切望傍らに膝をついた大倶利伽羅の指先が、鶴丸の髪の一房に触れた。
「…………つる、」
ほんの少し甘さを滲ませながら、呼ばれる名前。
はつり、と瞬きをひとつ。
「…………ん、」
静かに頷いた鶴丸を見て、大倶利伽羅は満足そうに薄く笑うと、背を向けて行ってしまった。じんわりと耳の縁が熱を持って、それから、きゅう、と、膝の上に置いたままの両手を握り締める。ああ、それならば、明日の午前の当番は誰かに代わってもらわなくては、と。鶴丸も立ち上がって、その場を後にする。
髪を一房。それから、つる、と呼ぶ一声。
それが、大倶利伽羅からの誘いの合図だった。
あんまりにも直接的に、抱きたい、などとのたまう男に、もう少し風情がある誘い方はないのか、と、照れ隠し半分に反抗したのが最初のきっかけだった気がする。その日の夜、布団の上で向き合った大倶利伽羅が、髪の一房をとって、そこに口付けて、つる、と、随分とまあ切ない声で呼ぶものだから、完敗したのだ。まだまだ青さの滲むところは多くとも、その吸収率には目を見張るものがある。少なくとも、鶴丸は大倶利伽羅に対して、そんな印象を抱いていた。いやまさか、恋愛ごとに関してまで、そうだとは思ってもみなかったのだけれど。かわいいかわいい年下の男は、その日はもう本当に好き勝手にさせてやったものだから、味を占めたらしく。それから彼が誘いをかけてくるときは、必ずその合図を。まるで、儀式でもあるかのようにするようになった。
「……つる、」
そう、呼ばれるのに、弱い。
きっと、大倶利伽羅もそれを知っている。
だからきっと、本当に、ここぞ、というときにしか、彼はその二文字を口にすることはない。
「…………から、ぼ、う、っ、」
夜闇が、部屋の中を包んでいた。
埋める空気は、相反するように熱く。
けれど身体の熱は、だんだんと引いてゆく。酷く荒くなった呼吸をどうにか整えて、瞬きを繰り返して浮かんだ涙を散らせば、覆いかぶさったままの大倶利伽羅が、こちらをじいと見つめたままなのが分かった。おもむろに、柔らかな指先が、すっかり汗みずくの肌を滑って、頬から、首筋、鎖骨、胸元、腹。そうして、腰のあたりをゆるやかに撫で上げた。
「ん、っ、」
過敏になっている身体は、たったそれだけの仕草でも快感と取り違えたように、ぴくりと跳ねる。すりり、と、触れた手の甲から腕に巻く龍の鱗を撫でるように、こちらも指を滑らす。ゆっくりと昇っていって大倶利伽羅の頬に触れれば、素直に擦り寄ってきた。その幼げにも見える振る舞いに、どうにも愛しさが込み上げてしまう。
「……からぼう、」
「ん、」
「もう、今日は……」
「鶴丸、」
「…………っ、だめだ、って、」
「なあ、」
「なに、」
「…………あんたが、足りない、」
請う瞳は、おそろしいくらいに純粋だった。
「…………たのむ、つる、」
ほんの少し甘さを滲ませながら、呼ばれる名前。
はつり、と瞬きをひとつ。
「……………………わかったよ、」
小さく息を落としてから、その首に腕を回し直した。随分とまあ切ない声で呼ぶものだから、完敗したのだ。今夜も。