこちらには、小さな神の石像があった。
村と森の境目でホーキンスはしゃがみ込み、石像をよく観察しようと手を伸ばす。
指でなぞってみるが、その輪郭はよくわからないものだった。ただ、覚えがある模様が彫られている。
ぐるぐるとした特徴的な模様。これはまるで
「悪魔の実」
ふと、視線を感じ立ち上がる。誰かがこちらを見ていた気がする。
いや、正確にはこの村に入ってからずっと、誰かに見られているような感覚があった。
船から降りる前にした占いでは、特に船員も自身も危険になるような確率は出ではいない。
ホーキンスはそのまま森へと入る。
人が何度も行き来してるのだろう。獣道でない道がある。それを辿って歩いていけば、大きな洞窟が現れた。洞窟の中へ入れば、そこにはまたいくつもの祠と石像が並んでいた。
どれもこれも似たような形をした石の塊だ。
その中で一際大きいものを見つけた。
それは、人の形をしている。大きさは子供ぐらいだろうか。
その石像を見れば、やはり見知った模様が入っている。
「……」
しばらくその石像を見つめていると、後ろから声をかけられた。
「お客さんかい?」
振り向けば、一人の男が立っていた。
背の高い男だ。顔に傷があり、服の上からでも鍛え抜かれた体つきをしているのがよくわかる。
よく見れば、帯刀していた。人が来ないと言うような小さな村で武器を持っているとは、この洞窟は何か特別なのだろう。
「ここは?」
「見たままさ。祭壇だよ。ここでみんなで神に祈りを捧げるんだ。あんた、今日来たんだろ。村長に聞いたよ」
村長。あの老婆は村の長だったようだ。
「そうか。神聖な場所に立ち入ったのは謝ろう。すまん。ただ、神に興味があった」
「いや、気にしないでくれ。ここの奴らは皆、神を信じてるからな。それに、神はここにいる」
男は石像を指す。
「これが……神?」
「あぁ、そうだ。俺達の神。偉大なる我らが神よ」
その言葉は、どこか狂気を孕んでいる。
「困るんだ。神はおれ達のもの。よそ者は"祈る"事さえ叶わない!」
男は鞘から刀を引き抜くと、切っ先をホーキンスに向け突っ込んできた。
その動きを見て、ホーキンスはひらりを身体をそらし剣を避け、そのまま男の襟首を掴み、地面に叩きつける。
ホーキンスは、その手に握られたの刀を奪い取る。
「この刃が、貴様の命を奪うことになる」
悲鳴が響き、すぐに止んだ。
男から奪った刀を放り投げ、転がっている死体を見下ろす。
「なにか、あるな」
男はこの石像を神だと言った。象徴としての意味なのか。それとも本当にここに神がいるのか。
石像に手を伸ばし、よくよく観察する。ちょうど腹のあたりだろうか。そこだけ妙に擦れていた。
グッと押してみれば、抵抗なくへこみ、石像が扉のように押された。
仕掛け扉だったようだ。
中は蝋燭で照らされている通路があり、さらに奥に続いている。
ホーキンスはチラリと死体を見る。村にこの男が戻ってこないとなれば、騒ぎになりそうだ。
「時間はかけられんな…」
隠し通路の奥へと歩を進める。一本道だったが、随分長い距離だった。
やがて、扉が現れた。鍵などかかっておらず、そのまま扉は開かれる。
「……え?」
「……」
小さな明かりとベッドにドレッサー。それだけの部屋だった。
そして、ベッドには『服』と呼ぶにはあまりにも布めいた白い衣を纏った女が座っていた。
「だ、誰ですか!!!?」
警戒した声で女は叫んだ。
「おれは、ホーキンス。占い師だ。お前は?」
「わ、私は、その、神様です」
「そうか」
「……え、ぁ、?信じてくれるんですね?」
「信じるも何も、目の前にいるからな。それとも冗談か? おれは冗談は好かない」
ホーキンスの底冷えするような目線に女は口籠る。
「名前はあるのか、神とやら」
「🌸……です」
「ここでは悪魔の実を食べた者を神と崇める風習があるのか?」
「え……なんですか、それ……? 悪魔の実?それって、神の子の実ことですか……?」
「なるほど」
考えていた事と一致した。この島では悪魔の実を食べた人間を神として奉る風習があるのだろう。
ホーキンスは膝をつき、ベッドに座る🌸に視線を合わせる。
「怖がらせてしまってすまん。おれとお前は出会う運命にあった。そしてこれから……」
「おい隠し通路が空いてるぞ!!!」
言葉を遮られる。どうやら男の死体を見られたらしい。
「他に出入り口は?」
「あ、え、わかりません……」
頷く代わりにホーキンスはゆっくりと瞬きをすると、そのまま立ち上がり🌸をベッドから抱き上げる。
「はな、してください! 私のことどうする気ですか! あなたやっぱり悪い人ですか?!」
ホーキンスは黙ったまま🌸を支え、通路にでる。そこには既に何人も武器を手に持った村人がいた。
「神を連れているぞ!?」
「くそ、しくじりやがって!」
地面を蹴り上げ、抜刀する。横を通り抜けるように切りつけそのまま、隠し扉まで走る。
「はなして、離してください! 私がいないと! この村は!」
「なんだ? 村がどうなる? 🌸と言ったな。食べた実を当てよう。ナムナムの実だ。食べたものは祈られることで願いを叶えると言われている。この村は農業や酪農を放棄していた。お前は食糧や恵みを与え続けたのではないか?」
「なん、でそれを?!」
腕の中で暴れる🌸は、ホーキンスの言葉に凍り付く。
祈られることで願いを叶える。まさに、自分のことだった。
ホーキンスは駆け続け、言葉を続ける。
「ナムナムの実は、能力者の命を削ると言われている。お前はあと何年だ? 先代は何年生きた?」
🌸をチラリとみれば、ゾッとしたような表情をみせた。そんな事聞いてないと言うような顔だ。
「……哀れだな」
ぎゅっと🌸を支える手に力を入れ、ホーキンスは村を突っ切るように走り続ける。
「おい!!神様を離せ!」
「みんな、早く 神を連れてかれる!!!」
「殺せ!」
村の誰ひとり、🌸の名前を呼ばなかった。
「🌸。おれは占い師だ。お前と出会う運命が出た。そして運命は回り始めた。お前はおれの船に乗る」
切り掛かってきた村人を切り伏せながら、マントを翻す。
「これから、お前の人生が変わる」