誰かのために本日の弓道部は黄色い声援が飛び交う異様な光景だった。原因は弓道部にいる助っ人、西遠寺彷徨の存在だ。
真っ直ぐに矢を放つ姿は凛々しさがある。寺の息子だからだろうか、和装が絵になるように似合うため、弓道用の衣装すら見事に着こなしてしまっている。上級生、下級生の女子達の視線は、全て彼が持って行ってしまっていたのだった。
「未夢ちゃん聞いた?弓道部の助っ人」
「今弓道部、凄いよ女子群がってて」
放課後、帰り間際にそんな話が友人達からされ、なんの事かと頭にハテナを浮かばせる未夢。
「見に行かない?行けば分かるから」
「賛成!」
「え、ちょっと」
友人達にグイグイ引っ張られて弓道部棟へ。原因が直ぐに判明した。スパン!と矢が中央を射抜く度に黄色い声援が湧き上がる。
「うっはー流石…我が学年の常に成績NO.1のモテ男さん!」
「未夢ちゃんの彼氏だと知った時はびっくりしたけどね~」
「シー!声が大きいよ!」
未夢が彷徨と中学から交際しているのは中学の仲間内と本当に仲良くしてるクラスメイトにしか話しておらず、他へは他言無用を極めている。だから高校では限られた人間しか交際を知らない。
(わぁ…弓道衣装着てるの初めて見た…か、カッコイイ、かも…)
黄色い声援が飛び交うのはもう慣れてしまって気にしていないが、年々凄い事にはなっているのは感じた。
弓道部が休憩に入り、休憩中もガンガン黄色い声援が飛ぶため部員達もそろそろ呆れ顔だ。
「本当に西遠寺を助っ人に呼ぶと凄いな」
「大騒ぎになるって噂だったけどガチだったな」
「勘弁して下さい先輩…毎回毎回こうなるんでおれも疲れるんです…」
彷徨の場合、中学からの連続経過中のため最早記録のようにも思えてしまう。
「でもいいよなー、こういう時自分のカノジョも見てくれてたら力湧くッスよね?」
「カノジョ欲しいー!」
「お前カノジョいないの?誰か貰えばあの団体から。1人や2人くらい付き合ってもバチはあたんねぇべ?」
ニシシとからかう上級生。彷徨は半笑いだったか正直笑えない冗談だと思うようにした。
ふと、気が付いたその存在に。
「あれ、西遠寺どした?」
ひらひらと手を振っていたその様子。軽く笑みまで浮かべていたので、上級生達は探した。視線の先にいるのは西遠寺のカノジョでは?と。しかし、すぐにそれを止めてしまった彷徨はスマホを取り出す。
「何だよお前、何故そこで止めた」
「カノジョか?カノジョなのか」
無言でカコカコと指先を動かしてスマホを仕舞った。
「さ、先輩方、休憩時間終わりですよね?」
「「は、はい…」」
タオルを掛けて、再び的に向かって矢を放った。
一方の未夢は、先程の彷徨の行動を直視し、ぼーっとしていた。ほうっとして握り締めていたスマホの画面を見返しては恋する乙女そのものである。
「未夢、さっきからぼーっとしてる」
「西遠寺くん、未夢ちゃんが見てたの気が付いて手を振ってたよね?」
「ありゃー未夢ベタ惚れだね彼氏に」
「まぁあれだけイケメンだから話分からなくもないよね。ご馳走様未夢ちゃん♡」
覗き込んだ画面の文面は、シンプルな文章しかそこにない。でも、
「アンタは彼がどういう人間か分かってるからこんな飾りっ気ないシンプルさでも喜んじゃうヤツね」
「……うー…」
「あ、現実にお帰り未夢ちゃん♡」
未夢は再度文面を見た。
『何見てんだバーカ。気を付けて帰れよ』
「…たったこれだけなのにね、わたし嬉しいんだよねやっぱり」
「まぁ、特権だしね」
「2人共帰ろ」
ようやく帰路へ。友人の1人がある提案を提示する。
「帰ったら、疲れてる彼氏に料理振る舞ってスタミナ付け作戦どうよ」
「て、手料理…?」
「いいねー焼肉丼とか焼き鳥丼みたいな?」
「アンタは肉さえありゃ何でもご飯に乗せるのか?」
「胃袋掴んでまた好意爆上がりだね。どう未夢ちゃん」
未夢は正直気が乗らない。何せ1番不得意分野だ。中学から練習はしているが、練習の効果は何かと上がらないからである。
「…苦手なんだよね料理…彷徨は得意だけど…」
「焼肉焼いてご飯に乗せたら料理だよ!」
「だからそれはアンタの好みじゃん。その原理なら卵かけご飯と変わらないでしょ?」
「そうなの」
そんな友人のやり取りを聞いてプッと笑いが込み上げて来たので、とりあえず何かしてみようと思っていた。
「ありがと2人とも。ちょっと考えてみるね」
その足で、近くのスーパーに寄って彷徨と言えばを考えて購入し帰宅。西遠寺にお邪魔すると丁度宝晶が出かける所だった。
「おぉ、未夢さん帰りかの?」
「こんにちはおじさん!あのー…出かけるんですか?」
「何ちょっと檀家さん所への。そうじゃ未夢さんに留守番頼んでもいいじゃろうか?夜までには戻るでの。彷徨は適当に1人で食うてしまうから、夕飯の心配はいらんからのう」
カッカッカッと笑いながら未夢を西遠寺にさっと上がらせて宝晶は出かけて行ってしまった。相変わらず豪快なのか適当なのか分からない人だと未夢は思った。自身の両親も似たようなものだからとやかく言わないが。
「よし、やってみよう!」
スーパーの袋から買って来たものを取り出し、調理開始した。
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夜の19時半頃、ようやく彷徨が帰宅した。未夢はそっと出迎える。
「え、どうした?親父はーっていねぇのかよ……全く未夢に留守番押し付けやがってあのクソ親父」
「い、いいの!都合良かったし」
「?」
「おかえり彷徨!そうだお風呂沸かしちゃってあるから食べる前に入ったら?助っ人やって疲れてるでしょ?」
「あぁ、まぁ…」
「ほら行っちゃって!タオル仕舞ってあるから、ね!」
あまりに急かすものだから、怪訝そうな顔をしつつも確かに汗臭さは誤魔化しきれないので、先に浴びてしまう事に。
未夢は急いで台所に戻る。焦げた鍋に冷や汗しか出て来ない。
「やっぱりわたしには料理は出来ないのかなぁ…」
溜息を繰り返す。出来た物はサラダくらいしかない。彼の大好物のカボチャも結局弄れず、途方に暮れてしまった。
そうこうしている間に、タオルでガシガシと頭部を拭きながら彷徨が戻って来る。
「あー…なるほど、だから先に風呂に誘導させたのか?」
「ぎゃー彷徨!や、やだもう上がったんだー」
「サラダ…だけ、と」
薄らだが焦げた匂いが鼻を突く。
「何か焦がした?」
「うっ…かぼちゃで何かしたかったけど、難易度高いからか、カレーにしようかなって…そしたら、ば、バター焦がしちゃって鍋が焦げて…それで…………」
最後はもう何を言ってるのかも分からないしどろもどろ加減。
「…疲れてるのに夕飯自分でって、彷徨は慣れっこなんだろうけど、何かしてあげたくて……でも結局間に合わなかったなぁ……あはは…」
(何なのよわたし、本当に何にも出来ないじゃない。あの頃からちっとも変わらない!)
いつもみたいにからかってくれればそれでいいが、結局悔しさの方が強く、ごしっと目尻に染み出たものを拭く。
「ごめん、彷徨やった方が早いもんね。な、鍋はちゃんと洗うから、彷徨好きなの用意して食べなよ!」
すーっと伸びてきた腕が未夢の頭に触れる。
「サンキュ。未夢も飯まだだろ?今簡単なもんやるし、手伝ってくれないか?」
ポン、と頭から肩に。
「え……」
「あのな、こう……早く完成させなきゃって思うから慌てるし上手くいかないんだよ。時間かかってもいいから誰かの為に頑張りたいって気持ちは大事なんじゃないか?……少なくとも、おれはお前らに会うまでそういうの忘れてたからさ…今だから言えるけど」
指差した焦げた鍋。
「でも未夢はその気持ちちゃんと持ってるじゃん。おれにって、頑張ってたんだろ?その気持ちだけで十分だよ」
緩やかに口角を上げて笑う彷徨。
「ほら、手伝ってくれよ?」
「…うん!」
その日一緒作った夕飯はいつも以上に美味しかったと思う未夢だった。