御守り文化祭真っ只中。生徒、他校生や外部の来客で校内はごった返している。高校の文化祭は、中学の時とはまた少し毛色が違うようで、各クラスの出し物はそうだが、運動部系によるパフォーマンスショーや文化部系はフリーマーケット、体育館ではイベントとしてカラオケ大会、ダンスバトル、漫才等々個性的なイベントが会場を盛り上げていた。
文化祭経営中心はほぼ生徒会が担っており、さらに各委員会からも選抜されて期間中は実行委員として動いている。開催日までのこのひと月間は特に忙しく、放課後になると彷徨は毎日バタバタしていた。当人からも「文化祭が終わるまで暫く一緒に帰れない」と言っていたし、授業合間の休憩時間もぐったりしている姿を何度も見た。それも、この2日間開催の文化祭でようやく終わるだろう。
未夢は仲良くなったクラスメイトと一緒に校内を回っていた。欲を言えば彷徨と回りたいが流石に生徒会副会長として、実行委員も兼ねているのだし抜けるのは恐らく厳しいだろう。
「残念だったね彼氏」
「あはは。分かってたことだから大丈夫だよ」
「じゃ、西遠寺君のクラスの出し物見に行こうよ。あたしの友達もいるし」
隣の友人は文化祭パンフレットを拡げて確認する。
「えっと確か、男装女装カフェとか言ってた気が…」
「せいかーい!西遠寺君の女装見たかったよー」
本人は勿論不在だのだが、もし出し物に参加していたら、彼は亡くなっている母にそっくりなので、女装でも間違いなく美人な気がすると負けた気分になっていた。
彷徨のクラスは進学科の2-A。進学クラスきっての個性揃いの男子達がメイドに扮しており、友人はさっそくメイドに扮したラグビー部副部長のいかつい友人を見て大爆笑している。
その時、校内放送が響き渡った。
『生徒会より、落し物が届いているので校内の皆様にお知らせです』
校内放送から聞こえる声は彷徨で、未夢はドキッとした。
(会いたいなー…)
とやっぱり考えてしまう。
『えー…名前がないのですが赤いキルト生地に刺繍で御守りとあります。…え、何?中身?』
『開けちゃえば?』
『ダメだろ』
校内に響いているのに放送室からの会話がダダ漏れで校内中笑いが溢れている。慌てたように、
『えー、大変失礼いたしました…お心当たりのある方は、北棟2階、生徒会室までお越しください』
と校内放送が終了し、まだ笑い声が聞こえる中未夢はハッとした。いつも携帯に付けていた御守りが外れて無くなっていたのだ。
「アレた、多分わたしのだー…」
「え、放送してたやつ?」
「ご、ごめんちょっと行ってくるね」
未夢は大急ぎで生徒会室を目指した。北棟は今いる南棟から反対なのでかなり遠い。
「うちの学校無駄に広いよー」
バタバタと北棟2階に到着し、息を整えてから生徒会室の戸をノックした。
「どうぞ」
「失礼しまー……か、彷徨」
久しぶりに彷徨に会い、思わず綻ぶ。
「あれ?未夢?」
「今、1人…?」
生徒会室はガランとしており、現在ここには彷徨しかいないようだ。
「そう、今ここ落し物部屋だから、落し物管理と連絡係の時間な。で、どうした?」
「さっきの放送の落し物…」
彷徨は「あぁ、あれか」と落し物預かり用の箱を出してそこからあの御守りを取り出す。
「これお前の?ちゃんと確認して」
未夢は御守りを受け取ると、あちこち見て中身も確認する。
「あ、うんやっぱりわたしのだ。よかったー…拾ってくれた人に感謝だよー。普段は携帯に付けてるんだけど、放送なかったら気が付かなかったよ」
「ドジなんだから、落ちたら音がするとかそういうのも一緒に付けとけよ。あ、じゃあこれ一応記録しなきゃいけないからここにチェックマーク書いて」
バインダーの書類には落し物受け取りのサイン欄が書いてある。そこにサインしてバインダーを返す。
「そう言えば確かに携帯にいつもなんか付けてたな」
「そう、これの中身がね、大事なの。あの時貰ったサクラ貝だから」
「えっ」
サクラ貝と言えば、中学時代に三太の身内の海の家を手伝った際に、見つけた。一度は海に流されたがなんとか発見し、アイスの当たり棒で交換したものだ。
「お前、まだソレ持ってたのか…」
「そうだよ、例え色が変わっちゃってきたとしても大事にしておきたいの!御守りだから」
未だにそれを持ち続けてくれていたことは正直知らなかったので、照れ臭くなってしまう。
「じゃー…わたし行くね。仕事頑張ってね」
未夢が退室しようとすると、彷徨が待ったをかける。
「後1時間くらいで交代で、そのまま休憩に1時間空きになるから、そしたら本当にちょっとだけど一緒に回るか?」
願ってもないお誘いだ。
「まぁ、お前今日友達と回ってるって言ってたから無理にとは言わない」
「………ま、回りたいな…ちょっとでもいいから…友達に話してみようかな」
友人ならばきっと許してくれるハズだ。
「あ、ありがと」
改めて出ようとするとドア前で、ふっと影が濃くなると唇が彷徨の唇の体温をほんの一瞬感じた。
「じゃあ……後でな」
生徒会室のドアを締める。周りには誰もいない。それを見計らって足腰の力が抜け、ドアを背に座り込む。顔から火が出るとはまさにこのことだ。
「も、もおー…………」
手の中の御守り、サクラ貝がいつもより光っているように見えた。