プラトニックでしかないかなみゆ『殺風景な場所で』
※中学2年生 付き合って少し
「おー…」
着工から3ヶ月、西遠寺の敷地内に光月邸が無事に完成した。建築業者は宝晶といくらか話しをして石段を降りていった。
「未来さん達にはわしを方から言っておくでの。これが鍵じゃ」
「ママ達より先に中を見れるとは!」
念願の新住居が完成し、不在の両親の代わりにその姿を見届けていた。先に中を見る事が出来るので、ウキウキの気持ちでその玄関のドアノブに手をかけた。
「ね、彷徨も行こ!何か緊張するから!」
「おれも?」
1回だけ深呼吸し、ドアノブを引っ張る。
「おー」
「新しい家の匂いってこんな感じなんだな」
「2階に行かない?わたしの部屋2階なんだって。ほら、まだ何にもないし今なら入れるよ!」
「じゃあ散らかる前に見ておくか」
「どう言う意味よ!」
「その内タンスやら収納やらから服が散らばっていたり溢れ返っていたりするのが目に見えたから」
「ぐっ、否定は出来ない、けど西遠寺で使わせてもらってる部屋は(借りてるから)綺麗よ!」
「日頃から綺麗すんのは当たり前の事だろ」
ぐうの音も出ない。
「と、とにかく行くわよ!」
「誤魔化したな…」
2階に上がって奥の方に、新しい自分の部屋が出来ている。ゆっくり入った。
「わー。前と同じくらいの広さかも。家具とか新しくしたいなーベッドがここに来て~机がここでー」
「窓も大きいし、風通りそうだな」
「うん!風なくても冷房暖房完備だし、床暖房もあるから冬も安心だよ」
「うわ、何それ快適」
いずれ近々、家具も整ったこの場所にお邪魔する機会が、今の立場上特権としてあると思うとちょっとだけニヤケてしまいそうになる。落ち着かないかも知れないけれど。
「あっちの家の物もまだ整理途中だー早く終わらせなきゃ」
急にワタワタと慌て出して忙しない彼女だとため息を1つ。
「荷物運びくらいなら手伝えるけど」
「流石彷徨!頼りになるー!」
「うわ、調子いいやつ!」
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「…そう!部屋見たよ楽しみ。…来週なら大丈夫かな?彷徨も手伝ってくれるって!じゃあ、来週ね」
両親から電話連絡が入り、新築が完成した事や荷物についてのやり取りを嬉しそうに未夢は話していた。やり取りを彷徨は静かに聴いている。
「ね、ママ達来週くらいなら戻って来れそうだからあっちの家の荷物残り纏めるって!ほんとに彷徨もいいの」
「男手は1人でもあった方がいいだろ?親父じゃ当てにならないからな」
「パパがよろしくだって」
「はいよ~あ、飲む?ホットミルク」
「飲むー!」
来週から本格的に引っ越し期間に入るので、気合いを入れる。
「わたしもこっちの部屋、まだ終わってないから急がなきゃ」
「ここは別に最後でもいいだろ?移動させるだけだし」
「そうだけど…でも最初の内は落ち着かないよねきっと」
「まぁ最初だけはな。でも自分んちなんだから1週間もあれば快適だろ。古い寺よりは」
「わたしはここにすっかり慣れちゃったから快適な部屋に慣れるまで時間かかりそうだなー」
「ふはっ、何だそれ嫌味にしか聞こえねぇよ」
他愛のない話で盛り上がって楽しむ。なんてことの無い楽しい時間だ。引っ越し完了で出て行くことは出て行くが何せ目の前の家だ。通うのは造作もない。
「でも、ここにはほんとお世話になりましたーだね」
「いや、今後もだろ。勉強に宿題に課題って」
「ちょっとぉ、言い方変えてるけどそれ全部同じじゃない!」
「おぉっ、分かってるじゃん」
確かに、それらに関しては今後も何度でもお世話になりそうで怖いと未夢は思う。
「あれ?そう言えばおじさんは?」
「あぁ、とっくに寝てる。早寝早起きだから親父は」
時計を見るとまだ21時頃だが、翌朝は4時代には起きているそうだから住職の大変さを痛感する。
「と言う事は、今は2人だけ…」
ボソッと呟いたがばっちり彷徨の耳には拾われたようだ。
「今おれ達2人だけど?」
「えっと、あのっ…」
椅子に座ったままでもドギマギしている様子を見ていると、面白い。何よりも可愛くて仕方なくて、からかいたくなるものだ。
指先で彼女の綺麗な髪を巻き、いつか言った事。
「どーにかして欲しいの?」
ぶわわっと赤面する未夢。あの時はまだからかいの範疇であったしそもそも交際すらしてないが、今はその関係性も同居人兼恋人に変わっているのだ。明らかに何かしたい衝動に駆られているが、頭の中でストップをかけた。
「ま、その状態じゃあ何してもパニックになりそうだけどな」
「ば、バカ!」
「ははっ、面白すぎ。んじゃー寝るか」
「えっ、もう?」
「もうって明日も学校だし。まぁ、おれはまだ起きてるつもりだけど…」
ガタンと未夢は立ち上がる。
「はい!じゃ、じゃあ、彷徨の部屋ちゃんと見た事ないから見たい!今日わたしの部屋見せたでしょ」
「いやいや、新築なんだからまだ何もなかったじゃん…」
「わたし彷徨の部屋はここに来た最初の日のチラッとしか見てないもん!」
「そうだっけ?」
忘れもしない、電話を借りたくて部屋に行ったら彷徨は着替え中だったらしく目に入った上半身むき出しの状態を。
「ぎゃーそ、そっちじゃない!」
「はあ?」
「とにかく彷徨の部屋!1回ちゃんと見てみたい!」
「えー……?」
渋ったが、彷徨は仕方なく通すことにした。
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「はい、どうぞ」
「おおっ!意外にも綺麗」
無駄な物がない、殺風景な気もするが至ってシンプルな和室。和室の部屋のせいかかなり広く感じた。机や本棚も綺麗に整理整頓されて、本は巻数等常に順番に並べて立ててあった。中学2年生の男子の部屋の想像が全くつかなかった未夢にとって、とても新鮮な光景であった。
「言っとくけど、面白いもん何にもないからな?」
「別にいいの!だって男の子の部屋なんて見た事ないもん!」
「あ、そう。…おれちょっと飲み物取ってくる。なんかいる?」
「ううん、大丈夫~」
「本棚の本はどうぞご自由に。あ、机の引き出しとかは勝手に開けるなよ~」
「しないわよ失礼ね!」
なんて言うが開けるなと言われたら開けたくなるのが人の性。しかし未夢言えど、流石にそんな非常識なことはしない。その代わり、本棚に目をつける。彷徨は読書家だ。普段どんな本を読んでるのかはよく知らない。気になっていたので本棚を拝見する。自由にどうぞと了承もあるのだから。
「ふ、ふーん…」
意外にもジャンルは割と幅広かった。ミステリー推理小説、何かの短編集、ファンタジー冒険小説、ホラー小説、歴史上人物の伝記など。とてもじゃないが自分では見れそうもない。
「恋愛小説は…ないのね」
他は、と別の棚に入っていたのは資料集だ。歴史的建造物集、寺関係だろうか他宗派の読解、英和訳文など、勉強が苦手な未夢には見ていて頭の痛くなるものばかり。
「うーん、自由に見るにしては眠くなりそう~中学2年生らしいもの全然ないじゃない!アルバムとかないのかなぁ?」
ふと、背表紙のないものが一番下の一番端に立ててあった。手に取るが表にも裏にも何も書かれていないもの。
「もしかして実は日記帳とか?」
自由になんて言って、実は見られたらマズイものでも紛れ込んでいるのでは思った矢先に怪しい背表紙本。見ない訳にはいかない。
「じゃ、貴重な本はいけーん!」
ページをめくると、どうやら創りはアルバムのようだ。だが肝心の写真は入ってない。もしかしたら小さい時のや小学生の時の写真があるかもなんてページをめくるが何処を見ても写真なんか入っていなかった。
「なによないじゃなーい!」
最後のページをめくった瞬間、裏になってヒラリと落ちた。間違いなく写真だろう。
「何の写真かな」
写真を表にした。写っていたのは、割と最近。ルゥ、ワンニャーを含む4人で撮ったものだ。現像時に複数現像したので未夢も持っている。
「ちょっと前のことなのにね。」
ガラッ
「あ、その写真」
ようやく彷徨が戻って来た。
「おっそーい!飲み物取ってくるって言ってかかり過ぎー」
「あぁ、何にもないからコンビニ行ってた」
「え、ずるい!誘ってよ!」
「はいはい悪かった悪かった。その変わりプリンお土産」
「え、ほんと♡今たべ「今食ったらブタになるぞ」
「あ、明日食べるわよ!あ・り・が・と・う」
怒りマークを撒き散らしたくなる一方で、先程の写真を思い出す。
「ね、この写真」
「あぁ、そうだソレ入れようと思ったけど止めたんだよ。どうせなら飾りたくてさ」
「立て掛けるフォトフレームに入れたらいいよ!わたしそうしたよ」
「その手があったな。探しておく」
気になるのはもう1つ。
「あのアルバム、何で1枚もないの?」
「あぁ、入ってたけど抜いた。どうせ入れていくならこれからのものがいいかなって」
「えー見たかったなーちっちゃい時の彷徨とか」
「もれなくガキの三太付き。後はアキラとかいたな」
「わ、余計見たい。ちっちゃいアキラさんもかー可愛いだろうなぁ」
未夢は思い付いた。
「じゃあ、今写真撮ろうよ!」
「今」
「わたし彷徨と2人で写ってんの撮りたいしーこれからの写真入れたいんでしょ?第1段目として撮ろうよ!」
「まさかのパジャマで?」
「パジャマでもいいじゃない!カメラカメラ!」
「イイけどどうやって撮るんだよ」
「………」
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彷徨がカメラを持ち、未夢と並ぶ。カメラの持ち方はレンズを自分達側に向ける典型的なやり方。角度要注意になるだろうし、ブレるのも確定だ。非常にやりづらいと分かってはいる。
「これさあ…明日親父に撮ってもらった方がよくないか?すげーやりづらいし…未夢ももっとおれに寄らないと多分入ってないぞ?」
「で、でもー…」
「…くっつくのが気になるなら何にも出来ないぞ」
「そ、そうだよ、ねぇー…」
「て、言うか…そんなにくっつくの嫌か」
「えっ」
彷徨のちょっと拗ねたような表情に未夢はキュンとした。
「あーあ~付き合ってんのにちょっとショックだな」
「え、嘘、違うわよ嫌とかじゃなくて、あ、あのっ」
「ま、冗談だけどな~」
彷徨はカメラを机に置いた。
「とりあえず写真はまた別日な。もう眠たいしさ」
「う、うん。か、彷徨、わたし別にくっつくのが嫌なんて思ってないからね」
必死に弁解するので、面白くてやっぱり可愛く見えてしまうので笑いが止まらない。
「ぶはっ、だから冗談だって!いちいち気にしねえよそんな事、くくっ」
「な、なによお~もしかして彷徨傷付けちゃったかなって思ったのに。損した気分~」
「じゃあ1回いいですか?」
彷徨は未夢の手を引いて簡単に引き寄せ、そのままぎゅっと抱き締めた。
「ひょあっ」
「だって嫌じゃないんだろ?」
「うっ、は、恥ずかし…」
「それは知ってる」
強ばっていたようだがようやく未夢も体重を預けてくれたようなので、抱き締めていた腕の力を少し入れた。
「あったかい…」
未夢も目を閉じて暫し温もりに酔いしれる。やや速めの心音ですら心地よい。
「……寝るか」
パッと手を離す。ちょっぴり寂しさを感じて。
「じゃあ、おやすみ」
行きかけてUターンした未夢はぽすりと彷徨にしがみつく。
「な、何だよ、急にど…」
どうしたと言い切る前に頬に感じる何かが触れた感触。
未夢は顔を真っ赤にして「おやすみ」と逃げるように部屋に向かって行った。
「え、ちょ…」
頬とは言え、初めてされた。
「これは…嬉しい、かも…」
彷徨も頬が染まる。眠気を覚えていたのに、あっという間に眠気は飛んでしまった。
end
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後書き
中学2年生の男子の部屋のワクワク感。ただ、彷徨君の部屋はあっさりしていて、中学2年生らしいもの何一つ無さそうだなっていう思い込みから発生しました 笑
『』
※中学2年の終わり 前の続き
「ね、今日お夕飯の買い出しだけど、メモ以外で何か買ってくればいいものついでにある?」
「あー、じゃあ文具頼んでいい?ノート切れたからさ。新学期に向けなきゃなんだし」
春休み真っ只中だが、もう中3へ進級直前の両名。中3になれば今度は受験で忙しくなる。遊ぶ暇なんてなくなってくるものだ。未夢の買い出しは定期的な西遠寺家の手伝いルーティンになりつつあった。
「受験かー…どうしよー全然行きたいとこ決めてない。彷徨は?」
「普通の公立ならここにもあるしそこでいい。これといってやりたいこともないからな」
「…ま、彷徨はどうせ簡単に入れちゃうんだよね~」
頭がいい彼氏のことだ。何もしてなくてもあっさり突破してしまうだろう。
「お前も普通に公立にしたら?」
「んー、ここの公立高校って、合格範囲点どんくらいなんだろ」
「進路指導の先生に聞いた方が早いと思うけど、余裕を見積もって400もあれば十分合格圏内だろ」
「よ、400…?え、高くない?」
「いや、普通だろ…って、さては全然到達してないんだな?」
ギクッとしてしまい、動揺する。2学年の最終年度末はどれだけ頑張っても300ちょっとしかなかった。
「言っとくけど、教えないぞ」
「えぇー、嘘でしょお願い彷徨!助けてよ~」
大慌ての未夢を前にくくっと笑えば「しょうがないな」と了承した。
「普段の勉強より、今度ばかりは優しくはしないぞ?受かりたいならビシビシするからな」
「うっ、が、頑張る」
スパルタ指導が目に浮かび身震いするが、受験突破に向けては致し方ない。
「善は急げとも言うから、早速明日からだな」
「えぇー明日ー」
「まだ時間あると思っていたら、あっという間に受験日だからな。真剣に気合い入れろよ?」
「…ぐっ、わ、分かりました…」
「よろしい。じゃあ今日だけ息抜き存分にすればいい」
彷徨は部屋から持って来た、まだ読みかけの本を広げ始める。
「彷徨」
「ん~?」
「それー…何の本?」
「ミステリー小説」
物語は佳境に入っているらしく、今一番面白い所らしい。
「本当に本好きだよね~」
「まぁな。読みながら自分で展開を予想していくのが楽しいんだよ。終わったら読む?」
「いやー…わたし多分眠くなっちゃいそうだし…」
「だよな」
「ぐっ…」
時計の秒針を刻む音だけが響く部屋の中。未夢は黙ってしまった。静かな場所で、2人でいるのは大分慣れたと感じるが、どこかよそよそしさもある。気持ちはもう少し近付きたいが、どうしても躊躇してしまっていた。
(ど、どうしよう…喋ることなくなっちゃった…もう本に集中しちゃってるし……わたし、本当にカノジョでいいのかなぁ…特に変わりないし…)
モヤモヤだけが心の中に渦となってまとわりつく。世の中の恋人関係者達は普段何をしているのだろうか聞けるなら聞いてみたい所である。そんな事を考えている間、本が急にテーブルに置かれた音で一瞬びっくりしてしまう。
「あれ、お前買い出しは?」
「あ、そうだ、行かなくちゃ!」
すっかり忘れてしまっていたので、慌てて未夢は立ち上がったのと同時に、彷徨も立ち上がる。
「ちょっと目が疲れたから、おれも行くよ」
「え、でも…」
「今なら荷物持ち係可能なんだけどな。いらないなら別にいいけど?」
「あっ、じゃ、やっぱりお願い!」
「素直に言えばいいのに」
さっきまでの沈黙が嘘のよう。顔には出さないが恐らく気を使ってくれたのだろう。ささやかな優しさが嬉しかった。
買い出しが終わる頃には日が暮れ始めていた。結局買った物は袋2つ分にまで膨れ上がり、お互い1つずつ手に持って帰る。
「彷徨いてくれてよかったーこんなに大荷物になるなんて思わなかったもん」
「着いた瞬間タイムセールであれこれ入れたしな」
「まさかタイムセールの時間帯になるって計算だったとか」
「ふはっ、そんな訳ねぇじゃん!たまたまだよ。だとしたら策士過ぎ」
ツボにハマったのか大笑いしているのを、未夢も笑う。
「ほんとはさ、本見ている間、何かした方がいいかと思ってたけど全然思いつかなくて。そしたら、未夢が買い出しまだ行ってないから、ならついでにって」
「えっ」
「一緒に居られればなんでもいいかと思ってさ」
思わずドキッとした。嬉しいのと恥ずかしいのとが混ざる。
「なぁ、久しぶりに一緒に夕飯作ろうか。メニューは決めてる。ま、誰かさんみたいに鍋で何とかの姿煮とかはしないから安心しろ」
「あー何で今そんな前のこと弄るかなぁ」
「早く準備するぞ~」
「ちょっ、待ってよー」
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久しぶりに一緒にやる夕飯作り。
「やっぱりカボチャなんだ…」
「未夢はスープ係な」
「えっ、スープ」
「味付けは何でもいいよ。分かんなかったら言って」
「は、はい……」
画して、調理が始まった。彷徨は手際よく進める一方、未夢は何のスープにするか困った。
(今冷蔵庫にある材料は…卵、牛乳、キャベツ、もやし、人参、ジャガイモ、ナス、きゅうりにトマト……お肉、ベーコン、ハム……味噌…え、この中のを使うとしてどれとどれを組み合わせたらいいのかな…)
うーんと決めかねていれば、
「もやし、ベーコンだけでいいよ。調味料は鶏ガラの顆粒あるからそれ使って。後は塩コショウで整えれば簡単だから。その前に小鍋に水入れて沸騰させること」
「は、はい、先生!」
「誰が先生だよバーカ!もやしはザルで水洗いしといて。洗ったら切らなくていい。沸騰した鍋に最後に入れるから。で、ベーコンは1口大くらいでいいよ」
「はーい!」
言われるがままに手を動かした。ふと、ベーコンの切り方に困ってしまった。
「ひ、1口大…?」
「おーい、そんなんで何悩んでんだよ…ざっくりこんくらいで…」
「」
包丁を使う手を、後ろからそのまま。まるで抱きしめるように手を支えられながらベーコンを一緒に切った。
「左手、ちゃんと抑えろよ。指切るだろ?」
「ひ、ひゃい…」
彷徨の声も耳元にダイレクトに響いて、未夢は足腰の力が抜けそうな感覚に陥った。
(きゃあああああああ何してくれるのよー)
「な、何真っ赤になってんだよ」
「彷徨が後ろから来るからでしょーほ、包丁使ってんだから急に止めてよね」
「おれは教えただけで………あー、何か別の事を期待した?」
「ば、バカー何言ってるのよ」
今にも勢いだけで包丁を向けそうな未夢。それは勘弁して欲しい所だが。
「でも確かに何にもしてないな」
「えっ!」
「恋人なんだし」
「えっ」
彷徨が未夢に近付いたことでお互いの影が濃くなる。距離は本当に目と鼻の先で、少しでも動けば口が触れてしまいそうだ。未夢は沸騰する程顔を赤くしている。
「…どうする?」
「ど、どどどど、どうって……」
「あれっきりしてないし…な」
両思いになり、宇宙船での出来事以降は特にこれと言って急激に進展する訳でもなく。つい少し前の時間までは、何かしなきゃなんて思っていたのに、いきなり急な展開が訪れたせいで思考がショートしそうになっている。
「未夢…」
「…かな、た……」
彷徨が目を伏せる直前に玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた音がした。
「帰ったぞ彷徨~」
突然宝晶帰宅に未夢も彷徨も反射的に飛び退く。
「お、親父朝今日は戻らないって!」
「予定が変わってしもうてのう…未夢さんもおったか。なんじゃ、ワシが帰って来たら不都合でもあったのか?」
「べ、別に」
「きゃーお鍋吹いたー」
台所がバタバタし始めたものの、何とか調理終了し、少し遅めの夕飯を食べ、未夢は自宅に戻ることにした。「送る」と彷徨は言い、目の前の自宅玄関の近くまで来てくれた。
「急に帰って来るなら連絡しろよな親父のヤツ…」
「あはは、おじさんだから」
「だよな」
「うちのパパとママもそうだよ~急に帰って来る時に限って連絡くれないし」
「ほんっと…おれ達の親ってそうだよな」
「ねー」
本当はもう少し一緒に居たかったが、春休みとは言え残り日数も少ない。そろそろ生活リズムを正していく必要がある。
「じゃ、明日な」
「ん?」
「バカ、もう忘れたのか?勉強、すんだろ?」
「うっ…そうでしたね…」
覚えていたのかこの人はと、未夢は内心ガックリした。やはり彷徨の記憶力は侮れないものである。そのまま彷徨は母屋に戻ろうとしたが、すぐに未夢に向き直る。
「嫌なら引っ叩いて」
「えっ」
いとも簡単に抱き締められてしまい、引っ叩くどころか硬直して動ける訳がない。
「だって、親父に、邪魔されたし」
「あ…」
台所の時を思い出してジワジワと顔に熱を帯び始めていた。
「こ、ここ外……」
「誰も来ないだろ」
「で、でも……」
「やり直し、させて」
抱き締めていた腕を解いて、彷徨は目を伏せて距離を詰める。素直に受け止めようと思い、未夢も瞼を下ろす時だった。
「みーゆーただいまー!急に帰れることになっちゃったー連絡入れる時間なくって……あら?」
突然の光月夫妻帰宅に鉢合わせし、触れる直前のまま両名硬直。宝晶の時程反応が出来ず、かなり近い距離で不自然に挨拶を交わす他なかった。
「あーじっ、じゃあ、明日な…」
「う、うん…!明日ね…」
逃げ帰るような彷徨とガチガチのまま手を振る未夢。
「あらやだ…ママ達何かタイミング悪かったかしら…?」
「そうだねかなりタイミング悪かったんだね…」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「うふ、邪魔してごめんね~♡」
「ママ」
結局自身の両親にまで邪魔をされてしまった。すこぶるタイミングがいい両親である。
(えーん、今日に限って酷過ぎる!)
明日以降は2人でスパルタ勉強会だ。甘いタイミングがあるかどうかなんて恐らく考える余裕はない。あわよくば、なんてあればいいが期待するだけ無駄なことだ。それでも、ちょっとだけまたいい雰囲気になって欲しいことを望む未夢だった。
End
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オマケ
「違う!これとこれ、ここも、全部不正解!やり直し~さっき言ったろ数式違うって!ほら、また間違えてる!」
(お、思ってたより以上のスパルタだ…)
「はぁ…このページ出来たら冷蔵庫にプレミアムカスタードプリンあるから休憩な」
「へ、ホント」
「出来てから!だから頑張れ」
「うん!」
────────30分経過
「問10から問15まで不正解。あープリン遠いな~?」
「うえーん!き、厳しい!」
「あとさ、高校、一緒に行きたいんだけど…」
「えっ」
「集中」
「は、はい!」
いい、雰囲気?
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後書き
超、プラトニックであれ。
日頃よりブクマやコメントありがとうございます♡どなた様でも遠慮なくどうぞ!
余談ですが、作中のスープ云々はわたしが作る時にやりがちなメニューだったり。シンプルでお手軽な味になります笑